午前10時のダイニング・キッチン。
わたしはサナさんと隣同士でダイニングテーブルに座っている。
前方に座っているのは流(ながる)さん。
「大掃除もだいたい終わったね、流くん」
流さんより年上のサナさんが言った。
「そうですね。サナさんが力持ちだったから助かりました」
「ちょっとちょっとちょっと流くんッ」
「え!? ぼくマズいこと言いました!?」
「わたしがそんなに怪力だって認識してるの」
「か、怪力とまでは、言ってないですけど」
「そんなに印象的なんだね。小柄な体型とは裏腹の、わたしの腕っぷしの強さが」
まあまあ。
「まあまあサナさん。そのぐらいで勘弁してあげましょうよ。流さんにパンチを飛ばすような勢いでしたよ」
「マジでロケットパンチしちゃいたいかも」
「物騒ですって。大晦日なのに」
溜め息をついてからサナさんは、
「あすかちゃんは優しいんだね」
「大晦日じゃなかったら、もっと流さんには厳しくなるんですけどね」
「大晦日だから寛容なんだね」
「そーです☆」
わたしとサナさんは笑い合う。
流さんが椅子を引き、キッチンに逃避する。
× × ×
リビングの巨大なるソファにどーん、と腰を下ろし、先に向かいのソファに座っていた利比古くんと向き合う。
「今年最後の『流さんイジリ』、しちゃった」
「イジったんですか?? 流さんも可哀想に」
「あとで彼にはフォローしとくから」
「信用できません」
「わたしのこと信じて」
沈黙の利比古くん。
呆れてるの?
利比古くんは、いつもいつも呆れ過ぎなんだよ。
「話変わりますけど、年越しそばは、いつ作るんですか」
「そんなのいつだっていいじゃん」
「いいえ良くないですっ」
なんで反抗的かなー。
遅れてきた反抗期?
ご両親に反抗しないで、わたしに反抗するのかー。
「ぼくは年越しそばにはこだわるんですっ」
「あっ。もしかして、あなたのお姉さんの影響?」
恥ずかしがりながら、
「そうとも……いいます」
「利比古くん案外食べ物へのこだわり強いんだよね」
「そうとも……いえるのかもしれません」
「年越しそばっていったら、通常あったかいそばを食べるものなのに、あなたは冷たいのを食べるんだもんね」
「本当にあったかいそばが普通なんでしょうか? 怪しいって思います」
クスッと笑ってしまうわたし。
利比古くんは困り顔になる。
だけど、その困り顔が徐々に柔らかくなっていく。
なんだか楽しそうな表情。
なんで。
「あすかさん」
わたしを見据え、呼び掛ける。
ココロがざわっ、と騒いだ。
眼と眼が完全に合っているから、ココロが穏やかじゃなくなった。
「いろんなコトのあった1年でしたけど、楽しかったですよ、ぼく」
彼の口から出た、
『いろんなコト』
というコトバに、わたしは過敏になってしまう。
たしかにいろんな出来事があった。小さな出来事も、大きな出来事も。
大きな出来事があったときは、苦しくなってしまうこともあった。
苦しくなったわたしを、救ってくれたのは。
いろんな人が助けてくれたんだけど。
その中で『貢献度』が最も高かったのは、言うまでもなく……。
「利比古くん」
わたしは静かに言って、
「楽しかった、っていうのとは、ちょっと違うかもだけど……良(い)い1年だったって思うよ。良い1年にしてくれたMVPは、あなた」
「わあ、うれしいなあ」
マジで嬉しそうな顔になる彼だった。
もともとハンサムな顔の明るさが増していって、わたしの眼に焼き付く。
焼き付く、というレベルじゃなかった。
わたしは、自然と見惚(みと)れてしまっていた。
以前はこんなこと無かった。
彼がいくらハンサムであろうと、そのハンサムさに過敏になることなんて無かった。
なのに。
過剰反応してしまうのを避けられない。カラダは前のめりになってしまっているし、眼は彼の顔面に釘付け。
「どうしましたー? ぼくの顔になにか付いてます?」
「……」
「あのー」
「……言っちゃダメだよ、そんなこと。そんなこと言っちゃダメ、利比古くんは」
「え??」
「なにも付いてるわけないじゃん。トボケたこと訊かないでよ」
覚(さと)られたくなかった。
なにを?
わたしの火照(ほて)りを。わたし全体の、火照りを。
× × ×
部屋に戻って、窓際の壁に吊るした『ホエール君』のぬいぐるみを急いで掴み取る。
ベッドにダイビングして、うつ伏せで、ホエール君ぬいぐるみを抱きしめる。
「よりによって、なんで、大晦日に」
わたしはそう呟いた。
大晦日みたいな節目になる日に、気付きたくなんてなかった。
でも気付いちゃった。
いったいどんなことに気付いたか?
決まってる。
決まってるよ。
ひとつしかないよ。
これまで、全然ストライクゾーンじゃなかった、利比古くんのハンサムフェイス。
それが……。
ストライクゾーンに、なっちゃった。
やめて。
利比古くん。
お願いだから。
わたしに、必要以上に、食い込んでこないで。
いろいろな意味で、すごく苦しくなるんだから!!