【愛の◯◯】リクエストした途端に波乱

 

相変わらずの栗色超ロングヘア。そろそろ切るべきなんでは?

正規ではないとはいえ、4月からちゃんとしたトコロで働き始めるんだしさぁ。

カラダをスッポリと包んでいるワンピース。無地で、インディゴブルーの単色……なのはよろしいんだが、部屋着向けに見えるのは気のせい……じゃないような?

『せっかくグランドピアノを弾こうとしてるのに、部屋着向けにも見えちまうようなワンピースかいな……』

とか思っていたら、

「グランドピアノに頬杖つくのはいい加減やめて。演奏する曲を選ぶのに集中できないじゃないのっ」

と、鍵盤の前の椅子に腰掛ける愛(あい)に噛みつかれてしまった。

こわいねぇ。

 

状況説明ー。

おれと愛の2人で邸(いえ)に『プチ帰省』。グランドピアノがあるスペースにやって来ていて、愛はこれからグランドピアノを演奏し、おれはこれから愛の演奏を楽しむ。

愛ちゃん、『ホワイトデーの『お返し』がしたい』んだってよ。

 

× × ×

 

グリーグの『ペール・ギュント』の「朝」。ジャズピアノ曲みたいなアレンジで斬新だった。こんな「朝」は初めて……!

弾き終えた愛が、おれが着座している椅子の方を向いてきて、『感想を言ってちょーだいよ』的な表情になる。

「おまえはほんとーにすげーなぁ。クラシック曲の斬新なアレンジを、いとも簡単に成し遂げちまうんだから」

「『いとも簡単に』、じゃないわよ」

おれの感想に愛は謙遜するが、再び鍵盤に向き合いながら、

「ベタボメしてくれて、嬉しいけど……」

と、やや小さめの声で。

ほっぺたに照れが兆しているのをおれが見逃すはずが無い。

『ベタボメしてくれて、嬉しい』と言ってくれて、嬉しい。

嬉しい……がゆえに、イジワルなコトを言ってみたくなる気分も高ぶってしまい、その結果が、

「マジですげーぞ、おまえ。おれたちの誇りだ。……ただ、部屋着みたいなワンピースなのが、画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く印象だが」

――即座にグランドピアノから発せられる不協和音。

直後、む~~~っ、と睨みつけてくる愛の姿に直面してしまうおれ。愛の纏(まと)うインディゴブルーがところどころワナワナ震えている気がする。

すまんすまん……というキモチになっていくんだけど、グランドピアノ前の椅子からついに腰を上げてしまう愛が視界に入ってきてしまう。

おれが座っている『観覧席』まで寄ってきて、おれを見下ろしながら腕組み。

ツンツンしながらも、

「リクエスト受け付けるけど?」

なんだよおいおい。意外と言っちゃ失礼だが、意外なサービス精神だな。

ここは、素直に『ノッておく』べきだろう。

愛がツンギレと化さない内にリクエストを決めるぞ。

……2000年代初頭のJ-ROCKなんてどーだろう。

……ひらめいたぞぉっ。

おれは、おれのパートナーの両眼にまっすぐ視線を伸ばし、『ひらがな3文字の某バンド』の最初期のシングル曲をリクエストする。

だがしかしここで波乱。

おれが曲名を言った途端に、おれのパートナーが、カーーーーーッ!! と赤面し始めたのである。

オイオイどーしたー??

「その曲は……『もっと大事な時』のために……とっておきたいの……」

うろたえた声がおれの両耳に響く。

おれの眼前(がんぜん)のおれのパートナーは、口元までもすっかりテンパっちまっている。

 

× × ×

 

――なるほどねぇ。

 

 

 

【愛の◯◯】留年仲間の大親友女子に向けて膨らむ期待

 

東日本大震災から今日で15年が経つ。

あの時、わたしは小学校2年の3学期だった。「帰りの会」をしていたら、教室が大きく揺れた。これまで経験したコトの無い揺れだったのですごく驚いた。

東北の被害は遥かに深刻だった。東京住みのわたしたちの想像を絶するモノだった。報道特別番組で悲惨な映像が繰り返し流れるのを視(み)ていると、やがて涙がこぼれてきた。あの日の夜、なかなか眠りにつくコトができなかったのを憶えている。

あれから15年、日本でも海外でもいろいろなコトが起こった。

下手なコトは言えないし書けないけど……哀しみや怒りができるだけ生まれてこない世界を、ただ祈るのみだ。

 

× × ×

 

東北地方の旅行ガイドブックを書棚の眼につく位置に置いた。

岩手県にも宮城県にも福島県にも複数回行っている。三陸復興国立公園にも足を運んだ。気仙沼や石巻などの漁港ももう一度訪ねてみたいモノだ。

 

書棚を眼の前にしてカーペットにべったりと腰を下ろすわたしに、

『大学5年間で、結構いっぱい旅行したもんだ』

という感慨が生まれてくる。

特に、今年度は割りといろんなトコロに行くことができた。留年のおかげで「旅するゆとり」があったのだ。

未知の土地に向かう道中で、「新しい出会い」もあったりした。

 

