【愛の◯◯】ビスケット、割れたって、くっついて。

 

放課後。

部活は始まったばかり。

 

ヒナちゃんが、ニコニコ♫と、カバンから、ビスケットの箱を取り出す。

袋を開けて、ビスケットをつまむ。

 

ルンルン気分でビスケットを食べようとするヒナちゃん。

しかし、彼女のとなりの席に着席していた会津くんが、

「――日高、ビスケットなんて食べるのか?」

「え、ダメ?」

太るぞ

 

あちゃ~っ。

それはいけないよ、会津くん。

ヒナちゃんのデリケートな部分を、突っつくひとこと。

そんなこと言ったら、女の子、だれだって傷つく。

 

「あ、あ、あたし、べつに太ってなんかないし」

「そんなことは言ってない」

「じゃ、じゃあなんで、『太るぞ』なんて――」

「間食は単純に太りやすいだろ?」

 

ビスケットどころではなく、会津くんを睨(にら)み始めて、

「――無神経だよ」

と怒り出すヒナちゃん。

バツが悪くなりながらも、会津くんは、

「……どこが、無神経なの?」

と抵抗。

無神経ったら無神経なのっ!

わめくようにヒナちゃんは言う。

そんなに会津くんが無神経だなんて思わなかったよ。ガッカリ

会津くんは、苦い表情になりながら、

「そこまで、罵倒される筋合いは……」

ある

「……」

あるからっ

 

ムキになりまくってるヒナちゃん。

 

勢いに負けたのか――、その場に居続けることに耐えきれなくなったらしく、

「ボク、剣道部の、取材に」

早口で言うと、走り出すようにして、会津くんは活動教室から去っていった……。

 

 

ヒナちゃんの怒った顔が、

だんだんと、

悲しそうな顔に変わっていく。

 

半泣きみたいだ。

 

…あいにく、ソラちゃんは、本日、1時間以上遅れて部活に来ることになっている。

だから、仲裁役が、いない。

 

うーーーーーーむ。

部長のわたしが、なんとかせねば…。

 

とりあえず、ビスケットはほしい。

 

「…ヒナちゃん、食べればいいじゃん、ビスケット。わたしにも、ちょうだいよ」

「あすかせんぱぁい……」

助けて、という表情。

 

わたしは会津くんが座っていた席につき、ヒナちゃんからビスケットをもらう。

「……あんなこと言われたら、頭に血がのぼっちゃうよね」

「はい……。」

「でも……ヒナちゃんは、できるだけ、会津くんとはケンカしたくなかった」

 

うつむくヒナちゃん。

 

「だけど、カッとなるのを、おさえきれずに」

「……」

会津くんも会津くんなんだし、ヒナちゃんがああなっちゃうのは、ある意味あたりまえ」

「……」

「あたりまえ――なんだけど、いま、ヒナちゃんは、理由(わけ)もなく後悔してるんだよね」

 

どうして……あたしの気持ちが……読めるんですか、あすか先輩

 

「ケンカしたあとってさ、

 少なからず、自分も責めちゃうものじゃん?」

「……はい」

「『取り返しのつかないことしちゃったかもしれない!!』って、軽くパニックになる」

うなずくヒナちゃん。

「わかるよ」

「わかりますか?」

「わかる。…ヒナちゃんのつらさが」

 

ビスケットを、ふたつ食べたあとで、

「ヒナちゃんは、お兄さん、いるよね」

「いますけども」

「ケンカしたりする? お兄さんと」

「…まれに」

「しょっちゅうじゃないんだ」

「…まれに、です」

「じゃあ、ウチより健全だな」

「健全……って、先輩、アツマさんと、そんなに……」

「情けないけど、ね」

苦笑いのわたしに、

「……でもなんで、きょうだいゲンカの話なんて、持ち出したんですか」

「なんとなく、かも」

「え!?」

「――けれど、さ。

 さっきの、ヒナちゃんと会津くんの、いがみ合いが――、

 ちょっぴり、きょうだいゲンカみたいに、見えなくもなくって、ね」

 

きょうだいゲンカみたいだった、と指摘したとたん、

ヒナちゃんのほっぺたに、淡い赤みがさして、

それから、彼女はブンブンと大げさに首を振り、

 

そんなんじゃ、そんなんじゃないです

 

と、認めたがらない。

 

 

ヒナちゃんの焦りっぷりを、眺め始める。

すると、

活動教室の扉が――開かれる。

 

ソラちゃんではなかった。

会津くんが戻ってきたのだ。

 

――弱った顔で、

「早すぎるんじゃない……!? してきたの、取材??」

と、ヒナちゃんが、会津くんに問う。

 

下目(しため)がちで、会津くんは答えない。

 

「な、なにか言ってくれないと、あたしのほうが困っちゃうよ。ねえっ、会津くんっ」

 

「日高……」

 

「……もしかして、あやまりたいの……??」

 

「……あやまりたいんだ」

 

会津くん……!」

 

「……すまなかった。君の言った通りだ。ボクが無神経だったのを、あやまる」

 

「あたしも……ごめんなさい。取り乱して」

 

「君が……ごめんなさいを言う、必要なんて」

 

「――ある。あるったら、あるんだから」

 

「日高?」

 

会津くん、」

 

「…どうしたんだ」

 

「どうしたもこうしたも、ないよ」

 

「……?」

 

「ビスケット、あげるよ」

 

「ビスケット……」

 

「仲直りの。仲直りの、ビスケットだよ。

 会津くんが食べてくんなきゃ――仲直りしたことに、なんないんだから!」

 

「――しょうがない。

 しょうがないな、日高も」

 

笑いすぎだからっ!! もう

 

――君だって。

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】おねむないもうと

 

常識的な時間に起きた。

やればできるんだ。

 

リビングに下りる。

そしたら、制服着た妹と、バッタリ。

 

「おはよう、あすか」

「おはよう……」

「なんだその、なにかを警戒してるような顔は」

「だって……」

「だって??」

「……お兄ちゃん、また『愛兄弁当』を作ったんじゃないかって」

「おれ、いま起きたばっかり」

「……じゃ、作ってないね」

 

ホッと胸をなでおろす妹。

なでおろすな。

 

