【愛の◯◯】バカ羽田。夢で振り回してくるなっ!!

 

特急列車の車内だ。

ものすごく顔立ちの整った男子が隣の席に座っていることに気づく。

羽田だった。

羽田利比古だった。

後輩のイケメンぶりに、アタシは眼を凝らしてしまう。

間近で見ると、吸い寄せられそうで……。

「どうかしたんですか? 麻井先輩」

余裕ありありに言う羽田。

吸い寄せられそうだったのが恥ずかしく、窓のほうに眼を転じる。

車窓風景を見ながら、

「……常磐線だね。」

と、なんの意味もない呟きをしてしまうアタシ。

「そうですよ。常磐線特急ですね」

だよね、羽田。

だけど。そうなんだけど。

「そもそもアタシとアンタ、どうして常磐線特急に乗り込んでんの?」

フフフッ、と不可解な笑いかたをする羽田。

「こ、答えてよっ。知ってるんでしょ、アンタ」

ふたたび羽田のイケメンフェイスを見て言うアタシ。

アタシは前のめりになって、羽田に触れそうなぐらい距離を詰めてしまう。

「先輩」

「……うん」

「知りたいですか? 理由を」

「知りたいよ」

「じゃあお教えしましょう。理由は――」

 

× × ×

 

ここでアタシが見ている景色がガラリと変わる。

ここは――羽田が居候しているお邸(やしき)のダイニング・キッチン。

さっきまで常磐線特急に居たはずなのに。

ワープしたっていうの。

 

羽田が立っていた。

「麻井先輩。コーヒー飲めますか」

「ば、バカにしないでよ」

「してませんよ」

羽田が向かいの椅子に座る。

座った途端に、アタシの手もとにコーヒー入りのカップが現れた。

なんなの。魔法でも使ったの、羽田。

いつの間にか羽田は自分のコーヒーカップを手に持ってるし。

「先輩も飲んでくださいよ。最高級のミルク入りなんですよ? そのコーヒーは」

「さっ最高級ってなによ」

「最高級は最高級です」

「んなっ……」

いったんカップを置いたかと思うと、席を立ち、すさまじく大きなステレオコンポに近づいていく羽田。

「ちょちょっと、アンタなにするつもりなのよ」

「慌てないでください」

やんわりとたしなめるように言ったあと、

「麻井先輩は――ニッポン放送とTBSラジオだと、どっちが好きですか?」

は!?

「時計見てください。ちょうど深夜番組の時間帯ですから、オールナイトニッポンを選ぶかJUNKを選ぶか――」

 

 

 

 

 

 

 

掛け布団を蹴飛ばす勢いで身を起こした。

 

夢だったのだ。

 

目覚まし用のデジタルクロックを抱えて時刻を見る。

夜明け前。

恥ずかしい夢見た。

羽田の登場する、恥ずかしい夢を……。

バカ。

バカバカ。

羽田のバカバカ。

 

「頭痛いじゃん。アンタが夢に入ってきたせいで」

 

そう独(ひと)りごちて、掛け布団をキツく抱きしめる。

アイツを、羽田を、羽交い締めにするがごとく……掛け布団を、ギュッとする。

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】これまでに見たこともないほどの女性(ひと)

 

こんなに高い天井を見るのも初めてなら、こんなにフカフカのソファに座るのも初めてだ。

斜め右前には戸部あすかさんが座っている。

「――やっと、邸(ここ)に来てくれたね」

あすかさんは笑って、

「ようこそ、加賀くん」

 

× × ×

 

「悪いねえ。受験の合間を縫うような感じになって」

「べつに悪くない。むしろ、違う環境に来てみるのがリフレッシュになったりもするし」

「それは良かった」

ニコニコと、おれの1つ上の先輩女子は、

「わたし、幸運を祈ってるから」

「……あっそ」

「なにそれー。そんなリアクション良くないよー。幸運逃げてくよ?? わたしは本気で応援してるんだから、加賀くんの受験を」

いや。

ドヤ顔で「応援してる」とか、言わないでくれや。

ホントのホントに本気なのかよっ。

 

× × ×

 

やはり、スポーツ新聞部の近況報告をさせられた。

会津と日高と水谷が相変わらずであることを伝える。

本宮も部にすっかり馴染んでいることも伝える。

 

「次の部長どうするの、早く決めたほうがよくない?」

痛いところを突かれる。

「迷ってるんだよ。『加賀先輩が指名してください』って、2年生トリオから言われてるんだけど」

「2月中には答えを出さなきゃ」

心なしか前のめり体勢で言ってくるあすかさん。

困ってきてしまう。

「お、おれは……日高か水谷の……2択だと思ってて、」

困惑しつつ言っていると、

「あっ、『おねーさん』がやって来てくれたよ、加賀くん」

え?