約90度カラダの向きを変えて、もうひとつの書棚を見ていく。

『大学5年間で、結構な数の新潮文庫を読んだもんだ』

という感慨が生まれてくる。

『新潮文庫をコンプリートしたい』という思いがあって自主的に読み漁(あさ)っていた。特に、今年度は捗(はかど)った。留年のおかげでこれまでに無い「読書のゆとり」があったのだ。

 

スマートフォンを右手で持ち上げてみる。LINEアプリを開く。

『村上春樹さんの『雨天炎天』をようやく読み終えました』

そんな報告で始まる中嶋小麦(なかじま こむぎ)ちゃんの割りと長文なメッセージをじっくりと読み返す。

中嶋小麦ちゃんとは去年出会った。常磐線の車内で出会った。クロスシートの向かい側の席に座っていた彼女にわたしから声をかけたのが、仲良しになったキッカケだった。

わたしよりも1つ年下の小麦ちゃんには本を読む習慣が全く無かったようだ。だから、薄い新潮文庫の『雨天炎天』を読むのにも何ヶ月もかかったんだと思う。時間はかかったけど、読み通せたのは立派だ。

新潮文庫には村上春樹がまだまだいっぱいあるから、近い内にオススメをピックアップしてみよう。

 

スマートフォンをカーペットに置いて、新潮文庫の詰まった書棚の前から立ち上がる。

勉強机の上には写真立て。写真立てには家族写真。

両親が少し丸くなって、わたしも歩み寄った。これも留年のおかげ、なのかな。

引き出しの中にも写真がある。元カレとのツーショット写真も潜んでいる。

今なら、微笑ましいキモチで、元カレとのツーショット写真を眺めるコトができる。やっぱり留年のおかげ、なのかな。時間が解決するってか。

 

ベッドに仰向けに寝っ転がり、天井に向かって微笑みかける。

――わたしの恋愛のコトなんか、ホントはどーだっていい。

幸せになってほしいカップルがいる。激しく応援したいカップルがいる。

もちろん、羽田愛(はねだ あい)ちゃんと戸部(とべ)アツマさんのカップルだ。

どこまでも背中を押したい。愛ちゃんの大親友女子たる城(じょう)ミアとして。愛ちゃんとは留年仲間だというコトが、背中を押したいキモチを一層強くする。

愛ちゃんもだいぶ「その気」になってきたみたい。わたしは、大学最後の定期試験が終わってからも、彼女としばしば会っている。留年仲間の大親友女子として、「その気」になっているのを感じ取れない方がおかしい。

卒業式にはアツマさんも来るみたいだ。

どんな光景が見られるんだろうか!?

今の時点でもう、超超超楽しみだ……!!

 

 

 

【愛の◯◯】握り合った感触が残っていないワケが無い

 

わたし湯窪(ゆくぼ)ゆずこ。社会人1年目ももうすぐ終わり。

 

早く退社できたから、日暮れ前に湯窪家(ゆくぼけ)に帰って来れた。

駆け上がるように階段を上がり、2階のわたしルームに突入し、上着のポケットからスマートフォンを素早く取り出す。

LINEアプリのアイコンをタップする。脇本浩平(わきもと こうへい)のトークページをオープンし、電話アイコンをタップする。

 

× × ×

 

選択したのはもちろんビデオ通話だった。

脇本浩平が画面に映った途端に、わたしはビックリ。『体重がまた減ったのではないか疑惑』をわたしの内部にブクブクと膨らませる脇本の姿……!!

「ちょっとちょっとちょっと!!」

脇本のせいで叫ぶのを我慢できなくなるわたし。

「図書館司書の勉強って、そこまでやつれたりするモノなの!? おかしいよ」

司書資格のための通信教育がどこまで負担になるのかは分かんないけど……ゲッソリとなったりは、普通しないんじゃないのかなあ!?

『おまえの気のせいだろ』

誠意の無い脇本の返答。

わたしだって少しは心配してあげてるのに……と、歯ぎしり。

それから、

「時間が『ある』って認識だったんだけど」

『誰の時間が?』

「あんたの時間に決まってんでしょーーがっ!! トボけるなっ!!」

脇本が余りにも浅ましいから、

「『ゆるふわ』じゃないわけ!? 社会人のわたしと比べたら、すんごく『ゆるふわ』なんじゃないわけ!?」

と詰め寄ったら、

『社会人になったコト無いから、比較はできないが。通信教育受講生は通信教育受講生で、やるべきコトがいろいろある。これは、強調しておきたい』

ずいぶんカッコつけた言い回しするんだね。

バカ脇本ッ。

 

× × ×

 

脇本の愚かさを痛感するわたしだけど、

「健闘を祈るよ」

という締めくくりのコトバは、できるだけ優しい声音で言ってあげられるように頑張って、送り届けたのであった。

 