…なるへそ。

ちょうど先週の水曜日が、

あすかの誕生日かつ、『愛兄弁当記念日』だったわけで。

初めてあすかに愛兄弁当を作ってあげた、先週の水曜日。

だからもしや、今週の水曜日も……と、ビクビクしてたわけだな。

戦々恐々としなくたっていいだろ、とは思うが。

お兄ちゃん時間はあるし、いつでもまた、作ってやるぞ――。

 

× × ×

 

で、夕方。

妹が帰宅した。

 

疲れた~」と、リビングに入ってくるなり、ソファにべったり。

 

荷物が多そうだな。

ここは、兄として、ひと肌脱ぎ――、

 

「あすか。荷物、おまえの部屋に運んでやろうか?」

 

しかし、おれの善意を叩き潰すように、

 

なに気色悪いこと言い出すのっ

 

……そりゃねぇよ。

 

あすかは、派手にのけぞっている……。

のけぞるなっ。

お兄ちゃん、気色悪がるなっ。

 

そんなにキモがられるってことは――、

日頃の行いが悪いんだろうか?

――哀しくなってきた。

 

 

× × ×

 

夜である。

 

リビングのソファにて、妹が少女漫画を読んでいる。

くらもちふさこの『いろはにこんぺいと』という漫画らしい。

80年代の作品らしいが、まったくわからない。

 

おもむろに、不敵な笑みで、

「…読んでみたい? お兄ちゃん」

「な、なに言うか、妹よ」

「一瞬そんな眼してた」

「してねーよ」

「…だよね。読まないよねお兄ちゃんは。少女漫画アレルギーだったよね」

「アレルギーって、おまえなあ…」

 

 

おれは、しばらくソファにふんぞり返っていたが、次第に手持ち無沙汰になるのは避けられなかった。

 

 

…ふと、妹の異変に気づく。

 

よく観察してみると、漫画本を持ちながらも、読んでるんだか読んでないんだかわからんような挙動になってきている。

 

からだは前後に揺れ、眼は閉じたり開いたり。

 

つまり――ウトウトしているのだ。

 

 

背中から、ソファに身を委ねたかと思うと、

あっけなく、グッスリと眠りの世界に入ってしまわれる妹。

漫画本が、床に転げ落ちる。

 

 

やれやれ……。

 

 

落ちた漫画本を拾い、テーブルに乗せる。

 

それからいったんリビングを離れる。

 

タオルケットを持ってくる。

 

ソファで眠りこける妹のからだを包むようにして、タオルケットをかけてやる。

 

 

……漫画本も読み通せないほど、疲れちまったってか。

 

頑張り屋だなあ、おまえは

 

寝入っているあすかには、

おれのことばは、聞こえていない。

 

でも……いいんだ。

聞こえてなくたって、かまわない。

 

 

 

 

【愛の◯◯】姉に向かって――決断して、決然と。

 

KHKで、『』をテーマにしたテレビドラマを制作することになった。

脚本は、演劇部のひとにお願いした。

『こういうコンセプトで……』という要望を、脚本担当のひとに伝えて、書いてもらった。

それで、きょうの放課後は、書いてもらった脚本を、KHKの3人で検討しているというわけ。

 

「…恋愛一辺倒とかじゃなくて、いいんじゃない?」

板東さんが言う。

「黒柳くんは、どう思う?」

板東さんは訊く。

「……なんとも言えないな」

と黒柳さん。

「バカッ、『なんとも言えないな』じゃ困っちゃうよ」

…ついに、黒柳さんが板東さんに『バカッ』と言われてしまった。

罵倒ぶりの、エスカレート…。

 

それはそうと、じっくりと脚本を眺めていて、ぼくには『思うこと』があった。

 

もう一度、上がってきた脚本を、頭から後ろまで、ザーッと読み通してみる。

 

「…羽田くん、難しい顔してるね」

板東さんの指摘。

「もしかして、この脚本、物足りないの?」

ズバリと言う板東さん。

言いあぐねるぼく。

……『物足りない』と、ハッキリ言えず。

「あのねえ、羽田くん」

しょうがないなあ……という気持ち混じりの笑いで、

「言いたいことは、ハッキリと言っちゃったほうがいいよ。というか、言うべき」

板東さんは、たしなめてくる。

「もう羽田くん2年生なんだしさ。遠慮しないでほしいよ、いつまでも」

遠慮…。

「物足りないんでしょ? 『この脚本で、妥協したくない』ってことなんじゃないの??」

板東さんが問い詰めるように言う。

 

――よし。

 

「はい。――なにかが足りないと、思うんです。この脚本、もっと、よくなる」

 

「――そう思うのなら、羽田くん、修正案を作らないと」

と板東さん。

「修正案……ぼくが?」

「羽田くん以外のだれが作るっていうの。で、修正案を演劇部のほうに持っていって、脚本担当のひとと話し合うんだよ。…脚本をもっとよくするんだったら、そうするほかないよ」

「板東さん、いいんですか……? ぼくに任せるみたいになってますけど」

「そりゃ任せるでしょーがっ!! 言い出しっぺ、羽田くんなんだし」

それから彼女は、脚本をパラパラとめくって、

「…実を言うと、わたしもこの脚本に、ちょっぴり『違和感』みたいなものが、なくもないんだ」

「言えてるよ、板東さん」

黒柳さんが同調する。

「ほら……黒柳くんも、違和感感じてるみたいじゃん」

と、いうことは。

「――演劇部に修正案を突きつけるのに、異存なし、ということ」

そう言って、脚本をパサパサさせながら、彼女はぼくに向かって、

「修正案は羽田くんが作る。その修正案を演劇部に持っていって、脚本担当とバトルするのも――羽田くんの役目」

「ば、バトルって。闘うんですか、ぼく」

「脚本にイチャモンつけるんだから、バトルになるでしょ。

 …この過程は大事だよ、羽田くん。

 ドラマがいい出来になるかどうかの、瀬戸際だよ。

 もし羽田くんが日和(ひよ)ったら、物足りない脚本のまま。

 ――責任重大だな」

どんどん押し寄せてくる、板東さんのプレッシャー。

なおも彼女は言う、

「いまは――羽田くんが、主役だ」

「主役……?」

「そうだよ。あなたが主役。『ドラマを作るっていうドラマ』……のね」

 