『おねーさん』??

あすかさんの唐突なコトバにさらに戸惑うおれ。

そんなおれの背後に、人の気配がした。

振り向いた。

すると。

そこには。

これまでに見たこともないほどのキレイな女の人が、立っていた……。

 

× × ×

 

「あなたがあすかちゃんの後輩の加賀真裕(かが まさひろ)くんね!! はじめまして」

『おねーさん』すなわち羽田愛さんが、「はじめまして」を言ってくる。

顔がマトモに見られねえ。

「会いたかったわ。なんといっても、あすかちゃんの愛弟子(まなでし)なんだもの」

『会いたかったわ』という響きが、おれの心臓に食い込んでくる。

ドギマギとドキドキがミックスされる。

ヤバい。

『年上の女の人』という弱点を、こんなに恨んだことなんて、ありゃしねえ。

どうすればいいんだ。

マジ、なにも言うことができねえ。

「おねーさんおねーさん!! 加賀くんすっごく緊張してますよ!? 可愛いって思いません!?」

『可愛いってなんだよ』っていうツッコミすら、口に出すことができねえよっ。

苦し紛れに、あすかさんの顔を見る。

しかし、

「わたしの顔見てもしょーがないよね??」

と、あすかさんは容赦がない。

「まあまあ、あすかちゃん。せっかくお邸(やしき)を訪ねてきてくれてるんだから、もう少し優しくしたっていいじゃないの」

やんわりとあすかさんをたしなめたあとで、

「ねえ、加賀くん。コーヒーは飲めるかしら?」

と、羽田愛さんは。

おれは、愛さんの顔ではなく、あすかさんの顔を見ながら、

「……砂糖入りなら」

と答える。

今にも大爆笑しそうな表情のあすかさん。

ひでえよ。

 

× × ×

 

ダイニング・キッチンに歩いていく愛さん。

その後ろ姿すら……まぶしくて、直視できない。

 

 

 

【愛の◯◯】ほのかちゃんと岩波文庫 ほのかちゃんと珈琲のお味

 

都内某大型書店。

文庫本のフロアに来て、同行者の川又ほのかちゃんに、

「どこらへんが見たい?」

と訊く。

岩波文庫岩波文庫の新刊が見たい」

答えるほのかちゃん。

へーっ。

岩波文庫かあ。

すごいなーっ。

わたしは思わず、

「なんか、エリートっぽい」

という声を漏らしてしまう。

ほのかちゃんは眼を丸くして、

「エリートっぽいって……なに」

「ごめんごめん、ヘンなこと言って」

いちおう、謝るのだが、

「でもさ、実際エリートじゃん? ほのかちゃんって」

「それは、出身校的にってこと?」

「そだよ。だってさあ、ほのかちゃんが出た女子校より頭いい女子校、日本には存在しないじゃん」

「そ、それは誇張じゃない!? ちょっと大げさだよ、なぎさちゃん」

「ほのかちゃん」

「……なにかな」

岩波文庫が、あなたを待ち構えてるよ」

「なぎさちゃん……」

 

× × ×

 

10分以上岩波文庫の棚を凝視している、エリートなほのかちゃん。

わたしをチラ見して、

「す、好きな棚に行ってもいいんだよ、なぎさちゃんは」

と言うけど、スルーして、

「古典の総合デパートみたいだね、岩波文庫って」

と、わたしは。

「総合デパート、か……。上手なたとえかた」

「ありがと。上手って言ってくれて」

不思議な沈黙が流れる。

不思議な沈黙が続くのを嫌って、わたしは、

「古典の西武百貨店、ってところか」

とボケる。

池袋なんだしねー。

 

× × ×

 

ほのかちゃんは岩波文庫を2冊買い、わたしは中華料理のレシピ本を1冊買って、某大型書店を出た。

 

