【愛の◯◯】あなたがそばにいてくれて

 

夕食の副菜を1つしか作れなかった。2つ作ってあげるつもりだったのに。不甲斐無い自分を呪う。

鬱屈を引きずりながらわたしはダイニングテーブルでアツマくんと向かい合っている。

いつものように、両手を合わせて、『いただきます』を言う。

その直後、

「なんかあったか?」

と真向かいからの声。

ドッキリとする。彼の洞察力がこんなにも冴え渡っているだなんて。いつでも冴え渡っているワケじゃないのに。

 

明日から大学入試の共通試験。ゆえに、昼間、わたしは葉山(はやま)先輩に電話をかけた。目的はもちろん、激励。25歳にして人生初の大学入試に挑む葉山先輩。彼女のプレッシャーを少しでも軽減させてあげたかった。

……でも、

『頑張ってください』

とは言ったものの、それよりも気の利いたコトバをなかなか出せなかった。

出せないままに通話は締めくくられた。出し切れずに、不完全燃焼の通話終了。

葉山先輩の声は終始明るかったというのに、通話の終わりに向かうにつれて、わたしの声は曇りの度合いを増していた。

スマートフォンをリビングの丸テーブルに置いた途端に、ずぅぅん……という肩の重みが酷くなった。

 

副菜が1つしかない夕食を重苦しく口に運びつつ、ふにゃけた声で『経緯』を話す。

黙って聴き、黙って箸を動かすアツマくん。

真面目に耳を傾けているのは分かっている。

自分の彼氏が真面目に耳を傾けているのが分からないワケがない。

だけど、彼がわたしの反省に真面目に向き合ってくれているというのに、わたし自身の重苦しさはなかなか解(ほぐ)れなくって……。

 

いつものように、両手を合わせて、『ごちそうさま』を言った。

その直後だった。

「後片付け全部やってやるから、おまえはゆっくりまったりしてろよ」

わたしの内部のドクドクという音のボリュームが急激に上昇した。思わず、自分自身のささやかな胸の中央に右手を押し当ててしまう。

「なんじゃいなー、そのリアクションは」

明るく言うアツマくんが、

「おれに任せてくれんと、怒っちゃうぞ?」

と言い足してくる。

スゥッ、と彼氏が席を立つ。彼は彼が食べたお皿を持ち上げ、180度向きを換え、キッチンに歩み寄る。

水道水の音が鳴り響くから、わたしはいよいよどうしようもなくなって、緩慢に脚を動かして彼氏の背中に近付いていく。

「全部お任せだなんて、悪いわ。わたしも食器洗う。洗わないと、モヤモヤしちゃうから」

哀願の如きコトバに反応して、彼がわたしの方を向く。

「なんで素直になれんのかねえ」

苦笑の彼が、優し過ぎるぐらい優しく言ってきた。

「だって……」

中途半端に『だって……』と言ってしまうわたしに1歩近付き、

「おまえの大好きな横浜DeNAベイスターズが、キャンプに突入する前に」

と言い、

「HDD(ハードディスク)に溜まってるベイスターズの試合中継の録画、観ていった方がいいんでねーの?」

と言ってくる。

それから、

「勝ち試合の録画観たら、元気も戻ってくるだろ」

と、彼は。

「ほっホントにいいのっ、食器洗いサボって、ベイスターズの勝ち試合録画観るだなんて。そんなの、怠け切ってるみたいじゃない……」

「ばーか」

軽く優しい彼の罵倒が降り注いできたと思ったら、

「おれは、元気なおまえの方が好きなんだ」

と言う声が耳に響くと同時に、頭頂部に暖かい感触が生まれてきた。

 

× × ×

 

ナデナデされるから、カラダがポカポカしてくる。

きっと、やがては、ココロも……ポカポカしてくるはず。

 

わたしはアツマくんに言われた通りにしていた。ベイスターズが大勝(たいしょう)した試合の中継録画をソファに座って見つめていた。

水道水の音は少し前に止まっていた。

冷蔵庫が閉まる音がしたあとで、歩行の音が聞こえてきた。

わたしは大きな液晶テレビ画面を見つめ続け、ソファへの彼氏の到着を待つ。

すごく近い位置に彼氏が座ってきた。

わたしはわたしの右隣に体温を感じる。まだ触れ合ってもいないのに、カラダの温(ぬく)みが伝わってくる。

彼は、ミネラルウォーターを少しだけ飲んで、ソファの前に置かれている小型の正方形テーブルに置く。

ソファに身を委ねる彼に視線を静かに寄せる。

彼が彼の左手でわたしの右手を包み込んでくる前に、わたしはわたしの右手で彼の左手を包み込み始める。

「アツマくん」

彼の名前を呼ぶ。弱々しい声しかまだ出せないけど、とにかく呼ぶ。

「なんだぁー」

定番リアクションの彼に向けて、

「夕飯のオカズを2皿しか作ってあげられなくてゴメンナサイッ、ほんとはあと1皿作るつもりだったのにっ」

と、コトバを一気に吐き出していく。

「なんだよー、そんなコトまだ気にしてんのかよー、強気な愛(あい)ちゃんはいったいドコに行っちまったのかねー?」

「『ちゃん』付けしないで……オネガイ」

「なんで」

「わたしがわたしで無くなってる状態だから。あなたが呼び捨てを貫いてくれないと、もっともっと、わたしがわたしで無くなっちゃうのっ」

埒(ラチ)が明(あ)かないから、こんな無茶苦茶な発言をしてしまうわたし。

軽い笑い声が、右隣から。

くすぐったいけど、不快じゃない。呆れているというよりも、今のわたしを面白くてカワイイと思ってくれている……それが如実に表れている笑い声。

「おまえは、自分が自分でありたいんだな」

この問い掛けに、

「そうなの。わたしがわたしである状態を、今すぐに取り戻したいの」

と答える。

「だったら、こうだ」

『こうだ』と告げてから1秒も経たずに、アツマくんはアツマくんの左手をわたしの右手から振りほどく。

わたしの左肩に、強くて暖かい感触がやって来る。

 

