【愛の◯◯】応援されたり、応援しようと決意したり。

 

ポムポムプリンのぬいぐるみを抱きしめながら、眼を覚ました。

 

いつもより少しだけ夜ふかしして、いつもより少しだけ遅く起きた。

 

文化祭の振替休日なのだ。

 

カーテンを目一杯開ける。

 

眠気がほんのちょっと残っている。

ポムポムプリンをぎゅっ、と軽く胸に抱いてから、顔を洗って眠気を飛ばそう…と思う。

 

× × ×

 

階段を下りて、洗面所に来た。

そしたらどういうわけか、兄が顔を洗っていた。

なんで、なんで大学行ってないの。

 

「…お兄ちゃん、大学の後期、始まったんでしょ? なんでしょっぱなからサボってるわけ!?」

兄は、流れる水を止め、タオルで顔をひとしきり拭いてから、

「サボりとか、アホか」

「で、でも、こんな時間まで邸(いえ)にいて、のんきに顔洗って――」

「アホだなあ」

「に、2回もアホって言うなっ」

「あすか、おまえは、大学というシステムをてんで理解していない」

「なっ…!!」

「おれの授業は、午後からなんだよ」

 

「――うそっ」

 

「ウソじゃねーよ。大学生だと、そういうこともあるんだよ」

 

× × ×

 

「推薦入試を受けるんなら、なるだけ早めに、大学のシステムを把握しておいたほうがいいんじゃねーのか?」とか言われた。

余計なお世話――とまでは行かないけど、ムカつく。

 

ムカっ腹(ぱら)に、ポムポムプリンをぎゅー、と押し当てる。

押し当てたプリンを両手で抱え込む。

それからベッドに仰向けに倒れ、プリンを手放して、きのうの回想モードに入り始める。

 

……なんといっても、後夜祭の衝撃。

フリーダンス。

徳山さんを踊りに誘う、副会長・濱野くん。

濱野くんに、導かれるがのごとくに、徳山さんは、差し伸べられた手を取って。

彼と彼女は踊った。

濱野くんのステップも、徳山さんのステップも、平等に、不器用で。

そんな、不器用で、ぎこちない、ふたりの踊る姿を、

わたしは、ただ、遠巻きに眺めるだけで。

 

いま、徳山さんは、どんな気持ちを、抱きしめているのだろうか。

ほとぼりは、冷めたか――、あるいは。

訊いてみる?

ううん。

それは、たぶんダメ。

単純に、迷惑だと、思うから。

そっとしておくのも、それはそれで、怖い気もしちゃったりするけど。

でも……でもねぇ。

 

後夜祭以外で、きのうの反省点を、ひねり出してみようと思った。

きのうのバンド演奏もうまくいったけど、そろそろ、オリジナル曲を作ってみるべき時期なんじゃないのか。

オリジナル曲に挑んでみるのなら、作曲は、作詞は、だれが――。

 

わたしの思考はバンドの今後に移行しかけていた。

眼をつぶって、バンドの未来像を思い描こうとした。

 

――ぶるぶるという、スマホの振動音が響く。

わたしのバンド未来予想図が、響き続ける振動音に、かき消される。

 

着信。

だれからだろう?

ヘンな予感が、する……。

 

× × ×

 

『――わたしいま、布団に潜ってる。

 掛け布団のなかで、電話、かけてるの。

 からだが……なんだか、縮こまってるみたいで。

 午前11時、過ぎてるけど……ずーっと起きてからベッドに引きこもっちゃってる。

 朝食抜きで。

 からだだけじゃなくて、あたまも、思うように働かなくって。

 朝食抜きなのは関係ないと思う。

 ……こんなにダメダメなの、いつ以来か、わかんない。

 原因が明らかなこと、だけが、救い……かな。

 ……。

 きのうの後夜祭で起こったこと、してしまったことがぶり返してくるたびに、震えてきちゃうんだけど、ね……』

 

 

電話の向こうで弱々しくなっている徳山さんを、思い浮かべてしまうと、

なんともいえない気持ちが、芽生えてきてしまうのだった。

 

あれだけ気丈(きじょう)な徳山さんが、弱ってる。

良心が、痛い、というよりも――、

くすぐったい。

 

× × ×

 

「きのうの『アタック25』最終回スペシャルの録画でも観ねーか? あすか」

「観ない。――そんな気分じゃないから」

「ありゃ」

「――それに、番組終了が発表されてから、あまりにも『アタック25』で引っ張りすぎじゃない? わたしたち」

「それは、いえてるかも」

「ま、わたしたちの責任じゃなくて、ブログの責任なんだけどね」

「こらこら」

 

「…お兄ちゃん。」

「ん~? なんだ~~」

「お兄ちゃんは、わたしの推薦入試……応援してくれてるんだよね」

「なんだよっ。そんなこと、確かめるまでもない」

「だったら、言って。『応援してるぞ』って」

「いま!?」

「言ってよ。面倒くさがらずに」

 

若干戸惑いの色を見せながらも、兄は、

「……戸部アツマは、妹の戸部あすかを、応援しています」

 

「――よし。」

「……」

「言い回しはすごくヘンだったけど、合格だよ、お兄ちゃん」

 

× × ×

 

応援してくれるひとがいる。

 

兄の存在の大きさを、再確認する。

 

だけど――応援されてばっかりじゃ、ダメだ。

 

わたしも、だれかを――応援しなきゃ。

 

たとえば。

徳山さん。

 

濱野くんとのダンスをきっかけに、すっかり参ってしまっている状態の、徳山さん――。

――気丈な徳山さんに、戻してあげたい。

『元気出して!!』って、精一杯、徳山さんを応援してあげたい。

 

肝心なときに、応援してあげられるのが、友だちだ。

 