× × ×

 

ビデオ通話の中で確認したコトがある。

それは、

『わたしと脇本が去年卒業した大学の今年の卒業式の日、ちゃんと予定を『空白』にしてあるか』

というコトだ。

 

羽田愛(はねだ あい)さんが、わたしや脇本たちから1年遅れで卒業を迎える。

美しき素肌と美しき栗色超ロングヘアを誇る愛さんは卒業式当日にどんな服装でキャンパスに来るんだろうか。

――約束していた。愛さんと約束していたんだ。

絶対に破れない約束があった。結ぼうよ、とお願いしたのは、わたしから。わたしの方から結んだ約束の紐なんだ。わたしの方から『自分勝手』という名のハサミで紐を切るコトなんか絶対にできない。

『愛さんの卒業式の日には絶対絶対キャンパスに来てあげる』

去年のわたしの卒業間際、直接、キモチをコトバにして伝えた。

伝えたあとで手を握り合った。あの時の感触が、残っていないワケが無い。

 

愛さんのLINEトークページをオープンする。

彼女の恋人たる戸部(とべ)アツマさんとの『ふれあい』の邪魔はしたくないから、

『わたし、なんとかやってるよ』

とだけ書いて送信するに留めておく。

 

× × ×

 

1時間近く悩んだ末に、投下してあげた。

何を?

――愛さんが喜びそうな、LINEスタンプを。

 

 

 

【愛の◯◯】今日はまだ『前半戦』が終わったばかりなのに

 

東京メトロ銀座線虎ノ門駅。某・出口にわたしは立っている。

『こんなコーデで良かったんだろうか』と思う。

朝、『高校を卒業したばかりの先輩男子と会う時のコーデの〝最適解〟って何なんだろう……』と思いながら服を選んでいた。

マスダ訓史(のりふみ)先輩がわたしの服装をどんな風に感じるのかは分からない。コドモっぽいと感じられてしまったらショックだ。

わたしがどんなメディアを参考にしてどんな服を選び出したのかは文字数の都合で省略する。

 

約束の時刻の1分前にマスダ先輩は姿を現した。

大人(オトナ)びた私服だ。高校を卒業したばかりの男子には見えない。大学3年生ぐらいの男性(ヒト)がキャンパスに着て行くような服を着ている。例によって文字数の都合で詳細は省略するけど。

「おはようございます」

わたしは、そう挨拶した直後に、

「じゃ、行きますか」

と告げ、愛宕山(あたごやま)方面へと眼を向ける。

わたしのコーデから先輩の注意を逸らしたい意図もあった。

「タカムラ」

歩き出すわたしの苗字をマスダ先輩が呼ぶ。

「おまえが下級生だから、おまえの好きなモノを優先させたかったんだ。それで、NHK放送博物館に行くのを先にしたんだ」

マスダ先輩がお気持ちを表明する。

……ふぅん。

 

× × ×

 

「マスダ先輩、歩きながら聴いてください」

「なんだ」

「明日以降のブログ更新スケジュールについて、なんですけど」

「……は??」

9日は更新お休み。そして、12日から14日の3日間も更新お休み

結構な重要事項を告知したわたしの背後でマスダ先輩が歩みを停(と)める。

わたしの告知を頭の中で噛み砕いているらしく、コトバをなかなか発してこない。

「……ブログが、来週は4日間も休止するってコトだろ」

ようやく口を開いた先輩はわたしの告知を要約してくれる。

「このブログは、ほぼ毎日更新されてるイメージだったんだが」

やっぱり先輩は違和感をお持ちになっているらしい。

が、

「いろいろあるんです。個人的事情だとか、ブログ制作体制の見直しだとか」

「……そんなモノか」

先輩はそう呟くけど、どれだけ納得できているのやら。

心許(こころもと)ない。

 

× × ×

 

愛宕山の美味しい空気を再び味わっている。

 

NHK放送博物館はすこぶる楽しかった。『KHK(桐原放送協会)』というパクリネームみたいな放送系クラブに所属しているんだから、すこぶる楽しいのは当たり前なんだけど。

3階の「ヒストリーゾーン」には知的好奇心をくすぐる展示物も多く、放送文化にあまり興味がないはずのマスダ先輩も途中から身を乗り出し気味にして展示物を眺めていた。

4階の「図書・資料ライブラリー」に更なる興味を示すマスダ先輩がいたけど、滞在時間がどこまでも引き延ばされる危険を感じたから、図書・資料を閲覧するのをわたしは許してあげなかった。

 