× × ×

 

「共通試験が終わったあと、葉山先輩にまた電話しようと思うの。……どういうコトバ、かけてあげればいいのかな」

「一緒に考えてやるよ。おまえ独りで考えるより断然いいだろ」

「……嬉しい、そう言ってくれて。今夜のあなた、わたしの期待にいつもの10倍応えてくれてる」

「10倍ですか」

「そうよね、断然いいわよね、一緒に考えた方が。こんなとき、あなたがそばにいてくれて、ホントに助かる」

「だろー?」

「……ねえ」

「んー」

「10回くらい……抱き締めても、いい?」

「おっ」

 

 

【愛の◯◯】就寝前ぐらいは厳しさを緩めて……

 

夕食のダイニングテーブル。

真向かいのアツマくんが、ハッスル気味に、

「どうだ、豚の角煮は!?」

と言ってくる。

「おれの自信作なんだ。手間暇をかけただけの価値はあると思うんだ。辛口のおまえも、このクオリティならば、納得と賞賛のコトバを口に出さざるを得ない……そんな確信があるんだよ」

身を乗り出してきて自信を示している。

自信満々で大変宜しいコト。

でも、

「甘いわね」

と『一刀両断』するのをわたしは少しもガマンできなくって。

アツマくんが身を乗り出さなくなった。

視線が下がる。自信が萎(しぼ)む。

慈悲深くなる気もあまり無いので、わたしは、

「いろんな意味で『甘い』んだけど、1点ピックアップするならば、味付け。『甘さ』が主張し過ぎてるわ。調味料の配分をもっと考えないと」

「……十二分に考えてるつもりだったんですけど、愛(あい)さん」

「あまーい、あまいあまい」

「おっおいっ、『あまい』を連呼し過ぎちゃうか!?」

東京生まれの東京育ちなはずのアツマくんが関西弁を運用し始めた。テンパっているから、謎の関西弁を繰り出し始めているのね。

ただ、関西弁が出てきたからといって、優しいわたしを見せてあげるワケも無く、

「あなたのコトを思って厳しく言ってるのよ?」

というコトバを送り届ける。

手垢の付きまくりな常套句だけど、今の眼前(がんぜん)の彼氏には適切な常套句。

「常日頃思ってるの。あなたには、わたしの水準を超えようとするぐらいの向上心を持ってほしいって。お料理だけじゃなくって、様々な方面で――」

 

× × ×

 

アツマくんは、猫背になりながら、食器を洗っていた。

全ての食器を洗っていた。わたしが押し付けたのだ。厳し過ぎるようだけど、やっぱりこれも、彼氏のコトを思っての押し付けなんであって。

 

で、恒例の『読書タイム』。

今夜は、1時間枠。『好きな本を選んでいいから、枠の間(あいだ)はひたすら読み続ける』というのがルール、というコトになっている。

だけど、『好きな本を選んでいいから』という部分は、わたしの『裁量』によって、ときどき無効化してしまうのである。

そして今夜は『無効化』の絶好のチャンスだった。

なぜなら、くたびれ気味に本棚の前に立ったアツマくんが、お手軽な新書に手を伸ばそうとしていたからだ。

彼の背中に急速に接近するわたしは、

「あなたってホント向上心が無いのね」

とニコニコ笑いながら声を掛ける。

「どーいう意味だよ」

と彼。

「わたしだったら、その新書レーベルには、一切手を付けない」

面白(おもしろ)気分で断言したら、

「また、危ない橋を渡り始めやがって……」

と、彼が振り向いてくる。

「レーベル名を出さなかったら、問題なんか何も無いでしょ?」

「そういう問題じゃない!! おまえ、そういう攻撃的発言はマジで自粛するべきだと思うぞ!? 大学も、もうすぐ卒業するんだし……!!」

「なあに、それ。もしかして、『もっとオトナになれ』って言いたいの?」

「おまえがどう言おうと、おれはこの新書を読む!!」

「だったら――」

本棚眼の前のアツマくんの右横へと俊敏に移動するわたしは、

「わたしが今から抜き取る学術書も読みなさい。『ハーフ&ハーフ』よ。その毒にも薬にもならない新書を30分読ませてあげるから、残りの30分はわたしの選ぶ学術書を読むコト。――いいわね?」

 

× × ×

 

わたしが押し付けた学術書仏頂面で読んでいるアツマくん。カワイイ。

カワイイと感じる一方で、『キツく当たり過ぎたかな』と反省もしている。

反省できないほど極悪なオンナじゃないんだもの。

キツく当たり過ぎたのを謝るつもりも無いけど。

だって、謝るよりも善い行いがあるんだし。

哲学で卒業論文を書いたのだ。れっきとした『哲学ガール』なのだ。哲学する女子として、ソクラテスに倣(なら)わなければならない。――そう、『善く生きなければならない』のである。もちろん、年中無休で善く生きられる自信なんて無いし、そもそも、年中無休で善く生きようだなんて端(ハナ)っから思っていない。そうではあるんだけど、現在(いま)から就寝するまでの数時間だけは、彼氏のために、善く生きてみたい。