徳山さんの親友としての、役目が……わたしには、あるんだ。

 

 

 

 

【愛の◯◯】祭りのあとに、待つ波乱。

 

the band apartを演奏した。

ボーカルの奈美が英語で歌えないから、日本語楽曲だけ演奏した。

坂本真綾への提供曲「Be mine!」も演奏した。

 

ステージのあと、

ミヤジが、わたしに近寄ってきて、

「おつかれ。あすか」

とねぎらいのことばをかけてくれた。

「なんか……うまく、表現できないんだけどさ。

 よかったよ。とても。

 あすかがあんなにギターが上手くて、びっくりした……」

「見入ってた感じ?」

「完璧に」

「ありがとう。うれしい」

ギターケースを抱きしめながら、ミヤジに感謝する。

「――あすかのバンドのときが、いちばん盛り上がってたと思うよ」

「そこまで言いますか、ミヤジさん」

「僕は、そう思う」

 

ミヤジは、ほんのちょっぴりだけ、押し黙ってから、

「……これで、終わりってわけじゃ、ないんだよな?」

「もちろん。高校を卒業してからも、わたしのギターは続いていく」

 

「……カッコいい」

 

「え!?」

「『わたしのギターは続いていく』って、決めゼリフみたいなことばだけど……カッコよかった」

「ミヤジ――」

 

× × ×

 

「な~に棒立ちしてんだか、あすかよ」

「バババカ兄(あに)、タイミング悪い」

「さっきまで話してた男子、おまえと同級生の子なんか?」

「――そう。ミヤジってあだ名」

「ふーん」

 

いきなり、兄がわたしの背中を叩く。

 

「なに!? なにがしたいの」

「『おつかれさま』の気持ちを込めて」

「手荒(てあら)すぎるよ。いきなり背中バーン、って」

「痛かった?」

「ちから加減、最悪だった」

「そんなにだったか……すまんかった」

「お兄ちゃんは、なんでそんなに不器用なの!? ――って、」

 

兄が、あたまに手を乗せてきた。

 

「――見られちゃうよっ、見られたら恥ずいよっ」

「それもそうだな」

「バカ兄!」

「じゃあ、少しだけの、ナデナデにしておく」

「……スケベ」

「はぁ?」

 

大学留年しろ、

いっそのこと!!

 

× × ×

 

「なんでしょんぼりしてるみたいなの? バンド演奏のあとで、なにか事件でも?」

「――物騒だね、徳山さん」

 

「ここ、いいよね」と、わたしの右隣に腰を下ろす徳山さん。

 

後夜祭はとっくに始まっていた。

お待ちかねの、フリーダンスである。

EDMのリズムに乗せて、生徒たちが、入れ代わり立ち代わり、好き勝手に踊り続けている。

 

まぶしい照明が、ときおり、野次馬組のわたしや徳山さんを照らしてくる。

 

「なんにも……なかった。キモいOBがひとり、紛れ込んできた、ってだけ」

「アツマさんね。あなたの、お兄さんね」

 

「どうしてわかるの……!」

 

「わたし、あすかさんが思ってるより、あすかさんのこと、良く知ってるんだから」

「……」

「――ごめん、変なこと、言っちゃったかも」

「…あやまんないでよ」

「――わかったわ」

 

「最初から最後まで、観てた、あなたたちのライブ」

「…それは、ありがとう」

どういたしまして…ということばが返ってくるという期待は、裏切られ、

「まぶしかった」

「わたしたちが…?」

「うん」

「……そんなに、輝いてたかな」

「うん、輝いてた」

 

そう言ったかと思うと、徳山さんは、笑いをこらえきれないような感じで、

 

「あすかさん、なんでこれで、モテないのかしら」

 

「と、と、徳山さんっっ」

 

「わたしがモテない理由は、自覚してる」

「……」

「いっぽうで、あすかさんには、モテる理由だらけなのに」

「……」

「不思議ね」

 

わたしは……野次馬でいいよ、徳山さんっ。

 

「――飲み物買ってくるっ!」

そう言って、すっくと立ち上がった、わたし……。

 

× × ×

 

加賀くんはどうせあの場にいないだろう。

シャイボーイすぎて、徳山さんをダンスに誘える勇気なんか、ゼロパーセントなんだから。

こういう機会めったにないのに、彼はとってももったいないことを……。

 

…こうやって、雑然としたことを考えながら、ふたりぶんのドリンクを購入し、徳山さんのもとへと帰り始めた。

 

 

オレンジジュースみたいに染まっていた空も、いまではすっかり、ブドウジュースみたいな空だ。

9月も終わりに近いし、この時間から、もう涼しい。

そんな涼しい空気を肌に感じながら、両手に1本ずつドリンクの缶を持って、道をザクザクと踏みしめ、徳山さんが待っている場所へと、戻っていく。

 

徳山さんの後ろ姿が見える。

 

あれ、

あれれ――、だれか、徳山さんに、真っ正面から近寄ってきてる。

 

男子?

そうだ、男子だ。

 

文化祭運営スタッフの証(あかし)たる、オリジナルTシャツ。

長い髪とハンサム顔が、カクテル光線に当たり、照らし出される。

 

濱野くん。

 

濱野くん。

生徒会副会長の、濱野くん。

 

――どうしてまた、徳山さんの眼の前に!?