『少しは、放送文化のコトも理解してくれたかな』

そういう思いを携えて、マスダ先輩の背中を追って愛宕山を下りていく。

下界に出る寸前で、マスダ先輩の背中が静止した。

いきなり立ち止まられると困るんですけど。先輩の背中に衝突しちゃうじゃないですか。

「立ち止まる時は予告してくれませんか?」

不満のわたしは言う。

先輩がゆっくりとカラダをこちらに向けてくる。

小声のようなモノが耳をかすめる。『すまない』と言っている、ような気がした。

わたしよりも割りと背の高い先輩がわたしの正面に立ちはだかる。

マジメな顔つきはいいんだけど、なんだか、カタい。過度にマジメになっているような感じ。

モヤッと来ちゃうじゃん……そんな顔されると。

「タカムラ、あのさ……」

控えめな声を発する先輩の目線が下降していく。

情けなさ過ぎな先輩をわたしは睨みつける。

が、

「ごめんな。おまえの好きなモノに、無理解で」

と言われてしまったから、大きな驚きによって後(あと)ずさってしまう。

わたしが好きなモノ。つまり、放送文化。

放送文化に無理解だったのを、先輩が、謝った。

上手く受け入れられない。

足首の辺りに冷え冷えとしたモノを感じる。

 

× × ×

 

今日はまだ『前半戦』が終わったばかりなのに。先輩の謝罪が受け入れ難いから、落ち着いたキモチで『後半戦』に挑める自信が急激に失われていく。

『前半戦』と『後半戦』を繋ぐ東京メトロ半蔵門線の車内で、先輩の『ごめんな』がわたしの中に激しくリフレインする。

 

 

【愛の◯◯】全部真っ暗で、中身が無い

 

真夜中に起きたら部屋がとても冷たかった。3月の夜中の冷たさを甘く見ていた。ベッドの中でかなり長い時間震えていた。ベッドからの脱出になかなか踏み切れなかった。

チカラを振り絞ってベッドから抜け出した。LEDを点(つ)けた直後にエアコンのリモコンの「暖房」ボタンを押した。

エアコンのスイッチは入ったけどわたしのスイッチは入っていなかった。置き時計を置いている場所を思い出すのにかなり時間がかかった。冷たさがなかなか緩和されない部屋を彷徨(さまよ)って置き時計をどうにか見つけた。午前4時10分を少し過ぎたトコロだった。『NHKの『おはよう日本(にっぽん)』の放映開始まで1時間切ってる』と一旦思ったけど、『違う。土曜の朝だから『おはよう日本』は6時からなんだ』と認識を修正した。

土曜版『おはよう日本』が6時スタートなのが頭から抜けていて本当に情けなかった。

 

カラダもココロも冷(ひ)え冷(び)えとなり続けのわたしはベッドの掛け布団の中に戻ってしまった。

ナイトウェアに掛け布団を押し付けて雑念を消そうとした。

しかし、

『小泉(こいずみ)先生、その板書、2日前の授業とおんなじです……』

と指摘してくる教え子女子の声がよみがえってきて、頭の中が一気に雑念だらけになっていってしまった。

 

× × ×

 

朝ご飯を自分で調理する気力が無い。コンビニに買いに行くしかない。

だけど、コンビニまで向かうココロの準備が出来上がらない。

部屋は完全に明るくなっている。そして、大型液晶テレビの画面は未(いま)だ真っ暗なままだ。

テレビリモコンの赤くて丸いボタンが押せない。

テレビ番組に集中力を注ぐ自信すら出てこない。

 

テレビ文化リセット論・テレビ不要論・テレビ有害論のようなモノを頻繁に眼にする。そのたびに凹(へこ)んでしまう。

テレビの悪口を言われると、わたしも悪口を言われているような気分になる。

日本中のテレビ愛好者が追い込まれつつある。

四面楚歌(しめんそか)。周りを敵に取り囲まれて、絶体絶命な状況。

テレビ愛好者は項羽(こうう)で、テレビ愛好者以外はみんな劉邦(りゅうほう)……みたいな認識。

悪いのは項羽の方なのか劉邦の方なのか、という問題以前に、負けたのは項羽の方だという歴史的事実がある。

 

圧倒的な敗北者意識が、生まれながらのテレビ好きのわたしを絶えず襲っている。

『あなたのずっと好きだったモノは、この世界においてなんの意味も無い上に、この世界に害を与える危険性の極めて高いモノでした』

どこからか、そんな囁(ささや)きが繰り返し聞こえてくる。

 

× × ×

 

脳内がグチャグチャグシャグシャしていたからコンビニ弁当の味が少しも分からなかった。

 

土曜・日曜の予定がカラッポのわたし。

大型液晶テレビ画面が次第にどす黒く見えてくる。

大型液晶テレビ画面の1メートル前で体育座りのわたしは首を激しく横に振ってしまう。

虚脱感だけが残る。

 

わたしが苦しい理由。

それは、仕事ぶりの不甲斐無さとか、趣味の肩身の狭さとか、だけじゃない。

『彼』との関わりにおいて、空回りを繰り返して、それで、カンケイがダメになりかかっている。

テレビネットワーク解消寸前……って喩(たと)えたら良(い)いんだろうか。

今年に入ってから、大川(おおかわ)くんとの口論が、合計15回以上。

少しもお詫びできていないわたし。

謝るために連絡しようと思うたびに、重圧に押し戻される。

 

