【愛の◯◯】アカ子ちゃんに飲み負けて◯◯

 

「アカ子ちゃん。あなたには初めて言うんだけど、わたし、アツマさんに『弟子入り』してるの」

「『弟子入り』? 侑(ゆう)ちゃん、もっと詳しく教えてくれないかしら」

わたしはアカ子ちゃんに経緯(いきさつ)などを伝える。

パジャマになったアカ子ちゃんは自分のベッドの上に腰掛けて、某缶ビールのロングサイズ缶を手にしている。

『弟子入り』のコトを知った彼女はぐいーっ、と缶ビールを飲んで、

「侑ちゃんもだいぶアツマさんを尊敬してるのね」

ジャージ姿になってカーペットに両膝をつけているわたしは、ピーナッツをつまんでぽりぽりと噛む。

そしてハイボールの缶の中身を3分の1ぐらいまで減らしてから、

「『だいぶ』は要らないわよ」

とアカ子ちゃんに対して言う。

「とっても慕ってるってコトよね」

「うん。慕ってる」

何故かアカ子ちゃんが遠くの景色を見つめるような顔になって、

「わたしは、アツマさんに対しては……」

「……対しては?」

「妹分(いもうとぶん)で居たいかしら」

「妹分?? アツマさんには妹さんが……」

「妹さんのあすかちゃんのコトは、もちろんとっても良く知ってるわ。だけれど……」

 

× × ×

 

そういう『尊敬』のカタチもあるんだな。

年上の男のヒトを、本当のお兄さんみたいに慕う。

わたしもアツマさんを慕っている。でも、アプローチはわたしとアカ子ちゃんで違っている。

 

アツマさんに対しての関わりとは違う男子との関わりがアカ子ちゃんにはある。

その関わりについて今晩触れるかどうかは未だ迷っている。

初めてアカ子ちゃんの邸宅に呼ばれたのだ。

アカ子ちゃんのキャラクターから、夜にお酒を飲み交わすのは当然の成り行きだろう、と思って邸(ここ)に来た。

ベッドに座って次から次へと缶の中身を空にしていくアカ子ちゃんの勢いは止まりそうにない。

その勢いに押されて、わたしも徐々に缶を消費するペースが早くなってきていた。

「ねぇ、侑ちゃん」

呼び掛けられて、アカ子ちゃんを見上げる。

飲み始める前と全く変化がない顔の色。

「もしかしたら、わたしとハルくんの『距離』のコトを気にしてるかしら?」

うっ。

彼女の方からハルくんの名前を出されてしまった。

ハルくんはアカ子ちゃんの彼氏。

互いに高校生だった頃からのつきあい。交際は5年目。

だけど、今アカ子ちゃんが『距離』と言ったように、ハルくんが、突然に南米大陸まで飛んで行ってしまって、急にとてつもなく距離が遠くなってしまった。

彼女は彼を信じているし、大好きな気持ちも胸に抱(いだ)き続けている。

でも、大好きな気持ちを裏返すと、悲しい気持ちや辛い気持ちも露わになってしまうはずであって。

デリケートだから、わたしの方から言い出しづらかった。

そしたら彼女の方から言及してきた。

「気をつかい過ぎる必要なんて無いのよ」

優しさの籠もったアカ子ちゃんの声。

「受け入れられているから。ハルくんの気持ちも受け止められるようになったし。やがては彼も日本に帰ってくるし」

「強いのね」

「お酒もあるもの」

「エッ」

「アルコールってホントに心強いのよね」

その発言は……逆に心配のレベルを強めてしまうかも。

「元気200パーセントになるわ。侑ちゃん、あなたと飲み明かしたら元気200パーセント。長い夜を楽しみましょう?」

「アカ子ちゃん……?」

「なーに」

コンプライアンスって、知ってるわよね?」

「当然よ。大企業の経営者の娘として。でも、それがどーかしたのかしら?」

アカ子ちゃん……。

『当然』なんて言われたら、不安になってきちゃうんですけど……。

 

× × ×

 

アカ子ちゃんが飲み干したロングサイズ缶ビール、たぶん15本ぐらいある。

コンプライアンス云々と言うよりも、『この飲みっぷりはフィクションです』と但し書きしたくなってしまうような、しまわないような。

アカ子ちゃんみたいな量は全然飲めないわたしは、アカ子ちゃんと対照的にポーッ、とカラダが火照ってきている。

意識もポヤ〜ン、としてきた。脳の中身がだんだんトロトロとしてきているみたい。

「侑ちゃん? この際だから、いろいろぶち撒(ま)けちゃっても良いのよ?」

「……おじょーさまらしからぬくちぶりね」

呂律(ろれつ)が危なくなっている。だから、言うコトバが全部ひらがな表記になってしまう。

「就職活動もしてるんだし」

「それ、あかこちゃんだって、おんなじじゃーないの」

「ホントにおんなじかしら? あなたは、就活だけじゃなくて、生活費を稼ぐとか、奨学金のために優秀な成績を目指して勉強するとか、いろいろ抱えてるモノがあるでしょうに」

「わたし……わたしは」

「なんでも言って良いのよ。言ってちょうだいよ」

「にったくん……。にったくんを、『でぃすり』たい」

「サークルで同期の新田くん? 新田くんを罵倒したいとか?」

「『じんかくひてー』」

「あらら」

「『じんかくひてー』!! にったくんのじんかく、『かんぜんひてー』しないと、きがすまないっ!!」

「あらあらまあまあ」

 

あれ……??

わたし、はっきりいって、じぶんでじぶんを『せいぎょ』できなくなってる……??