【愛の◯◯】篠崎大輔さんという存在

 

大学キャンパスの図書館で本を借りた。文学部があるキャンパスの図書館は新刊書店にはなかなか置いていないような作家の本があって助かる。文学関係だけではなくて哲学分野の本も1冊だけ借りた。尊敬する羽田愛センパイが哲学科だったからだ。羽田センパイと話す時に哲学の話題を出してみたかったのだ。彼女はきっと食いついてきてくれるはず。

貸出手続きを終えて館外に出る。自動ドアが開くと同時に、もわぁっ、とした熱気が肌にまとわりついてくる。夏真っ盛り。漢字2文字なら「盛夏」。陽射しを避(よ)けられる場所にとりあえずは移動する。しかし今度は、多めに借りた本が負荷になってくる。本を入れたバッグがズシリ、と重いのだ。身体能力に自信が無い。何冊もの本を軽々と運搬するコトはできない。

それでも運搬しないワケにはいかないから、覚悟を決めて日陰から出ていき、暑さが充満している屋外の道を歩き始めた。

坂を下ってキャンパスを出るつもりだった。しかし、キャンパスの出口とは反対方向から見覚えのある女の子が現れてきたので、彼女の方に眼が自然と留まった。わたし(154センチ)とほぼ同じ背丈。少し茶色がかったハーフアップの髪。

わたしが驚いてしまったのは、彼女の背後に男子学生がいたコトだ。ただ単に背後にいるのではなく、彼女について行っている感じだった。コンパクトな外見の彼女とは対照的に大柄だったから余計に目立つ。そして何より、シャツを大仰に腕まくりしているから、わたし以外の人が目撃しても、きっと必ず立ち止まってしまうだろう。それぐらい良くも悪くも注目を引き寄せる身なりの男子学生だった。

あんなふうなバンカラでワイルドな男子学生は本部キャンパスの方で見かけられるモノであって、文学を学術する院のキャンパスの方では滅多に見かけられるモノではない。でも、目撃してしまった。しかも、知り合いの女の子の後ろからついてきているのだ。

 

× × ×

 

知り合いの女の子は日高ヒナちゃん。ヒナちゃんは高校で戸部あすかちゃんの部活の後輩だった。わたしが初めて出会ったのは数年前の夏祭りの時。わたしもヒナちゃんも、あすかちゃんから夏祭りに誘われた。お祭りで知り合って以降、しばしば連絡を取り合ったり外で会ったりしていた。だから、彼女がわたしと同じ大学に進学したのを知っていないワケが無かった。学部こそ違えど同じキャンパスに通い始めたのも当然インプットしている。

 

現在、カフェテリアの外にあるラウンジ的な場所で、長テーブルを挟んで日高ヒナちゃんと向かい合っている。

あの強烈なインパクトの男子学生をヒナちゃんは強引に引き離していた。『たまたま事務所でバッタリ出くわしたってだけですよね!? あたしたちから早く離れてください。用件あるとか話あるとか言ったって絶対に聞きませんから』と、攻撃的な態度で、バンカラ男子学生を払い除(の)けていた。

篠崎大輔(しのざき だいすけ)さんという4年生らしい。

ジュゴゴゴゴと紙パックコーヒー牛乳を一気に飲んでから、わたしの向かいの席のヒナちゃんは、

「あたし、事務所に用があったからキャンパス来たんです。そしたら、不都合にも篠崎さんが事務所の窓口の前に立ってて。あたしは関係無いフリを装いたかったから、知らんぷりをして手続きを終わらせたんだけど、事務所から出たら、先に外に出てた篠崎さんが、待ち構えるように立ちはだかっていて……」