× × ×

 

 

大変なことになった。

『ドラマを作るっていうドラマ』って、板東さんは言ってたけれど、

まさに、ドラマの制作過程が、ドラマの物語みたいだ。

『テレビドラマ制作物語』みたいな。

 

その主人公は……ぼくみたいで。

 

脚本が良くなるも悪くなるも、ぼくにかかってきている。

至急、修正案を作ってこなければならない。

 

 

帰宅してから、脚本とにらめっこしっぱなしである。

夕食後も、すぐさま自分の部屋に駆け込んで、

『この脚本に足りないものはなんなのか』

を考えに考え、

そして……考えあぐねる。

 

もう、勝負は始まっている。

眼の前の脚本との勝負。

それに、脚本を書いたひととの勝負。

 

だけど……ぼくひとりの頭脳では、限界があるみたいで。

考えあぐねるたび、

だれかの頭脳を……借りたくなる。

 

『でも、ほんとうに、だれかに頼っていいのだろうか?』

そういう疑問を抱えつつも、

階下(した)へと階段を……おりていく。

 

 

「お姉ちゃん」

楽しそうにテレビを観ている姉に、呼びかける。

「どしたのー、利比古ー」

テレビを観たまま、姉は言う。

ぼくは切り出す。

「…KHKで作ってる、テレビドラマのことなんだけど」

「なに? 助けてほしいの?」

「お姉ちゃん、さ……去年、学校で上演する劇の脚本、書いてたよね」

「書いたよ。わたしは、お手伝いみたいなかたちだったけど」

「……」

「いつにもまして歯切れ悪いわね、利比古」

「……」

「せっかく、さいきん、優柔不断さが抜けてきたって思ってたのに。…どうしたいのよ、脚本関係で、助けてほしいの??」

 

助けを乞うべきなのか。

 

……ほんとうに、それでいいのか!?

 

どうしたいんだ、ぼくは。

 

どっちつかずは……もう、いやだ。

 

姉に……。

姉に、ここで、頼ってしまうと、

逆戻り、にしか――ならないような気がして。

 

「――やっぱり、今回は、お姉ちゃんの手を借りずに、やってみるよ」

「アドバイス、必要ないの?」

「なくっていい。自力でやらないと、前に進めない気がして」

「……男らしいこと言うじゃないの、利比古」

「うれしそうな顔だね」

「もっとこっち来てよ、利比古。あんたのいまの決然とした表情が、もっと間近で見たい」

「『決然とした』なんて……大仰だな」

 

ぼくは、姉のとなりのソファに、座ってあげる。

 

「……カッコいいよ。いまの利比古」

「『カッコいい』ってお姉ちゃんに言われるの、初めてかも」

「そうだっけ?」

「そうだと思う」

「そっか……」

「――言わないんだ」

「……なんて?」

「『ますますモテ顔になったね~』とか」

「……言わない、言わないっ」

「そんなに慌てて首を振らなくたって」

わらわないでよっ、としひこっ

 

――かわいいなあ。

姉ながら。

 

 

 

 

【愛の◯◯】打撃練習で男子をコテンパンにして、テニスの非公式試合で中高時代の同級生をコテンパンにしても……『彼』だけは、コテンパンにできない。

 

打撃練習。

 

バッティングピッチャー役は、わたし。

 

バッターボックスには、脇本くん。

 

第1球。

 

見事に――、

脇本くんのバットが空を切る。

ついでに、球が速すぎたのか、キャッチャー役の久保山幹事長が捕球できず、ボールが後ろにどんどん転がっていく。

ワイルドピッチになっちゃった。

 

第2球。

久保山幹事長が捕球できるように、球速を調節してみる。

――またもや空を切る、脇本くんのバット。

こんどは、幹事長のミットに、ボールがおさまった。

そして脇本くんを、2ストライクと追い込んだ。

 

第3球。

脇本くんが打てるように、コントロールに気をつけてみる。

過去2回の空振りを踏まえ、彼がもっとも打ちやすそうなゾーンを考え、そこを狙って投球する。

球速は、第2球と同じくらい。

 

脇本くんにとっての、絶好球だったはずだが――、

絶好球は、すっぽりと、幹事長のミットに吸い込まれていった。

 

三振を奪ってしまった……。

 

フルスイングの反動で、脇本くんが派手にズッコケる。

大丈夫かしら……。

 

 

ワッキー、なんだそのへっぴり腰は!!!

わたしの近くにいた郡司センパイが野次を飛ばす。

ズッコケたあと、立ち上がれないまま、バッターボックスでうなだれている脇本くん。

ブザマな姿を見せるな。立て!! ワッキー

 

「あっあの、郡司センパイ、脇本くんを責めないでやってください」

「…羽田は優しいんだな。『ワッキー』って呼ばずに『脇本くん』って呼んであげてるし」

「郡司センパイは…厳しいんですね」

「とくに、第3球は、打たなきゃならないようなボールだった。おれだったら、外野に飛ばしている自信がある」

 

おおっ?

 

「…自信屋さんですか、郡司センパイも」

ワッキーとは違うんだ。あの程度の球なら、おれならヒットに出来る」

言いますねえ~~。言うからには――

「あー。立ってやるよ、バッターボックス。こんどうなだれるのは、羽田、ピッチャーのおまえのほうだ」

「手加減、しませんよ? ゆるいボール、投げませんよ??」

「それでも――1球で、しとめてやる」

 

× × ×

 

郡司センパイのバットにボールが当たった。

ただし、結果は、ピッチャーゴロ

 

 

郡司センパイにも……勝っちゃった。

 

× × ×

 

わたしに負かされた、脇本くんと郡司センパイが、ふたりそろって肩を落としている。

とりわけ、郡司センパイのショックはすごそうだ。

 

練習も終わって、サークル部屋に引きあげているわたしたち。

 