 

いや、

どうしてもこうしても、ない。

 

フリーダンスなんだ。

 

フリーダンスの場で、男子が、女子に、真向かいに、手を差し出しているってことは。

 

……濱野くんはずっと、徳山さんに手を差し出し続けている。

 

口の動きでわかってしまった。

 

おれと踊ってくれないか

 

濱野くんは、徳山さんに……そう言っているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】お弁当願望と、遠距離告白

 

身だしなみはこれで良かったのかな。

ふだん、実家の中華料理店の空気に染まっているから、

ついつい、喫茶店なんかに行くと、

じぶんの身だしなみを、過剰に気にしてしまう。

 

――まぁ、いいや。

開き直りだって、時には。

 

× × ×

 

茶店『リュクサンブール』のドアを、カラカラン♫ と開ける。

 

アツマさんが、わたしの眼の前に来てくれる。

 

「――マオか」

「はい、こんにちは」

「好きな席に座っていいよ」

「やったー!」

 

絵本の棚のそばにある席に座る。

棚を背後にして、注文を訊きに来るのを待つ。

 

アツマさんがやってくる。

わたしはストレートティーと本日のケーキと、それからそれからバニラアイスを注文する。

「――ケーキに加え、バニラアイスか」

「別にヘンじゃないですよ」

「――まぁな。

 ご注文は以上でよろしいですか?」

「よろしいです!」

 

アツマさんの去りぎわに、

小声で、ささやくように、

「あの……浮いたりしてませんかわたし? お店のなかで」

はぁ!? と、なに言ってんだか…みたいな顔になって、

「浮いてるわけないだろ。なにを言うか」

「良かったです。安心しました」

「ほんとうに安心した~、って顔だな…」

「てへ☆」

 

そして、紅茶とケーキとアイスを運んできてくれたアツマさん。

「うわ~~、おいしそ~~」

「良く味わえよ」

「ハイ味わいます」

 

やはり、去りぎわに、

ふたりだけの秘密を言うみたいに、小声で、

「アツマさん、アツマさん」

「え、なによ」

「バイト上がるの――いつですか?」

 

× × ×

 

わがままだ。

アツマさんのバイトが終わったあとに、彼ともう一度落ち合った。

 

夕暮れの道を、ふたりで歩く。

 

「あした――文化祭ですよね? わたしたちの出身高校の」

「だな。おれたちの出身高校であり、あすかが通ってる高校でもあるな」

「アツマさんはぜったい、あすかちゃんに『来て!』って言われてますよね」

「あいにく。」

「『来ないとおしおきだよ』とか――」

「あいにく、な。あいつはそういう性格だから」

 

わたしものぞいてみるかー。

 

……ところで。

「妹がいるって、いいですよね」

「な、なんじゃあ唐突に」

「わたしひとりっ子なんで」

「おれの妹はそうとう凶暴だぞ」

「凶暴なのもひっくるめて、いいんじゃないですかあ」

「……言いたいことは、なに?」

「わたし……。

 アツマさんみたいな、お兄さんがほしかったかも」

 

ビックリするアツマさん。

 

「……言われません? 身近な、女の子に」

「――言われたことあるよ。でも、マオにまで、そう言われるなんて」

 

夕焼け雲を見上げ、

「ヘンテコな話かもしれませんけど」

「…?」

「一度でいいから、わたし、アツマさんに、お弁当を作ってあげたくって」

「そりゃまた、どうして…!」

「わたしの手作り弁当は、食べないと、損ですよ」

 

わたしの真横で、夕焼け雲を見上げ始めたアツマさんは、

「――損だわな。マオの弁当、食べないのは」

ほら。

言ってくれた、食べないと、損だって。

「――だけど。おれの弁当作りに『のぼせる』のもいいけど」

えっ?

「――創介くんのことは、いいのか?」

 

……えっ。

 

「どういう……意味ですか?」

屈託なく笑うアツマさんは、

「だからぁ、創介くんのことも、もっと大事にしてやりなよ、ってことだよ」

 

なぜか、からだが火照(ほて)る。

 

アツマさんはなおも、

「気持ちは通じ合ってんだろ? ――遠距離でも」

 

「……」

 

「だよな。マオの顔が、そう言ってるよ。『通じ合ってる』って」

 

× × ×

 

「……きょう、アツマさんに、からかわれちゃった」

『からかわれた? どんなことで』

 

いったん眼をつぶり、

それからもう一度、PC画面のソースケに向き合って、

息を吸って、

 

「わたしとソースケとの……ことで」

遠距離恋愛って素晴らしいなあ、とか、言われた?』

「……ほとんど、そんな感じ」

 

声を出して笑うソースケ。

こっちは恥ずかしくなる。

 

『――話を無理やり変えちゃうんだけどさ』

「なによ、お馬さんの話とか?」

『ビンゴ』

「――ハタチになって、晴れて馬券が買えるようになったからって」

神戸新聞杯があるんだ』

「知ってるよ。ダービー馬が走るんでしょ」

『おー、良く知ってんな』

「で、次の週に、凱旋門賞

『おー、すげぇ』

凱旋門賞の馬券も……買えちゃうんだよね」

『そうだ。でも、クロノジェネシスもディープボンドもいっさい買わん。海外馬を買って儲ける。クロノジェネシスかディープボンドが勝っちまったら、それはそれで、本望だ』

「……すごく楽しみって感じだね、ソースケ」

『待ち遠しいさ、そりゃあ』

「わたしは……別の意味で、『待ち遠しい』」

『んん?』

「ソースケが……また、こっちに帰ってくる日が」

『ん……』

「ソースケ」

『真顔で……どーした?』

「わたし、

 ソースケが、すき」

 

『マオ……。』

 

「もう1回、言ってあげてもいいんだよ。

 ううん、もう1回、じゃないや。

 何度でも、『すき』って言ってあげたいの」

 

 

 

 

【愛の◯◯】お兄ちゃん、ぜったいぜったい文化祭来てね。もし、来てくれなかったりしたら――

 

祝日明けの金曜日。

いよいよ、わが校の文化祭も明後日に迫り、校内は完全に文化祭の準備ムード一色だ。

 

授業もない。

ひたすら、クラスの出し物だったり、部活の展示だったりの準備にいそしむ。

 

