【愛の◯◯】「食べたいスイカの数ぐらい自己主張しなきゃ」

 

8月14日。

ぼくの誕生日だ。

 

利比古、16歳の誕生日、おめでとう!!

満面の笑みで祝福する姉。

「ありがとう、お姉ちゃん」

「あのさぁ……」

「なに?」

少し、照れ隠しするようにしてから、

はい! 誕生日プレゼント

そうやって差し出したのは、夏物のTシャツだった。

「もしかして、これ、お姉ちゃんが……」

「そうなの手作りなの」

洋服を自力で作るなんて。

「――本当にすごいね、お姉ちゃんは」

そうよ! すごいのよわたし

 

「きょうのおまえはヤケに自信満々だなあ。自画自賛ってやつ?」

あ、アツマさん。

「アツマくん、お裁縫なんてなんにもできないじゃないの」

「ああ、お手上げだな」

素直に認めるアツマさん。

「ミシンの使い方、教えてあげようかしら?」

「えーっめんどいー」

ズボラ!!

 

「それはそうと。――おめでとうだ、利比古」

「ハイありがとうございます、お兄さん!

 

「え」

 

「あっ」

 

「利比古……いまおれのこと、『お兄さん』…って」

い、言っちゃった。

「いやべつにいいんだけど」

 

――ぼくの言い間違いに、なぜかいちばん動揺してるのは、お姉ちゃん。

顔を赤くして。

どうして――?

 

 

 

「ところでアツマさん、あすかさんはどうしたんでしょうか?」

「あー作文が忙しいみたいだ。じきに下りてくるよ」

「ほんとうに忙しそうですよね……」

切羽詰まっていた。

切羽詰まりすぎて、たぶん彼女はぼくに怒ったんだと思う。

『作文オリンピック』への挑戦。

産みの苦しみ、ってやつか――。

 

 

しばらくして彼女はやって来た。

あ…としひこくん…たんじょうびだったよね…きょう

疲労を隠せていない。

「おいあすか、誕生日には言うべき言葉があるだろ?」

……

「こういうときには、どう言えばいいんだ?」

ふらつきながら、ぼくの前にあすかさんは近寄ってくる。

そして、まるでぼくの身体を支えにするようにして、右手をぼくの左肩にずぼっ、と乗せてきて、

 

ごめんね……利比古くん

 

と、祝福の代わりに謝罪の言葉を。

 

「ごめんね、利比古くん。あんなに怒鳴ったりして」

ぼくはできるだけ穏やかに、

「気にしてませんよ。あすかさん辛そうでしたもんね。…疲れてるんじゃないですか? その様子だと」

「どうしてわかるの。」

「誰だってわかると思いますよ」

彼女は静かに左肩から手を離した。

 

ハッピーバースデー…利比古くん

 

「やっと言えたな。」

「うん。…ごめんお兄ちゃん、なんか空回りしてたみたいで」

「おれも悪かった。頑張りすぎてるのを、黙って見過ごしてた」

「大袈裟だよ…」

 

「わたしも……頑張りすぎに、気づいてあげられなくて、反省。自分のことばかりしてたから、最近。」

「おねーさん、そんなことないですから」

「ううん。あすかちゃん、大切な『家族』なんだし。もっと見守ってあげるべきだったよ」

 

「後悔したってしかたないよ、お姉ちゃん」

「いいこと言った、利比古!!」

アツマさんが褒めてくれる。

「利比古も成長してるじゃないの……」

小さく笑って、姉はあすかさんに向き合う。

「あすかちゃん…」

「おねーさん…」

「あすかちゃん……」

「……おねーさん。」

「……スイカが冷蔵庫にあるの。

 夜に、みんなで食べよう?」

「はい……そうしましょう。」

軽く抱き合うふたり。

 

 

× × ×

 

「なんだかごめんね、利比古くんが主役なのに、わたしの誕生日みたくなっちゃって」

夜、縁側に座ってスイカが来るのを待っていたら、あすかさんがとなりに座ってきた。

顔色が、いい。

「そんなことないですよ。」

「そんなことあったよー」

快活な調子で言うあすかさん。

「わたしが利比古くんの存在感、奪っちゃったね」

そして彼女は頬杖をつく。

そよ風に風鈴が揺られ、チリリチリリ…と鳴る。

「もっと自己主張しないとダメだよ利比古くんは。16歳になったんだし」

「はぁ……」

「『はぁ……』って言わないっ」

微笑みながらたしなめる彼女。

「自己主張の練習しようよ」

「練習、ですか?」

「スイカ、いくつ食べたい?」

「え。…えーっと、」

「はっきり自分の意思を言って。食べたいスイカの数を」

「む、難しい質問ですね」

「難しいでしょ?