ふたり肩を並べてしょげている脇本くん&郡司センパイ。

気の毒に思って、

「ごめんなさい、ふたりとも」

「羽田さん」

「羽田」

「郡司センパイには……ちょっと、ムキになっちゃいました。大人げなかった」

「大人げなくたっていいよ。そういうとこ、羽田らしいんじゃないか?」

「たしかに、ですね」

郡司センパイに、わたしは同意。

脇本くんに対しては、

「がんばって考えるよ、わたし――脇本くんが打撃練習になるような、投げかたを」

「僕に遠慮しなくたっていいよ…。僕が不足していたんだ」

「…本音を言わせてもらうと、3球目は、打ってほしかった」

「ガッカリした? 絶好球みたいな球まで、空振りして」

「ガッカリはしてないよ。でも、脇本くんが自分で言うように――不足してるのかもね」

「……そう、バッサリと言ってくれるほうが、僕としてはかえってうれしい。今後の励みになるまである」

「ミートカーソル、拡げていかないとね」

「ミートカーソル? …ああ、パワプロの」

「アベレージヒッター、目指していこうよ」

「先は長いな……まず、羽田さんの球を打てるようにならないと」

 

× × ×

 

 

「……でね、バッティングセンターに誘ったのよ。郡司センパイと脇本くん、ふたりとも」

「行ってきたんか?」

「ううん、くたびれたから、またこんどにするって」

「男子ふたりが軟弱というより……おまえが手加減しなさすぎたみたいだな」

「手加減しすぎも、それはそれで、迷惑でしょ」

「迷惑、ねぇ」

「わたしは手を抜かないよ」

「スポーツに対しては、ムキになるよな」

「ついついムキになっちゃうわねえ」

 

――ふと、先日のことを、思い出した。

 

床にベッタリと座ってスポーツ雑誌を読んでいるアツマくんに向かい、

「『ムキになっちゃった』話――してもいい?」

「なにでムキになったんだ、スポーツでか」

「そうよ。…ムキになったというより、つい本気を出しちゃった、って話」

「…自慢話を聞かされそうだな」

「あなたの部屋に来てるんだから、自慢話だってなんだってするわよ」

「なんじゃあそりゃ。まったく理屈がわかんねえ」

「――テニスの試合をしたのよ」

「……いきなりおっ始めんな、話を」

「非公式試合よ、もちろん」

「シングルスか?」

「シングルス」

「だれと?」

「中高時代、わたしと同級生だった子よ。テニス部だった子なの」

「強いの? その子」

「強いの。部のエースだったの、ずっと」

 

読んでいたスポーツ雑誌をテーブルに置き、

頬杖をつきながら、「ふむ……」とつぶやいて、

 

「……『部活では最強を誇っていた子だったけど、わたし彼女にストレート勝ちしちゃいました』、ってオチがつくんだろ」

 

 

どうしてわかるの……。

 

 

どうしてわかったのよっ!? …ねえっ、どうしてわかるのか、教えてよっ

「…だって愛だから」

「な、なによそれっ、だってわたしだから……とか、常套句も常套句じゃない」

「元・テニス部のエースをコテンパンにしちゃったという、自慢話なわけだな」

「……」

「ちゃんと、なぐさめてあげたか? 彼女、泣いてなかったか?」

「悔しそうだった……でも、『かなわないな』って、笑ってた。泣くよりも、笑って、『ますます羽田さんを尊敬しちゃうよ』って」

「いい子で良かったな、その子が」

「うん、ほんと、いい子なのよ」

「おまえとは対照的みたいだなあ」

「対照的!?」

「『いい子の反対』を地(じ)で行ってる、おまえだから」

悪い子ってこと!? わたしが

 

彼は苦笑いするだけ。

 

わたしの血液は……沸騰寸前……!

 

2日連続でパンチされたいのかしら

「おまえのパンチぐらいなら、甘んじて受けいれるが」

 

とぼけないで。

 

「……パンチの、代わりに」

「おっ?」

「バッティングセンターで、あなたを徹底的にしごき潰す……って案を、思いついた」

「いや、バッセンでしごき潰すって、どういうことだよ」

「近頃のバッティングセンターは、けっこうな豪速球を出せるところもあるって聞くし……」

「それ、いいな。挑戦のし甲斐があるってもんよ」

「わたしはあなたをしごき潰したいんですけどっ」

「バッセンでそれは無理だな。おれが無限に楽しくなる」

「……バッティングセンターとか言ったわたしが損した」

「やっぱりお仕置きは、パンチかぁ?」

「パンチも……する気なくなった」

「よしよし、いい子だぞ~、愛」

「……『悪い子』呼ばわりしたのは、どこのだれ」

「『悪い子』なんて、おれは言っとらん!」

 

ありえない……。

 

でも、

いま、

わたしの頭をナデナデして、なだめてくれているのは、

ちょっとだけ、うれしい。

 

 

 

 

【愛の◯◯】売名根性も梅雨の鬱陶しさも、朝風呂でスッキリ!?

 

「アツマくん、きょうは短縮版だよ」

「…来やがったな、短縮版」

「できれば、1000文字以内で終わらせたいわね」

「おーおー」

「なに……その反応」

 

「でも、このタイミングでまた、なんで?」

「管理人さんの都合。」

ケッ!!

アツマくんダメでしょ!! そんな顔見たら、管理人さんが悲しんじゃうよ

 

「おれらは管理人の都合に振り回されるのかよ」

「しょうがなくない?」

「ケッ」

「ほら、また『ケッ』て言う。よくない」

「…そんで、あと800字、おれと愛でどうやって埋めればいいのか」

「あのね、まずは、お知らせ」

「はぁ??」

「まずは、このリンクを貼るね」

 

管理人(ばると)のnote

 

「なんだこれ」

「noteってサイトで、【愛の◯◯】シリーズの番外編みたいなのがやってるんだって」

「……で」

はてなブログ本編では描ききれなかったわたしたちの活躍や、スピンオフでわたしの後輩の川又さんが主人公の『女子高生だって短歌が詠みたい!』シリーズが、読めるわよ」

「noteで?」

「noteで。だから、noteも閲覧してくれると、一粒で二度おいしい――」

「商売根性か」

「こらっ」

「宣伝に精が出るな。それとも売名か――」

「なんでそんなヒドいこと言うのよっ」

「ヒドいことしてんのは、管理人のほうだろ?」

「なんにもヒドいことしてないじゃないの、管理人さんは!」

「――『日頃の行いを、よく反省してくれ』って、管理人に伝えといてくれ」

「……」

「とくにツイッターとかな」

「……」

「おいおい、無言にならんでくれよ、愛」

「……」

「あと、ひとつ。このnote、5月20日からいっさい更新されてねーだろ。更新頻度はもっと上げるべきだと思うぜ」

「……なかなか、そううまくはいかないのよ」

「でも、はてなとnoteの掛け持ちでやってくんだろ?」

「……掛け持ちは、始まったばかりだから」

「始まってもいねぇ気がするが」

管理人さんがへこたれるようなこと言わないであげてよっ!!