大川くんのコトがいちばん大好きだった頃のコトも上手く思い出せない。

 

全部真っ暗で、しかも中身が無い。

 

 

 

【愛の◯◯】仲春だから球春はもう来ている

 

「連翹(れんぎょう)って花、知ってる?」

アツマくんに向かってそう問い掛けたら、

「知らん」

あのねー。

「幾つになっても不勉強なんだからっ」

25歳の彼氏をそう批判したあとで、エプロン姿のわたしは彼氏にどんどん歩み寄っていき、エプロンの胸元(むなもと)部分を両手指で摘(つま)んで引っ張りながら、

「連翹をイメージして作ったのよ、このエプロン」

と告げ、

「3月の麗(うらら)かで穏やかで程良く暖かい日に連翹が咲き誇っている……そんな情景を脳裏に描きながら、生地を選んだ。ただの黄色じゃーありませんってコトよ」

と言っていく。

「ただの黄色と、どこが違うんだ?」

浅ましき彼氏の問い。

感受性が無いのね、まったくもうっ。

せっかくこっちは、感情豊かにエプロンを説明してるっていうのに……!

「『違い』なら、1時間でも2時間でも教えてあげられるけど」

そう言ってから、彼氏との距離をより一層詰め、厳しめの眼つきで彼氏の顔を見上げて、

「あなたはどーせ、途中からマジメに聴かなくなると思うし」

と言ったあとで、眼つきを柔和(にゅうわ)にしてあげて、

「夕ご飯を調理するのを優先するわ」

と告げながら、彼氏の逞(たくま)しき胸板(むないた)を軽くパンチしてあげる。

 

× × ×

 

「どうして季節感ってモノを大切にできないのかしらね、あなたは」

箸を一旦置き、真向かいのアツマくんの眼に眼を伸ばす。

手前には、山菜たっぷり炊き込みご飯と蜆(しじみ)のすまし汁。

春らしさ満点のご飯とお吸い物なのである。特に、蜆のすまし汁なんて、季節を象徴しているみたい。

「どーせ知らないのよね、『蜆』が春の季語だってコトとか」

嘆くように言うわたし。

「知らん」

即答のアツマくん。

あなた、さっき『知らん』って言ったばかりでしょーが……!

「今日の汁物の蜆は、宍道湖(しんじこ)から取り寄せたモノなのよ」

そう伝えたら、アツマくんが箸を置き、

「宍道湖って、あの宍道湖か? 島根県の」

島根県以外の宍道湖なんて存在しないでしょっ。

そういう口ぶりがエスカレートすると、島根県民を怒らせちゃうわよ!?

「あなたまさか、宍道湖が島根県のどこに位置してるのか、イメージできないんじゃないの」

わたしはそう言って疑念を示すが、眼に映るアツマくんの表情は呆れるぐらい穏やかだ。

「愚かな顔つき……。イメージする努力を放棄してるでしょ、絶対」

早口になってしまうわたしに、

「蜆汁(しじみじる)が冷めると、宍道湖の人たちが哀しむぞ?」

と、微笑を浮かべながら、彼氏は……。

そんなコトぐらいちゃんと分かってるわよ!? 弁(わきま)えてるわよ!?

 

× × ×

 

「松江(まつえ)の人たちにも、宍道湖は身近な存在なんだな」

食後のダイニングテーブルにてアツマくんが言ってくる。

「あたりまえ」

短く答えて、わたし専用マグカップの中のアフターコーヒーを静かに啜っていく。

マグカップをことん、と置いてから、

「2022年の12月に、あなたと山陰旅行した……。懐かしい記憶ね」

と言い、

「あなたは、どれくらい、憶えてる?」

と、真向かいの彼氏の顔に眼を寄せながら訊く。

「おれは、比較的シッカリと憶えてるぞ。松江城(まつえじょう)に登ったコトも、松江城の麓(ふもと)で出雲(いずも)そばを食ったコトも」

わたしはすぐさま、

「詳しく聴かせて」

彼氏は、

「何分(なんぷん)ぐらい?」

わたしは即座に、

「最低30分」

彼氏は笑みを浮かばせつつ、

「厳しいんだな」

「短いわよ、30分は……」

わたしは、マグカップの中へと視線を移しつつ、

「1時間以上は、語ってほしい」

と、コトバをこぼす。

「フム」

と言ったかと思うと、彼氏は、

「そんなら、語ってやる。1時間以上。おまえをガッカリさせたくないからな」

とチカラ強いコトバを発してくる。

わたしの胸に温かみが広がり始める。彼氏のコトバが嬉しいから。

彼氏が語り終わったあとで、連翹色(れんぎょういろ)のエプロンをもう一度着て、彼氏のカラダを抱き締めたくなってくる。

 

× × ×

 