じぶんのクラスの手伝いもそこそこに、わたしは教室を出た。

廊下を早足でずんずん歩いていると、

担任の二宮先生――『ニノ先生』が、向こうからやってきたではありませんか。

 

「ニノ先生じゃないですかー。どーしたんですか?」

「や、どーしたもこーしたもないだろ。クラスの様子を見に来たんだ」

「あー」

「あー、じゃない」

「ごめんなさい」

「……」

「……」

「……あすか、」

「ハイ」

「おまえ、じぶんのクラスの出し物に、非協力的じゃないか?」

 

ぎく。

 

「ぎく」

「ぎく、じゃない」

「ごめんなさい。」

「……部活やら、バンドやら、いろいろ忙しいのはわかるが」

「忙しいってことは、ちゃんとクラスのみんなには説明してますから」

「赦(ゆる)しを得てるってことか」

「得てます」

 

わざ~とらしく、先生の顔を、じ~っと見上げ、

「先生が思ってるより――ちゃんとしてるんですから、わたし」

「ちゃんと……してるってのは」

「じぶんで考えてください」

「お、おい!!」

 

スーッと先生の横を通過していく。

 

……あっ。

いけないいけない。

これを、言わなくちゃあ。

 

ピタッと立ち止まり、

うろたえ気味に立ち尽くしている先生に振り向き、

 

受験だって、ちゃんとしますから!!

 

と高らかに言う。

 

なにも言えない先生に、

「わたしの推薦入試が近づいてることぐらい……わかってるでしょ?」

「……当然だ。おれをなんだと思ってるんだ」

「担任教師」

「……」

「入試のときは、背中を押してくださいね、ニノ先生♫」

 

× × ×

 

「背中を押してください」は、余計だったかな。

まあいいや。

 

校内をぶらぶら歩く。

取材のネタがどっかに転がってないかなー、と思いながら、ぶらぶら。

 

文化系クラブ活動の展示会場となる教室をのぞいてみる。

そしたら、わたしが教室に入ってから程なくして、小野田生徒会長が入室してきた。

 

「小野田会長だー」

「おや、あすかさんが、こんなところに」

「えへへ」

「ヒマなの?」

「決してヒマではないんだけど、やっぱりヒマなのかも」

「曖昧を極めてるね」

えへへへ。

「――小野田さんこそ、こんな場末(ばすえ)まで、なんでまた」

「こらこら」

小野田会長は苦笑して、

「場末なんて言ったら、展示するクラブの人に、にらまれちゃうよ」

「アッいけない」

「ほらほら、あそこで作業してる子が、苦々しい表情しちゃってるじゃない」

「……マジだ」

 

苦々しい表情にさせてしまった男子生徒に、小野田会長がおっとりと微笑みかけることで、事なきを得る。

生徒会長さまさまだ、ホントに。

 

「――『特撮・SF同好会』なんて、存在してたんだ」

「知らなかったの!? あすかさん」

「エッいま知ったよ、わたし」

「文化祭だと毎年、奇抜なパフォーマンスを行うことで有名なのに」

「――さすが生徒会長だね、どんなクラブ活動が生き残ってるか、ぜ~んぶ把握してるんだね」

にしても、

「なんで、特撮とSFが、いっしょの同好会になってるわけ?」

「ちょ、ちょっと、あすかさんっ」

慌て始める会長に、

「特撮とSFをいっしょにしたって、面白くなるわけでもないじゃん」

「あ、あすかさんっ、いちばん言っちゃダメなこと言ってるからっ!」

え??

「わたし、失言した??」

会長は焦り顔になり、

「…いまは、特撮・SF同好会の会員、この場にいないから、まだいいけど、」

「けど?」

「たとえばね。

 当日、この展示室で、さっきみたいに、『特撮とSFいっしょにしたって面白くない…』みたいなこと言っちゃったとしたら、

 ギャオスのコスプレした同好会の会員が……襲ってくるよ

 

「……会長、

 ひとつ、質問。

 ギャオス、って、いったい、なに??」

 

× × ×

 

「ねー、お兄ちゃん」

「?」

中日ドラゴンズの、現在(いま)の監督のひとつ前の監督って、だれだったっけ」

「は!? おれに訊くなよ」

「知らないか。」

「知らねぇ…」

「はぁ。」

「ため息ついてるヒマあったら、検索してみろや」

「珍しく、いいこと言うんだね。

 ……そっか、モリシゲ監督だったか」

「解決したか?」

「解決した。ありがとう、お兄ちゃん」

「おれ――なにも、してないんだが」

「それと、」

「??」

「文化祭」

「がどうした」

「ぜったい、来てよね」

「お、おぅ……」

「ぜったいのぜったいだよ!! 命令だよ」

「――ったく、命令とか、大げさに言いやがって」

サボったら、ガメラとギャオスがお兄ちゃんの部屋にだけ襲ってきちゃうよ!?

 

「……がめら? ぎゃおす?

 気は確かか、おまえ」

 

確かだよ。

 

――特撮映画の知識、ゼロだったんだね、お兄ちゃんも。

わたしだって、ガメラもギャオスも、きょう、小野田会長に教えてもらったばっかりなんだけどさ。

 

仮面ライダースーパー戦隊は、しょっちゅう観てるクセに。

――それとこれとは、関係なかったり、なのかな??

