【愛の◯◯】酔い覚ましのための◯◯

 

日曜日というコトで、某所某美術館に、恋人のカレンさんと一緒に赴いた。

社会人同士なので、デートは日曜日になるコトが多いのである。

展覧会を満喫したぼくたちは館を出てきたトコロだ。

「は〜っ。たのしかった〜〜っ」

本当に満喫したといった感じで、カレンさんが、両手を広げながら言った。

「明日も休みだったら、美術館に1日中居たのに。社会人の余裕の無さを呪うよ」

「確かに、社会人だから、デートの予定、どうしても詰め込みになっちゃうんだよね」

「学生気分がどんどん抜けていってるにしてもさ。流(ながる)くんも、どんどん社会に染まってきてる自覚があるでしょ?」

「あるね」

「それに比べて、あの展覧会の作家さんは自由だよね。羨ましい。もっとも、芸術の才能あってこその自由、なんだけど」

「天性のモノなんだよ。芸術を創るために産まれてきたような存在なんだと思う、あの作家さんは」

カレンさんは、歩くペースを少し緩め、

「流くんも芸術家肌っぽくない? ほら、小説書くでしょ、そして書いた小説投稿するでしょ」

「ぼくは、とてもとても、クリエイターなんかじゃないよ」

「クリエイターなんてコトバは無闇に使わないのっ」

「どうしてさ」

「むしろカッコ悪いよ、『クリエイター』なんてコトバ、連呼したりしたら」

「そうかなあ。どうかなあ」

切れ味鋭い眼つきで彼女がぼくを見てきて、

「この前投稿した小説はどーなったのよっ」

……訊かれちゃったか。

まあいいや。

「実は、選考を順調にパスしていて」

「マジで!? 最終選考まで行くんじゃない!? 受賞したら、芥川賞の可能性出てくる!?」

「気が早いから」

「でも、そういう見込みもあるでしょ!? ……やるなぁ。流くん、あなた、羽田愛ちゃんが『編集者』になってくれて、ホント良かったね」

「良かったと思うよ。もう、彼女と合作のようなモノさ」

「ホントにねえ」

ウキウキとした様子で彼女は、

「羽田愛ちゃんは最近どーしてるの?」

「すこぶる順調に、彼氏とふたり暮らし中だよ」

「アツマくんと、か」

「そう、アツマと」

「もしや、あのカップルも今、デートだったりして」

「詮索するのはあまり良くないよ」

「えー、ながるくん、カタいー」

なおも笑顔でもって彼女は、

「アツマくんって良いカラダしてるよねえ。ガッシリしてて、アスリートみたい」

「実際、あいつはアスリートさ、ほとんど」

「確か、流くんよりも身長高いでしょ?」

「うん。180に近いから、アツマは」

「流くんも、もっと頑張ろうよー」

「いや、身長は伸ばせないよね?」

ぼくの右手をカレンさんがいきなり握ってきた。

ビビる。

「肉体改造って意味よっ」

「ん……。でも、社会人だから、エクササイズの時間、なかなかとれなくて」

「泣きごと!? それ」

「き、きみも、事情は一緒でしょ」

「あなたの方が100倍言い訳がましいよ。怒っちゃうゾ」

「んぐ……」

 

× × ×

 

カレンさんの勢いに押され、昼間から営業している飲み屋に入り、アルコールを摂取してしまった。

飲み屋から出るなり、カレンさんが、

「『流くんの すごい ハイボール』」

「もしかして、それ……『カレイドスター』の、サブタイトルの」

「パクリよ」

カレイドスター』。

カレンさんが唯一好きなアニメ作品であり、カレンさんにとっての聖書(バイブル)のような作品。

さんざん語られて、さんざん本編を観せられて、もうぼくにも、『カレイドスター』は浸透してしまった。

にしても、

「ぼくはさっき、ハイボール、2杯しか飲んでないんだけど」

「流くんデリカシー無さ過ぎ」

「で、デリカシーって。おいおい……」

「印象に残ったのよっ、あなたのハイボールの飲みっぷりが」

「ぐ、具体的には」

「教えてやるもんですかっ!」

これは、おそらく、アルコール摂取による、テンションの急上昇か。

アルコール無しでは彼女もやっていけない。それは理解できている。

ただ、彼女に酔いがまわり続けるのならば、制御してあげないといけない。

使命感でもってぼくは、

「カレンさん。まっすぐ歩こうね」

「大学生じゃないのよ!? 大学生みたいに扱わないでよ」

だけど、今にもフラフラしそうだったから、

「心配なんだよ」

と言い、彼女の側(そば)に立ち、左肩を右手で軽く押さえてみる。

「……」と、彼女は、大学3年生のような赤みがかった顔で、ぼくを見上げる。

ぼくは、『とあるコト』にチャレンジしてみたかった。

それを今日『実行』するコトは、今回のデートが決まった時から考えていた。

タイミング的に、今『実行』するのは、どうなのか、という気もする。

でも、酔った彼女をシラフに戻すのに、案外効果的なのかもしれない。

思い切ってみるコトにした。

「赤くなってるじゃーないか。きみが認めないからって、ぼくの眼は全然誤魔化せない」

「なにをゆーの。なにがいいたいのっ」

小さく苦笑いしてしまう、のであるが、ぼくは、軽く息を吸ってから、

「まだまだコドモだなあ。カレン『ちゃん』も」

激しく動揺した彼女が、

「な、な、ながるくんが、『ちゃん』づけ、した。わたしを、わたしのコトを、カレン『ちゃん』って……!!」

「きみ、言ってたでしょ。『たまには『カレンちゃん』って呼んでくれても良いじゃないの』って」

「い……いったカモ、だけどっ。とーとつにカレン『ちゃん』よびされたから、どーよーしてるよ、わたしっ」

「動揺してる自覚があるんだね。なら、大丈夫かな」

「ダイジョウブ、って、どーゆうイミで……」

「明日からも職場で頑張っていけそうだね?」

「そ、それは、あたりまえよ」

「良かった☆」

「……」