リビング奥の空間。わたし専用の小テーブル。その上には、わたし専用の大学ノート。

連翹色エプロンを身にまとったまま、床に腰を下ろして、ボールペンを右手に持っている。

藤枝静男(ふじえだ しずお)のとある短編小説の感想を書き始める。

【人間界と自然界の鮮やかな対比】

ある程度書き進めてから、ノートの左ページの上の余白に、そんなサブタイトルを書き加える。

藤枝静男の感想で大学ノートをビッシリと埋めたあとで、横浜DeNAベイスターズのチームカラーと全く同色(どうしょく)のノートを卓上に置き、開く。

球春(きゅうしゅん)は既に到来している。プロ野球(とりわけ、自分の贔屓(ひいき)チームのコト)に関しては本当に想像力豊かだから、野球用のノートを開いた途端に、さまざまな想いがわたしの中に浮かび上がってくる。

『さまざまのコト思い出すハマスタかな』

……そんな風に、芭蕉(ばしょう)の句をパクってしまったりもする。

ただ、もう幾つ寝ると公式戦が始まるんだから、『思い出す』だけではダメなのだ。『思い出す』だけでは不足なのだ。

『菜の花や勝利の星はハマスタに』

……また、どうしようも無いパクリ俳句作っちゃった。与謝蕪村(よさ ぶそん)さんゴメンナサイ。

相川亮二(あいかわ りょうじ)に監督が代わっても、横浜DeNAベイスターズの勢いは絶対絶対鈍らない。

信じる者だけが救われるんだ。

ポジティブに、ポジティブに……!!

小テーブルの左上隅(ひだりうわすみ)に、DB.スターマンのぬいぐるみ。

スターマンを素早く持ち上げて、左脇に抱え込む。

それから、右手のボールペンを、我ながらものすごい勢いでノートの上に走らせ始めて……!!

 

 

【愛の◯◯】苛まれるぼく、2人の女子の異変

 

夜中に起きてしまった。掴んだ目覚まし時計が午前3時3分を示していた。

 

夜明け前の起床が3月に入ってからずっと続いている。5日連続だ。

『あの日の悪夢』が『発端』であるとしか思えなかった。2月28日の土曜日、とてつもない悪夢を見たあとでぼくは目覚めた。その翌日の夜明け前、頭部の鈍痛と共に目が覚めた。かなり時間が経ってから掴んだ目覚まし時計に【AM 2:29】と表示されていて、背すじが寒々しくなった。

『あの日の悪夢』の余波が確実に着実にぼくを苛(さいな)んでいるのだ。

 

夜明け前の起床を5日連続で達成したぼくは目覚まし時計を窓際に雑に置く。

枕元のスマートフォンを充電ケーブルに接続しないまま眠りに落ちてしまっていた。些細で平凡なミスをしたぼくは電池残量19%のスマートフォンを充電ケーブルに大人しく繋ぐ。

些細で平凡なミスはまだあった。タブレット端末もじゅうぶんに充電していなかったのだ。

重い腰をベッドから浮かせて、部屋にただ1つしかないタブレット端末に歩み寄る。本棚の上に置いていたタブレット端末の液晶画面をタップする。液晶画面の右上が電池残量12%という現実を知らせてくる。

スマートフォンの充電だけではなくタブレット端末の充電も余儀なくされたぼくはWikipediaを閲覧できなくなってしまった。

 

ベッドに再び戻って腰掛ける。しかし我慢できずに仰向けで寝転んでしまう。忍耐力が尽きているも同然で、ベッドに着座して思考を巡らせるコトもできない。

右サイドの枕元で充電中のスマートフォンをチラリと見る。

川又(かわまた)ほのかさんとのLINEトーク画面にまつわる案件が脳味噌に染み込んでくる。

3月に入ってから、ぼくの交際相手であるはずの川又ほのかさんは、『既読』はつけてくれているものの、ぼくからのメッセージに一切返信してくれていない。

スタンプぐらい、送ってくれたっていいのに。

沈黙の漂うLINEトーク画面を脳裏に浮かべると、寒々しい不安が心身にまとわりついてくる。

交際中であるがゆえの不安だ。まだ、上手く形容するコトができない。明確なイメージを伴っていない不安だから、胸の奥がモヤモヤとしてきてしまう。

不愉快なモヤモヤを抱いているから、仰向けに寝転ぶのも苦しくなる。スマートフォンの逆サイドへとカラダの向きを変える。

 

あすかさんは、同じフロアの間近の部屋で、たぶん、眠っているコトだろう。

彼女の睡眠の質云々など分かるはずも無い。ただ、仮に睡眠の質が良くないとしても、今のぼくみたいな深刻な状態にはなっていないだろう……たぶん。

彼女の睡眠の質云々は、懸念材料ではないと思う。

懸念材料は、ぼくと顔を合わせるたびに、彼女の様子がおかしな様子になってしまうコトだ。

姉とアツマさんの許(もと)から帰ってきたのはいいものの、おかしな様子をぼくに対して必ず示してくるのは相変わらずだった。

昨日の夕暮れ間近のコトだった。用件があって、あすかさんの部屋のドアをノックした。

ぼくは、『開放弦』という音楽雑誌の翻訳アルバイトをしている。翻訳の大きな参考になりそうなCDアルバムをあすかさんが所持していた。『借りたい』という意向は既に伝えていた。CDを受け取るためのノックだった。