『じゃあ善く生きるってなに、善い行いの中身っていったいなに』というハナシにはなってくるんだけど――。

 

× × ×

 

『読書タイム』の1時間枠が終わった瞬間に、ソファ座りのアツマくんの真正面に立つ。

「なんやねんな、そんな仁王立ちっぽくなって」

疑似関西弁を繰り出してくるアツマくんはホントにホントにどうしようもないんだけど、彼のセリフ回しなんか、この瞬間は、ホントにホントにどーでもいいんだから、

「わたしが選んだ分厚い学術書を中断無しに読んでくれてたわよね。嬉しい気分だわ」

と言い、その場に腰を下ろし、両脚を後ろ向きに伸ばしていく。

数秒後には上半身を前に傾け始めていた。

アツマくんの両肩を両手で掴み、彼の背中をソファに押し当てさせ、カラダにカラダを被せていく。

彼の全てを覆い尽くす勢いで、彼のカラダに、ベッタリ。

ゴツゴツした感触がある。身長180センチ近いカラダを鍛え上げている証拠だ。

160.5センチのわたしのやわらかいカラダが、『中和』の役目を絶妙に果たす。理想的なスキンシップになる。

「……ずいぶんと手荒な愛情表現だな」

呆れたようにコメントを漏らす彼。

構わず、

「就寝前の2時間か3時間ぐらいは、優しくしたいの」

とキモチをコトバにする。

「アメとムチかよ。おれが作った豚の角煮にも、おれが本棚から選んだ新書にも、あれだけ厳しかったくせに」

とか言ってくるけど、構わず、

「あなたって、どうしてこんなにあったかいの? あなたのとってもあったかいカラダを独り占めできるだなんて、わたしは世界でイチバンの幸せ者……!!」

 

 

【愛の◯◯】『おねーさんらしさ』を取り戻し切れないから

 

不注意で、わたしの着ているワンピースにコーヒーをこぼしてしまった。

ワンピースの汚れを見つめ続けるわたし。ほとんど黒に近い焦げ茶色が右脇腹の下から右太ももの上方まで広がっている。

動揺しているから、対処の仕方が分からなくなる。アクションが起こせない。カラダのあらゆる機能が一時停止中。

コーヒーを衣服にこぼすような失敗は、ほとんどしたコトが無かったのに。コーヒーの扱いにもコーヒーカップの扱いにも自信しか無かったのに。

失敗するはずも無いのに、失敗した。

眼が回りそうになる寸前……!!

……だけど、助けを求められる人物が、眼の前のベッドに座っている。これもまた、事実なのであって。

あすかちゃんが、あすかちゃんの部屋のベッドに座っているのである。

助けを求められるのなら、遠慮せず求めればいいはず。……本来ならば。

だけども、あすかちゃんは、わたしの妹分的な存在。

いつもは、あすかちゃんの『おねーさん』をしている。だから、今みたいに『おねーさん』らしく無くなっている状況は、いちばん難儀な状況。

助ける立場なら、『おねーさん』を全うできる。でも、助けられる立場だと、『おねーさん』を全うできない。

わたしが妹みたいになって、あすかちゃんが姉みたいになる……そんな立場の逆転が、怖い。

恐る恐る、わたしはわたしの目線を上げる。

あすかちゃんはとっても落ち着いていた。わたしとは対照的。立場の逆転がもう既に起こっているみたい……。

彼女の柔らかい微笑の度合いが増した。わたしのカラダを包み込むワンピースが冷たくなる。両脚が震える寸前になる。

「おねーさん、着替えましょ? わたしの服、貸してあげる」

まるで20代後半に差し掛かったオトナ女性のような声が聞こえてくる。

コトバを噛み砕くのに時間がかかる。

やがて、彼女のコトバがカラダ全体に浸透していく。鼓動の速度が一気に上昇する。

言われちゃったから、もう制御できない。「落ち着き」という概念が剥落(はくらく)していく。

わたしよりもオトナになったあすかちゃんを上手に眼に映せなくなり、

「わたしのカラダとあなたの服が合うかしら……?」

と透き通らない声で言ってしまい、

「じょ、上半身とか、特に」

と、考えうる限り最も不甲斐無い声で言ってしまう。

「だいじょーぶだいじょーぶ」

小学生以下のコドモの頭頂部を撫でつけるような声が聞こえてきた。

カラダやココロのいろんな部分が乱れながらかき混ぜられるのを自覚する。

眼を閉じて口を結んで身を縮める。

今のあすかちゃんは、わたしの100倍オトナっぽい表情になっている。

100倍オトナっぽい表情になっている可能性のオッズは、1.1倍。

 

× × ×

 

彼女の服が上下ともにシックリ来るのがつらかった。

 

ベッド付近のカーペットであすかちゃんと隣り合って、ほとんど体育座りの姿勢で、クロップドパンツの包んでいる両膝に両手のひらを密着させている。

流れてくるのは、名前も知らないバンドのオルタナティブ・ロック。

「たぶん、UKじゃなくって、USよね」

とわたし。

「正解」

とあすかちゃん。

「西海岸?」

とわたし。

「ふせーかい」

とあすかちゃん……。

 

× × ×

 

不甲斐無いばかりの日だ。ワンピースをコーヒーで汚してあすかちゃんに助けられちゃったり、音楽の知識であすかちゃんに負けちゃったり。

繰り返すようだが「立場の逆転」が起こっている。普段、あすかちゃんはわたしを実の姉のように慕ってくれている。だけど、今日に限っては、あすかちゃんがわたしの『おねーさん』。