冷静さを欠くヒナちゃんに、

「篠崎さん、政経学部なんでしょ? そもそもどうして文キャンの事務所に来てたのかな」

と訊くと、

「オープン科目ですよ。とっても都合が悪いコトに、文キャンまで15回連続で遠征して来たんです」

15回連続というコトは、オープン科目の授業に全出席したというコトだ。皆勤賞。

「だけど、オープン科目を一緒に受けてたとしても、接点が生まれる方が稀(まれ)じゃない? ヒナちゃんと篠崎さん、どういうカタチで繋がりができたの?」

苦々しい感情を表情に露出させてヒナちゃんは、

「『繋がり』だとは思いたくないんですけど、ほら……早大通りに文房具店があるでしょ? 4月に、筆記用具を買い求めにその文具店に行ったら、『不幸な遭遇』が発生して」

「篠崎さんの方からヒナちゃんに話しかけてきたりしたの?」

「まぁそんな感じです。あの男子(ひと)って、あたしたちとはたぶん別世界の住人で。だから、学ラン着て授業受けたりキモい腕まくりして授業受けたりするんだと思います。初対面のあたしに絡んできたのも、あっちが異星人であるがゆえなんだと思う」

「特撮ヒーロー番組に出てくる怪人みたいな扱いしなくても」

苦笑せざるを得ないわたしはそう言うのだが、

「絶対絶対、別の次元の別の惑星からやって来たんですよっ。そうで無かったら、例えば今流行ってる異世界アニメの逆パターンで、異世界に転生するんじゃなくて異世界『から』転生してきた存在なんであって……」

わたしはアニメとかそんなに詳しくないけど、偶然思い当たる作品があったので、

「『はたらく魔王さま!』ってアニメ知らない? あれこそ、魔王や勇者が異世界からこっちの世界にやって来たパターンじゃ無かったっけ」

「川又さん、なんでそんなアニメご存知なんですか!? ライトノベル原作ですよ!? しかも、あのアニメが流行ったのって、あたしが小学生の頃……」

「ねえヒナちゃん、苗字じゃなくて名前で呼んでよ。『ほのか』で良いよ」

「……ほのかさんは、篠崎さんを見て、どんな印象を。あたし、オープン科目授業では、篠崎さんからいちばんかけ離れた席にいつも座ってたんですけど、ほのかさんもやっぱり、気色悪いオトコだっていう印象を受けたんでは?」

「『オトコ』呼ばわりしちゃダメだよヒナちゃん」

「だけど……キショいし」

「たしかに、異様だよね。見てビックリしたし、ビビっちゃった。だけど、様々なキャラクターの学生を受け容れる懐の深さも、わたしたちが通ってる大学の良い所なんじゃないかな? 『大隈イズム』みたいなモノがあって」

「大隈さんがもし生きてたら、篠崎さんなんかとっくの昔に追放してますよ」

「たはは……。本気の敵意なんだな」

また苦笑してしまうわたし。

コンパクトなカラダから静電気のような殺伐さを発しているヒナちゃん。

そう。本気の敵意なのだ。多様性の時代に逆行するがごとく、「異物」みたいな認識で篠崎さんを見ているヒナちゃん。受け容れられないぐらい余裕が無いのは、篠崎さんの方の責任でもあるんだろう。

オープン科目の教場で遠く離れた席に座ったり、篠崎さんを徹底的に敬遠するヒナちゃんのキモチも理解できる。

でも、篠崎さんのような存在について、こんなに喋り倒せるんだから、嫌悪感の一方で……。

「ねえねえ、ハッキリ言ってヒナちゃん、篠崎さんは大嫌いなんだよね」

「はい、嫌いです大嫌いです!! ハッキリ断言できます」

「だとしたら」

「……えっ? な、なんで、ほのかさん、そんなニコニコ笑うんですか」

「感情という名前のコインがあると仮定して、表側が『嫌い』だったなら、裏側は何だと思う?」

一瞬キョトンとなったヒナちゃん。しかしやがて、わたしの問い掛けを咀嚼(そしゃく)するように、考え込み始める。

「感情……コイン……表……裏……」

独白の呟きを漏らし、それから、

「『嫌い』……裏だから、『嫌い』の、反対……反対は……」

と呟きを継続したかと思うと、突然ハッ!! となって、これ以上無く眼を大きく見開いて、

「そんなコト、そんなコト、そんなコト、ありえない!!!」

と、見るからに慌てふためき始めるのであった。

「そんなコト」を3回も連呼するんだもんなー。