「…パンチはやめろ、パンチは」

 

× × ×

 

「ふーっ、久しぶりに、愛に殴られた」

「そんなに久しぶり!?」

「だろ」

「スキンシップが足りなかったのかしら」

「スキンシップって、おまえなー」

 

「…いやになっちゃう。梅雨で、ジメジメしてて、気圧低くて」

「イラッときてるんか?」

「ストレスたまる。…わたし、こう見えても、季節の変化に敏感なの」

「風呂でも入ったら? さっぱりすっきりするぜ」

「こんな時間に!?」

「朝だろ。朝風呂だよ」

「……」

「な、なんだよぉ、最高に疑わしそうな眼で、おれを見て」

「そんなにアツマくんは……わたしのお風呂上がりが見たいのかしら?」

「そ、そこまでムッツリスケベじゃねぇ、おれは」

「あーつまくーーん」

「愛…」

「『ムッツリスケベ』なんて、古すぎるでしょっ。以後、『ムッツリスケベ』は、使用禁止」

「……まだまだNGワードが増加しそうで、こわいんですけど」

 

 

 

 

【愛の◯◯】少しばかりの波風

 

土曜日だが、スポーツ新聞部の活動があって、登校している。

休日出勤、というやつである。

 

活動教室の机で、編集作業をしていたのだが、教壇の『へり』に腰掛けた戸部先輩が、むす~っ、としたご様子なのが、眼に入ってきてしまう。

どうして彼女は怒っているのか。

おそらく、理由は――。

 

とりあえず、眼鏡を拭いて、それからまた眼鏡をかけ直して、

「戸部先輩。どうしたんですか?」

と訊いてみる。

「ウッ」

「ウッ、じゃわからないですよぉ」

ボクは苦笑いしながら言う。

「そうだよね……ごめん。

 ひとことで言うとね、ムカッときてるの」

「加賀先輩が休んだからですか?」

「…わかるんだ。会津くん」

「せっかく土曜にまで部活をやるんだから、サボられると、出鼻をくじかれた感じになりますよね」

「そう。まさにそう。

 にしても、会津くんも辛口だね」

「加賀先輩に対してですか?」

「やっぱ、加賀くんのサボり、悪印象?」

「悪印象とまではいきませんが、サボるよりは、来てほしかったですね。

 きのうとか……加賀先輩、すごくがんばってたし。きょうもがんばってほしかった」

「……たぶん、きのう、わたしをカバーするためにがんばった、その反動だと思うよ」

「疲れてしまったんでしょうか?」

「そんなとこだよ、きっと」

 

戸部先輩はスマホを取り出し、画面をしげしげと眺め、

「――休みの連絡、必ず入れてくるところだけは、律儀なんだよね」

「ドタキャンはしない、と」

「副部長なのにサボり魔なのは――もうどうしようもないけど」

「やっぱり残念ですよね、加賀先輩の不在は。ボク、いちど、彼に将棋を教えてもらいたいんですよ」

「ホントで将棋は強いよ、彼。会津くんにも容赦ないと思うよ」

「教わるのなら、容赦ないぐらいが、ちょうどいいです」

「…強い、会津くん」

「メンタルが、ですか?」

「メンタル。強靭(きょうじん)なメンタル」

「それほどでも」

「…わたし、加賀くんに将棋で1回も勝ててないけど、会津くんなら加賀くんに勝てるかもしれない」

 

ここで、ボクはひらめいたことがあって、

 

「――加賀先輩とボクの対局を、紙面に載せてみるとか、面白いかもしれません」

「あ、その発想はなかった」

「どうですか?」

「いい!! その発想、採用」

 

次第に、戸部先輩のテンションも上がってきた。

なによりだ。

 

× × ×

 

日高と水谷が話しこんでいる。

野球の話題で――どうやら、昨晩のオリックス対広島の試合について話しているらしい。

 

「山本由伸すごいよね」と日高。

「すごいよね~。オリックス交流戦1位になっちゃった」と水谷。

オリックスも、バカにできないよねえ」

「腐ってもパ・リーグ、だよ、ほんとう」

「ソラちゃんソラちゃん、『腐っても…』は、言い過ぎ、言い過ぎ」

日高はそうやって、笑いながら水谷にツッコんでいく。

明るい笑いだ。

「言い過ぎちゃった。…それにしても、完全試合は惜しかった」

「あたし、『いまの山本由伸だったら、やっちゃうんじゃないかなあ!?』と思いながら観てたよ」

「甘くはなかったね」

「難しいよ、難しい。なんだかんだで、30年近く出てないんだから、パーフェクトゲームは」

 

日高によると、プロ野球において完全試合は、30年近く、達成されてないという。

最後の完全試合は、だれが、いつ?