 でも、あなたが食べたいスイカの数がいくつか言うまで、わたし作文に手をつけないから

 

強情なくらい強気に、彼女は迫る。

 

ぼくは正直に食べたいスイカの数を言ったのだが……、

なぜか、あすかさんに説教を食らう、というオチがついた。

 

 

 

【愛の◯◯】お久しぶりにお母さんに甘えんぼあすかちゃん♫

 

利比古くんとケンカした。

というよりも、わたしが勝手に利比古くんに当たり散らしてしまった。

ムシャクシャしてやった。

いまは――反省、できてるの?

 

 

『オリンピック』の作文がなかなか書き進まなくて、イライラしはじめていた。

気分転換に、部屋を出た。

利比古くんとばったり出くわした。

彼、「順調ですか?」と言うもんだから――、

気づいたら、わたし、どなっていた。

順調なわけないでしょっ!!!

 

利比古くんは……おびえるようにして、ことばを失ってしまっていた。

 

わたしは逃げるようにして階段を下りた。

 

 

× × ×

 

どうして、どうして、どなっちゃうの、わたし。

ちょっとイラついたぐらいで。

文章が書き進められないのは、自分の力不足。

まるで自分の力不足を、他人のせいにするみたいに、当たり散らして…。

自己解決すべき問題なのに。

なに利比古くんイジメてんのわたし――って感じ。

バカ。

あすかのバカ。

最低。

わたし最低。

 

 

 

……居間をさまよっていたら、

お母さんがソファでくつろいでいるのを発見した。

 

どうしようもなくなりかけているわたしは、

思わずお母さんに、助けを、もとめたくなった。

 

助けて――お母さん。

 

 

「どーしたあすかっ、顔色悪いゾー」

 

「……」

 

「悩める思春期の女の子の顔だっ」

 

「お母さん……」

 

お母さんの隣に腰を下ろし、からだをグッ、と近づける。

そして吐く、弱音。

 

「いろいろわけがわかんないの。ってのはね、いろんなことが、グチャグチャしちゃって、こんがらがっちゃって――危ないの、わたし」

 

お母さんは問う。

「助けてほしい?」

「助けてほしい。」

 

お母さんのからだに身を委ねるわたし。

甘えるわたしを、フワッと包み込んでくれる、お母さん。

 

「……利比古くんに、キレちゃった」

「あらら」

「自己嫌悪……」

「あらまぁ」

 

 

思ってることを、

言えるだけ吐き出した。

それをいつまでもずっとニコニコと聞いてくれるのが、

お母さん。

 

ようやくわたしは、安心した気分になることができる。

 

 

「ありがとう…お母さん。」

「どういたしまして。

 あすか、肩とか腕とか、こってるよ」

「さすがに…ね」

「ガチガチあすかを柔らかくしてあげる」

 

そして、わたしの肩や腕をほぐしてくれる。

思わず「ふぅ……」と溜め息が出てしまう。

 

「久しぶりだな、甘えんぼのあすかは」

「……甘えんぼさんになっちゃった。17歳にもなって」

「正直、うれしい」

「甘えてくれて?」

「うん♫」

「お兄ちゃんには……ナイショ」

「もちろん」

「とっ、利比古くんにも……」

「もちろん♫」

 

 

「あのねお母さん。

 ずいぶん前だけど――わたしが高校のスポーツ新聞部に入りたてのとき、

『あすか、どんな道を選んでも、文章は書き続けなさい』

 って――お母さん、言ったじゃない」

だが、お母さんはキョトンとして、

「そんなこと――言った!? わたし」

「い、言ったよぉ」

「ホントか~?」

「ホントだもんっ。

 嬉しかったんだもんっ、わたし。

 びっくりしたけど――嬉しかったんだ。

 お母さんのそのことばが――『支え』になってるのかなあ。

 お母さんのことば、想い出すと、自信が出てくる。

 お母さん。

 わたしこの先――どういう未来が待っていても、文章は書き続けるよ。

 きょうみたいに――グシャグシャ状態で、迷って悩んでも。

 挫折しても。

 失敗しても。」

 

 

× × ×

 

元気が出た。

 

利比古くんにいつ謝るか、考えるだけだ。

 

すっかり元気を取り戻したわたしは、ソファから立ち上がって、階段に向かって歩き出そうとした。

 

すると、

「あすか」

なぜか呼び止めるお母さん。

「え、なに、お母さん」

――お母さんは、イタズラするみたいに笑って、

「――新しいブラジャー、買ってあげようか」

 

え、え、なにそれ。

唐突!