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】夢のギリシャと、おとうさんと

 

高級そうなレストラン。

たぶん、外国の。

テーブルで向かい合っているのは……、

わたしの、

おとうさん。

 

ウェイターが注文を訊きに来た。

聞き慣れない言語。

戸惑っていると、おとうさんが、流暢なしゃべりで、オーダーしてくれる。

丁重に礼をして、ウェイターが離れていく。

 

「いまのは……何語なの!? おとうさん」

ギリシャ語だよ、愛」

 

ギリシャ語、知ってるんだ――おとうさん。

わたしだって、ギリシャ語も習得してみたいとは、思ってる。

だけど、まだ、ほんの少ししか勉強してなくって。

 

ギリシャ語会話のできるおとうさんが、ますます眩しい。

 

尊敬の眼差しで、おとうさんを見る。

よく見れば、ファッションも最高におとうさんに似合っている。

中年男性の、理想の身だしなみ……。

地球上の中年男性で、おとうさんだけがカッコいい。

本気でそう思っちゃう。

 

お料理からオリーブオイルの匂いが立ちのぼって、ああここはギリシャのレストランなんだな、と確信する。

おとうさんはグラスにお酒を注(そそ)ぐ。

なぜか、わたしのグラスにまで注ぐ。

 

「おとうさん、わたし……18歳なんだよ?」

「ダメか?」

「ダメだよ」

「ひとくちなら、いいじゃないか。乾杯したいんだ」

 

……。

 

「おとうさん……もっと、マジメだと思ってたのに」

 

なぜか、急に泣きそうになる。

 

カッコよかったはずのおとうさんの姿が、滲(にじ)んでいく。

 

 

……。

 

……。

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

「…………むにゃ」

 

× × ×

 

夢だった。

夢でしかなかった。

わたしの眼は涙で濡れていなかった。

 

きょうは、両親と国際ビデオ通話する日。

 

おとうさんとビデオ通話するのが待ち遠しすぎて、あんな夢まで見てしまったってことなんだろうか。

よりによって、おとうさんの顔を久々に見ることができる日の前夜に、あんな夢を――。

 

――夢は、夢だ。

切り替えていかなくっちゃ。

顔を洗ってから、ビデオ通話のこころの準備をしていこう。

 

× × ×

 

まずは母が画面に映った。

 

「調子、良さそうね」

「お母さん、おとうさんは!? おとうさんは!?」

母はびっくりして、

「いきなり急かすのね。いくらおとうさん大好きっ子だからって」

「おとうさん、いるんでしょ」

「いるけど」

「できるだけ早く、おとうさんに」

「……いつもながら、母親のほうの扱いがひどいんだから」

「お母さんとの話は、あとで」

「――愛」

「な、なによ」

「そういうところはいくつになっても変わらないのね」

「そ、そういうってどういう」

「おとうさんファーストなところ」

「し、しかたないでしょっ!?」

 

『はいはいわかったわかった、わかったから……』という無言のメッセージを送り、

母は、おとうさんに交代してくれる。

 

おとうさんが、画面に……映った。

 

「お母さんとちゃんと話したのか~?」

微笑みながら、痛いところを突いてくる。

「お母さんとは、あとから、きちんと近況報告とか、するから」

「ちゃんと報告するんだぞー。約束だっ」

できるなら、おとうさんと指切りげんまんして、約束したいけれど、物理的に不可能で、

「うん。……おとうさんの言うことなら、なんでもきく」

「ハハハ」

笑って、

「そういうふうに、愛が愛を示してくれて、うれしいよ」

愛が愛を示す。

「ほんとうに、愛が愛くるしい」

愛が愛くるしい。

「大学生になっても……やっぱり愛は、愛らしい」

愛は、愛らしい。

……って、

「おとうさん……ことば遊びみたいなこと、してない?」

「ん?」

「わたしの名前の『愛』に、愛を示してとか、愛くるしいとか、愛らしいとか、『愛』を重ねて」

「あーっ、そういえば、そうなっちゃってたな」

本音は……ごまかしてほしくない。

でも、追及もしたくはない。

なぜなら、おとうさんを……愛しているから。

 

「――話がどんどんヘンな方向に行っちゃってるよ。軌道修正しよう? おとうさんだって、忙しいんでしょ」

「うん、そうだな。…愛は、どんな話がしたい?」

「……」

「直感でいいんだよ。話したいことを、言ってごらん」

……穏やかで優しいおとうさんの顔に向かい、

「夢、見たの」

「夢を?」

「夢。おとうさんが、出てきた。というか、おとうさんとわたしの、ふたりだけの夢だった」

「すごいなあ~、照れるなあ~」

「ときどき……見るのよ、そういう夢。恥ずかしいけど」

「どんな夢だった?」

ギリシャの高級レストランにいる夢」

「へええ」

「おとうさんが……ギリシャ語で、注文してた」

「そりゃ、おかしいな」

「えっ――」

ギリシャ語なんか、できっこないのに」

そんなっ

 

ひとりでに叫んでた。

じゃあ、じゃあ、

あの夢に出てきたギリシャ語は……いったい、なんだったの!?!?

 

 

「……お~い?? 愛、帰ってこいよ」

 

……。

 

「――おとうさん」

「なんだい」

「オンライン勉強会とか……したくない?」

「なんでまた」

「父娘(おやこ)でギリシャ語勉強したら……ぜったい楽しいと思うの」

ギリシャ語、ねぇ」

「葉山先輩も、先輩のお父さんと、いっしょにフランス語勉強会を続けてるって言ってるし――」

 

「――葉山先輩?」

 

「え、お、お、おぼえてるよね。はなしてるよね、センパイのことは、なんかいか」

 

「う~~~む」

 

おとうさん!!

「うぉ」

「忘れてたのなら、いまここで覚えて!!