かなり大きな音を響かせてドアを開けたあすかさんに、

『『借りたい』と言ってたCDを、受け取りたいんですが』

と言った。

ぼくの顔に眼を向けてくれず、無言になって、なかなかその場から足を動かしてくれなかった。

ぼくが戸惑い始めるほど長く立ち尽くしていた彼女は、いきなり大げさな身振りで背中を向けたかと思うと、かなりの早足でCD棚まで突き進んでいった。

受け渡すCDを携えて戻ってくる途中で、左足が某・キャラクターぬいぐるみにぶつかったのだが、気にしている様子は一切無かった。

あすかさんの左足がぶつかった某・キャラクターはあすかさんが非常に気に入っているキャラクターであるはずだったから、違和感を覚えずにはいられなかった。

 

 

【愛の◯◯】『してるよ』と『できました』

 

タカムラかなえちゃんの弟さんの学武(マナム)くんは小学校3年の3学期。反抗期にはまだ早いはずである。

なのに、

『マナムがいつ反抗期になるのか、不安で……』

と歳(とし)の離れたお姉さんのタカムラちゃんは言っているのである。

不安がる必要なんて無いと思ったから、

「――タカムラちゃんの反抗期は?」

いきなりの問い掛けにタカムラちゃんは驚愕。

自分の家の自分の部屋の自分のベッドに座っている後輩女子は、コトバを上手く出せなくなり始める。

19時を少し過ぎたトコロ。タカムラ家訪問のわたしはカーペット上に控えめに腰を下ろして、可愛い後輩女子の可愛い動揺ぶりを味わう。

 

タカムラちゃんが言語を取り戻すのを待ってあげていた。

「わたしの反抗期がなんなんですかっ、モネ先輩」

やや猫背になって短めの丈のデニムの両膝部分に両手を押し付けながら、ようやくといった感じで後輩女子が口を開く。

反発のギザギザ声を楽しむ悪い先輩女子のわたしは、

「いつ反抗期を迎えたのか、かなーり気になるんだけど」

と応える。

後輩女子から見て右斜め下に後輩女子の視線が伸びていく。

なんだか歯ぎしりする勢いの後輩女子は、

「モネ先輩だって、反抗期あったはず。……ありましたよね、反抗期?」

と食い下がり、

「モネ先輩に反抗期が無かったなんて考えられない」

とキモチを吐き出す。

『どーなんですか。教えてください』

そんな風なココロの呟きが今にも聞こえてきそうだ。

――タカムラちゃんには悪いけど、わたしの反抗期云々は『ナイショのお話』だな。プライバシー保護の観点を重視するとか、そんなんじゃ無いんだけど。

突っつきたいコトがまだいっぱいあるのだ。反抗期云々で立ち止まってはいられないのだ。

テンションを上げていかなきゃ。タカムラちゃんを圧倒するレベルのテンションにならなきゃ。

「あの、先輩……? その前のめり、なんですか。その満面スマイル、なんなんですか」

背すじを大仰に伸ばすタカムラちゃんの口から弱めの声が出てくる。

「反抗期がどうこうとか、そんなコトよりもさぁ!!」

わたしは明るく強い声を出して、

「もっと重要な『懸念事項』、あるんでしょ!?」

と、より一層カラダを前に傾けていく。

「けねんじこう……?」

戸惑い気味の弱い声が真向かいの後輩女子から。

その声を耳に焼き付けながら、

「マナムくんの反抗期の訪れなんかよりも、もっと『差し迫った』事項、タカムラちゃんにはあるんじゃん」

わたしからのコトバを受け止めた後輩女子が、何かに気付いたような表情になった。

気付きの彼女の表情に、怯えのようなモノがだんだんと浮かんでいく。

「すぐに拡散する世の中なんだよ?」

シットリとした声音をわざと作り上げて、追い込む。後輩女子には悪いけど、今夜は『ここが勝負』なのだ。

タカムラちゃんの『気付きレベル』が急上昇していっている。気付くコトに付随するココロの震え。タカムラちゃんの表情を通してタカムラちゃんのココロの震動がダイレクトに伝わってくる。感情を隠すのが不可能になった顔が眼に焼き付く。

