【愛の◯◯】結局は流くんに優しくしたい

 

昼過ぎ。待ち合わせの駅に流(ながる)くんがやって来る。

なんだか冴えない彼。

これからデートするってゆーのに。

「猫背じゃない? 流くん」

「そ、そーかな。カレンさんには……そう見えるか」

「わたしじゃなくたって、見えるよ」

ぬっ、と彼に迫り、顔を近づける。

「距離感、近くない……?」

そんなコトを言っちゃう流くんがどーしよーもないので、

「あんまりだらしなさ過ぎたら、背中をバッグで叩くよ!?」

と言って、睨むように見る。

「ごめん。公衆の面前できみに叩かれないように、頑張るよ」

だったら今から背筋伸ばして。

頼りないんだからっ。

 

× × ×

 

ゲームセンターに行く。

流くんとプリクラが撮りたい。

プリクラは昔からの恒例行事。

入店するやいなや、

「もっとキャピキャピした服を着てくれば良かったかも」

と、上着の襟元をつまみながら言ってみる。

わたしながら、わざとらしさ満点である。

無言になる彼。

未だ冴えない。

「ねえ!!」

大声で、わたしに注意を向けさせて、

「流くんは、どんなコーディネートが理想!?」

「だれの、コーディネート?」

「わたしの!!」

「急に言われても」

「がくーーっ」

肩を落とす『演技』をするわたし。

「もっとわたしのことちゃんと見てよね。宿題」

「宿題かあ」

「とっととプリクラ入るよ」

そう告げた2秒後にはプリクラのカーテンに触れているわたし。

 

デコレーションを選びながら、

「流くんって、数秒間だけスゴいイケメンになるときあるよね」

「数秒間だけ?」

「うん。数秒間だけ。良くも悪くも」

 

× × ×

 

プリントアウトされた流くんの顔面と、真正面に立っている流くんの顔面を見比べる。

「だんだん冴えてきたみたいね」

わたしの指摘に、

「ありがとう。ところで――」

「なによ」

「次、なにするの」

「え? 決まってるでしょ。飲み屋行くわよ」

慌て気味に腕時計を見る彼。

「ま、まだ15時にもなってないよ」

「もう開いてるお店を知ってるからっ。この時間帯に呑んでおけば、明日にあまり響かないでしょ?」

「確かに……。土曜日じゃなくて、週の真ん中の祝日なんだもんな」

「そーゆーことよっ」

 

ハイボールを立て続けに3杯飲む。

それから、タッチパネルでスクリュードライバーを注文。

「きみって、そんなに飲むピッチ速かったっけ」

「いろいろあるから、今日は速くなるの」

「いろいろあるから?」

「そ。いろいろあるからよ」

「それって例えば、ストレスだとか」

「ストレスが無いほうがおかしいんじゃないの?」

ここでわたしは背筋を正して、

「ねえ。あなたの創作文芸活動の進捗はどーなの」

「え。唐突だね」

「投稿の目処(めど)は立ったの?」

彼は中ジョッキのビールを少しだけ飲んでから、

「まだ」

と答える。

スクリュードライバーの到着の遅れを恨む。

「そんなことでいいのかな」

胸の下で腕を組み、わたしは、

「環境に甘えてるんじゃないの?」

流くんは、

「環境って、例えば?」

「それぐらい自分で考えなさいよ」

スクリュードライバーがまだ来ない。

テーブルの端っこを右人差し指で連打する。

 

× × ×

 

攻撃的になり過ぎたし、呑む量も多過ぎた。そんな反省もあることはあって、

「流くんゴメンね。問い詰めみたいになっちゃって」

と謝りながら、彼の前を歩いていく。

「お詫びに」

と言って、

「わたしのマンションで、優しくしてあげるわ」

と言ってから、立ち止まる。

距離を詰めた彼が、

「きみのマンション?? もう夕方だよ」

「それがなにか?」

「ん……」

振り向いてあげない。

彼のうろたえた表情を想像するのが楽しいから。

「優しくしてあげるって言ってるでしょー?」

彼の顔面に赤みがさしかかっているコトだろう。

手に取るように想像できる。

「『カレイドスター』のDVD観ながら、優しくしてあげるんだから」

後ろから彼が、

「……きみのいちばん好きなアニメのDVDを再生する理由は?」

決まってるじゃない。

「『カレイドスター』を観たら、優しい気持ちになれるから」

 