× × ×

 

それから。

 

とある地下の喫茶店に、わたしたち2人は入店。

店内は絶妙な塩梅で薄暗く、緩やかに年代物のジャズが流れ、なおかつ閑散としている。

「こんなお店、知らなかった。よく知ってたね、なぎさちゃん」

「知らないのは当たり前でしょ。池袋がどんだけ都会だと思ってるの」

「わ、わたし、実家がカフェだから、この辺りで知ってるお店もけっこうあるの。だけど、このお店は、たぶんわたしの父も知らないよ。穴場中の穴場だと思う」

ほのかちゃんがそう言った直後に、マスターが自ら注文を取りに来る。

「穴場中の穴場」と言ってしまったので、顔を赤らめるほのかちゃん。

マスターはニッコリとしている。

オトナだな~。

 

× × ×

 

「ほのかちゃん」

「なに?」

「素っ頓狂な大声とか、出しちゃダメよ」

「い、いきなりなにそれ」

「TPO」

「……」

「素っ頓狂な大声さえ出さなかったら、いくらでも話し込めるんだから」

「……話し込めるって??」

ここで、珈琲が2つ運ばれてくる。

マスター自らのご提供。

ナイスタイミング。

ナイスタイミングなので、さり気なくマスターに微笑(わら)いかける。

 

× × ×

 

珈琲カップを静かに置いたほのかちゃん目がけて、

「ねえねえ、採点してよ、ここの珈琲の味」

「えっ」

「いいでしょ、マスターも怒らないよ。なんてったってあなた、喫茶店の血筋なんだから」

「血筋は、血筋だけど」

どこからともなくメモ紙を取り出すわたし。

ペンと共(とも)に、彼女に差し出す。

結局は受け取る彼女。

ペンを動かして、

「はい」

とメモ紙を渡してくれる。

 

『74点』

 

メモ紙にはそう書かれていた。

「これまた微妙な」

率直に言うわたし。

「なぎさちゃんは微妙だと思うかもしれないけど。わたしにだって、評価基準があるんだから」

「詳しく。」

「んん……」

「あるんでしょ?? 基準」

ほのかちゃんが困り始めてきた感じがしたから、

「――やっぱいいや、また今度。」

と諦める。

慈悲のあるわたし。

 

さて。

 

「なにから、話し始めてみようかなぁ」

「へ、ヘンな話題振らないでよね!? それこそ、TPOだよっ」

「まあね」

「『まあね』って……。なぎさちゃん」

思わず笑ってしまった。

ま、TPOは大事、ではある。

なので。

無難に、羽田愛さんの近況について、情報を交換してみよっか。

「――ほのかちゃん。あなたの尊敬する羽田愛さんも、だいぶ調子を取り戻したみたいで」

うなずいてから、

「そうだね。羽田センパイ、元の羽田センパイに、ほとんど戻ってきてる」

とほのかちゃん。

 

……さてさてさて。

なんとかキッカケをつかんで、羽田利比古くんのことについて、触れたいところではあるが。

 

 

 

 

【愛の◯◯】2月に入ると同時に利比古くん相手にテンパって◯◯

 

朝食後。

リビングのソファに座って、ミヤジに電話をかけようとしていた。

そしたらば。

向こうから利比古くんがやって来たから、超ドッキリ。

ヤバい。

利比古くんの居るところで、ミヤジに電話することなんか、できるわけがない。

反射的に、スマホを後ろに隠す。

 

ところで、わたしは、違和感。

というのは――平日のこの時間帯に、なぜ利比古くんが邸(いえ)に居るのか?? という疑問が湧いてきたのだ。

疑問なので、彼に向かって、

「利比古くん、なんで居るの。なんで学校に行ってないの」

と訊く。

すると彼はハンサムスマイルで、

「2月になったからですよ」

と。

「え?? 2月?? 2月になったのと、どういう因果関係が――」

「あすかさんも鈍(ニブ)いんですね」

にっ、鈍くない。鈍くないよっ。

利比古くんには特に、「鈍い」なんて言われたくないっ。

少しテンパっているわたしを尻目に、

「自由登校期間って、あるでしょう?」

と彼は。

 

あ。

 

「――ようやく、気づいてくれたみたいですね」

 

× × ×

 