 

「――あれっ、会津くんが、いつの間にやら、あたしたちの会話に興味を示してる」

日高がこっちを向いてきた。

ボクは釈明する。

完全試合、っていうのに――興味があって」

「おーおー」

「ちょっと質問していいか? 日高」

「遠慮せずどーぞ」

「30年近く、って、言ったよな。――最後に完全試合が達成されたのは、西暦何年なんだ?」

「1994年。――だったよね、ソラちゃん」

「うん、たぶん94年であってる」

水谷が日高にうなずいた。

94年……平成6年、だよな。

「だったら、もうひとつ訊くけど」

完全試合達成したピッチャーが、だれか、ってこと?」

「そうだ、日高」

「槙原だよ、槙原」

「槙原?」

槙原寛己(まきはら ひろみ)。巨人のエースのひとりだったんだ」

「巨人のピッチャーが達成したのか」

「相手はたしか、広島だったと思う。あと、巨人の試合だったんだけど、福岡ドームだったんだよね」

福岡ドームで、巨人と広島が、公式戦を?」

「そういうこともあるんだよ」と日高。

会津くんはまだ、野球の勉強が足りないね、そういうところで」と水谷。

 

水谷に『足りない』と言われて、少し悔しくなる。

 

ボクの悔しさを素早く察知したらしく、日高が、

「あーっ、会津くんが、悔し顔になっちゃった」

と言って、

「ダメだよソラちゃん、『もっと勉強しようね!』みたいなこと言っちゃうと、人と場合によっては、ダメージ大きくなっちゃうんだよ」

咎(とが)められた水谷は、

「……本心で、言ったんだから、『勉強足りない』、って」

 

『『もっと勉強しようね!』の、どこが悪いの?』

……水谷が、まさにそんな表情になる。

 

「そ、ソラちゃぁん、会津くんが、怒っちゃうよぉ」

慌てながら、水谷とボクの顔を交互に見る日高。

 

「……怒りはしない」

「ほ、ほんとに!? 会津くん」

板挟み状態の日高に、

「ほんとだよ。」

と、柔らかく、答え返してみる。

まるで、妹を、落ち着かせるように――。

もっとも、ボクには妹なんかいない。

でも、なんだか、いまの日高が、妹っぽく見えたから。

なぜなんだろう。

日高はどうしても、幼く見えて――思わず、子ども扱いしてしまうときもあって。

まさにいまが、そうだった。

 

「日高が焦る必要、ないだろ」

「……」

「焦るなって」

「……ごめん」

「――ボク、あんがい、負けず嫌いで」

「……そうなんだ」

「だから、水谷の負けず嫌いには、負けず嫌いで対抗したい、というところではあるんだが」

腕を組む水谷と、

うつむき加減の日高、

ふたりの女子のあいだに、ことばを、投げかけるように、

「負けず嫌いを、ぶつけ合うよりも――いまは、仲良くいきたい」

「仲良く……」

日高が眼を見張り、言う。

水谷は、不意を突かれた反動なのか、視線をボクの逆方向に逸(そ)らしていく。

 

「水谷、」

水谷が素直じゃないことを重々(じゅうじゅう)承知しながらも、

「水谷。もしここに、加賀先輩が来てたら……『ケンカ両成敗だっ』って、叱られてたかもしれない」

「……会津くんはなにがいいたいの」

気持ち、水谷の視線が、こっち寄りに、動いていた。

「水谷の指摘通り……ボクはボクの『勉強不足』を、認める」

「そっ、それでっ??」

声が甲高くなる水谷に、

「不穏な空気は……避けたい。繰り返しになるけど、仲良くいきたい。和気あいあいと」

 

…すがるように、日高の顔を見る水谷。

しかし日高は手厳しく、

 

「あたしの顔色うかがっても、しょーがないでしょ、ソラちゃん」

 

言われて、うろたえ、

さまようばかりの視線で、

それでも、

 

「わたしが――いちばん、悪かった」

と、ようやく、反省のことばを、言ってくれた。

 

「よしよし」

水谷の左肩に手を置いて、日高がなぐさめる。

 

「あんまり――申し訳なくなりすぎても、困っちゃうぞ」

苦笑しながら、ボクが言う。

 

「うん――反省は、ほどほどにする」

立ち直った顔で、水谷は、戸部先輩に、

「あすか先輩。きょうやってる運動部を――教えてください。

 わたしたち1年組3人で――取材に行きたいんです。

 ――いいよね? 会津くんも、ヒナちゃんも。

『結束を深める』とか、そこまで大げさには、考えてないけど。

 だけど、3人で――行くべきだと、思うんだ。」

 

 

 

 

【愛の◯◯】愛兄弁当(2日ぶり、2度目)

 

金曜日。

 

兄が、またもや――愛兄弁当を作ってきた。

 

 

× × ×

 

「――先輩? あすか先輩?」

 

第2次愛兄弁当ショックで、放課後までボーッとしていたら、とうとう、部活でソラちゃんに声をかけられていることすら、気づけなくなっていた。

 

「ごっごめんね、ソラちゃん、わたし、あたま真っ白になってた」

にわかに心配そうな顔になって、

「あたま真っ白って……だいじょうぶなんですか……!?」

「…だいじょうぶだよ。調子悪いとかじゃないから」

「悩みごととか……」

「悩みごととは――ちょっと、違うんだ」

 

兄が弁当を作ってくれた。

昼休みに――兄手作りだとは、さとられないように――その弁当を食べた。

 

たったそれだけのことなんだけど、たったそれだけのことが、じぶんのなかで、うまく消化できていない。

 

部活に集中してないのは愛兄弁当のせいだなんて、言えるわけがない。

 

「……やるね、部活。部長がまったく活動していないなんて、あっちゃならないし」

そう言って、パッと立ち上がろうとした。

そしたら、少しよろめいた。

「あ、あすか先輩っ! ほんとに、だいじょうぶじゃないんじゃ……」

ソラちゃんが本気で心配してる。

「がんばりすぎなんじゃないですか!? あすか先輩、あたしたちの何倍も記事書いて、取材してるし」

ヒナちゃんもうろたえ始めちゃってる。

 

「がんばりっぱなしは、よくないんでは……適度に休憩することも、部活動のうちなんではないかと思うんですけど」

いたわるように、会津くんが言う。

「いいこと言うね、会津くん。正論だよ……。でも、疲れてるのとは、ちょっと違う状態だから」

わたしは強がる。

強がってしまうわたしを見かねたように、こんどは加賀くんが、

会津の言うことに同意だな。休むことも必要だ」

「加賀くん……」

「だってそーだろ、あすかさん。疲れてないにしても、いつもと様子が違うのはハッキリしてんだし」

強がりを、重ねるように、

「わたし……保健室に行ったりは、しないよ」

「そこまでひどくなくっても、部活がんばれるような状態じゃねーだろ。それに…あんたひとりで新聞作ってるわけじゃあない」

「加賀くん……」

「また『加賀くん……』って言った。リアクションがワンパターンになってる。いつものあんたじゃない証拠だ」

加賀くん……

「……ぜったいだいじょうぶじゃねーだろ」

 