 

『おねーさん』属性を取り戻せないままに夜になってしまった。

今は、わたしがあすかちゃんのベッドに腰掛けている。『寝転びたい』というキモチを懸命に抑え込みつつ。寝転んだら、あすかちゃんに対して弱さを見せ過ぎてしまうから。弱さを見せ過ぎてしまうと、引きずる。向こう1週間は引きずる、間違い無く。

勉強机手前の椅子に腰掛けているあすかちゃんが、背すじをピン! と伸ばしながら、

「そろそろ、お風呂、行きますか?」

猫背と言っても過言ではないわたしは、

「それもそうね」

すかさず、といった感じで、あすかちゃんが、

「お風呂に浸かったら、おねーさんの『おねーさんらしさ』も、戻ってくるんじゃないかな」

と言ってきた。

ヒヤリとなりながらドクドクという心音(しんおん)を聞くわたし。

 

× × ×

 

あすかちゃんの見解はかなり的を射ていた。お湯に浸かったら、少し楽になった。あすかちゃんは空気を読めるしわたしの状態を推し測るのが上手だから、大きな浴槽の中であまり声を発するコト無く見守ってくれていた。

 

再びのあすかちゃんルーム。

かなり整ってきている。わたしも、やればできる。あすかちゃんの貢献の方が確実に大きくはあるけど。

整うから、ポワポワしてくる。パジャマがカラダに馴染み、甘えたいキモチがココロを浸す。

甘えたい、という感情は重要だった。

結局、本来の『おねーさんらしさ』は取り戻し切れなかった。こうなると、この夜の間(あいだ)だけは、開き直る以外無くなってくる。『おねーさんらしさ』を取り戻そうと頑張るよりも、諦めるほうが何倍も良(い)い。チカラいっぱい精いっぱい甘えて、あすかちゃんと共に夜を明かすのだ。

それ以外――何ができるっていうんだろう。

 

「あすかちゃん、ごめんね。わたし、『おねーさんらしさ』、とうとう取り戻し切れなかったわ。期待に応えられなかったわ」

カーペット上のわたしは、ベッドに着座中のあすかちゃんを正座に近い姿勢で見つめながら、

「ご相談……なんだけど」

と、火照る顔で切り出していく。

苦笑混じりのあすかちゃんが、

「わたしのベッドで一緒に寝たいんですね?」

と、もう核心を突いてくる。

一瞬は、ドキリとなる。でも、いきなり核心を突かれるのもある程度想定はしていたから、立て直して、あすかちゃんの顔から眼を離さないであげて、

「大正解。大的中」

と応える。

「やっぱりだ」

そう応え返すあすかちゃんは、わたしの甘えたいキモチを120%把握している。

お腹の上の方から胸に向かって、くすぐったさがせり上がってくる。

当然、いい意味での、くすぐったさが。

 

 

【愛の◯◯】『おねーさん』の本領

 

「そろそろ、階下(した)に行って、お料理始めましょうか」

とあすかちゃんに言う。

ビーフシチューを一緒に作るコトになっていたのだ。

早朝からお邸(やしき)に来ていたわたしは、あすかちゃんの部屋のカーペットから柔らかく立ち上がる。直後に、あすかちゃんもあすかちゃんのベッドから立ち上がってくれる。

 

× × ×

 

午後1時が迫っている。ダイニング・キッチンのダイニングテーブル。美味しく仕上がったビーフシチューの感想を言い交わしている。

ビーフシチュー、カレーライスより難しいけど、達成感スゴいですね。喩(たと)えるなら、高い山の頂上まで登り切ったみたいな、そんな達成感」

とあすかちゃん。

市販のルウで作ったワケではもちろん無い。本格的な作り方で作ったがゆえに(?)、調理の過程を詳(つまび)らかに記述するのは『また今度』になるんだけど、真向かい席の妹分が言ったように、手間がかかった分、達成感は計り知れないモノとなるのである。

『高い山の頂上まで登り切ったみたいな』、か……。いい比喩ね、本当にいい比喩だわ。適切な喩(たと)えを瞬時に繰り出すコトができる彼女。つまりは、コレが『文才』というモノなんだな……。あすかちゃん、あなたの正体は『言語の魔法使い』なんじゃないの? ホントは、魔法の国からやって来たんじゃないの?

楽しいから、楽しいがゆえに、

「わたしの教え方も良かったんじゃないの?」

と、わざとらしく長髪をかき上げながら言っちゃうわたし。

『おねーさん』としての自慢含みの問い掛け。『おいおい、なーんかイヤらしい素振りしてんな』とわたしの彼氏にツッコミを入れられちゃう寸前の勢いだ。ま、わたしの彼氏、現在勤務中で邸(ここ)には不在だから、ツッコミが来る可能性は無いんだけどね。

……あすかちゃんと比べたら、ヘタな比喩だったな。彼氏を無理矢理持ち出しちゃった感が強いし。

そもそも、彼氏と違って、あすかちゃんはわたしの素振りが『イヤらしい』だなんて微塵も思っていないに違いないんだけど。

あすかちゃんの表情をよく眺めてみる。

作為など介在していない微笑であるとしか思えなかった。姉貴分としてハッピー気分だ。

 

× × ×

 

わたしだけが席を立つ。わたしだけがキッチンに再度向かう。

2人分のコーヒー豆を挽き始める。わたしとあすかちゃんは以心伝心だから、このコーヒー豆をきっと気に入ってくれるはず。

 