 

 

わたしは――返す言葉が思い当たらずに、

もうっ

と困り声を発するしかなかった。

 

 

 

 

【愛の◯◯】握りこぶしと握りこぶし

 

居間のソファで雑誌を読んでいたら、流さんが現れた。

「くつろいでるね」

「ハイ」

「暑さを感じさせないくつろぎかただ」

「エッ」

斬新な言葉づかいだ。

 

「愛ちゃん、アイスコーヒー、飲む?」

「飲みます飲みます」

「ボトルコーヒーでいい?」

「いいですよ」

「無糖だよね」

「無糖で!」

 

× × ×

 

アイスコーヒーを持ってきてくれた流さんは、わたしにグラスを渡すと、ソファに程近いテーブルの椅子に腰掛けた。

 

「…流さん、きょう見た夢の話、していいですか」

「面白い夢でも見たの?」

「はい」

「どんな?」

三島由紀夫が出てきました

「ハハ…それは…すごい夢だな」

その三島由紀夫が、やがて谷崎潤一郎に変化していったんです

「そ、それは……とんでもない夢だなぁ」

 

 

「ところで」

「ところで、?」

「麻井さん、だったよね……利比古くんの先輩の娘。家出するつもりでうちに来てたみたいだけど、ひと晩でほかの所に行っちゃって。あのあと大丈夫だったんだろうか」

「収拾はついたみたいで」

「そうか…」

「根本的な解決には至ってないみたいですけど」

「そりゃ、一朝一夕(いっちょういっせき)にはねぇ……。いろいろと抱え込んでるんだろう」

「優しいですね、流さん」

「そう言ってくれるとうれしいよ」

「あれから何回か、りっちゃんとは連絡をとったんです」

「『りっちゃん』、?」

「あー、あの子下の名前が『律』なので」

「なるほど。――仲良くなったんだね」

「はい! 案外素直でいい子ですよ」

 

 

それからわたしは連休中にオープンキャンパスに行った話をした。

「感触は?」と、流さんは訊(たず)ねる。

「――第一志望は、やっぱりここだな、って思いました」

「それはよかったね。――しょうじき、きみは、いろいろ迷ってる感じがしたから」

「迷ったり、悩んだ時間も、無駄じゃなかったと思います。でも――この先、迷うことはないと思う」

「確信があるんだね」

「いろいろスッキリして。視界がひらけて」

「何よりだよ、それが」

微笑む流さん。

わたしも、微笑み返して。

「カリキュラム的にも、あの大学が、わたしのやりたいことがいちばんできそうです。学生さんたちにも、『熱気』があって。図書館もステキだった――図書館はポイント、高いですね」

「図書館は大事だね」

「大学ですもんね」

「大学だもんね」

 

 

× × ×

 

テーブルの流さんをまっすぐ見て、

わたしは言う。

流さん。

 お互い、がんばりましょう

流さんも、わたしをまっすぐ見つめ返す。

 

わたしはソファから立ち上がっていた。

それに呼応するように、流さんも立ち上がる。

流さんにわたしは歩み寄る。

少しだけはにかんで、

「約束――しませんか」

「どんな約束?」

「こんなです」

わたしは右手で『グー』の握りこぶしを作っていた。

その握りこぶしを、そっと流さんの前に差し出す。

ああそういうことか――と覚(さと)った流さんも、同じように『グー』を作る。

そして握りこぶしを、すっ、と差し出すのだ。

お互いの握りこぶしが、今にも触れ合いそうで。

約束。

 

――がんばろう、愛ちゃん

――流さんもですよ。

 

コツン、とぶつかる、握りこぶしと握りこぶし。

 

激励の証だ。

 

 

 

目指す先まで――、

もう、一本道。

 

 

 

 

【愛の◯◯】わたしの夏は、/ソルティライチ。

 

葉山ちゃんの部屋を掃除していたら、かわいいデザインのノートが埋(うず)もれているのを発見した。

彼女には悪いと思いつつも、好奇心にかられて、ノートを開いてみる。

するとそこには――。

 

 

 

 

 

夏。

 

なんてったって夏。

 

最上級の夏。

 

 

季節に抱きしめられて。

 

 

わたしの夏は、

 

ソルティライチ

 

 

あなたの夏も、

 

ソルティライチだったらいいのに。

 

 

わたしとあなたの夏が、

 

ソルティライチであってほしい。

 

 

ソルティライチみたいな甘さが、

 

溶け出してくる夏に、

 

さざなみのように聞こえてくるのは、

 

8月のオカリナの音色。

 

 

 

 

 

 

これ、

もしかして、

ぽ、

ポエム、

って、やつじゃないかな、

そうだよね、

どうしようもなく、

ポエム。

 

そっかあ。

葉山ちゃんも、スミにおけないなぁ~。

あはは……。

 

 

× × ×

 

「ルミナさーん、掃除もう終わりましたー?」

ひょっこりと顔をのぞかせる葉山ちゃん。

さりげない場所にさりげなくノートは置いておいた。

「終わったよ」

「ひゃ~、とてもキレイ~~! 部屋が生まれ変わったみたい!! いつもながらありがとうございます、どうやったらここまでキレイにお掃除できるんですか!?」

「特別なことは、してないよ。

 ただ――真心込めて、やってるかな。

 ピアノ練習させてもらう代わりの、約束だし」

「――あれっ」

ん、

どうしたのかな。

なにゆえ、照れてるみたいな顔になってるのかな、葉山ちゃん。

まるでなにか発見したみたいに。

彼女は顔を赤らめて、

「――もしかして、

 見つけちゃいました?

