ギンの寝グセが目立っている。同じ黒髪でもあたしとは対照的だ。休みの日でも手入れを怠らないあたしの髪に寝グセなどあるワケない。児童文化センター職員として児童に模範を示すためにキチンとした髪の状態を維持するよう努力している。そんなあたしに対して、ギンの髪には何の努力の形跡も見られない。しかも、寝グセを放置したまま。
まさか、寝グセを目立たせたまま職場に行ってるんじゃないでしょーね……と思った途端に、ガマンならなくなり、ギンの部屋のギンのベッドからあたしは腰を上げる。
壁にもたれるようにして音楽雑誌を熟読している幼馴染男子にずんずんと接近していく。
某・音楽雑誌を強引に奪い、
「今の身だしなみのままのあんたには、この雑誌は読ませられない」
とピシャッと言う。
「あたしのハンドバッグの中にヘアブラシあるから、貸したげる。あたしが見守ってあげてるから、寝グセをなんとかしてちょーだい」
「ヘアブラシを携帯するなんて、おまえにしては用意がいいんだな」
間の抜けた声が聞こえてきて、左側頭部に軽い頭痛を覚えてしまう。
「あたしのコトなんだと思ってんのっ!」
早口で怒鳴りつけるのだが、
「アラサー幼馴染女子」
とか即答してきたので、アラサー幼馴染男子のメガネをすぐさま取り外す。
× × ×
アラサー幼馴染男子の寝グセがなかなか元通りにならないから疲れた。
「もういいよ、あたしの方が疲れてきちゃった」
そう言いつつ、右手を差し出し、
「ヘアブラシ、いったん返して」
素直にヘアブラシをあたしの右手のひらに置くギンが、
「ルミナ」
と呼んでくるから、
「なによ」
と応えると、
「Switch2で遊ぶか」
「えっ」
いきなりの誘いに驚くあたしはヘアブラシをぎゅっと握り締めてしまう。
「なんでそんなビックリしたみたいなリアクションになる」
メガネを再び装着しつつ言うギンは苦笑いだ。
「おまえは物心ついた時からの任天堂ハード大好きっ子なんだから、Switch2に没頭すれば疲れも癒やされるだろ」
任天堂ハードで遊ぶコトが癒やしになるというギンのロジックは理解できるけど、Switch2で『2人で』遊びたいソフトがパッと思い浮かんでこない。1人用ゲームなら、『ぽこ あ ポケモン』を絶賛やり込んでいる最中なんだけど。
「『ぽこ あ ポケモン』にハマり過ぎて、他のSwitch2のソフトが頭に浮かんでこないみたいだな」
キモチ悪いぐらい鋭いギン。
あたしは真向かいのギンの顔が上手に見られなくなる。
「……Wiiにしない? Wiiに」
ココロの微熱を否定できないから苦し紛れになって言い、
「Wiiテニスあるでしょ、Wiiテニス。あたし、高校時代ソフトテニスやってたじゃん!? ……テニスの腕には、実は自信あって」
テンパる姿を幼馴染男子に向けて見せてしまっていたら、テンパる姿を眺めていた幼馴染男子が腰を浮かせ、あたしの目前に徐々に近寄ってきた。
なんなの、ギン……。
なんでどーして、そんなに距離を詰めてくるの……?
「腕、ねぇ」
呟くように言ったあと、ギンはギンの右手をあたしの右腕に近付けてきた。
下の腕に、右手のひらの感触。
そんなスキンシップ許した憶えないんですけど!?
「――ソフトテニスしてた割には、柔(やわ)っこいな」
「せせせセクハラっっ」
怯えるあたしは震える声を出す。……腕をギンの魔の手から離せないままに。
「気持ち悪かったか」
そう言いながらギンはギンの魔の手を離す。
「ごめんな」
謝る声は真面目な反省の色を帯びていた。
「……おれ、最近、おまえとの距離感が、イマイチつかめなくなってきていて」
声に真面目さを籠め続けるギンは、
「なんか、『これまでと同じでいたくない』というか、なんというかで」
幼馴染男子のキモチの露出に直面したあたしは、ベッド座りの姿勢を正す。
大きく息を吸って、長めに息を吐いて、それから、
「現状維持に、飽きちゃったの?」
さほど間(ま)を作らずにギンは頷き、
「おおむね正しい」
あたしは再び、大きくて長い深呼吸をしてから、
「そういうキモチは分からないでもないけど、あたしの腕に触る時は、ヒトコト言ってからにして。幼馴染同士だけど、あたしは女子なんだからね?」
と告げる。
触れられたダメージもだいぶ鎮まっていた。
だから、
「現状維持がイヤなのは、あたしもだよ。幼馴染を超えた幼馴染になってみたい」
と、言ってみちゃったりもする。
「……なんだそりゃ」
やや下を向いて呟くギンの顔には確かに微笑みがある。
あたしは、
「ギンが今の10倍誠実になってくれたら、あたし、今の100倍、ギンを好きになれる」
と、熱いコトバを吐き出していく。
Switch2やWiiどころじゃないシチュエーションになってきちゃったけど……まあいいや。