さてさてさて。

カレイドスター』、第何話から観よっかな。

20周年記念イベント開催、おめでとうございます……。

 

 

 

【愛の◯◯】バイトの元・後輩は手強いけれど

 

かつてのバイトの後輩である綾乃(あやの)と会う約束をしていた。

 

某ファーストフード店。

注文して、トレーを受け取って、2階席まで運ぶ。

綾乃が隅っこの席に向かっていくので、わたしも従う。

ソファ側の席につく綾乃。

椅子席について綾乃と向かい合うわたし。

わたしのトレーには1個のハンバーガーと1個のフライドポテトとコーラ。

綾乃のトレーには3個のハンバーガーとファンタメロン。

「綾乃」

呼び掛けて、

「とりあえず食べましょっか」

と促す。

「そうですね」

と綾乃。

少しシリアスな含みのある声。

 

3個目のハンバーガーを食べながら、

「どうしてバイト辞めちゃったんですか」

と綾乃が言ってきた。

「辞める理由なら、辞めるときにちゃんと伝えたでしょ?」

綾乃はハンバーガーの残りをモグモグする。

食べ切って、勢いよくファンタメロンを飲む。

それから、右手を握って、テーブルの端をこつん、と叩く。

「いまだに納得できてないのね」

元・後輩は少し目線を上げ、

「納得できるほうがおかしいです」

と言う。

「侑(ゆう)さんが居ないと、全然張り合いが無いですよ。侑さんみたいにグイグイみんなを引っ張っていくリーダーシップのあるヒト、今はだれも居ないんだもん」

わたしは柔らかく、

「そっか」

と言い、綾乃の顔を眺める。

わたしより童顔。

黒髪なのはわたしと同じだけど、綾乃のほうが短め。

「なんだか、今の侑さん……バイト一緒にしてた頃の『カッコ良さ』が、あんまり感じられない」

前のめりに、わたしと視線を合わせてきて、

「侑さんが侑さんじゃないみたい」

すぐに、

「わたしはわたしよ」

と返す。

返された綾乃は、少し困り顔を見せながらも、

「わたしをグイグイ引っ張ってたときの侑さんが、どっかに行っちゃったみたいで……」

そうなのね。

綾乃は、そんな風に、わたしを捉えてるのね。

で、グイグイ引っ張ってたときのわたしに、戻ってほしいんだ。

……でもね。

でもね、綾乃。

実は、かなり無理してたの。綾乃と一緒にバイトしてたとき。

あなたは、わたしのリーダーシップを尊敬してたかもしれないけど。

わたし、あのとき……『つらさ』と、背中合わせだったのよ。

コーラのストローを口に含む。

氷がだいぶ溶けていた。

ストローから口を離してから、

「カッコ良く無くなったかもしれないけど」

と言い、それから、

「そのぶん、優しくなれたってコトよ」

全然納得できないご様子の綾乃は、

「優しい侑さんなんか侑さんじゃないです!!」

と、喚くように言う。

「落ち着きなさいよ」

たしなめるけど、依然綾乃はピリピリ状態。

「落ち着きなさい」

今度はもっと真面目にたしなめてみる。

綾乃はビクリ、となって、

「すみません」

と謝ってくれた。

「あのね」

左腕で頬杖をつき、わたしは、

「とある『出会い』があって。それで、変わるコトができたの」

「変わる??」

「そう。変わるコトができて、良かったわ。ほんとうに良かったと思ってる」

綾乃は、声のトーンをかなり落として、

「もしかして……オトコのヒト、ですか」

わたしはあっさりと、

「違うわ。オンナ友だち」

綾乃が無言になる。

考えを巡らせる素振りをわたしに見せたあとで、ちょっと険しい眼つきになって、

「……ヤキモチ、やいちゃうじゃないですか。」

 

× × ×

 

外に出る。

陽射しが明るい。

美味しい空気を吸う。

 

可愛い元・後輩が、小声で、

「……居ませんよね?? 侑さん」

「綾乃。主語、主語」

「……。

 気になる、オトコのヒト、とか。

 居ませんよね?? ……今は。」

 

詰めるのね……綾乃も。

 