 

 

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】家出娘で、眠り姫

 

電気を消した部屋。

私と麻井のふたりっきりで――、

寝ている。

 

ベッドでうつらうつらしている私のそばで、

床に布団を敷いて寝ている麻井。

寝ている、といっても、眠りに入っているというわけではなさそうで、

暗くてよくは視えないけれど、思うことがあって――なかなか寝付けないのかもしれない。

長い夜になりそうだ。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

家出娘の麻井は、昨晩利比古くんの邸(いえ)に泊まったらしい。

驚いた。

どういう行動力だ、いったい……。

 

根が真面目な麻井は、あんまり甘えちゃいけないと、1泊2日でお邸(やしき)を引き払って――でも、行く「あて」が無いっていうことで、ここ甲斐田家に落ち延びてきた。

(愛さんには引き留められた、って言ってたけどね。)

 

予感はあったんだ。

追い詰められてる感じがしたから――じぶんの家を飛び出して、私の家に助けをもとめてくるかもしれない、って。

私にも、

そして私の親にも、

助けをもとめて。

 

 

恐縮そうに麻井は玄関に入ってきた。

2ヶ月前に来たときみたいに、脱いだ靴を丁寧に揃えて、重たそうなカバンをゆっくりと慎重に床におろす。

麻井の私服を見るのは、久しぶりだった。

学校での「なり」とは正反対。

フォーマル? というか……小さい身体ながら、ぴっちりと着飾っていて、清潔感にあふれている。

こじんまりとしているけれど、麻井らしくない行き届いた服装で――しかも可愛らしい。

 

出迎えたお母さんは、とりあえず麻井をハグ。

2ヶ月ぶり、今年2度めのハグ。

よしよしと、麻井をナデナデして、

「よくがんばったね。」

と、暖かくなぐさめる。

 

 

お母さんは、麻井の好き嫌いをわざわざ入念に本人から訊き出して、麻井の苦手な食材が入っていない夕食を作ってあげる。

 

家族3人プラス麻井で夕食。

 

「なんだか、娘がふたりになったみたいだなあ」

「こら、お父さん」と私はたしなめるが、

「律さん、テレビでも観ないか?」とお父さんはリビングに促す。

 

麻井→私→お父さんの並びで、ソファに着席。

ゴールデンタイムのバラエティ番組を視聴。

なぜだか、興味津々そうに画面に眼を向ける麻井。

「……なんかやけに面白そうに観てない?」

私が不思議がると、我に返りながらも、

「ふだん…こんな番組観ないから……」

「そっか。――麻井はテレビ番組を観ずにテレビ番組を作るタイプの人間だったね」

私の指摘に反応したお父さんが、

「テレビ観ずに番組作るのかぁ~!! すごいなあ!!」

声が大きいから…。

途方に暮れる私。

コントラストを成すように、満更でもない麻井…。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

「――で、回想が終わって、私と麻井が消灯した部屋で就寝しようとしている場面に、時系列は戻るわけだ」

「うるさいよ甲斐田…なにわけのわかんないことを」

「わかんないついでに」

「はぁ?」

「麻井が駆け込んでくるまでに、ブログの中の人から連絡があって――、

 明日と明後日はブログおやすみ。

 3連休も、わかんないんだけど、おそらく更新はおやすみ。

 ――だってさ」

「はぁ!?」

「仕方ないでしょ。5日間も更新休むとなると、予告しておいたほうが読者の皆さんのためよ」

「……夢でも観てんの!? アンタ」

おやすみ麻井

「くっ……」

 

 

 

 

× × ×

 

夜中に目が覚めた。

深夜2時をまわっている。

 

麻井の気配を、濃厚に感じ取って、

たまらず――、

「眠れないか。」

と、布団の彼女に、声をかける。

 

藻掻(もが)いてるんだ、麻井。

イライラして苦しくて寂しくて悲しくて将来が気がかりで家族ももちろん気がかりで、

いろんなものが、やってきて、それらといちいち格闘して、しまくっていて……。

 

そりゃ、不眠にもなるよ。

 

