「塩肉じゃが?」
「そうよ。素材の味が引き立つの」
さやかに夕食を振る舞っているのである。現在(いま)、マンションの部屋にはわたしとさやかしか居ない。アツマくん不在の理由、それは、小規模な研修旅行。某千葉県某所の某カフェを視(み)に行くとか何とか。喫茶店員の研修の内容がどんなモノなのか知らないが、ただ1つ言えるのは、彼が千葉のお宿にお泊まりだというコトだ。1人の夜が寂しいわたしは、荷造りを終えたアツマくんがマンションを出た直後にさやかに電話をかけ、『わたしと一緒に夜を過ごさない?』と誘ったのである。
塩肉じゃがの他に数皿の副菜をダイニングテーブルに載せる。あとは味噌汁とご飯だけだ。さやかのために気合いを入れて調理した。一見なんてコトの無い副菜にもココロを込めた。
ところで、わたしはまたしても新しいエプロンを制作したので、キッチンに向かい合う形でダイニングテーブルの席についているさやかに、敢えて見せびらかすようにして、
「どう? このエプロン、可愛いと思わない?」
「可愛いね。でも、ピンク色が自己主張し過ぎてるかも」
見せびらかしエプロンをつまむ両手の指に要らないチカラが入り、
「ピンクだったら……ダメなの」
「ダメとは言ってない」
「さやかのいじわる」
「あ。今の愛の拗(す)ね方、可愛い」
「……夕ご飯が冷めるといけないわよね」
× × ×
「愛の言う通りだ! ジャガイモがとってもホクホク。素材の味が際立ってる」
「わたしがジャガイモをホクホクにできないワケ無いじゃないの」
「え、なに、エプロンのコトでまだ拗ねてんの」
左腕で頬杖をつきながら何も答えてあげないわたし。
「ねーねーねー」
わたしと違ってさやかは軽快に、
「この塩肉じゃが、アツマさんは、もう味わってるの?」
「かなり前から食卓には取り入れてるけど」
「オォー」
さやか。
変なリアクション、ダメよ。
わたしは静かに味噌汁を啜るだけ。
『ごちそうさま』を言って、食後のお酒を飲み始めた。今夜のわたしは、コーヒーの代わりに冷酒だ。炭酸の入るお酒がNGなわたしに合わせ、さやかも冷酒を飲んでくれる。
エプロンの件で裏切られたキモチも残っていたが、塩肉じゃがを絶賛されたのと冷酒が美味しいのとで、残念な感情もほとんど無くなった。
あとは、眼の前のさやかが、アツマくんとのノロケ話を要求してこないのを祈るだけ。
しかし、眼の前の大親友は、
「あんた、アツマさんに肩叩きとかしてあげたりするの?」
と、外堀から埋めていくかの如く、ノロケ話を要求するような流れに持って行こうとする。
「叩くコトは叩くんだけど、肩よりも、胸やお腹を叩くほうが多いかも」
「それ、パンチじゃん。折檻(せっかん)の一種じゃん」
どうしてそんなに愉しそうなの、さやか。
「……肩は、叩くんじゃなくて、揉みほぐしてあげるほうが多いと思うわ」
「キター」
「さ、さやかっ、そういうリアクションは、程々に」
「あんたはさぞかし、パートナーへの揉みほぐしが巧いんだろうねえ」
「どうしてそこはかとなく下品な方向に話を向かわせてるの」
「下心なんか無いって〜」
「怪しいわね。飲んでる冷酒が効き過ぎてる疑惑がある」
軽い笑い声を上げるさやか。
「冷酒も程々にして、あっちのリビングのソファに移動して、テレビでも観ない?」とわたしは抑え込むが、
「木曜のゴールデンタイムって、面白い番組あんまり無くない?」とさやか。
「それは地上波に限ってのコトでしょ? ケーブルテレビでCSのチャンネルがいろいろ観られるから、面白い番組も、きっとある……」
「あんた、ケーブルテレビ、CSも観られるプランに入ってんの!? わたしんちのケーブルテレビ、地上波以外だとBSしか観られないんだよ」
「な、なら、なおさら、多彩なチャンネルの多彩な番組を観られる良い機会で……」
言いかけて、さやかの眼つきの邪(よこしま)な感触に気が付く。冷酒の瓶をわたしはチラリと見る。さやかを邪(よこしま)にさせる魔力が込められていたりするのかしら?
× × ×
しかし、ベッドルームに移動してダブルベッドに入る段になると、緊張の度合いが急に増して、わたしをからかう表情が着実に薄まっていくさやかが居た。
理由は明らか。
「基本はわたしとアツマくんのダブルベッドだから、テンパっちゃってるのね」
両脚を掛け布団に突っ込んでいるが、身は起こしているさやか。下目遣いに焦りが滲み出ている。
「シーツや掛け布団、今夜のためにキッチリ洗濯しておいたのよ? あなたがナーバスになる必要なんか無いのよ。アツマくん臭は100%払拭されてるんだから、遠慮は不必要」
「でも……ベッドルームは、いつもはアツマさんとあんたの空間なんだし」
わたしは身を横たえて、
「今のさやか、なんだか可愛い☆」
「よ、よかったねっ!! 可愛く見えて……!!」
さやかは眼を逸らすけど、
「語尾にハートマークを付けちゃいたい気分だわ。可愛いんだもの。あなた、高校時代の面影が出てきてるわよ。今が大学4年生だから、さながら高校7年生」
音を立てて布団をかぶり、さやかは仰向けに。
「またあんたは、すぐに『高校7年生』だとか言い出す……」
「子守唄の代わりに――高校時代の思い出話を」
「子守唄の代わりってなに!?」
「高2の時だったっけ? さやかとお邸(やしき)で勉強会をしてたんだけど、わたしが勉強しながらお喋りが止まらなくって、さやかが怒っちゃったコトあったじゃない」
「……」
「その沈黙は、『憶えてる』ってメッセージね」
「……怒って、不機嫌になったわたしのそばに、あんたがカラダ近付けてきて、肩をひっつかせて謝ってきた」
「どうしてそんなに詳(つまび)らかに憶えてるの!? どうりで、東大入試に出るような英単語や英熟語を1か月以内で暗記できちゃうワケだ」
「受験生時代なんて……昔過ぎるでしょーが」
「わたしはそうは思わないなー。現に、今のベッド・インしたあなたは、高校7年生と化してるワケなんだし」
「どこまでも高校7年生ネタで引っ張るなっ!!」
「はい。ごめんなさい」
「誠意が無いっ」
「わたしらしさとして許容してくれないかしら?」
「愛!! そーゆーとこが、性格難有りの証拠っ!!」
「そっか〜」
「まーた、愉快そうに……!!」
「だって、わたしの美人度と、わたしの性格難有り度、相関関係あるじゃない? 性格の難が増すたびに、美人の度合いも増していって――」
「アツマさんの苦労が身にしみて分かったよっ!! わたし寝るっ!!!」
「そういう反応や仕草、◎(にじゅうまる)だと思うわよ〜」
「……お調子者っ」