綾乃のために笑顔になって、わたしは、

「なーいしょ」

と、軽くおフザケ混じりに、答えてあげた。

 

 

 

 

【愛の◯◯】ワガママ記念日

 

アパート。

朝の身支度をしていたら、いきなり母から電話がかかってきた。

「お母さん、どうして電話してきたの? わたし急いでるんだけど」

「ツンツンしてるわね」

ぬなっ。

「『ツンツン』って……どういう意味」

「だから、『ツンツン』は『ツンツン』よぉ」

「お母さんっ!!」

叫ぶように言ったから、勢い余って左手のヘアブラシを落としてしまう。

床に腰を下ろして、少し息を吸って吐いて、それから、

「わたしの口調、そんなに攻撃的?」

「攻撃的というか――」

母は、

「遅れてきた反抗期って感じよね」

と衝撃的な発言を。

たしかに、反抗期になるべき時期に、わたしはあまり反抗期になっていなかった。

だけど、それは両親を尊敬していたからだ。

厳しい両親だったけど、厳しいのも愛情だと受け容れていた。

それなのに、厳しかったはずの母が、今はすこぶる楽しそうに、

「反抗期が遅れてやって来たみたいで、嬉しいわぁ」

「なにそれ。『反抗期』だって決めつけないでよっ」

「その反発ぶりがまさに反抗期よ」

言い返せない。

「侑(ゆう)。あなたが中高生のとき、もう少しそんな風に反発してくれたって良かったのに」

お母さん!?

初耳なんですけど!?

 

× × ×

 

フォークでガトーショコラを切り、切ったガトーショコラを刺す。

口に持っていって、咀嚼(そしゃく)。

いったんフォークを置いて、それから、

「愚痴、聴いてくれる?」

「あら」

正面の席で右手にコーヒーカップの愛が、

「どんな愚痴なのよ。わたし気になるわ」

今朝の母との通話について愛に話す。

母に対する違和感と不満を打ち明ける。

そしてそれから、

「尊敬してたから、あまり反抗しなかったのに」

というコトバをぼしょり、とこぼして、

「今になって、『もう少し反発してくれても……』だなんて」

愛は微笑ましそうだ。

可愛くも美しく、ニコニコ。

わたしの愚痴を受け止めてくれているけど、わたしにとって都合の良くないコトを言ってきそうで、不安になる。

「侑?」

上手に愛のニコニコ顔が見られないわたしが、

「……なに」

と恐る恐る言ったら、

「たまにはワガママ言ってみても、いいんじゃないの?」

ワガママ!?

ワガママって、お母さんやお父さんに……!?

「そんな」

完全にうろたえてしまって、

「ワガママを言う勇気なんか、わたしには無い……」

と、弱り気味な声を出してしまうけど、

「たぶんワガママな侑も見てみたいのよ、親御さん」

と愛に言われてしまう。

自分の皿のショートケーキの残りをフォークで半分に切る愛。

 

× × ×

 

16時にカフェを出て、第二文学部の講義を受けにキャンパスに戻る。

 

2コマ連続で講義を受けて、教場のある建物を出る。

すっかり夜。

電灯のランプが眩しい。

電灯の下にあるベンチにだれも座っていなかったから座る。

3回深呼吸して、スマートフォンを取り出す。

 

「あの……。お母さん?」

「なーに」

「ワガママを言わせて」

「!」

「今から、そっちのアパートに、行きたいの」

『そっちのアパート』。

つまり、両親の暮らすわたしの実家。

反抗期が訪れるコト無く、高校卒業まで過ごして育った実家のアパート。

突然『帰省したい』と言ってきた娘。

電話の先のお母さん、戸惑ってるかも……とも思ったけど、戸惑うどころか、

「侑~~」

と明るい声をわたしの耳に届けてきて、

「うれしいわ~~」

と喜びの声をわたしの耳に響かせて、

「お父さんも絶対喜ぶわよ!! 今日は侑の『ワガママ記念日』ね!!」

 

『ワガママ記念日』。

無理やりなネーミングのお母さん。

 

だけど……お母さんの喜びようがくすぐったいけど、なぜか胸があったかくなっていたりもする。

 

 

 

【愛の◯◯】おとうさんが「解決」してくれる

 

とうとう両親が日本に戻ってきた。

さっそく、両親が暮らすことになる一軒家で、一家4人水入らず。

 

ダイニングテーブル。

わたしの右横に利比古。正面にお母さん。わたしから見てお母さんの右隣におとうさん。

お母さんがいきなり、

「さーて。これから利比古に、こっちでの愛の様子をレポートしてもらうとしましょーか」

ちょっとなにそれ。

普通の近況報告じゃなくて、利比古にわたしの様子を報告させる体裁?