しょうがない。

 

「起きといてあげる、私も」

 

照れてるのかどうか知らないが、返事をしない麻井。

と思ったら、ガバリと布団から起き出す音。

 

「どうしたの?」

 

「甲斐田、アタシ――布団だと眠れない」

 

「えっ」

 

「布団じゃなくてさ……」

「な、なにを、かんがえていらっしゃるのかな、」

「……いいでしょ?」

「いいでしょってなにが。

 ……まさか」

 

まさか。

 

「ベッドで寝させてよ」

 

「あさいさん…あんた、なんさい?!」

 

何歳だっていいじゃん……バカッ

 

 

……麻井の体格なら、私のワキで眠っていても、スッポリとベッドにおさまるのは、確かだった。

でも……私、お母さん役!?!?

子守りとか、したことないんですけどっ!!

 

 

× × ×

 

「うん。やっぱり、ベッドのほうが落ち着く」

「――いろいろと?」

「――いろいろと。」

私は溜め息。

結局、麻井をベッド内に迎え入れてしまった。

 

× × ×

 

そして、スマホの表示で、AM2:30。

麻井が寝息を立て始めた。

 

グッスリと眠りに落ち始める、

腐れ縁の、

家出娘。

 

まったく――18歳の幼女だかなんだか知らないけど。

「めんどくさい眠り姫だ。」

あきれて、爆睡中の麻井のあどけない顔に私はつぶやいて、

ベッドの中で、『眠り姫』の小さな手を、握ってあげた。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】白バラ牛乳と、麻井さんの兄想いと、わたしの志望大学非・ブランド志向

 

いつも通り早朝に起きて、朝ごはんの支度をしようとする。

 

そしたら、ダイニングの入り口に麻井さんが姿を現した。

どうしたんだろう。

こんな時間に。

 

何も言わず麻井さんは立ちんぼ状態。

とりあえず、

「トイレならあっちだよ」

しかし彼女は、

「違うから」と否定して、

「牛乳が…飲みたくて」

なるほどそういうことか。

「『なにか飲みたくなったら、冷蔵庫にある飲み物好きに飲んでいい』って言われたから……飲もう、と思って」

わかったわかった。

「――どの牛乳がいい?」

「どの牛乳、って――」

わたしは苦笑しつつ、

「いろんな銘柄のがあって」

冷蔵庫を開け、

「これなんかどうかな」

すると麻井さんは眼を見開いて、

「アンタそれ……『白バラ牛乳』じゃない。

 白バラ牛乳って、山陰地方のメーカーのやつだよ!?

 どうして白バラ牛乳が冷蔵庫にあるの……」

詳しい。

「詳しいね」

「…それ、飲む」

「白バラ牛乳?」

「白バラ牛乳」

 

× × ×

 

お湯が沸いたので、

「わたしコーヒー飲むけど麻井さんはどうする?」

「ん――」

「ごめん、気が進まなかったかしら」

「ううん、アタシも飲むよ」

 

いつものようにわたし専用のマグカップで、何も足さない黒々としたモーニングコーヒーを飲む。

気持ちがシャッキリ。

砂糖やミルクを入れる代わりに、麻井さんは白バラ牛乳をコーヒーにどばどばと注ぎ入れて、飲み始めた。

そしてポツリ、と口を開く。

「アンタさ」

「?」

「弟がいるって、どんな感じよ」

「――かわいくて、しょうがない」

「羽田が?」

「利比古が。――抱きしめたいぐらい、かわいい」

「仲――いいんだね」

「当然よ」

にわかに麻井さんの顔が曇ってきた。

マズイかな? と思いつつも、訊いてみたくなって、

「あなたには、きょうだいはいないの?」

「…兄がいる」

「ふたりきょうだい?」

「うん…」

「じゃあ、うちのアツマくんとあすかちゃんのきょうだいとおんなじだね」

麻井さんの曇り顔に、さみしさの感情が加わったような気がしたので、

「……この話題、マズかったかな」

彼女はかぶりを振って、

「仲がいいみたいね――あのきょうだい」

「ケンカが絶えないけどねえ」

「アタシと兄は――もう何年も、ケンカすらしてない」

び、微妙な空気になっちゃいそうだ。

しかし麻井さんは話し続ける。

「兄が国立の受験に3回失敗してさ」

「国立――国立大学?」

「そ。そんでもって、兄のメンタルが、こう――なんだかおかしくなっちゃって。人格がまるっきり変わっちゃったみたいに。部屋に引きこもりになって、親の前で暴れたりして――」