自由登校期間。

利比古くんは高3だから、もう、登校してもしなくてもいい時期になったのだ。

まあ、登校しなくてもいいためには、受験勉強をするとか……そういう名目が必要なんだけど。

そっか。

彼の在宅時間が増えるってことなんだな。

 

わたしは自分の部屋に居る。

ミヤジとの通話はさきほど終わった。

ベッドに座り、今の状況を整理する。

おねーさんは、サークル活動で大学へ。

兄は、研修で就職先へ。

流さんは、もちろんお仕事。

お母さんは、もちろん寝室でゴロ~ンとしているはず。

 

ほとんど利比古くんとふたりっきりなシチュエーションってことじゃん。

 

参ったな。

わたし、でっかいテレビが置いてある階下(した)の某スペースに、CDと漫画本を「置きっぱ」にしてるんだけど。

回収したいんだけどなー。

回収するためには、階下に下りなきゃ。

だけども。

階下のあのスペースには、利比古くんが居るかもしれないから……イマイチ落ち着けなくなる。

 

× × ×

 

ほら。

ビンゴだ。

床座りの利比古くんが、長(なが)テーブルに向かって勉強している。

そしてその傍らのソファには、わたしが回収すべきCDと漫画本が置いてあるのである。

「あっ、あすかさん」

利比古くんが気づいた。

「ちょうど良かった」

ええっ。

なにが、なにがちょうど良かったの。

「漢字の読みを教えてほしいんですけど」

そう言って、彼は国語の問題集を見せてくる。

知っていたので、読みを教えてあげる。

「ありがとうございます」

またもや、ハンサムスマイル。

ハンサムスマイルのあとで、再び受験勉強に取り掛かっていく。

わたしはそんな彼を、ソファに腰掛けながら眺める。

いつになくマジメだと思った。

だから、その場に留まっていた。

受験のために頑張る彼を、見守っていたかった。

……大げさかな。

見守っていたかった、なんて。

でも。

わたしはわたしの『お姉さんゴコロ』を……否定できなくって。

 

× × ×

 

シャープペンを置くのを見計らって、

「利比古くん、今週末、入試があるんだったよね?」

と訊く。

「ありますよー」

「第一志望?」

「ですねー」

いきなり第一志望なんだ。

なんか、わたしのほうが……プレッシャー……だな。

目線を下げて、押し黙ってしまっていると、

「どうしました? あすかさん」

と言われてしまったので、

「ど、どーもしてないよー。利比古くんの受験にわたしまでプレッシャー感じてるなんて、そーゆーことは一切ないから……」

と、事実の反対を、言ってしまう。

彼は落ち着き払って、

「あすかさん」

「な、なーに!?」

「頑張りましょうね。お互い」

え……。

「と、利比古くんが頑張るのは、当然だけどさ。わたしは、わたしはどんなことを、頑張れば――」

「そうですねえ」

微笑んで、20秒ぐらい考えたあとで、彼は、

思ってることを、思ってるように、伝えること。

 そういうことを、頑張ってほしいかな」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】ダブルチーズバーガー3個の、「区切り」。

 

「――さて、昼休憩の時間も、残り少なくなってきました。

 そして、ぼくが担当する『ランチタイムメガミックス(仮)』の放送時間も、残りわずかになりました。

 2月に入ってからも突発的に放送するという案もあったんですけど、さすがに往生際が悪いので、やめることにしました。

 なので、明日からは、放送部の後輩の子が旧校舎のスタジオに来てくれて、パーソナリティを担当してくれることになっています。

 なにしろ放送部で鍛えた子たちですから、ぼくなんかよりも喋(しゃべ)りの技術はずっとずっと上のはずです。

 この番組も、安泰だな。

 

 ……さてさて、エンディングテーマも流れてきたことですし、締めさせていただきたいと思います。

 どうも皆さん、短いようで長い間、ありがとうございました。

 明日からも『ランチタイムメガミックス(仮)』は末永く続くはずなので、どうぞよろしくお願いします。

 泣いても笑っても、羽田利比古担当分の放送は、これでお開きです。

 サンキュー・フォー・リスニング」

 

× × ×

 

3年の授業は半日で終わっていた。

これからぼくたち3年は、自由登校期間に入る。

いろいろな区切りがつく。

ぼくは……つい先程(さきほど)、『ランチタイムメガミックス(仮)』に区切りをつけ、KHKの活動にも区切りをつけた。

 