 

× × ×

 

うまく新聞作りに……参加できなかった。

わたしが主体にならずに新聞が作られるのは……今年度、初めて。

後輩4人のおかげで、新聞が仕上がった。

加賀くんもいつになく働いていた。

 

 

帰り道を歩きながらも、まだモヤモヤとしている。

愛兄弁当のせいで、部活もうわの空だった――なんて、思いたくはない。

なんだかんだで、兄を呪いたくはないのだ。

兄は悪くない。

わたしのために、お弁当を、今週2回も。

 

わりと美味しかったし。

 

わたしのために作ってくれたのが予想外なら、中身が美味しかったのも予想外。

だけど、それが、かえって――わたしをますますモヤモヤにさせる。

 

まっすぐ邸(いえ)に帰って、兄に面と向かうのを――ためらう。

本能的に。

 

兄の待つ邸(いえ)に直行するより、どこかに立ち寄って、気持ちを落ち着かせたい。

そうすれば――兄と面と向き合える余裕も、出てくると思う。

 

スマホの電話帳を開いて、お母さんの携帯番号を押した。

 

 

× × ×

 

少し前にも、こんなことあったな。

お母さんに、『晩ごはんは外で食べる』って伝えたこと。

 

…そのときと同じく、『笹島飯店』に来ている。

 

「きょうは、あすかちゃんひとり、か」

マオさんがお冷やを置く。

お冷やを置くなり、

「お兄さんと、ケンカでもしたの?」

 

ケンカじゃない。

ケンカの逆、ともいえるかもしれない。

 

「…違うんです」

弱々しく答える。

 

わたしの弱りを感じ取ってくれたのか、それ以上追及することなく、

「なにが食べたい?」

と優しい口調で訊いてくれる。

「ラーメン」

素直に、いまいちばん食べたいものを言う。

 

ラーメンは……弁当には、なり得(え)ないから。

愛兄弁当の、反動で……弁当とは住む世界の違う料理を、食べたかった。

だから、ラーメン。

 

× × ×

 

「はじめっから、わたしに相談ごとをするつもりで、来たんでしょ」

「……バレちゃったか」

「バレるよ。雰囲気で」

「雰囲気……」

「神妙な面持ちで、『ラーメン』って言うんだもん」

 

マオさんの部屋に、マオさんとふたり。

窓の陽(ひ)が落ちかけている。

勉強机の椅子に腰かけたマオさんは、ベッドに座りこんでいるわたしに向かって、ニコニコとしている。

 

「人生相談?」

「いいえ、そんな大それたものでは」

「お邸(やしき)のだれかとトラブったとか。…あー、でも、お兄さんとケンカしたわけではないんだよねぇ」

「トラブルとも、ちょっと違うんですけど」

「フム」

「兄がらみなのは……事実で」

「え、けっきょくお兄さんなの?」

ゆっくりとうなずき、

「ワンクッション、置きたくて」

「ワンクッション?」

「マオさんの部屋を、『逃げ場』にするみたいで……ごめんなさい、なんですけど、まっすぐ邸(いえ)に帰るより、気持ちを落ち着かせられる場所がほしくて」

 

わたしの弁明を聴いて、少しのあいだ考えるようにしていたマオさんが、

「――アツマさんが、いつもと違った、とか?」

「……はい。なんだか、違いまくりで」

「いつから?」

「おとといの……わたしの誕生日の、朝から」

「誕生日が関係してそうだねぇ」

「……」

「やっぱり、そうなの?」

「いきなり、お兄ちゃん、わたしに……お、お、おべんとーを」

「え~っ!! ステキじゃん、アツマさんのお手製弁当!?」

「誕生日祝いだ、とか言って……。誕生日だけで終われば、まだよかったのに、また、今朝も……」

「うれしくないの!? わたしがアツマさんの妹だったら、とってもうれしくなると思うよ」

「ずいぶん……お兄ちゃんを、持ち上げますね」

「だってさー、なんか、いいじゃん。『アツマさんみたいなお兄さんがいたらな~』とか、思っちゃうときだってあるよ」

「どっ、どうしてそんな衝撃発言、サラッと言っちゃうの」

「ひとりっ子だからだと思う」

「……」

「あすかちゃん、なんでそんな悩み顔に?」

「わたし……兄が、わからないんです」

「あらら」

「もっと正確に言えば、『わたしにとって、兄ってなんなんだろう?』って。――とつぜん『愛兄弁当』なんて作ってくるから、ますますわかんなくなる」

「『愛兄弁当』、なんだぁ」

「兄がじぶんで『愛兄弁当』って言ってるんです。ドン引きしました」

「…でも、美味しかったんでしょ?」

「…それが、くやしくって」

 

マオさんは微笑みっぱなしで、

「――アツマさんの作ったお弁当、わたしも食べてみたい」

「正気ですか!?!?」

「――けど、わたしがあんまし『アツマさん推し』しちゃうと、あすかちゃんがヤキモチを焼いちゃうよね」

「なにを…いってるやら」

「だから――『愛兄弁当』も捨てがたいんだけど、むしろ、わたしが、あすかちゃんにお弁当を作ってあげる…ってのもよくない?」

「マオさんが、わたしにお弁当……って、どんなときに、ですか」

「いつでもいいよわたし。お弁当作るのは得意なんだ~」

「いつでもいい、って言ったって」

「『愛兄弁当』ならぬ、『愛マオ弁当』だねっ♫」

「……マオさん、すごいの作ってきそう」

「えへへ~♫」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】お互いが大切だから、爆笑できる。

 

久保山幹事長が読み終えた週刊少年マガジンを、読ませてもらっている。

おすそわけ、といったところ。

西尾維新の『化物語』の漫画版なんて載ってるのね。

へぇー。

 