 葉山むつみ先輩。

 女子校時代、わたしの2個上。

 誕生日が、わたしと1週違い。

 身長も体重もスリーサイズも、わたしとおんなじ。

 わたしとおんなじくらいの美人。

 趣味は、ピアノと、読書と、それからそれから、麻雀とか競馬とか……」

 

「愛」

「……なんですか。」

「余計な情報も、けっこう開示してたな♫」

わ、わらっていわないでよおっ

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】ポスターに謎はこめられて

 

「きのうはチョコパイ食べすぎてごめんね、ヒナちゃん」

ヒナちゃんに謝るわたし。

「ほとんど、わたしが食べちゃって」

ヒナちゃんは、

「あすか先輩が糖分補給できたなら、いいですよ」

優しいなあ。

だけど、

「ヒナちゃん、きょうは――お菓子、持ってきてないんだね」

もしや。

「わたしが、チョコパイぜんぶ食べ切っちゃったから!? チョコパイの残りを、きょうのぶんに回したかったんじゃ……」

「先輩、先輩、落ち着いて」

ヒナちゃんは冷静だ。

「チョコパイにそんなにこだわってないですって。ただ単に、新しいお菓子を買う時間がなかったってだけですよ」

「――あ、そうだったの」

 

× × ×

 

「取材行ってきまーす」と、ヒナちゃんは活動教室を飛び出した。

 

「……物足りないですか? ヒナちゃんのお菓子サービスが、きょうは無くて」

「ソラちゃん」

「チョコパイ、美味しかったですもんね。――ヒナちゃんのお菓子も、定番化した感じだし」

「ま、まあ、毎日お菓子たくさん食べたら、糖分過多になっちゃうからね。お菓子を食べない曜日があってもいいんだよ」

「じゃあ、水曜日を、『お菓子我慢デー』にでもしますか?」

笑い顔のソラちゃんの、提案。

「そ、それはさ、ヒナちゃんと、要相談だよ」

「たしかに。先輩は、やっぱりかしこい。気くばりも、あって」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

「……」

 

× × ×

 

スポーツ新聞部という看板なんだし、お菓子だけで話を引っ張るのもアレだと思ったから、ちゃんと取材をするんだと決意した。

 

わたしは活動教室を飛び出していく。

 

……実のところ、どの部活を訪ねてみるか決めていなくって、廊下を歩きながら悩み続けた。

どうしよう。

どうしよっかなぁ。

 

ふと――壁に貼られた文化祭のポスターに、眼が留まる。

 

あしたのために、ひたすらに、あしたのために

 

――これが、今年の文化祭の、キャッチコピーだ。

 

ひとりで何個もコピー案を『目安箱』に投函(とうかん)したひとがいて、そのひとの熱意を買って、生徒会がコンペの末に決定したらしい。

 

だれが目安箱に、案を入れたんだろう?

ミステリー。

 

「あしたのために、

 ひたすらに、

 あしたのために」

 

――7・5・7のリズムのキャッチコピーを、つぶやいてみた。

 

そしたら――斜め後方に、ひとの気配、女子生徒の気配。

まさか……と思って、振り向いてみると、

 

ひゃっ、徳山さん

「そんなにビビるものでもないでしょうに、あすかさん」

「……ごめんなさい」

「偶然が続くわね」

「だね……放課後に、偶然会うこと、多いよね」

 

彼女は苦笑い。

それから、わたしと肩を並べて、ポスターに向く。

やっぱり、わたしよりだいぶ、背が高い……たしか、身長は165センチくらいあって……。

そんなふうに思いつつ、彼女の横顔を見やる。

すると。

彼女が――いつも以上に、険しい眼つきになって、ポスターを見ていることに気づいた。

 

「――気に入らないの? ポスターが」

思い切って、訊く。

すると、

「ポスターが気に入らないんじゃないの。コピー。キャッチコピー」

「えっ。キャッチコピーが……だめなんだ」

 

なんでなのかな?

 

徳山さんは言う、

「前時代的なロマン志向を……どこまで引きずるっていうのよっ」

 

む、むずかしいこと言ってる、徳山さん。

難解。

高校生には難解すぎるぐらい難解。

当の徳山さんだって、高校生なんだけどさ。

 

「意味深だね……徳山さん」

ポスターを見ながらわたしは言ったのだが、

いつの間にか、音も立てないかのごとくに、風のように、

徳山さんは――その場から去っていた。

 

× × ×

 

文武両道の下関くんが、ボクシング部の練習所からほど近い樹(き)にもたれて、教科書を読んでいる。

 

「ボクシング部には顔出さないの?」

訊いてみる。

教科書をパシン、と閉じて、

「OBになった身分があの場に長時間いるのは、部にとってマイナス要素にはなってもプラス要素にはならない」

「OBが居座るのもありがた迷惑…ってことか」

「要約してくれてありがとう」

「はは……」

 

わたしが曖昧に笑っていると、

下関くんは、

教科書を脇に挟んで、

樹に背中をつけたまま、

無言で、

わたしの顔をジッと見る。

 

彼の目線……少しづつ、下がっていってるような気もして。

正直、なにかしゃべってほしい。

このシチュエーションは、微妙すぎるよ。

 

「どうしたの……? 下関くん」

 

「……」

 

し、しっかりしてほしいんだけど。

 

…しばらくして、彼の目線が上がった。

上がったけれど、今度は目線が、わたしの顔からそれていく。

 

ようやく、口が開く。

 

「……もう、見てるよな、ポスター」

「ポスター?? ……見てるけど、とっくに」

「あしたのために、ひたすらに、あしたのために」

「う、うん。そういう、キャッチコピーだったよね」

「あのさ、」

「ん、んっ??」

 

いつの間にか、彼は、わたしと眼を合わせて――、

 

「――『目安箱』って、知ってるだろ」

 

ドキン、とした。

『目安箱』を、話に持ち出してくるってことは。

 

「せっ、生徒会室の前に、あるよねっ、知ってる」

「……それで、その……おれは、あの『目安箱』に……勇気、出して、」

 

話の先が読めた。

だれだって、読めてしまう、話の先。

 

ミステリーが、あっけなく、解(と)ける。

 

「下関くん。

 今回のキャッチコピーの、生みの親って――」

 

なぜだか震えるわたしの声。

 

わたしの声の震えに呼応するように、うつむき顔になって、

『その先』を言うのをためらって、

ためらった果てに、

 

「――悪い」

 

そう、言い捨てて、

ボクシング部練習所とは反対方向に、駆け出していってしまって……。

 

 

下関くんは嵐のように消えた。

 

取り残されるわたし。

 

× × ×

 

『あしたのために、ひたすらに、あしたのために』

 

…キャッチコピーにまつわる謎。

『だれが?』は、解けた。

一方で、

『なぜ?』は、少しも解けていない……。

 

 

 

 

【愛の◯◯】児島くんのクズ!!