あすかちゃんの手元にコーヒーを置いてあげたあとで、あすかちゃんのためにシュガーポットとミルクピッチャーを近付けてあげる。

シュガーとミルクをコーヒーに混ぜるあすかちゃんの手付きがいつも以上に可愛く見える。

きっと、わたしの中の『おねーさん気分』が昂揚しているんだと思う。ブラックで飲むコーヒーのビターさも『おねーさん気分』の昂揚に拍車をかける。

もう今日は徹頭徹尾、『頼れるおねーさん』としてあすかちゃんと過ごしたい。

でも、『イジワルなおねーさん』にもなってみたい。わたしという女子の善良ではない側面を顕在化させたい欲求を抑制できない。

ちょっとだけ「悪く」ならなくちゃ、あすかちゃんの『おねーさん』として100点満点じゃないんだもの。

 

2杯目のホットでブラックなコーヒーを飲み干し、少しも音を立てずにコーヒーカップを置く。

真向かい席のあすかちゃんは、シュガーとミルクに満ちた1杯目のコーヒーをぐいっ、と飲み切ろうとしているトコロだった。

『お代わりほしい?』だなんて、言うワケも無い。

そんなの、わたしらしく無いんだもん。

わたしらしく・『おねーさん』らしく在(あ)るためには、『お代わりほしい?』とか言ってちゃダメ。『無難な選択肢』は、決して選んじゃダメなんだから。

「ごちそーさまでした、おねーさん」

あすかちゃんからの感謝が聞こえてくる。嬉しい。

妹分からの感謝に対して素直に感動・感激しながら、右手で頬杖を突き始める。本日1番のジットリ目線を彼女にどんどん注ぎ込ませていく。

純度だけに満ちたジットリ目線であるワケが無い。

あすかちゃん、ちょっぴり戸惑っている。わたしなら、チャーミングな太め眉毛の辺りに眼を凝らせば、あすかちゃんの小さな戸惑いも感知できる。

『おねーさん』なんだから、感知できないなんて有り得ないに決まってるでしょ……!

眼前(がんぜん)の妹分の頭頂部をサワサワ撫でつけるが如き声音でもって、

「ありがと~。『ごちそーさま』って言ってくれて」

とキモチを伝える。

そしてほとんど間を置かずに、

「――でも、実を言うと、わたし、ほんの少しの『心残り』があるの」

とコトバを投じてみる。

ふふふ……。

今のあすかちゃん、漫画の中に描かれているとしたら、絶対絶対、頭部の横に『?』が浮かんでいる。

わたしがいきなり『心残り』とか言い出したから、違和感が立ち昇り始めてるんだ。

マジでカワイイ……んだけど、

「今の5倍は、エキサイティングだったと思うんだけどなー」

と、姉貴分たるわたしは。

妹分の彼女は、困惑という名の森に本格的に入っていって、

「おねーさん……? エキサイティング、って、いったいどうなったら、今の5倍エキサイティングになってたってゆーの……??」

と、敬語を使うのを忘れてしまう。

「『仮定』が、抜けてるじゃん。何かの『条件』を満たさないと、5倍もエキサイティングにはならないでしょ……!?」

「そのとーりね」

最愛の妹分の疑問にわたしはすぐさま反応して、

「例えばのハナシよ」

と言い、それから、

「もし、あなたの隣の席に……」

 

 

 

【愛の◯◯】とっておきの「連絡事項」

 

『ダイチ、今日は、本当に久々の『地の文無し回』だよ』

『どういう意味だ?』

『昔は、土曜日の記事は『短縮版』になるコトが多かった。その時は大抵、地の文無しの会話文オンリーだった』

『……話を勝手に進めるのは、どうなのだろうか』

『状況説明をします。わたしは水谷(みずたに)ソラ、大学2年生。同じ大学に通っていてなおかつ彼氏である会津(あいづ)ダイチと、只今スマートフォンで絶賛通話中』

『おい、誰に向けての説明なんだそれは』

『『不特定多数』に向けてだよっ!! そんなコトも分かんないの!? ダイチは、これまでいったい何をしてきたの!?』

『ななっ』

『ぼーーっと生きてるから、そうなるんだよ。尊敬できるヒトの生き方に学んだらどーなの?? 例えば、戸部(とべ)あすか先輩だとか……』

『戸部先輩か』

『うん。ダイチだって、彼女の存在は『まぶしい』でしょ??』

『確かに。彼女は、まぶしい』

『そうなのなら……』

『だが、気がかりなトコロもある』

『え?』

『昨日、君と共に、戸部先輩の邸宅に行ったワケだが。彼女の同居人である利比古(としひこ)さんが現れた途端に、彼女は態度を急変させて……』

『……ダイチ? あのね??』

『なんだろうか』

『あすか先輩にはあすか先輩の諸事情があるんだから、そっとしてあげておこうよ』

『ボクたちが無闇に介入するべきではない、というコトか』

『そんな感じ』

『無難な対処法ではあるが』

『無難がいちばんでしょ。……それに』

『それに?』

『あすか先輩の話題もいいんだけど、それとは別に、今回は大事な連絡事項があって』

『連絡事項?』

『そう、連絡事項』

『フム。……もしや、『明日はブログ更新休みです』と伝えたかったり、なのか?』

『だいたいあってる。更新休みなのは、明日だけじゃないけど』

『明後日も?』

『そーなんだよ。明日明後日は、ブログの更新は、お休み。管理人さんからわたしに連絡があったんだ』

『理由は?』

『明日は、『取材旅行』なんだって。んでもって、明後日は、『日程調整』で更新休み』

『『日程調整』という概念もあるんだな』

『あるんだよね』

 

