利比古くんが弱っている。先週アカ子が邸(ここ)に派遣された。利比古くんを慰めるための派遣だった。一定の効果はあったようだが、まだ精神(ココロ)は萎(しぼ)んでいるみたいだ。あすかちゃんからも『項垂(うなだ)れている姿が眼に付く』という報告があった。
彼を救うべく、アカ子の次にわたしが立ち上がったというワケだ。
さて広大なお邸(やしき)のリビング。下目がちの利比古くんは弱々(よわよわ)である。カラダが縮んでいる。彼は身長168センチ、わたしは身長163センチ。5センチあるはずの身長差がほとんど無いような錯覚。なんだか彼のカラダが小刻みに震えているようなのも錯覚だろうか?
とりあえず、ソファで向き合う彼に、
「元気出しなよ。空元気(からげんき)でも良いから」
と励ましのコトバを言い、
「今日お泊まりするから。いつでも話し相手になったげるから」
と言うも、
「そんな……『いつでも』だなんて……。さやかさんに悪いです」
と弱々しく言うから、
「悪くないっ!」
とお返事してみる。
苦笑いが抑え切れない。弱々しい利比古くんが可愛らしくて、くすぐったいのだ。
適切な形容かどうかは分からないけど、今の利比古くんは中性的。イケメンが弱るとこんなにナヨナヨとしちゃうのか、といった感じ。これも適切な形容なのかは分からないが、「手弱女(たおやめ)ぶり」ってワードが頭に浮かんでくる。
思えば、利比古くんの姉の愛も、弱ってしまった時はこんな風に萎んでいた印象が強い。さすが姉弟だ。姉弟で弱り方が似通うなんて。
『よく見れば、利比古くんの腕、ほっそりしてるねぇ……』なんて思いながら、彼をウォッチング。彼はなかなか喋りたがらない。悩みを打ち明ける準備もできていないかのように。
× × ×
あすかちゃんがシュークリームを運んできてくれた。
早速シュークリームを1つモグモグする。そして、立ち去ろうとしているあすかちゃんに目配(めくば)せする。気心(きごころ)の知れた女子同士のアイコンタクトだ。まさに眼と眼で通じ合い。
このアイコンタクトで、今後の方針が定まった。
あすかちゃんが消えていったと同時に、わたしはわたしのココロの中に誓った。
『利比古くんのデリケートな事情には可能な限り触れない』
さてさて、彼はシュークリームが気になるらしく、視線をチラチラと上げ、沢山のシュークリームが盛られたお皿を時折見ている。
「食べたら良いじゃん。遠慮しないでさ」
楽しくたしなめるわたし。
「それでは……」
なぜか慎重な面持ちと慎重な手付きでシュークリームに手を伸ばす彼。
彼が咀嚼(そしゃく)を終えるのを待つ。
アイスレモンティーを飲みながらシュークリーム咀嚼を見届けたわたしは、
「ねえ。利比古くんが高校生だった時、わたし結構な頻度で勉強を教えてあげてたよね? 憶えてるでしょ?」
彼の背筋がぐぅっ、と伸びて、
「ハイ。受験勉強の時とか、とってもお世話になってました」
彼の声はまだぎこちないから、
「アカ子とわたしの2人で両側から『サンドイッチ』しながら受験勉強を教えてた。あれは楽しかったなー」
当時を鮮明に思い出したのか、利比古くんは赤面する。
追い打ちをかけるみたく、
「美少女ゲームみたいなシチュエーションだったよねえ? きみも『まんざらじゃ無かった』んでしょ」
と、あまり使わない『きみ』という二人称を敢えて使い、罪な微笑と共に問うてみる。
「ど、ど、どーいうイミですかっ、『まんざらじゃ無かった』だなんて」
「ごめん、適当に言った」
「こ、困りますっ、さやかさんっ!」
おっ。
彼の声に「張り」が出てきた。良い兆しだ。
「勢いが出てきたね〜!! 利比古くん〜〜」
そう可愛がったら、
「高校に入学したての男子をもてあそぶような言動は、程々にしてくださいっ」
と言って、照れながらも、眼をぷいっと逸らした。
× × ×
わたしはシュークリームを4個食べて、利比古くんはシュークリームを2個食べた。比率2対1だ。
さっき男子版ツンデレみたいな態度を見せていたし、弱り切っていた彼に強さが徐々に戻ってきているんだろう。
だとしたら。
今日や明日だけで彼の全てが解決するワケじゃないんだけど、ひとまず本日の『仕上げ』のお時間だ。
『仕上げ』は、本日の彼の「お姉さん役」であるわたしの仕事。
満面の笑みでもって、
「ねーねー。利比古くんをビックリさせちゃうかもしれないけど……」
「……なんですか?」
「……隣に座ってもOK?」
「な、ななっ!?」
「ダメかー、その様子だと。馴れ馴れし過ぎてゴメンナサイ」
もてあそぶように謝ってみる。
もてあそびモードなのだから、反省するコト無く、すっくと腰を上げて、
「でも、『移動』はするね。利比古くんのソファの方に」
告げた瞬間から動き始めて、あっという間に利比古くんの間近まで行く。
わたしから見て左斜め前に利比古くん。見下ろしてみると、より一層可愛げが増す。くすぐったくなるのをガマンできず、笑い声をこぼしてしまう。
わたしはわたしの胸を押さえながら、
「ホントにゴメンねえ。不可解な笑い方しちゃって。気を悪くしちゃったかな?」
恥じらいが横顔に浮かぶ彼は、
「べ、べつに、不愉快では無く……」
と、モゴモゴなボイスで応答。
わたしはすかさず、
「ずいぶんと煮え切らないわね。男の子はもっと堂々とするモノよ?」
と、彼のお姉さんの喋り方を模写してみる。
突然に自らの姉のような喋り方をされてしまったから、彼は思わず眼を見張る。恐る恐る顔の角度を上昇させ、わたしの顔面に視線を寄せる。
残念ながら、わたしの顔面は、彼のお姉さんの顔面ほどにはキレイではない。
でもそれは今の状況とは1ミリも関係が無く、わたしはただひたすらに、このシチュエーションの『完成』を目指して、
「利比古くん。元気を取り戻す『おまじない』の時間だよ」
「……えっ??」
「グズグズしてると夕ご飯の時間になっちゃうから、今すぐに『おまじない』発動させちゃうんだけど」
そう言うのと並行して、彼の頭頂部にスゥーッ、と右手を伸ばす。
先週にアカ子も同じコトをしてあげたそうな。
わたしはアカ子みたく上手にできるかどうか。……やってみなくちゃ分かんない。なので、迷いや躊躇(ためら)いの値(あたい)をゼロにして、利比古くんの頭頂部に右手を置くコトを実行する。
勢いをつけて右手を置いてしまった。
「もしかして、痛かった? 乱暴だったかな?」
右手は、置き続ける。緊張してガチガチになっているのが伝わってくるような感触。
「痛かったのなら『痛かった』って言った方が良いよ☆」
苦笑いしながらも、可愛がるコトバを発するわたし。
巨大なガラス窓には、いつの間にやら夕焼けが……。