卒業は近づいている。

 

× × ×

 

旧校舎から出てきたら、野々村ゆかりさんが立っているのが見えた。

ぼくに視線を注(そそ)いでいる。

待ち受けていたらしい。

ぼくは野々村さんに近づいていって、

「……出待ちかな」

「まあ、そんなとこかもね」

「なにか用なの」

「用なんてないよ」

「え、だったらどうして、ぼくを待ってたの」

彼女は枯れた噴水の方角を指差して、

「あそこに座って、お昼ごはん食べながら、羽田くんの『ランチタイムメガミックス(仮)』の終焉を見届けてた」

見届けてたのかー。

少し視線を逸らせながら、彼女は、

「お疲れ様でした、って、言ってあげても……いいかな」

と、ねぎらい。

素直じゃないなあ。

「素直じゃないなあー、野々村さんも」

すると彼女は厳しい眼つきになり、

「そんなこと言ったって、ムダだから。わたしは、羽田くんの『素直じゃないなあー』に動揺したりなんか、しないから」

そっか。

彼女は腕組みして、

「ひとつ確認。さっき、エンディングで流れてた曲って、『ルーシーはムーンフェイス』って曲だよね?」

「エエッ、どうしてわかったの、すごいね」

ぼくの『すごいね』に表情を変えることもなく、

西川貴教のオールナイトニッポンのエンディングテーマだったんでしょ?」

「そうだよ。物知りだね、きみ」

「あーそーですか」

軽く突っぱねてから、ぼくの3年連続クラスメイトたる彼女は、

「15年以上前に終わったラジオ番組のエンディング曲を引っ張ってくる意図は、なに」

「それを話せば、長くなる」

「うわっオタクだ、羽田くんオタク」

「あはは」

「みんな見た目に騙されてるんだ、見た目に騙されて、下駄箱にラブレター入れたり体育館裏で告白したりしてるんだ」

ディスるね、ずいぶん」

ディスるに決まってんでしょ」

ぼくではなく、枯れ噴水に眼を凝らし、

「もうあとちょっとで、卒業なんだから。アナタとも、あとちょっとで、別れ別れになるんだから」

と、終身名誉クラスメイトの、野々村さんは。

「あ~~っ」

ぼくの終身名誉クラスメイトは、天を仰いで、

「いろいろ言ってたら、お腹すいてきちゃったじゃんっ。さっきお昼ごはん食べたばっかりなのにっ。羽田くん。アナタが責任取ってよねっっ」

と、無茶苦茶なことを。

マクドナルド。マクドナルドに行くよ」

拒否権は、無いんだろう。

もちろん、無いんだろう。

ダブルチーズバーガー、3個頼んでやるんだからっ!」

「さっきお昼ごはんだったのに?」

「べ・つ・ば・ら」

マクドナルド、値上げしたのに?」

「お・ご・り・で!!」

 

――払わされるのか。

やれやれ。

やれやれ、の4文字が――ほんとうに、野々村ゆかりさんには、よく似合う。

 

やれやれ。

 

 

 

【愛の◯◯】ピンチヒッターに、なってよ。

 

小鳥が着水(ちゃくすい)し、波紋が広がる。

波紋、か。

わたしも、波紋、広げちゃったな。

共通試験で失敗して、取り乱して、波紋を広げた。

広げた責任を……どれだけ、取っていけるだろうか。

 

池と向かい合っていた。

すると、だれかが近寄ってくる気配がした。

振り返らなくてもわかる。

ウッツミーだ。

 

× × ×

 

