リビングに突入する。ゴールデンタイムのテレビ番組を視ている兄の後頭部が見える。
わたしはその後頭部目がけてずんずん進撃していき、
「おにーーーちゃんっ」
と大きめな声で呼びかける。
「あすか。おれが今何をしてるのか分からんのか」
「お笑い番組を視て笑うことで仕事のストレス解消」
「甘いな~」
何が甘いの。
いつもだったら右拳を握り締めてるよ。
今日は……いつもとは違って、拳を握り締めるつもりなんか無いんだけど。
「隣に来て一緒にテレビ視ないか?」
そう言ってくるのは予測の範囲内。
だから、両手を腰に当てつつ、柔らかに朗らかに、
「キモいこと言わないでよ。バカ兄貴」
やや間(ま)があり、それから、
「おまえな~」
と不満げに兄が振り向いてきて、
「『バカ兄貴』とか呼ぶの、やめた方がいいぞ。もっとキレイな言葉づかいをしろ」
わたしはココロ穏やかに、
「お兄ちゃんもだよ。お兄ちゃんだって、言葉づかいには気をつけなきゃ。ガサツな言葉づかいすること多いじゃん」
兄は少し俯き、
「……『お兄ちゃん』呼びに戻ったのは、評価できる」
「何かな、その微妙な言い回し」
兄はもう一度テレビの方に向いてしまい、
「何か用があってここに来たんじゃねーのか?」
わたしは腰に当てていた両手を離し、兄の後ろにさらに接近し、
「お兄ちゃんに用があって、来た」
少し言葉を溜めてから、兄は、
「意見や批判や要望でも言いたいんか」
と真面目含みの声で問う。
「ちがう」
「ち、ちがうのかよ」
「ねぇ」
テレビの方に視線を伸ばしながらわたしは、
「この番組、後でWEB配信とかしてくれるんじゃないの? そういうアプリあるじゃん。視るのは後にしてほしいんだけど」
「なぜに」
「テレビはちょっとだけ消してほしいな」
「だから、なぜに。なにゆえに」
「テレビ消して、わたしのそばに来て。今年最大のお願い」
兄は沈黙。わたしに呆れているのではなく、わたしがこれからしようとしているコトに薄(う)っすらと勘づいてきているんだろう。
「もしや」
わたしに振り向いてくれてはいないものの、背筋を伸ばして、
「スキンシップか?」
ほんのちょっぴり胸がくすぐったくなったわたしは、
「よく分かったね。大正解」
バアッ! と、兄が一気に立ち上がった。
わたしの立っている場所にすぐに歩み寄ってくれる。
「おまえ21歳だったよな」
眉間にシワを寄せながら、
「オトナになっても、兄であるおれの背中であったまりたいってか」
「ピンポーン」
「……おのれは11歳か」
「年齢とか関係ないでしょ」
わたしがそう言うと、困ってしまったような顔になって、
「気が滅入るコトでも……あったのかよ」
「ううん」
アッサリと否定するわたしに、
「わーったよ。理由とか動機とかは言わんでもいい。さっさとひっついちまえ」
と言い、背中を見せてくれる。
兄の照れ顔を見逃すはずも無かった。
歩を進めて、お兄ちゃんの背中とゼロ距離になる。
両手を伸ばして、お兄ちゃんのお腹を押さえつける。
ギュッと抱き込む。わたしのカラダの前側とお兄ちゃんのカラダの後ろ側が重なる。
お兄ちゃんはとっても暖かかった。
寒い季節の寒い夜だから、お兄ちゃんの暖かさで満ち足りた気分になることができる。
暖かさだけじゃなくて、お兄ちゃんのカラダの筋肉質なトコロまでもが伝わってくる。
ゴツゴツしている部分もある。鍛えた結果のゴツゴツだから、受け入れられる。女の子特有の柔らかさとは真反対。そこが、お兄ちゃんの美点になり、魅力になる。
お兄ちゃんのカラダのお兄ちゃんらしいトコロを、しばらく味わい続けたくなる。
胸が密着しているコトなど気にも留めずに背中に顔を埋める。
そしてそれから、その背中を数回グリグリする。
背中グリグリを成し遂げた後で、
「利比古くんとは、ちがうよね」
と言葉を漏らす。
「は!? いきなり利比古の名前出しやがって。おまえ、利比古にもこーいうコトしてるわけじゃねーんだろ!? ま、まるで、あいつのカラダまで、把握してるかのごとく……」
「戸惑うよね。当たり前だよね」
「一体全体なんのこっちゃなんだが」
「お兄ちゃんはそれでいいんだよ」
「よ、よ、よくねーよっ!!」
……かわいい悲鳴だ。