 

文化祭が近づいてきた。

文化祭へのムードが、どんどん高まってきている。

 

連休明けの授業が終わった。

放課後だ。

 

きっとミヤジがいるだろう……と思って中庭に来たら、案の定、いた。

双眼鏡を眼にあてて、一心不乱に飛ぶ鳥を観察している。

 

わたしがすぐ近くに来ているのにも気づかない。

イタズラしちゃおう……と思って、背後にしのびより、右の人差し指でちょん、と背中をつついてみる。

 

どわぁ

 

驚きの声を上げるミヤジ。

 

「――どう? ビックリした?」

ミヤジはわたしに振り向いて、

「ビックリするに決まってんだろ。いつの間にそこにいたんだよ」

「気がつかないミヤジも悪いよ」

「ぐっ」

「鳥のことしか、見えてないんだから」

図星なミヤジ。

「少しは、周りに気を配ったりしてよね」

軽くお説教モードのわたし。

「中庭は、ミヤジだけのためにあるんじゃないんだから」

「……知ってるよ」

「公共の場所でしょ?」

「……そりゃそうだが」

 

ベンチに移動して、ミヤジがお腹のあたりで持っている双眼鏡に、視線をそそぐ。

 

「その目線はなんなんだ……あすか」

「双眼鏡ってさ――けっこうなお値段、するんだよね」

「双眼鏡の値段が気になるのか?」

「気になる」

「――忘れちゃったな、僕。これがいくらしたのか」

「え~っ、忘れちゃうものなの」

「小学校の……卒業祝いだったんだ。使い始めたの、ずいぶん前だし……」

「だからって、お値段覚えてなくてもいいとか、思ってるわけ!?」

「な、なんでそんなに値段にこだわる。不都合なんてないだろ、値段を忘れても」

「愛が足りないよね。双眼鏡に対する、愛情が」

言われて、少しムッとなるミヤジ。

構わずに、

「飛ぶ鳥と同じくらい、双眼鏡も愛さないと」

 

ムッとした顔のままのミヤジ。

 

…もう少し、このやり取りを楽しんでいたかったが、わたしにはスポーツ新聞部部長の務めがあるのだ。

ミヤジをムッとさせたまま、ベンチから腰を上げる。

 

× × ×

 

ムッとさせたまま、放っておくのも、味わい深いものだ。

 

……さて。

ミヤジはいいとして、スポーツ新聞部のもとに急行するべきなのである。

部長が遅刻の常習犯じゃだめだよね。

あの加賀くんだって、時間は守るほうなんだから。

急ごう、できるかぎり。

 

ところが。

活動教室まであと少し、というところで、児島くんに出くわしてしまったのである。

児島くんは旧・クラスメイト。

なぜか席が隣りだったりしたのだが……とってもやっかいな男子だった。

クラス替えで別々になって、正直ホッとしていたんだけど……向こうが、わたしの存在を忘れているわけもなく。

 

「あすかじゃ~~ん」

「児島くん、わたし、急いでる」

「え、行っちゃうん!?」

「児島くんなんかにつかまってるヒマなんてないの」

 

走って逃げていきたかった。

だけど。

 

「あすか、さっき、中庭、いたよな??」

 

「ど、どうして知ってるの……」

 

足が止まってしまう。

 

「通りがかったら、見えた」

愉(たの)しそうな声が、わたしを動揺させる。

 

追い打ちをかけるように、

「ミヤジといっしょだったな」

「いっしょだったから……なに」

「おまえとミヤジって、仲良しだよな?」

わたしは衝動的に、

「なにを言うつもりなの……。『もうつきあっちゃえよ』とか、言いたいってわけ!?」

「まー、まー、」

腹が立つ。

どうせ、わたしを茶化すだけ茶化す気なんだ。

「ミヤジとつきあうとか、ないから」

わたしは、バッサリと否定する。

「ハハッ」と、チャラチャラした笑いかたをして、

「そこまで言うつもりねーよー」

少しも信用できないことばを、児島くんは吐く。

 

横目で睨(にら)みつけ、

「児島くん」

「なんだ~?」

「わたし、はっきり言って、児島くんが嫌い」

「――あちゃあ」

「嫌い、嫌いの嫌い」

「おいおい」

嫌い!