マグカップを持っているわたしの右手が固まった。

「むかしは、そんなんじゃなかったんだけどな。

 アタシ、お兄さんが好きで、ほとんど『お兄さん子』みたいな感じだったのに。

 たとえば――そうだな。

 小さいとき、ごはん食べてて、アタシがお兄さんのお皿の唐揚げを欲しがっていたら、黙って唐揚げを分けてくれるような……優しいお兄さんだった。

 妹想いの。

 小学生のころは、あちこちに旅行で出かけて――よかった、あの頃は。

 時間を巻き戻したいなんて、思わないけど」

哀しそうに笑う彼女。

「麻井さん……。

 つらかったんだね……」

「なーにアンタが感じ入ったような顔つきになってんのよっ!」

わたしのマグカップを見て、

「飲みなよ、ブラックコーヒー」

「そだね…」

「たしかに、つらいよ? つらいけど――こうやって話してると、少しラクになったかも。自分語り、ゴメンね」

「ううん、全然いいんだよ、麻井さん。それに――ここに麻井さんが来てなかったら、話す機会もなかったかもしれないじゃない」

「……アタシ……他人に、関わりたいと思って、頼り切ってばっかり。寄りかかってばっかり。…依存だね。はっきし言って」

「わたしは依存じゃないと思うよ。」

ちょっとだけ、麻井さんは戸惑い顔。

「白バラ牛乳……おかわりする?」

 

× × ×

 

だんだん、夏の気温も上がってくる。

まだだれも起きてこないけれど。

 

「…ねえ、愛さん」

ぽしょっ、と麻井さんがつぶやく。

「なになに?」

「愛さんは――どこの大学受けるの?」

進路の話題か。

おたがい高3の夏だし、気になるよねぇ。

「やっぱ――東大、とか?」

覚悟してたけど、やっぱり言われるか~。

――、

自分の本心は、包み隠さず伝えないとな。

 

「わたし、東大も京大も受けないよ、たぶん」

 

「え、え、羽田に言わせると、アンタあんな名門でも成績優秀だって――」

 

「あんまり――関係ないんじゃないかな」

 

麻井さんがテンパり始める。

でも、

「偏差値がすべてじゃないでしょ?」

「そ、損だよ。できるだけ上を目指したほうがいいと思うよ、アンタみたいな子は」

「麻井さんの言うことも、もっとも。

 理解してる、それは。

 でもね――、

 もう決めちゃったんだ、わたし」

そう。

グズグズしている時期は、終わりを告げたから。

わたしは考えて、自分で進む道を確定させた。

「麻井さん。

 わたし――ファッションと大学だけは、ブランド志向じゃないの。

 

あっけにとられる彼女。

 

やりたいこと。

それを、実現できる場所。

自分で考えて、考えて、ようやく見つけた。

迷わない。

 

「迷わないよ、わたし。

 こういう決意表明するのは――あなたが初めてかも、麻井さん」

そう言って、

できるだけ優しく、

彼女に笑いかけてみる。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】この僥倖(しあわせ)に浸ってみよう

 

――もう、限界。

 

スキを見はからって、家を出た。

手には、まとめた荷物を入れたカバン。

つまりは。

 

× × ×

 

改札を出るとすぐに、羽田に電話をかけた。

出る羽田。

『こんにちは会長』

ゴクリ、と生唾を飲む。

『…どうしましたか?』

「あのさぁ…」

『…はい、』

「あのさぁ……あ、あのね、は、羽田」

『……?』

言うしかない。

 

「いま、アンタの邸(いえ)の、最寄り駅に来たんだけど」

 

『――ウチに遊びに来たかったんですか!?』

 

う……。

 

事情を話す、勇気を、

先送りにして。

 

「申し訳ないんだけど…駅前まで…来てくれないかな。案内してくれないかな」

 

きっと――アタシのいでたちを見ちゃったら、羽田、驚いちゃうだろう。

 

 

× × ×

 

「どうしたんですか!? その大きな荷物は」

「……」

「会長?」

「着替えとか…いろいろまとめてあるから」

「い、いきなり泊まりがけ、ですか」

「そんなんじゃないの…」

 

弱々しい声しか出ないよ。

 

「重そうだから持ちます」

ダメ!!

「で、でもっ!」

自分で持つの! 自分で持っていって、自分で責任を取らなきゃ!!

 

「会長――」

 

こんな時点で、

あえいでいて、

どうするんだ、

麻井律…!