しばらくマガジンを読んでいたら、

有楽(うらく)センパイが、おもむろに、

「――羽田さん、ずいぶんじっくり読むんだね」

と言ってきた。

「あ…ごめん、集中して読んでたところに、割り込むみたいで」

と言い添えてくれる。

「いいんですよ、そんなに気を使わなくても。じゃんじゃん割り込んじゃってください」

「じゃんじゃん割り込むって」

と有楽センパイは苦笑い。

「わたし……漫画読むのに、まだ慣れてなくって」

「そうなの?」と有楽センパイ。

「はい。

 小説を読むようにはいかないんです。

 まだ、スラスラ読めない……。

 いちおう、セリフは、こころのなかで声に出して、読んでるんですけど」

 

「セリフを、こころのなかで声に出す、かあ」

久保山幹事長が食いついてきた。

「音声化、ってことだな。…まあ、そんな読みかたも、たしかにある」

「いつになく玄人ぶってるわね、久保山くん」

「玄人みたいな顔になってるか? おれ」

「いかにも漫画にはうるさい、って感じ」

「本望だ、有楽」

「なにが本望だか……」と呆れてしまう有楽センパイ。

 

「…あの、基本的には、いま、マガジン読んでるときも、セリフは全部、こころで音声化してるんですけど」

「うむ、うむ」

と数回うなずく久保山幹事長。

「だけど……『生徒会役員共』だけは、セリフ、音声化できないんですよね……」

「……そうだよな。それは仕方ないよ。うむ」

納得してくれる幹事長。

 

「『生徒会役員共』っていう漫画の性質的に、しょうがないよね」

苦笑いしながら、有楽センパイも、わたしをフォローしてくれる。

「羽田さんが『生徒会役員共』に言及しながら照れ顔になっちゃうのも理解(わか)る」

 

「律儀に読み飛ばさないのもスゴいよな」

「久保山くんは絶対に読み飛ばさないタイプだよね」

「なんでわかった?」

「……『氏家ト全の漫画を人前で堂々と読むのに躊躇(ちゅうちょ)がありません』ってタイプでしょ、あなた」

「どんなタイプだ、そりゃ」

「……言って損したかも」

ため息まじりに、有楽(うらく)センパイが肩を落とす。

あはは……。

 

まだ、半分近くマガジンのページは残っているのだが、

「わたし、きょうはそろそろ帰らなきゃ」

「ん? 用事でもあるの」

あるんです、幹事長。

 

大切なひとのために――午後は、ひと肌脱ぐ。

だから――きょうは、サークルは早退。

 

 

× × ×

 

大切なひと、とは、もちろん、きのう誕生日を迎えた、あすかちゃんのことだ。

 

部活を休んで、あすかちゃんは帰ってきてくれた。

もう、あらかたの準備は整っている。

 

「――おいしそうな匂い。」

わたしが作ったお菓子に眼を見張るあすかちゃん。

「アプフェルクーヘン、っていうの」

「アプフェルクーヘン」

「そう。ドイツのりんごのケーキ」

「なるほど~」

「コーヒーが、合うんじゃないかな」

「なら、コーヒーで」

「オッケー」

 

わたしもあすかちゃんも、コーヒーとともにアプフェルクーヘンを味わうことにする。

 

「おいし~~」

「ほんとにおいしそうねぇ」

「絶品」

「それはよかった」

「おねーさん……お菓子作りの腕が、また上がってませんか?」

「うれしい、そんなふうに言ってくれると」

 

あすかちゃんがアプフェルクーヘンを味わっている様子を、微笑ましく見やる。

 

「…18歳か。あすかちゃんも」

「5ヶ月間だけ、おねーさんと同い年です」

「いつもこだわってるよねぇ、そこ」

「こだわらせてくださいよ」

「……」

「お、おねーさん?」

 

言おうと思っていたこと。

それを……感慨深く、言うために、溜(た)めを作って、

 

「……大きくなったよね、あすかちゃん。ホント、大きくなった」

 

「大きく……なりましたか……?」

 

彼女の、アプフェルクーヘンが刺さったフォークを持つ手が、固まっている。

 

「なったよ~」

「……『胸が大きくなった』、ってオチじゃないですよね」

「そんなばかな」

「おねーさん、けっこう本気で、そういうこと言い出しちゃうこともあるし」

「――わたしが言ってるのは、内面的な成長。」

「そんなに…中身がオトナになった自覚は、ないんですが」

「本人の自覚がなくったって、わたしは、気づいてるんだから」

「具体的には…」

「具体的に説明しちゃうと、際限なくて、せっかくのアプフェルクーヘンもおいしくなくなっちゃうよ」

「…ケチですね」

「ほらっ、コーヒーだって冷めちゃうから」

「『成長した』って言われるの……実は、気恥ずかしいかも」

「気恥ずかしい、って言われたって、わたしはあすかちゃんを、ずっと見守っていくつもりだよ?」

「……『母性本能』ですか」

「それもあるかも。でも、やっぱり、お母さん視点というよりは…お姉さん視点」

「……ですよね」

「わかってくれるかしら?」

「はい。」

「――あすかちゃんは、『家族』で、かけがえのない、大切な存在」

「お互いさま、ですよ。おねーさんも、わたしの、わたしたちの、『家族』なんだし。いちばん、大切にしたい――」

「――なんか、テレちゃうというより、デレちゃうな」

おねーさんのほうが気恥ずかしくなっちゃって、どーするんですかっ

あすかちゃんだって、おんなじじゃないの。相当なデレ顔よ?

 

気恥ずかしさを、お互い見せ合う。

 

照れながら、そしてデレながら、お互いがお互いを見ていると、

おかしくなってきちゃって――笑いすら、こみ上げてきちゃう。

 

「なんか、笑えてきちゃった……ヘンだな」

「わたしもです」

「でも……あったかい気持ち」

「わたしもそんな感じ」

「微笑ましすぎるぐらいの――微笑ましさか」

「いいことじゃーないですか。いくら微笑ましすぎたって、なんにも損することないんだし」

「なにそれ、あすかちゃん。おもしろい…」

 

笑うのを、こらえきれない。

あすかちゃんも、ほとんど爆笑しかかってる。

 

「見せられないねえ、こんなとこ、アツマくんや利比古に」

「いえてる、いえてる」

「あ~、ほーんとおもしろい」

「なんで、こんなにおもしろいんだろっ」

「あすかちゃんとわたし、だからじゃないの??」

「そーゆーものですかー」

「そーゆーものだよぉ。ぜったい!」