あすかちゃんが編集に携わっているという雑誌『PADDLE』を利比古くんが読んでいる。
険しい眼でページをめくる利比古くん。
やがて、座っているソファの手前の長いテーブルに『PADDLE』を置き、険しい眼つきのまま、向かい側のあすかちゃんに、
「ぼく、疑問があるんですけど」
利比古くんと同じくソファ座りのあすかちゃんは余裕の笑みで、
「どんな疑問? おしえてよー」
「じゃあ言いますけど」
彼は、
「この雑誌は若い人に向けた雑誌なんですよね?」
と言ってから、
「なのに、なんですか、『90年代パ・リーグ先発型投手ランキング』って……!」
とツッコミを入れ始める。
「わたしの書く野球関連記事は読者アンケートでも好評なんだけど」
「ホントなんですか!? 若い世代は90年代のプロ野球を知りませんよね!? しかも、パシフィック・リーグ……」
「セントラル・リーグじゃなくてパシフィック・リーグを取り上げても、読者は食いついてくれてるんだよ?」
「それはそうかもしれませんけど」
食い下がる彼は、
「『90年代』なのが問題なんですよ」
と言い、もう一度『PADDLE』を手にして、ページを素早くめくり、
「この記事も問題アリです。『中村一義『金字塔』全曲レビュー』」
動じない彼女は、
「問題なんか無いよー」
「あのですね」
苛立ち気味に、
「確か、中村一義のデビューアルバムの『金字塔』がリリースされたのって、1997年でしたよね? 想定してる読者層の大半、生まれてませんよね」
「だからなんなのー」
やはり余裕のあすかちゃん。
97年、か。
97年リリースのアルバム、ねぇ。
「確かに、オジサンが当時を懐かしむ年代のアルバムなのかもしれないね」
私は口を挟んでいき、
「だって、97年って、私が生まれた年なんだし。初期の中村一義なんてリアルタイムで追いかけようも無いよ」
すなわち、『PADDLE』の読者層より少し上の世代の私であっても、ずいぶん旧(ふる)いアルバムを取り上げてるなぁ……と思ってしまうというコト。
私が指摘してしまったせいで、あすかちゃんは余裕を無くし始める。
一気にしょんぼりモードに。
「ゴメンゴメン。私、余計なコト言っちゃったかも」
私が謝る一方、利比古くんはなおも攻撃的に、
「あすかさん。梢さんの言ったコトに説得力を感じませんか?」
しょんぼりモードになった眼が一気に攻撃性を帯びてきて、利比古くんを睨みつけるようにして、
「いちばん説得力が無いのは、利比古くんがこの前作ったCMだよ」
不意打ちされて、
「ななっ」
という声が彼の口から出る。
「話を急に曲げないでもらえませんか!?」
「曲げるよ。だれがなんと言おうと」
と強く出るあすかちゃん。
「ラーメン屋さんのCM。個人経営のラーメン店のCMって珍しいから、眼の付けどころは良かった。店主のナマのホンネを挿入してるのも良いと思った」
あすかちゃんはいったん利比古くんのCMを立てるけれど、
「問題は撮影技術。トーシロのわたしでも、肝心のラーメンの美味しさがじゅうぶんに伝わって来てないって感じてしまった。あんなラーメンの撮(うつ)しかたじゃ、店主のヒトが可哀想」
右の拳を握り始めた利比古くんが、
「じゃあ、あすかさんだったら……どう撮すんですか?? 言うからには、ぼくよりもラーメンの美味しさを引き出せる撮影ができるんですよね!?」
「できるよ。やってやれないことは無い」
「動画もろくに撮ったコトが無いクセに」
彼の反発を受けるも、あすかちゃんはニヤニヤと、
「利比古くんの口から今週1番の捨てゼリフが出た。もしかしたら今月1番かもしれない」
「あすかさぁんっ!!」
とうとう彼は腰を浮かすような素振り。
なので、
「ふたりとも、ずいぶん息が合ってるね♫」
と、からかう気持ちの色のだいぶ濃いコトバを、言い合うふたりに向かって投げかけてみる。
「息が……合ってる……!?」と利比古くん。
「わ、わたし、息が合ってるのハンタイだと思うんですけど!? わたしたちは言わば闘争状態で……!!」とあすかちゃんは慌てる。
「あすかちゃんも落ち着いて」
「梢さんっ!! わたしにはここが肝心なんです、あと少しで利比古くんを打ち負かせるんだから!!」
左斜め前のあすかちゃん。
右斜め前の利比古くん。
両者に、私は、今年27歳を迎えるオトナの女性だからこそ見せることのできる、そんな微笑みを向ける。
じわりじわりと私の微笑みを彼女と彼に染み込ませていく。
あすかちゃんは、困惑してなおかつほっぺたを赤くする。
利比古くんは、きまり悪そうに私の反対側を向く。
フフフフ……。