お母さんはなにがしたいの……と訝しんでいたら、

「相変わらずアツマさんに攻撃的だよね」

と、いきなりとんでもない発言が、弟の口から……!

「あらあらまあまあ」

お母さんはとっても愉しそうに、

「せっかく『ふたり暮らし』のパートナーだっていうのに。利比古、愛の傍若無人ぶりを、詳しく聴かせてちょーだい?」

「お母さん!! 勝手にわたしを傍若無人キャラにしないでっ」

「す・る・わ・よ」

「お母さん……」

ラチがあかない。

おとうさんに顔を向けて、助け舟を出してもらおうとする。

だけど、利比古の始めた好き勝手な『姉語(がた)り』に、おとうさんは熱心に耳を傾けるばかり。

「お姉ちゃんは、アツマさんによく『エルボー』するんだ」

そんなこと言う必要ないでしょ利比古っ。

「まあ~、暴力的!!」とお母さん。

「オイオイ、愛、やり過ぎなんじゃないのか~~?」とおとうさんの苦笑い。

どうしてこんなに追い詰められなきゃいけないワケ……。

 

× × ×

 

「年下の男の子をもてあそぶ」という全く開示する必要のない情報まで、利比古は開示してしまった。

利比古。

ペナルティよ。

あとでたっぷりと罰ゲームなんだからね。

怒った姉はコワいのよ!?

 

おとうさんとお母さんが、座る席を交換した。

よって、わたしの真正面に、おとうさんが。

眼と眼が合った。

おとうさんと見つめ合いになった。

もちろん見つめ合いが長く続くことは無い。……わたしが照れちゃうから。

「愛」

「なあに……?? おとうさん」

「顔が赤いな」

「そ、そんなコト無いと思うわよ」

「当人は上手く自覚できんかもな」

「……」

「ハタチを過ぎても、そういう可愛さは、変わらないんだもんなあ」

じっとりと微笑のおとうさん。

「そ、そういうって、ど、どういう」

慌て気味に言うわたしだけど、

「なあ。クールダウンに散歩でもするか?」

と、突然の提案でぶった斬られてしまう。

「お散歩!? お散歩!?」

「おれの提案にテンパりまくってんなぁ」

「わ……わたし、おとうさんと、もっと話したくて」

「会話は散歩しながらでもできる!」

満面の笑顔で言うおとうさん。

言われてしまうわたし。

打開策、打開策……。

おとうさんと2人きりでお散歩なんて、クールダウンどころかヒートアップ状態になっちゃう。

別の方法で、クールダウンをして、それからおとうさんと、ちゃんと向き合いたい。

 

意を決してわたしは立ち上がった。

軽く両手をぱん、と叩いて、

「そ、そうだわ。わたし、みんなに夕ごはん作ってあげる!!」

しかし、わたしの宣言もむなしく、

「じゃあわたしも手伝うわ」

と、お母さんに横から言われてしまう。

わたしはお母さんに流し目。

ピリピリとした流し目になってしまう。

「え? 愛、わたしに手伝ってほしくないの」

「お母さんはゆっくりしててよ……」

流し目に続いて口調もピリピリとなってしまう、わたし。

対するお母さんは余裕いっぱいで、

「ヤダ。愛と一緒に作りたい。今日は愛ひとりに任せられない」

「どうして任せられないのっ」

「だって今日のあなた、なんだか危なっかしいし」

危なっかしい!?

危なっかしい!?!?

