外は猛暑なので真新しいエアコンに助けられている。エアコンが涼しさを提供してくれるおかげで読書が捗る。
だが、
『羽田(はねだ)先生って、いったいナニモノなんだろうな』
という後輩男子の声が聞こえてきたので、捗っていた文庫本読書を敢えて中断し、目線を上げて、後輩男子くん同士のやり取りに意識を向けるコトにする。
羽田愛(あい)先生の名前を出してきたのは鳰ノ海稲葉(におのうみ イナバ)くん。私から見て左斜め前に着席している1年男子だ。
イナバくんは実のところ我が文芸部の部外者であり、色んな文化部に神出鬼没で出現しているコトで有名になっている。比較的小柄な体型で私と身長がさほど変わらず、見た目が幼い。何も情報を所有していなかったら中学1年生だと思い込んでしまうかもしれない。
飄々(ひょうひょう)とした性格であるという認識が定着しつつあるイナバくんが、
「昨日の終業式が終わったあと、大騒ぎだったもんな。『校歌斉唱の時、羽田先生がピアノ弾いてた!!』って」
とテンション高く言う。
「小野寺(おのでら)先生が体調不良だったから、ピンチヒッターに指名されたらしいな」
そう言ったのは、私から見て右斜め前に着席している斐伊川薫(ひいかわ かおる)くんだった。
イナバくんと向かい合っている斐伊川くんは、『周りの人間と比べてテンションが常に20%引き』という定評が形成されつつある1年男子だ。イナバくんに対する先程の受け答えも、だいぶ低めのテンションの声によるモノだった。目線も下向きを持続させている。
斐伊川くんは私やイナバくんより10センチ程背が高い。170センチ台前半のはずだ。イナバくんよりも髪のボリュームがあるせいだろうか、イナバくんより大人びて見える。何の情報も所有していなかったら高校1年生でなく高校3年生だと誤認してしまうかもしれない。
「そこなんだよ斐伊川。そこがポイントなんだよ」
依然としてアッパーなテンションのイナバくんが、ダウナーなテンションの斐伊川くんを右手で指差しながら言う。
「なぜ羽田先生が、校歌のピアノ伴奏に指名されたのか!? ぼくは、気になって仕方がない!!」
決め台詞を言い放つようにイナバくんは言い放つ。
斐伊川くんがイナバくんに応えて、
「ピアノが得意なのが教職員にも知れ渡ってたんだろ。いつぞやの『拡散(バズ)り』もあったし」
都内某所のストリートピアノで羽田先生が弾き語っていた模様が少し前に拡散された。斐伊川くんはその件に触れているのだ。
いささか前のめり気味になって手指を組むイナバくんは、
「『小野寺先生のピアノ演奏技術をかなり凌駕してるのでは!?』という評判も高まっているからなあ」
と言い、
「注目すべきは、羽田先生が社会科を教えているという点だと思うんだ」
と言いつつニヤリとなって、
「社会科担当なのに音楽科の先生を凌駕するほどのピアノスキルを持ってる、だけじゃない。『社会科担当なのに体育科の先生を凌駕するほどの運動神経を誇る』だとか、『社会科担当なのに家庭科の先生を凌駕するほどのお料理技術を所有してる』だとか、色んな噂が絶えず立ってるだろう? ――ますます、正体を掴みたくなってくるじゃーないか」
中身が好奇心で充満していそうなイナバくんに対して、斐伊川くんは、
「ファクトを入念にチェックすべき情報も流れてると思うがな」
と、呟きの如くボソリと言う。
「あーっ、斐伊川はいつもいつもノリが悪いんだもんなーっ」
前のめりから一転、のけぞるような姿勢になって、後頭部の辺りで両手を組むイナバくん。
「あやめ先輩は、どういう風に思われますか?」
私に視線を転じてきて、2年生の先輩女子たる私に御意見を伺うイナバくん。
私が、
「『どういう風に思われますか?』なんて、漠然とし過ぎた問いだから、答えるのは難しいな」
と突き放してみると、
「これは厳しい。痛烈だ」
と言いつつ、旺盛な好奇心を如実に表すような顔つきになって、
「あやめ先輩が、内心で、羽田先生に憧れてたりしたら……こっちとしては、すこぶる面白くなってくるんですけどねえ」
フム。
私にどこまでも食い下がっていきたいキモチが強いんだな……イナバくん。
「羽田先生、ビックリするぐらい、美人ですし」
邪(よこしま)なニュアンスを声に混じらせながら、イナバくんが私に食らいつく。
後輩男子の『揺さぶり』などには簡単には動じない私は、イナバくんの眼に自分の眼を合わせながら、
「大学を出たばかりのピチピチな美人女性教師だから、私が少なからずジェラシーを抱いてるとでも?」
イナバくんの眼がやや弱り、
「『ジェラシー』……? 『憧れ』じゃなくて、『ジェラシー』ですか?」
羽田先生に対する私の『憧れ』を期待しているイナバくんのキモチは解る。
しかしながら、強引ではあるけれども、私は私の言いたいコトを押し通したくて、
「もし、私が『ジェラシー』のようなモノを胸に秘めてるとしたら……イナバくんは、面白くなってくるだろうか」
と……弄んでいくと同時に、微笑する。