「どこまで知ってるの、先輩……。」

蒼白(あおじろ)い声がポロッとこぼれる。

わたしは軽く息を吸ってから、

「『伝説の樹の下』にマスダくんと立ってたトコまで」

と答える。

タカムラちゃんの両眼が一気に見開かれる。

卒業するマスダ訓史(のりふみ)くんと卒業式当日に『伝説の樹の下』に立っていたのをわたしにも知られてしまったのだ。そういう反応になるのも仕方が無い。

両眼を膨らませ切ったあとで、しおしおとうつむいていく。『モネ先輩にはやっぱり敵(かな)わないんだ』と悔しがっていそう。

白旗を上げたってコトで、いいんだよね。

どこまで打ち明けてきてくれるかな、先輩女子たるわたしに向かって。

姉御肌(アネゴはだ)、見せたいトコロではあるんだけども。

 

× × ×

 

マスダくんから手渡された封筒の中には、キレイな文字で書かれた長文のお手紙が入っていた。

『告白のお手紙』では無かった。

だけど、告白のお手紙では無かったからひと安心、というワケにはいかなかった。

デートのお誘いを、マスダ訓史くんは長々と綴っていたのだから。

何枚ものルーズリーフに書かれた長い文章だった。動機。日時。待ち合わせ場所。目的地。目的地の選定理由。デートのお誘いに必要な事項が漏れ無く記されていた。

「彼、待ち合わせ場所、どこに指定したの?」

もっと知りたいから訊いてみた。

背すじと姿勢を正して訊いてみたわたしの眼に、タカムラちゃんのためらいが映った。

しばらくは自分の中で迷いをグルグル回転させていたみたいだったんだけど、やがて、わたしの眼に眼を合わせて、

「東京メトロの、銀座線の……」

 

× × ×

 

教えてもらったからには、教えてあげなきゃフェアじゃない。

原則だ。

「わたしからも、打ち明けなきゃーだよねえ」

苦笑しながら言ってみる。

タカムラちゃんがキョトン、とする。

唐突に『打ち明けなきゃーだよねえ』と言われても困っちゃうよね。キモチは分かるよ。

だけど、わたしはね、攻めの手、緩められないんだ。ゴメンけど。

「今度の日曜日だよね、マスダくんが『デートしたい』って言ってるのは?」

そう振ってから、あまり間を置かず、

「わたしもその日、デートなんだ」

と、『告白』する。

深い衝撃が、必然的に、タカムラちゃんを襲う。

口元が狼狽(うろた)えを示す。逸らされる眼が動揺を示す。

短めの丈のデニムよりもやや上辺(うえあた)りに視線を映したら、絡ませた手指がお腹付近で盛んに動いていた。

さらに視線を下げてみる。脚が震えているかどうか確かめたかったから。

幸いにして(?)、震えてはいなかったけど、なんだか、小学校高学年に戻ったみたいなコドモっぽい脚だと思ってしまった。

『わたしにも、こんな脚の時期が、あったよね……』

ココロの奥で不埒に呟いてしまう。

自慢じゃないけど、身長166センチのわたしは身長160センチのタカムラちゃんよりも脚が長い。でも、脚が頼りない脚だった時期が、わたしにも確かにあった。

そんな時期が思春期の入り口の時期だったとして、いったい何歳ぐらいの頃のハナシであるのか……。それは、先輩女子の事情で、ヒミツだ。

わたしの不埒さ、少しは許してね……と思いつつ視線を元に戻していったら、

「アラカワさんなんですか……?」

という、ギクシャクした声による問いが伸びてきた。

アラカワくん。予備校で共に浪人生活を送っていた男子。アラカワくんに関する情報は眼の前の後輩女子にも結構提供していたから、そういう問いが形作られたんだろう。

でも、

「ちがうよ」

と、わたしはアッサリと、キッパリと。

「だっだったら、誰と!?」

結構なボリュームの大きさの叫びが耳に届いてきた。

閉じたくちびるに右手人差し指を持っていく。眼の前の後輩女子のキモチを鎮めさせるための方法だ。

19歳女子の仕草に負けて、17歳女子は項垂(うなだ)れる。落ちる肩。縮まるカラダ。

「名前は明かしてくれなくても、『その男子(ヒト)と交際してるのか』ぐらい、教えてくれたって……」

精一杯に声が振り絞られるけど、結局は萎(しぼ)むような声になってしまう。

主導権を150%掌握中のわたしは、弱々(よわよわ)の極まった後輩女子との距離を、カーペット座(ずわ)りのままに縮めていく。

ベッドにチカラ無く着座しているタカムラかなえちゃんが、身長160センチのはずなのに、150センチぐらいに見える。

わたしはわたしの右腕をぐっ、と伸ばし、タカムラちゃんの左肩に右手を接近させる。

黒髪ストレートの先端部分のすぐ近くにわたしの右手が置かれる。

「してるよ」

右手を置いた直後にひらがな4文字を口から吐き出す。

置いた右手がタカムラちゃんのカラダの動きを感じ取る。ココロの揺れ動きも伝わってくる。

「彼氏ができました」

迷いなど微塵も無く報告をする。

タカムラちゃんがどんなリアクションを示してきてくれるのか楽しみで胸がいっぱい。

リアクションを味わい尽くしたあとで……『頭頂部ナデナデ』だな。