「どういう根拠なのよっ、3つ以上の具体例で説明してよっ!!」

「ヤーダ」

「あ、あのねえ……」

と、思わず右の拳を固く握りしめるわたしに、

「母の直感をナメたらダメよ。お父さんだってもう感づいてる。利比古だっておんなじよ」

という、追い打ち。

「愛」

そうわたしの名を呼んだのは、おとうさんのほう。

するり、と椅子から立ち上がるおとうさん。

わたしの横に歩み寄ってくるおとうさん。

怯えて、

「おとうさん、もしかして、お説教が……したいの」

と言って、1歩後ずさるけど、

「んなわけなかろう。怯えなくたっていい。そういう挙動が『危なっかしい』んだぞ?」

と、おとうさんは優しい笑顔で。

「あんまりおまえが危なっかしいから」

ゆっくりと両手をわたしに伸ばしてきて、

「こうするんだ」

と言いながら、ふんわりとわたしのカラダを包み込んでいく。

超久しぶりの感触。

おとうさんのカラダに、直(ジカ)に触れて。

ココロが洗われて、マイナスの感情が全て拭い去られていく。

「……おとうさぁん」

「なんだー」

「ダイスキッ」

「はははっ」

「ほんとうに、ダイスキッ」

「そう言ってくれるんなら――お母さんと共同作業、できるよな」

「うん。おとうさんの言うコトなら、なんでも聴く」

「嬉しい嬉しい。やっぱりおまえは世界でいちばんの娘だ」

「……」

「どーしたよ」

「おとうさんの胸、グリグリしてもいい?」

「ほほぉ」

 

 

 

 

【愛の◯◯】目黒のナンパ

 

「いいお天気ねえ♫」

「そうだね、お母さん」

「初恋の頃を思い出しそうな天気だわ♫」

「えっ」

「しぐちゃんは、どう?」

「ど、どうと言われましても」

「思い出さないの? 初恋の頃のキ・モ・チ♫♫」

「えええっ」

「ずいぶん派手にビックリするのね♫」

「だ、だって、だって……」

「しぐちゃんはまだ若いから、初恋のキオク、まだ鮮明なんじゃないかなー、って思うんだけど♫」

「な、な、なんで、そ、そ、そんなコト言うかな、お母さん」

「テンパってるわね♫♫」

「なぜそんなに嬉しそうな顔!?」

「いいお天気が、わたしを嬉しくさせるのよ♫」

「……初恋なんて、遠い過去だし。もう消化できてるから、私」

「ホント~~~??」

「せ、せまってこないでっ」

 

× × ×

 

「もうっ。お母さん、こっちはね、初恋バナシどころじゃないんだよ??」

「なにかあったのー?」

「あったの」

「詳しく♫」

「さっき、麻井律(あさい りつ)と通話してたの」

「あらー、律っちゃんと♫」

「久々に、あいつと、口論みたいになっちゃって」

「ケンカー? あなたと律っちゃん、『ケンカするほど仲が良い』って感じだけど♬」

「些細なコトで、なんだけどね」

「是非とも詳しく♫♫」

果汁グミってあるでしょ、果汁グミ

「あるわね。美味しいわよね♫」

果汁グミだと、私はブドウ派なんだけど、あいつはなんとマスカット派で」

「それで論争に!?」

「うん……。すごーく下らない議論なんだけど、お互い譲るコトができなかったの」

「おもしろ~~い♫♫」

「そんなに面白くも無くない……?」

「面白いわよー! スゴいコトで議論になるのね!! まさに『ケンカするほど仲が良い』、理想の女友達♫♫♫」

「お母さん、音符マーク重ね過ぎだよ」

メタフィクションはお仕置きダゾ♬

「ぐっ」

「ところでぇ☆」

「こ、今度は星マーク!?」

「――しぐちゃんは」

「な、なに!?」

「ナンパされたり、しないのぉ??」

 

「おかあさんっっ、とーとつすぎる、とーとつすぎるからぁ」

 

「悲鳴、上がっちゃった☆」

「愉しそうに星マークつけないで!!!」

「しぐちゃんだって、ビックリマーク3本」

「あああああっもうっ」

「そうねえ。しぐちゃんだったら、原宿が、ナンパされる確率高いかしらね♫」

「根拠が無いよ。私の大学に原宿が近いってだけじゃん」

「もうひとつ、『ナンパ注意報』出そうなのは――目黒♫♫」

目黒!?