× × ×

 

『……あのね。わたしから、ダイチに向けても、連絡事項……あるの』

『それは、いったいどんな』

『……あのね。あのね、あのね』

『オイオイ、『あのね』を何回連呼するつもりだ』

『……パパとママが!!』

『んっ』

『パパと、ママが!! パパと、ママがね!! 『ダイチくんを水谷家(みずたにけ)に連れて来てほしい』って!!!』

『ボクを、君の家に?』

『だよっ。まだ1回も、ダイチはわたしんちに足を踏み入れてないでしょ? 彼氏彼女な関係になってから2年以上経つのに、未だに足を踏み入れてないだなんて、不自然な面や不可解な面もあるんだけど』

『そんなに不自然で不可解だと思ってるのか』

『――パパが、パパがねっ、ママ以上に、熱望してるのっ』

『ボクの来訪を?』

『ダイチの来訪を』

『そうか。それならば、襟を正して君の家に赴かなければならないな』

『襟を正さなくたって、パパの性格なら歓迎してくれると思うけどね』

『ただ、服は、買いたい』

『……エッ』

『余所行(よそゆ)きの服の持ち合わせ、あまり多くないんだよ』

『おどろき……。ダイチが、ファッションに意欲を示してるだなんて』

『あんまり哀しい認識をしてくれるな。意欲ぐらい、ボクにだってあるから』

 

 

【愛の◯◯】プリンの個数と怒鳴り声

 

戸部(とべ)あすか先輩の邸宅に会津(あいづ)ダイチと共に来ている。ダイチとは同じ大学だけどわたしだけ授業をサボって来ているのは誰にも秘密だ。

午後3時の間近。とても広い『リビングB』。『リビングB』の名付け親はあすか先輩、邸内で2番目の規模を誇るのが名付けの理由らしい。

わたしとダイチはソファに腰掛けている。もちろん並んで腰掛けている。そして真向かいのソファにあすか先輩。わたしたちカップルを暖かく見つめてくれているような御姿(おすがた)が眼に焼き付きまくる。

あすか先輩が過去1番オトナのお姉さんに見える。流石は就職間近のお人だ。肩の上まで伸びる黒髪の先端辺りが僅かに縮れているのが本当にポイント高い。お肌も過去1番スベスベと言っていいと思う。太めの眉毛はチャームポイントでありなおかつオトナ女子の魅力を引き立てるアクセントになっている。それから、両脚をスッポリ包み込んでいるロングスカート。身長155センチのはずなのに160センチ台だと錯覚してしまうのに大きく貢献している。もしかしたら、お値段6桁近いロングスカートなのかも……。

見惚(みと)れていたら、

「ソラちゃんも会津くんも、来年度からは都心の方のキャンパスに通うんでしょ? 楽しくなるよね」

とあすか先輩が言ってくれた。声に気品が満ちていて感動する。

 

わたしは、来年度以降の学生生活の展望を軽く話したあとで、

「――先輩先輩、ダイチとの惚気話(ノロケばなし)するの、許してくれますか!?」

と勢い良く訊いていく。

左隣のダイチは100%、極度に苦々しい顔になっている。眼を寄せなくたって簡単に想像できる。

「ソラちゃんは会津くん大好きだねぇ」

愛するあすか先輩は微笑みながらそう言ったあとで、

「いいよ。存分に話してごらんよ」

と、お許しを出してくれる。

やったあ。

喜びに包まれるわたしは、早速口を開こうとする。

――しかしここで、背後から、リズミカルなスリッパの音。

振り向いてみたら、あすか先輩の同居人である羽田利比古(はねだ としひこ)さんが立っていた。

「ほらほらダイチ、今日も利比古さん、ハリウッド級のイケメン俳優みたいだよ!?」

テンション高く言うのを我慢できなかった。

男子としてはやや長めの髪。お姉さんの羽田愛(はねだ あい)さん譲りの栗色が髪に淡く浮かんでいる。淡い栗色は光彩を放っていて本当に美しい。それから、『どういう保湿効果が作用してるっていうの!?』と叫びたくなるぐらいの艶やか過ぎるお肌。さらには、わたしの彼氏の冴えない目元とは真逆の信じがたいほどキラキラした目元。巷の女子大学生が100人居たら100人全員が立ち尽くして見入ってしまうぐらいの……ヤバい魅力に満ち溢れた目元。身長は確か168センチだったはずだけど、当然の如く均整が取れまくっている体型だから問題なんかナッシング。