 

× × ×

 

児島くんと関わると、たぶん、不幸になる。

周りのひとを不幸にする男子ほど、クズはいない。

そう思う。

 

活動教室。

教壇の端っこに腰かけて、下を向いていると、

「あすか先輩、あすか先輩」

正面から、ヒナちゃんが呼びかけてきた。

目線がいまいち上がらないわたしに、

「チョコパイ。チョコパイ、いりませんか?」

と、チョコパイを差し出してくれる。

「ありがとう、もらうよ」

受け取って、数秒で食べ終える。

「……すごい勢いの食べっぷり。」

ヒナちゃんが眼を丸くする。

「ごめんね、超早食いで。糖分補給がしたかったの」

「ムカムカ……してたり、します?」

「――するどい。さすが、女の子だ」

眼を丸くし続けるヒナちゃんに、

「ヒナちゃん。」

「は、はいっ。」

「ヒナちゃんの顔見てると、わたし、幸せになる」

「!?」

「ううん、わたしだけじゃない。ヒナちゃんの明るい顔が……世界中を照らして、世界中のみんなを幸せにする」

「だ、だいじょーぶですか!? 先輩……」

「これから……持ち直すから」

「先輩……」

「だから……持ち直すためにも、チョコパイおかわり

 

 

 

 

【愛の◯◯】兄妹ゲンカはプログレ・ロックの題材にもならない

 

「お兄ちゃん、祝日だね」

「おー、そうだな、妹よ」

「ブログも小休止…ってところかな」

「小休止? 管理人の野郎、更新サボるってか」

「ち・が・う・よ」

「へ」

「更新は、する。きょうは、息抜き的な回」

「息抜きって、いわゆるひとつの『短縮版』かよ」

「ちがうちがうちがう」

「じゃあなんだ」

「あのね」

「…うむ」

「きょうは、お兄ちゃんとわたしだけで、ひたすら会話するの」

「?」

「だーかーらーっ!!

 地の文なし、

 視点の固定もなし、

 オール会話文で、記事を構成するんだよ」

「……そうであるか」

「そうであるかってなに。ムスーッとした顔になって…」

「……あすか。」

「なに、なんなの」

「……ほどほどに、だぞ」

「だからなんのこと!?」

 

× × ×

 

「わたしとお兄ちゃんで、精一杯がんばろーよ」

「がんばりたくないよ」

「出鼻をくじくような……」

「おれは癒やしがほしいの。こうやってソファでごろごろして、羽根を休めたいの」

「卑怯だよお兄ちゃんっ」

「いやいや、卑怯じゃないから」

「……もしかしてさあ。

 あっちに、マッサージチェアがあるけど、

 あのマッサージチェアで、ひたすらくつろぐとか、考えてんじゃないでしょーね」

「なぜおれの考えがわかった」

「妹だもん……」

マッサージチェア使うのは、おれの自由だろ?」

お兄ちゃんに自由なんかないんだよ

 

× × ×

 

「――不機嫌すぎ、お兄ちゃん」

「おれの自由を否定したあすかが悪いんだ」

マッサージチェアの向きを変えてまで、わたしの顔を見ようともしない……」

「それがどーした」

「お兄ちゃん……いま、いくつ?」

「は!? …ハタチだが」

「ハタチなのに、ずいぶん幼いよね」

「……また、挑発的な」

「挑発してないよ」

「じゃ、なんなんだよ」

「単純に、バカにしてるんだよ」

「……どこまでひどいんだおまえ」

 

「お兄ちゃん、マッサージチェアで頭抱えないで」

「ショックなんだよ。哀しいんだよ」

「哀しみにひたるのはいいけど、マッサージチェアで頭抱えるのだけはやめて」

「どうして……」

「どうしても!」

「……」

「お兄ちゃん?」

「……」

「む、無言はやめて、ペース狂う」

「……だよな」

「反省……してた、感じ??」

「少しだけ」

「んっと……わたしも、ちょっと大げさに言い過ぎたかもしれなくって」

「……おれのほうこそ」

「お願いが……ひとつ」

「おっ?」

マッサージチェアの向き……もとに戻して」

 

× × ×

 

「あすかは、素直でいい子だ」

「なにそれ。唐突に」

「兄として、ホメてるんだぞ」

「素直ってなに、素直って」

「素直に謝れたじゃんかよ、さっき」

「…うん、謝った」

「おれとおまえ、パーフェクト仲直りだな」

「……」

「な~に照れてんだっ!」

「――わたし、パソコン持ってくるから」

「逃げた~~、あすかが逃げた~~」

逃げないっ!

 

× × ×

 

「席を交代しようぜ。あすかがマッサージチェアで、おれがソファだ」

「…うん」

 

「――音楽鑑賞するつもりなんか? パソコン持ってきたってことは」

「…そうだよ」

「よっぽど、おれとふたりで聴きたかったんか、音楽」

「…ちがうよ」

「エエーッ」

「…なんとなく、開放感のあるところで、聴きたかったってだけ」

「なるへそ。じぶんの部屋よりも、よっぽど広いもんな、このスペースは」

「お兄ちゃん。」

「え、真顔で、どーした?」

Spotify、立ち上げて」

「あーっ、そのマッサージチェアからじゃ、PCに手が届かんもんな。…わかったよ」

 

Spotify起動したぞ。いつでも再生できるぞ」

「――再生してほしいプレイリストがあるんだけど」

「どれだ?」

「『プログレ的ハード』って名前のやつ」

「え~っ、これ再生すんのかよ~」

文句あるわけ!?

「だって、『プログレ的ハード』っていうプレイリスト名からして…」

どこが気に食わないっていうの

「…ほら、ただでさえ重いプログレッシブ・ロックに、ハードロック的なものが付け加わると…なんだか、かったるいじゃん?」

素人があることないこと言わないでよっ!!

「た、たしかに素人かもしれんけど、プログレいっさい知らんとかいうわけじゃないから」

「ホント……??

 お兄ちゃんが知ってるプログレバンド、ぜんぶ言って。」

「よ、よしきた」

「はやく」

「えーと、ピンク・フロイド

 キング・クリムゾン

 イエス

 それから、それから……」

「……やっぱり素人だったんだねぇ」

「……ぱ、ぱ、

 パーマー・アンド・レイク・アンド・キース・エマーソン

 

「――どんな覚えかたしたら、そういう間違いかたするの??」

「むぐ……」

プログレに失礼だよ」

「むぐううっ」

「謝って。プログレに、謝って」

「……ゴメンナサイ」