 

 

 

 

【愛の◯◯】頑張り過ぎないでよ、彼女でもないのに……

 

朝。

ダイニング・キッチンのダイニングテーブル。

真向かいに座る利比古くんが、いきなり頭を下げた。

「ホワイトデーのお返しをしてなくてすみません。ぼくの怠慢で、チョコを購入することもできずに……」

わたしは、

「いいんだよ」

と優しく許してあげる。

「でも、今日は既に、3月15日で」

「いいからいいからぁ。来年頑張ればいいんだしさ」

しかし彼の目線はどんどん下降し続けている。

「朝から沈んじゃダメだよ利比古くん」

「……」と沈黙の彼。もう沈没寸前な感じ。

「もーっ。せっかくわたしが励ましてるのにー。わたし、邸(ここ)では常に、あなたのお姉さんポジションでいたい、って思ってるんだけどなー」

弱く、

「すみません」

とコトバをこぼしてから、ゆるゆると椅子から立ち上がる彼。

ダイジョーブなのかな。

 

× × ×

 

夕方。

リビングでくつろいでいた。

週刊のベースボール雑誌を読み耽っていたら、テーブルに置いたスマートフォンがぶるぶると振動した。

利比古くんからの着信。

 

「どしたのー、としひこくーん」

「あすかさん。帰るのが遅くなります。お邸(やしき)のメンバーにも伝えておいてください」

「なんで〜?」

約5秒後、

「ホワイトデーのお返しを選んでるんです」

わたしはギョギョッとして、

「い、いいって言ったじゃん、朝!! なんでそこまでお返しにこだわるの!? わたし、言ったよね!? 『来年頑張ればいい』って……!」

「来年に持ち越しなんて、良くないです。ぼくは諦めきれないんです、妥協するのが自分で許せないんです」

どんどん胸が高鳴る。

どくどくどく。

暑くもないのに、背中の冷汗。

「だ……だからね、利比古くん。そこまで、こだわらなくたって。自分を自分で追い詰めてるんじゃん」

焦り気味に早口で言う。

しかし、

「ぼくチョコレート選びに専念するのでっ」

と、わたしよりも早口に言い、彼はブチッ! と通話を切ってしまった。

どくどくどきどき。

わたしの胸の内側が荒れ狂いまくる。

立ち尽くし……。

 

× × ×

 

もうすぐ20時を過ぎる。

ダイニング・キッチンのダイニングテーブルでわたしは待っている。

利比古くんの帰りを待っているのだ。

 

……足音がした。

帰ってきたんだ。

彼、ダイニング・キッチンに直進してきてる。

身構える。

本来は身構える必要なんか無いのに。

 

シルバー色の包装の箱を彼が差し出してくる。

黙って受け取る。

彼の眼からやや眼を逸らす情けないわたしは、

「ありがとう」

とフニャフニャと感謝し、

「早いとこ、晩ごはん、温めちゃいなよ」

と言って、出口のほうを向く。

『ありがとう』に続く感謝のコトバを紡げずに、出口にふらふらと近付いていく。

 

ついにダイニング・キッチンから脱出する。

駆け足で階段に行く。

わたしの駆け足、きっとだれにも見られてないはず。

 

× × ×

 

自分の部屋に戻ったわたし。

ドアに背を向け、シルバー色包装のチョコの箱を右手で掴んだままに、立ち尽くす。

「なんで、なんで、わたしのために、ここまでしてくれるの。わたしなんかに、わたしなんかにっ」

撒き散らされるコトバ。

頑張り過ぎだよ利比古くん。

頑張り過ぎなんだからっ。

だれがなんと言おうと、あなたは頑張り過ぎ!!!

わたし、あなたの彼女でもなんでもない。

そこは分かってるんでしょ? 分かってるよねもちろん?? 

ねえ、分かってるんだよね分かってるんだよね!?!?

 

もはやベッドにダイビングするしか無くなる。

利比古くん。

これ以上。

これ以上、わたしをヤンデレに近付かせないでよ……。

 

 

 

【愛の◯◯】極限まで彼は焦らす

 

朝。

ホワイトデーの朝。

朝ごはんを食べ終えて、いつものように熱いブラックコーヒーを飲んでいるわたし、なんだけど、『あるコト』が気になって仕方が無い。

アツマくんがまだ『お返しチョコ』をわたしに渡してくれていないのだ。

『起きてすぐ渡してくれるのかな』とベッドの中で思っていたのに、肩透かしだった。

今は出勤の身支度をわたしの座るダイニングテーブル付近でしている彼。

焦らすつもりなの?