「ソラさん、ダイチくん、こんにちは」

「ハイこんにちは!!」

利比古さんに元気良く挨拶のわたし。

だがしかしここで、隣のヘッポコ彼氏が、利比古さんに挨拶する代わりに、

「おい、ソラ。君は利比古さんを『ハリウッド級』と形容したが、思慮が足りていなかったんじゃないのか?」

……ムカつきレベルがググンググンと急上昇するわたしは、

「なにそのツッコミ!? ダイチって、わたしにどーしても焼却処分されたいんだね」

浅ましいダイチが、

「ボクを、『焼却処分』? 罵倒するのはいいが、適切な比喩とは到底思えないぞ」

とか言ってくるけど、『一切構ってあげない』と胸に誓って、両腕の拳をグググググゥッ、と強く握り始める。

そしてそれから、

「あすか先輩、わたしのバカな彼氏のバカな態度、どんな風に思われますか?」

と、尊敬するオトナ女子に眼を寄せていく。

だけどだけど……このタイミングで、『波乱』。

わたしが眼を寄せた途端に、尊敬するオトナ女子のあすか先輩が、結構な勢いでソファから立ち上がったのだ。

ヒヤリとなった。ビクッとなった。胃袋が重たくなるのを感じた。

わたし、あすか先輩の気分を害するようなコト、言ってないはず。

だとしたら、不可解。彼女の動きが……不可解。

彼女が床に視線を落としているのに気が付いた。真下を向いて、少し猫背。

彼女の次の行動や発言が怖くなってくる。

脚を動かすコト無く真下に視線を当て続けている彼女をハラハラしながら見つめる。きっと、左隣のダイチも同じようにハラハラしながら見つめているはず。

「利比古くん、プリン」

ポツリ、とあすか先輩が言った。ポトリ、と床にコトバをこぼすように言った。

ここまで言及していなかったが、わたし&ダイチのソファとあすか先輩のソファを隔てる長テーブルには、級の高そうなカスタードプリンが6個並べられている。

わたし・ダイチ・あすか先輩の3人しか居なかったら、1人2個ずつで余りは出なかった。

ただ、利比古さんが『リビングB』に出現したのである。

『利比古くん、プリン』と言ったってコトは、彼にプリンを提供してあげたいんだろう。

いったい何個提供してあげるつもりなんだろう。余りが出ないのは3個提供する場合だけど、それだとわたしたち3人が1個ずつしか食べられなくなる。

「プリンを取って行け、ってコトですよね。何個いただけるんでしょうか?」

落ち着き払った声音で利比古さんが問い掛けた。

そしたら、

「それぐらい自分で考えてよ。常識的な個数ってモノがあるでしょ、常識的な個数ってモノが」

とあすか先輩がシリアスな声を出した。

「余りが出ないのは、ぼくが3個いただく場合ですよね」

苦笑い混じりの声を利比古さんが出した、その瞬間、

「バカ!!!」

と、あすか先輩が、怒鳴った……。

 

 

【愛の◯◯】姉にパンチされたくない窮地のぼく

 

姉とアツマさんの暮らすマンションに来ている。『彼が居ない日中は退屈で淋しいから、あんたに来てほしいの』と姉にお願いされたから来た。

ダイニングテーブルを挟んで向かい合う羽田姉弟(はねだきょうだい)。

2回目のお代わりコーヒーを飲み干した姉が、

「さーて、利比古(としひこ)、あんたから話(ハナシ)を聴かせてもらうとしますか」

と言ってくる。

お邸(やしき)でのあすかさんの様子や、年が明けてからの川又(かわまた)さんとの『ふれあい』について、姉は知りたがっているのである。

 

× × ×

 

あすかさんの様子の報告は無難にこなすコトができた。

『最近、Wikipediaに対するぼくのこだわりを咎めるのが少なくなっていて、ちょっと物足りないというかなんというか……なんだ』と言ったら、真向かいの姉が若干邪悪なスマイルを見せてきたのが気になりはしたけど。

 

問題は、『川又さんとの『ふれあい』』についての報告だった。

どうしようも無く茶番劇めいていた去年のクリスマスほどではないが、先週2人だけで初詣に行った時も『噛み合っていない』感じがあった。

イマイチ折り合えていないのを姉に覚(さと)られたら、辛くなるし苦しくなる。

ぼくとしては上手く躱(かわ)してみたいのだが……。

 

4回目のお代わりコーヒーを飲み干した姉がコーヒーカップを置く。

珍しく音を立ててコーヒーカップを置いたのに不穏さを感じ取っていたら、姉が前のめり姿勢になって、

「川又さんと初詣デートしたんでしょ!? 彼女は神社でいったいどんなお願いをしてたの!?」

と凄い勢いで訊いてきた。

「興奮(コーフン)……し過ぎじゃない?」

ドライアイスのようなモノで背すじを冷やされているような感覚が到来する。

「興奮(コーフン)し過ぎない方がおかしいでしょ~」

真面目の反対な声でぼくを翻弄してくる姉。

「川又さんの願い事を開示してくれるまで、邸(いえ)には帰さないわよ!?」

ピンチだ。

なぜか。

ぼくが『願い事の中身、教えてくれませんか?』と川又さんに訊いたら、彼女はスネたような表情で参道を突き進むだけで、教えてくれなかったのだ。

誤魔化すしかない。教えてくれなかったのだから。

ぼくはぼくのコーヒーカップを手に取り、冷めかかったコーヒーカップを口に含む。砂糖・ミルク入りのコーヒーがいささか甘ったるく感じられる。

コーヒーを美味しく味わうのに失敗したあとで、

「確か……『無病息災』、だったかな」

と濁しのコトバを発するぼく。

しかし、前のめり姿勢過剰な姉から、

「ほのかちゃんがそんな無難な願い事するなんて思えないわ!!」

と、ぼくを絶体絶命に近付けてくるコトバが……。

川又ほのかさんを『川又さん』ではなく『ほのかちゃん』と呼ぶようになった姉は、キケンだ。どんな風に暴れ出すか分からない。

「あんた、嘘ついてるんじゃないの? 嘘つきな弟に対しては、わたし、厳しいのよ?」

微笑(わら)っている姉。しかしながら腕組みし始めている姉。

姉の繰り出すパンチは痛い。長らく経験していないが、とにかく痛いのだ。

スッキリとした体型とは裏腹の腕っぷしの強さ。

『お姉ちゃん、剛腕過ぎるよ……』とかウッカリ口走ってしまったら、パンチを付け足されてしまう……!!