「調子はどうだ、小路(こみち)」

背中に声をかけてきた。

「まあまあだよ」

わたしは答える。

「まあまあだよ、じゃ、心もとない」

ウッツミーが言う。

マジで気づかってくれてるんだ、わたしのこと。

「あのね」

小石を拾い、水面に投げながら、

「1週間前のわたしと比べたら、ぜんぜん良(い)いの」

と言う。

なぜかっていうと。

「なぜかっていうと、ね。

 ……。

 ウッツミー。

 あんたが突然、LINE通話してきてくれた、おかげ」

彼のリアクションは感じられない。

いま、どんな顔してるんだろ。

真顔かな。

真顔になって、わたしのコトバの続きを待ってる。

そんな感じかな。

「先週の月曜の『アレ』で終わりじゃなくって、この1週間、あんたは何回か、わたしのスマホに連絡してきてくれた」

ようやく、わたしは振り返って、

「嬉しかったよ」

と笑いかける。

畳みかけで、

「わたしのわけのわからない話を、あんたが聴いてくれたおかげで、亜弥との『より』を、戻すことができた」

「……おまえの話を聴いてやったことと、猪熊と仲直りしたことに、いったいどんな因果関係が」

「細かいことはいいの」

わたしは立ち上がり、スカートをぱんぱん、と叩きながら、

「元々、細かいこと気にしない性格(タチ)だから、わたし。それに、あんたにも、細かいこと気にしてほしくないし」

彼は目線を少し下げて、

「まあ、結果オーライなら、それでいいか」

「そーそー。結果オーライ」

距離を詰め、

「亜弥との仲が、元通りになった。それが嬉しくて、亜弥とデートがしたくなった」

「デートって。女子同士だろ」

「女子同士でも、デートはデートだから」

『わかってないなあ……』的な表情を、わざと作ってみる。

それから、

「でも、亜弥、これから忙しくなるし、亜弥とのデートは、お流れになった。

 だけど。

 だけど、だけどね……ウッツミー」

一拍(いっぱく)置いて、

「デートがしたい、っていう気持ちに、変わりはない。

 亜弥とは、デートできないけど。

 

 ねえ、ウッツミー。

 

 亜弥のピンチヒッターに、なってよ。

 

 

 

 

【愛の◯◯】年下の男の子と長電話で◯◯

 

お邸(やしき)の窓がピカピカになりました。

お掃除は、カンペキです。

 

今日は日曜日。

今、このお邸(やしき)には、わたくし蜜柑ひとりだけ!

お父さんとお母さんは所用で外出。

お嬢さまも、アルバイト先の模型店に。

繰り返しますが、お邸にひとりだけなんです。

好き放題に過ごすことのできる、日曜日!!

 

× × ×

 

せっかく好き放題に過ごせるので、わたしは「あること」を目論んでいました。

それは。

それはですね。

 

ムラサキくんと――好きなだけ長電話すること、です。

 

お嬢さまが居たらマズかったのです。

お嬢さまは必ずや、ムラサキくんとの長電話を邪魔してくることでしょうから。

ですが、お嬢さまはアルバイトに行っているのです!!

心ゆくまで長電話が可能な状況なのです!!

 

× × ×

 

というわけで、自室の机の前の椅子に腰掛けて、スマートフォンを手に取るわたし。

電話帳の「ムラサキくん」のところまでスクロールします。

いちおう、ひと呼吸置いて、通話ボタンを押します。

 

× × ×

 

挨拶そのほかテンプレートなやり取りは既に終わりました。

今、わたしとムラサキくんは、「音楽談義」をしています。

お互いが最近聴いている音楽についてトークしているのです。

 

ジェフ・ベックさんが亡くなったので、ジェフ・ベック・グループのアルバムを聴いているんですよ」

『『ブロウ・バイ・ブロウ』とかですか?』

「よくわかりましたね。大正解です」

『蜜柑さん、趣味いいですね』

ホメられちゃいました。

嬉しい。

嬉しいんですが、わたしは謙遜して、

「ほとんどは、お嬢さまの受け売りですよ」

『またまたぁ』

「お嬢さま――アカ子さんの趣味の良さの何割かを、享受(きょうじゅ)してるだけです」

『難しいこと言うんですね、蜜柑さんも』

ムラサキくんのハニカミ顔が眼に浮かんできそうです。

浮かぶから、胸がほんのちょっと、くすぐったくなります。

「難しくて、ごめんなさい。自分でも良く分かってないボキャブラリーでしゃべるから、伝わりにくくなるんでしょうね」

『いえいえ。気にしないでくださいよ』

「優しい」

『優しいですか?』

「ええ、とっても」

『そう言ってくれて嬉しいです』

わたしも胸がいっぱいですよ、ムラサキくん。

 

× × ×

 