 

「そういえば、

 会長の私服姿って、

 いままで見たことありませんでした。

 お互いさま、ですけどね」

 

アタシはちゃんと、『よそゆき』の格好で――家出してきた。

羽田は、無理やり話題を変えようとしたのではなく、わたしの真意に気づいたことを、それとなく示したのだ。

 

 

 

× × ×

 

道中。

 

「明日美子さんは、NOとは言わないと思います」

「明日美子さん?」

「アツマさんとあすかさんのお母さんです。アツマさんは知ってますよね?」

「知ってる」

 

× × ×

 

玄関。

その、アツマさん、である。

入学式の日に会って以来だけど、アタシより遥か高い背丈は、はっきりと憶えている。

「利比古から事情は聞いたぞ」

やにわに緊張するアタシ。

「…めんどくさいやっちゃ」

責めるような口調ではなかった。

「おこら…ないの…?」

「へ」

「…おこら、ないん、ですか、?」

「こういうのは慣れてるんだ」

 

× × ×

 

豪邸としか、言いようがない。

突き抜ける天井。

破格の規模の広間。

 

でも不思議と――空気が馴染みやすい、そんな感じがしてくる。

 

『明日美子さん』の斜(はす)向いに、アタシは座っている。

「利比古くんの先輩なんだってねぇ」

「……はい。」

「疲れたでしょ~、ここに来るまで」

「……そんなことは」

「あるよ」

背筋を汗が伝う。

しかし、明日美子さんは陽気に笑って、

「――マッサージしてあげようか」

 

ほえっ

 

気が動転して――人ならぬ声が出てしまった。

 

明日美子さんはほんとうにマッサージしてくれた。

アタシの背中を、肩を、腕を――丁寧に揉みほぐしてくれた。

そして、これが仕上げだ、と言わんばかりに――アタシの頭を軽くなでてくれた。

「麻井さん。

 おなかすいたでしょう」

すっかり明日美子さんに懐柔されたアタシは、ひとりでに首を縦にコクン、と振っていた。

 

「明日美子さん……」

「ん~~??」

他人の親なのに、

ひとりでに、彼女の袖口を握って、

……よろしくおねがいします

甘えてしまう。

 

 

× × ×

 

――羽田姉は、アタシを見るなり、

麻井さん!! 会いたかったの!!

返すことばの見当もつかないでいると、

「面白かったよ!! あなたが作ったスポーツニュース番組」

面と向かって「面白かったよ」と言われると、とても恥ずかしくなってしまう。

「そうね、野球パートが特に面白かった! わたし野球好きだし、『プロ野球ニュース』みたいで、楽しかった」

いざ、顔を突き合わせてみると、羽田姉のなにもかもがまぶしくって、余計にアタシは恥ずかしくなってくる。

髪、長すぎでしょ――とは、思うけど。

美人。

アタシがこういう精神状態じゃなかったら、とってもムカついているぐらい、美人。

甲斐田の言う以上だった。

 

第一印象だけど――、

『羽田姉には、アタシは全部かなわないのかもしれない』

本能的に、そういう諦めが、浮かんできた。

それは、ほどよい挫折で。

 

「――アンタ、これからアタシに料理、作ってくれるんでしょ」

「どうしてわかったの?」

「エプロンしてるじゃないの…」

「あ!!」

 

エプロンしてなくても、わかってたよ。

 

「今夜は、わたしだけじゃなくて、あすかちゃんと協力して、美味しいごはんを食べさせてあげるから」

エプロンしてると、羽田姉、まるで新婚の奥さんみたい。

…ちょっと、見とれてしまって、打ち消すようにブンブンと首を振る。

…なにやってんだか。

 

しっかりしろ、律。

 

「――アタシのわがままで、こうなったんだし、アタシも、手伝う義務があると思う」

「料理を?」

「――そう」

手伝わせてよ。

関わらせてよ。

「麻井さんは真面目なんだね!」

もしかしたらこの子は、一発で人間の本質を見透かすのが、得意なのかもしれない。

負ける……。

「うれしいよ! 手伝ってくれると」

負ける…けど、悔しさは、ない。

「無理しない程度にね」

 

 

× × ×

 

夕食後、

羽田姉が、

「今晩、どこで寝る?」と訊いてきた。

「わたしの部屋に布団敷こっか?」

彼女のベッドの隣で寝てしまうと、

完全敗北になってしまうと思ったから、

「えんりょ…しとく」と断った。

「ま、空き部屋、くさるほどあるもんねえ」

どんだけ豪邸なのか。

維持費の問題とか――そういった諸々(もろもろ)のことは、訊くだけヤボなんだろう。

「空き部屋で寝るよ」

「わかった。

 でも、さみしくなったら言ってね」

彼女の笑顔に誘発されて、アタシは頷いてしまった。

この邸(やしき)のひと――生きるのが楽しそう。

思わず、アタシも『浸っていたい』という衝動にかられるけど。

どうしよう。

――とりあえず、

ひと晩だけ、

この幸せに、浸っていよう、溺れていよう。

それから、前を向き直せばいい。

 

「…どしたの?