 

 

【愛の◯◯】新年会で振り回されっ放し

 

「カンパイしましょう」

馬場好希(ばば こうき)さんにそう告げ、コーラの入った紙コップを差し出す。

ぼくの紙コップと馬場さんの紙コップが触れ合う。『カンパイ!』と言う声が響き合う。

「ぼく、何度でもお祝いしたいんです、馬場さんの就職を」

ココロを籠めてそう言うと、メガネが素敵な馬場さんはやや苦笑しながら、

「羽田(はねだ)くんには、もう10回以上祝福されてる気がするんですが。会うたびに『おめでとうございます』と言ってくれてますよね?」

「たしかに、おっしゃる通りではありますけど――」

素敵な先輩男子学生に向けてコトバを返そうとする、のだが、

「馬場っちには20回近く『おめでとうございます』って言ってるのに、あたしには2回しか言ってくれてないよね!?」

と、不愉快な声が割り込んでくる……!!

吉田奈菜(よしだ なな)さんを睨みつけると、彼女の八重歯が眼に食い込んでくる。

攻撃的な笑顔の吉田さんが髪を軽くかき上げる。彼女の髪の緑と白の細長いリボンが揺れ動く。

 

× × ×

 

『CM研』のサークル部屋で新年会をしているのである。テーブルに並んでいるのはもちろんお菓子とソフトドリンクだ。『ノンアルじゃ、つまんなくない!?』と騒ぐように言っていた吉田さんがいた。ぼくがもう少し短気だったら、小柄な彼女の頭頂部をクリアファイルその他で叩いているトコロだった。

 

年末年始(特に年始)のテレビCMについて馬場さんと語り合っている。

東京在住であってもtvkやチバテレやテレ玉が視聴できる地域は多い。神奈川や千葉や埼玉の企業の謹賀新年CM(←『止め画(え)』が多い)を視(み)ているとココロが和む。

それから、お正月CM特有の「キャッチフレーズ」。読者の皆さんも幾つか、お正月CMの定番フレーズが思い浮かぶのではないでしょうか。

某・食品会社のお正月CMにおける定番フレーズを話題にしたついでに、その会社の某・レトルトカレーのCMについて話し始めていた。

しかし、そんなぼくを、

「そーゆーキモオタみたいな喋りは羽田くんには似合わないわよ」

と、吉田奈菜さんが邪魔してくる……!!

「もっと生産性のある話をするのよ、生産性のある話を!!」

ヒドくないですか!?

吉田さん。貴女(アナタ)が生産性のある話を頻繁にしているとは、とても思えないのですが!?

「なあに、その眼つき? 遅れてきた反抗期~? 反抗期は小学生のうちに卒業しなきゃだよね~~☆」

「吉田さん!! 『限度』ッ!!」

絶叫するしか無くなるぼく。

「ひゃあ、羽田くんが、おこった~~☆」

意に介さない吉田さん。八重歯がきらめいているのが、悔しいというか、何というか……!!

 

× × ×

 

「ベ◯ース◯ーラーメンでカルシウムでも摂りなよ」と吉田さん。

「ベ◯ース◯ー、カルシウム、ありましたか?」とぼく。

「さあ?? 分かんない」と吉田さん。

「お◯つカンパニーに問い合わせてみましょうか」とぼく。

「え!? ホンキで言ってんの」と吉田さん。

ぼくは返答せずに顔を逸らす。吉田さんへのペナルティだ。

『言うコト聞かなくなった飼い犬みたい』という年下男子を『かわいがる』ような声が耳に入ってくる。耐える。

 

× × ×

 

さらに接近してきた挙げ句、ぼくの左隣の椅子にちょこん、と座ってくる吉田奈菜さん。

「……疲れ始めてきてるんですけど」とぼく。

「バカだね」と吉田さん。誰のせいで疲労が兆してるのか分かってるの!?

「羽田くんはさー、イケメンなのは良(い)いんだけどさー」

と彼女は言い、右手で頬杖を突き、緑と白の2色の細長リボンを小さく揺らす。

それから、

「あたしも馬場っちも卒業目前だけど、これからどーすんの? 『ぼっち』でもサークルは存続できるけど、『ぼっち』で活動するのって絶対淋しいよ?」

……ぐぐっ。

鋭い指摘だ。たとえるなら、食べ過ぎて重たくなった胃袋を刺してくる針のような。

 

× × ×

 

10分間はうつむいている。吉田さんに食い込まされた指摘の影響だ。

馬場さんが、『言い過ぎな面もあったんではないですか?』と吉田さんを柔らかくたしなめたのだが、吉田さんは、自分の主張を絶対に曲げたくないのか、ぼくの左斜め後ろで馬場さんに向かって未だに騒ぎ立てている。

……入り口ドアを乱雑に開ける音がする。

顔を上げると、サークルOGの荘口節子(そうぐち せつこ)さんの姿が眼に飛び込んでくる。

荘口さんは吉田さんよりもさらに苛烈な先輩女子だ。厄介に厄介が付け加わる。今のぼくの状況をたとえて言うならば、崩壊寸前のジェンガ……といったトコロだろうか。

荘口節子さんから新年早々パワーなハラスメントを受けるのではないかと思うと背すじが凍てつく。

ぼくの真正面に立ってくる荘口さん。

「ハロー羽田くん、ハッピーニューイヤー羽田くん」

軽快に言ってくるかと思えば、

「早速だが――キミ、正真正銘の帰国子女だったよな?」

と、極めて不穏な問い掛け。

返答もできないぼくの視界に突き刺さってくるモノ。

それは、荘口さんが小脇に抱えている、分厚く重なるA4サイズの書類のようなモノ……!!