「ところで――ムラサキくんは、80年代後半の日本のヒット曲がマイブームだって言ってましたが」

『ですね』

「具体的には、どんな曲を聴いてるのかしら」

ムラサキくんが、曲名を列挙していきます。

なるほど……。

まさにバブル期、といった感じの。

「でもどうして、自分の親御さん世代の楽曲を、そんなに聴いてるの?」

いつの間にかタメ口モードに突入して、尋ねます。

すると、

『そうですねえ、『音』が好み、だからかな』

「音……」

『漠然としてますけどね。80年代邦楽特有の音がある、と思うんですよ。これは、80年代シティ・ポップにも言えることだと思うけど』

竹内まりやとか――」

『はいはい。海外でバズった『プラスティック・ラブ』だったり……もっとも『プラスティック・ラブ』は84年の曲で、ギリギリ80年代前半ですけど』

語りますね。

すごい、さすがは音楽鑑賞サークルに所属してるだけある。

「歌詞は、どうなのかしら?? ――ほら、ムラサキくん、歌詞の分析に熱心になってるんでしょう??」

わたしは訊くのですが、

『んー、あのへんの年代の曲は、歌詞よりも『音』、ですかね』

「――そうなの」

『ハイ。

 荻野目洋子の『ダンシング・ヒーロー』の歌詞を分析したって……って感じで』

苦笑するムラサキくんの顔が見えてきそうです。

ですが、わたしは、

「もっと徹底したほうが――いいんじゃないのかしら」

『エッ、厳しいですね、蜜柑さんも』

だって。

「だって、『ダンシング・ヒーロー』の歌詞を分析することで、見えないものが見えてくるかもしれないじゃないの」

『見えないものが、見えてくる……』

そうよ。

「そうよ。お説教するわけじゃ、ないけれどね」

『いえいえ。

 ぼく、蜜柑さんになら、お説教されても、傷つきませんよ??』

うそっ。

それ、ホンキで言ってるの、ムラサキくん。

『お説教してくださいよっ、いくらでも』

「……」

『あれ。蜜柑さーん??』

「……」

 

 

 

【愛の◯◯】うっぷんを晴らしたい茶々乃さんのうさぎ年

 

「ムラサキくん」

「なに? 茶々乃(ささの)さん」

「わたし、けっこう久しぶりにこのブログに登場するわけなんだけど」

「うん」

放置されてるのかな!?」

「お、穏やかじゃないよ、茶々乃さん」

「不穏にもなるよ!」

「そんな」

「たぶん、たぶん。管理人さんも……わたしが前回いつブログに登場したのか、忘却しちゃってるんじゃないかな!?!?」

「かっ管理人さんは、そんなに薄情じゃないと思うよ」

「ホント!?」

「落ち着いて」

「……」

「だ、だからあ、落ち着いてって」

「管理人さんには――」

「……には?」

「わたしの所属してる児童文学サークルのこと、もっと掘り下げてほしいかなーって」

「……なるほど」

 

「今年は、うさぎ年でしょ??」

「そうだね、うさぎ年だ」

「うさぎに因(ちな)んだ企画を、ウチのサークルで考えてるの」

「『虹北学園(こうほくがくえん)』だね」

「そ。『虹北学園』」

「具体的には?」

「生協に書籍売り場があるでしょ?」

「あったっけ」

なんでそこでとぼけるの!!

「ヒエッ」

「まったく……。

 あのね、書籍売り場でね、『うさぎフェア』をやりたいの」

「『うさぎフェア』?」

「うさぎに因んだ絵本や物語を、たくさん売り場に並べるんだよ」

「え。でもそれって、子供向けでしょ? 大学の書籍売り場だよ??」

わかってない。甘い

「そ、そーだろうか」

「甘いよねムラサキくん。クリームたっぷりのショートケーキみたいに甘いよ」

「ん……」

「ただでさえ童顔なのに、ますますコドモっぽく見えてきちゃう。

 あのね!

 大学の書籍売り場だから、逆に需要があるってこと!」

「需要?? イマイチわかんないな」

「絵本や童話は、あんがい大学生に人気なんだよ」

「そうなのかな」

「とりわけ、女子には」

「ああ……なんとなく理解できるかも」

「それと、大学の書籍売り場は、教授(せんせい)も利用するから」

「――自分の子供に、買い与えたり?」

「そう!! そういう需要」

「ふむ……」

「ムラサキくんにしては、今の指摘は冴えてたね。花マル、してあげるよ

「花マルって……いったい、どこに……」