 さみしいの、麻井さん」

「ううん……考え事」

「そだそだ。トイレの場所、教えておかなくっちゃね」

「……」

 

 

 

【愛の◯◯】出口をもとめて

 

響く怒声。

割れる食器。

殺伐を極める食卓。

麻井家の――食卓。

 

× × ×

 

逃げるようにしてアタシは自室に閉じこもる。

どうにもならないから、

ふさぎこんで、

後ろ向きになって、

「どうしてこうなってしまったのか」を延々と考えてしまう。

 

× × ×

 

この前、家族の目を盗んで、昔のアルバムを開いてみた。

そしたら――写真のなかの両親も、兄も、アタシも、みんな笑っていて、

うっすらと涙が浮かんできた。

家族にさとられるのが怖くて、ゴシゴシと眼の涙を拭った。

 

その写真は、家族旅行に出かけたときの写真で。

旅行の思い出が、ぶり返してきてしまって……。

まだ正常だったころの家族を想ったら、どうしようもなく悲しくて、

さみしくって。

 

両親が旅行好きで、いろんなところに連れて行ってもらった。

連れて行ってくれた場所の風景写真が、アルバムにはたくさん挟まっていた。

けれど――その風景が、必要以上に、色褪せて見えて、

辛くなって、乱暴にアルバムを閉じた。

 

× × ×

 

歯車が狂う前の、

おかしくなる前の、兄の写真を、

アタシは大切にスマホに保存してある。

『お兄さん、はやく本当のお兄さんに戻って』

――そんな祈りを込めて。

――さっきみたいに、食卓で喚いて暴れるみたいな兄が、本当の兄だとは絶対に思いたくない。

戻って、

戻って。

――、

 

戻ってよっ、お兄さん!!

 

部屋の外に声が漏れないように、ベッドのなかでアタシは怒鳴った。

 

戻して、なんて――、

時間を戻して、なんて、言いたくない。

 

 

どこか、遠いところに行きたい。

家族も、だれも、追いかけてこないような場所。

だれも知ってる人間が、いないような場所。

 

「…絵空事か、しょせん」

わざと声に出して、つぶやいた。

 

 

× × ×

 

たとえば、アタシがもし、家出したら――。

アタシの周囲は、どうなっちゃうんだろう?

大事(おおごと)になるに決まってるんだけど。

具体的に、家出したら何が起こるのか――想像力が欠乏していて、思い浮かばない。

どうなっちゃうんだろうなぁ。

お父さんとお母さん、怒るのかな。

怒るより先に、心配してくれるかな?

 

ただ、

家出したい』という衝動が、アタシの意識のなかで、日に日にくっきりとした輪郭を帯びるようになってきていて、

だれにも言えないけど……、

こっそりと、荷物をまとめ始めている。

 

 

 

× × ×

 

不意にスマホが震えた。

羽田がLINEメッセージを送ってきた。

 

『夜分遅くにすみません』

『夏休みだから夜ふかし?』

『いえ…そういうわけでは』

『用件を』

『はい。

 スポーツニュース番組の映像、貸していただいてありがとうございました。

 姉も喜んでおりました』

『――それだけ?』

『え、はい』

『どーいたしまして…』

 

そんなことのためだけにLINEよこしたのか。

羽田は、ほんとにもう……。

 

けれど。

アタシは、

さみしくって、

むなしくって、

かなしくって、

やりきれなくって、

羽田と、もう少し――やり取りがしたかった。

 

関わりたかった。

頼るんじゃない、すがるんじゃない。

羽田と関わって――それで、すさんだ現実から抜け出したかった…!

 

『羽田!』

『…なんですか?』

『……きかせてくれない?』

『…なにを、ですか??』

『……アンタが住んでる、家のことを。』

『どういう風の吹き回しで』

 

アンタのところに家出したい、

 

 

――なんて、

そんなメッセージ、送信できるわけ――ないよね。

 

 

『――興味があるからに決まってんでしょ』

『気になりますか』

『フクザツそうだから』

『そんなことないですよー、楽しいですよー』

『…居候なんでしょ? 姉ともども』

『あー、だから楽しいのかもしれませんね』

 

 

アタシも…居候に、してくれないかな

 

 

送信できるわけのないメッセージを、

震える声でつぶやく。

声だけじゃなく、スマホを持つ手も震えている。

 

アタシは、情けない存在で。

2つも学年が下の、ヒヨッコみたいな男子に、関わることで、じぶんをなぐさめて。

これが依存じゃなかったら、なんなんだろう。

でも、

依存させて、

させてよ、

もっと、

もっともっと、

羽田!!

アンタに一晩中、関わらせてよ!!!

 

 

 

 

× × ×

 

深夜2時。

 

 

 

羽田……アタシあんたのとこに行きたい

 

なんの通知もないスマホを見続けながら、

疲れ切った声で、アタシは言った。