あなた、起きてから、ホワイトデーのホの字も言ってないわよね。

「アツマくん……」

控えめに呼び掛けて、お返しチョコのコトについて、それとなく探りを入れようとするのだが、

「やべっ、急がないといかん。早い時間帯の電車に乗って、早めに店に行ってないといかんのだ」

と、彼は玄関に進もうとしている。

まさか、今日がホワイトデーだってこと、気付いてないワケじゃ……ないわよね??

 

× × ×

 

お昼。

文学部キャンパスのカフェテリア。

侑(ゆう)と一緒に日替わりランチを食べつつ、

「アツマくんだけどね、今日がホワイトデーなのを少しも意識してないような素振りなの」

と愚痴る。

「意識してないってコトは無いんじゃない? きっとアツマさんにも考えがあるのよ」

侑のコトバにうろたえて、

「か、彼、そんなに思慮深いタイプじゃないし」

「そうかしらねぇ」

微笑ましそうな表情で侑は、

「焦らす理由があるんじゃないの?」

「どうしてそう思うワケ、侑は……」

そう問うと、ニッコリとして、

「わたしがアツマさんを尊敬してるから、かな」

 

× × ×

 

夜。

バスルーム。

浴槽にちゃぽん、と浸かっているわたし。

結局、夕ごはんの席でも、彼はホワイトデー関連のコトに言及することは無かった。

わざと焦らしてるんじゃなくて、そもそもカンペキに忘れてるんじゃないのかしら。

「それって、ちょっぴり薄情だわ」

独りで呟いてから、お湯に肩を沈めていく。

 

× × ×

 

「ずいぶんと長風呂だったな」

「長くお湯に浸かりたい気分だったのよ」

「なんじゃそりゃ」

苦笑いのアツマくん。

「……苦笑いするんじゃないわよ」

「お?」

彼からプイッ、と顔を背けて、

「もうすぐ9時。本日の『読書タイム』になるワケ、なんだけど」

と言い、

「本を読み始める前に、なにか、ないの?? ……あなたから」

と、それとなく促してみる。

「愛。おれは――」

「うん」

「おれは、今日の夜は、中公文庫の『日本の歴史』を読むぜ」

また肩透かしだった。

ムカつく。

「愛、おまえはなに読むんかね」

答えてあげない。

彼と視線を合わせないように努めて、ヘロドトスの『歴史』を棚から抜き取る。

 

× × ×

 

床座りで、彼に背を向け通しで読書し続ける。

日付が変わるまで3時間を切ってしまった。

ホワイトデーが終わってしまう。

アツマくん、カンペキに忘れているとしか思えない。

苛立ちが混じって、ときどき読書を一時停止する。

 

わたしから『詰めていく』べきかしら……と思い始めていたら、背後でガバリ! とアツマくんが立ち上がる気配がした。

驚いて振り返る。

彼がタンスに突き進んでいく。

タンスの小さな引き出しを開ける。

完全にノーマークの引き出しだった。

そんなトコロにチョコを入れてるワケが無い、って決め込んでいたから。

でも彼はその引き出しから、明らかにホワイトデー仕様の包装の箱を取り出した。

そしてわたしの間近に歩み寄ってきた。

そしてそれからドッカリとわたしの目前に腰を下ろした。

「はいよ」

と言って、彼が包装を解く。

「ひと口ぐらい食ってくれ。今日が終わっちまう前に」

驚きが大きくて、彼に眼を合わせるのを忘れ、「ありがとう」の言いかたまでも忘れてしまう。

彼に従い、かなり高級だと思しきチョコレートを1個つまんで、口に持っていき、味わう。

「おいしいか?」

彼は訊いてくるけど、「おいしい」と答える前に、

「どうして、ここまで引っ張ったの?」

と尋ねる。

「ギリギリまで、焦らして……」

と言い、少し目線を下げるわたし。

うつむくわたしの頭頂部に、彼の手が置かれる。

「ドタンバまで焦らしたほうが、喜びも増すかな、って思ったのさ」

「……焦らし過ぎよ」

「すまんな」

「たしかに、すごく嬉しいけど」

「オーッ」

「……もっと、ナデナデして。ここまで焦らしたペナルティ。もっともっと、わたしを嬉しくさせてよっ」

「オオーッ」

 

 

 

 

【愛の◯◯】愚兄を崇める女子(ひと)たち

 

トリオ女子会である。

場所はアカ子さんファミリーのお邸(やしき)で、

・わたし(あすか)

・アカ子さん

・マオさん

の3名が参加者。

 

久々にアカ子さんに会ったというマオさん。

アカ子さんと相対するソファに座っている彼女は、

「アカ子ちゃんは、つらいよね……」

としんみり言い、

「ハルがわたしの実家の店に来た時に、不穏な気配をもっと感じ取っておくべきだった。感じ取れてたら、『ハルの様子がおかしい』って、アカ子ちゃんに前もって連絡することもできてたのに」

と、肩を落とし、視線も落とす。

アカ子さんは優しく、

「気を遣わなくてもいいですよ、マオさん」

「でも、でもでもっ」

「きっとマオさんは、ハルくんに強い憤りを感じてるんでしょうけれど」

「……けれど?」

「彼に怒るよりも、彼を心配してくれるほうが、わたしは嬉しいんです」

困惑するマオさんに、アカ子さんは、

「今はもう、わたし、彼のこと、だいぶ許すことができていて」

「許す……!? 許すって、アカ子ちゃん――」

「理由を説明すれば長くなりますけれど、聴きたいですか」

よりいっそう困惑するマオさん。

アカ子さんは、ちょっぴり申し訳無さそうに、

「ごめんなさい。なんだかマオさんを追い詰めるみたいになっちゃって」

「……」となにも言うことができないマオさん。

「結局」

と、アカ子さんは、

お酒が全部解決してくれるんだと思います」

ギョッとするマオさん。

「おさけ!? おさけっていった!?!? アカ子ちゃん」

「ハイ」

満面の笑みでもって、21歳のお酒大好きお嬢さまのアカ子さんは、

「『酒は百薬の長』ですから」

「ちょ、ちょーっと、それ、意味合い違うんじゃないかなー」

マオさんを華麗にスルーして、にっこりと、

「違わなくたって違ったってどっちでもいいんですけれど」

と言い、

「今は呑みませんから。そこは安心してください」

と言って、

「あすかちゃんも安心していいわよ」

と、わたしに向けて言ってくる。

 

× × ×

 

わたしから見て右斜め前に座っているのが、脅威のアルコール耐性を誇っている社長令嬢のアカ子さんである。

左腕で頬杖して、アカ子さんがわたしのほうを見てきた。

麗しきお顔で、

「それにしても、あすかちゃん」

と言ったあと、

「あなたのお兄さんは、とってもステキなお兄さんよね!」

と言ってきたから、ドッキリ。

超弩級のドッキリのあとで、わたしの胸が勝手にドキドキし始める。

「わたしアツマさんを心から尊敬しているわ。これまでに何度も助けられたし。ピンチの時にいちばん頼りになるのは、なんといってもアツマさんなの」

衝撃を受けながら、

「な、な、なんですか、それ……。なんで、そこまで、兄を持ち上げるの、持ち上げるコトができるの」

「『なんでも』よ、あすかちゃん」

1つ年上の余裕で、不可解にもわたしの兄貴を限りなくリスペクトしているアカ子さんは、

「そこまで驚きを受けるのは意外ね。以前から、『アツマさんはカッコいい』とか、あなたに言ってきたと思うんだけれど」

すかさず、今度は、マオさんが、

「そうだよそうだよ!! アツマさんは、カッコいいんだよ!!」

わたしから見て左斜め前のマオさん。

彼女が、次第に、わたしに向かって前のめりに……。

「ねえ、スゴいコト、言っちゃっていい?」

わたしが応答する前に、

「最近なんだけど、アツマさんの妹になる夢見ちゃったんだよ、わたし」

眼の前が真っ暗になるカウントダウンが始まっちゃいそうな、本当の妹のわたし……!!

「うわ~っ、羨ましいです、マオさん!」

明るく羨ましがるアカ子さんの声が遠のきそうになってくる……。

「アカ子ちゃん、あのね、わたしさ、夢の中で、お兄さんになった彼に、お弁当作ってあげたんだ」

「ステキ~~!! 羨ましい!! わたしもお弁当作ってあげたいわ~~!!!」

 

マオさんも、アカ子さんも……。

なんなんですか、そのテンション……。

 

兄貴がベタ褒めされてるのに、泣きたくなってくる、妹。