以前から、「休日の朝にジョギングがしたい」と愛にせがまれていて、朝走るにはちょうどよい季節になったということで、早起きして公園に来ている。
ただ、愛とふたりだけでジョギングするわけではない。
「おはようございますアツマさん」
ジャージ姿のアカ子さんが挨拶。
この上ない新鮮さだ。
アカ子さんが、ジャージ姿……。
「なに見とれてんのよ、スケベ」
……これまでのパターン通り、愛になじられ、愛に腕をつねられる。
フフフ、と上品に笑ってアカ子さんは、
「アツマさん、きのうはありがとうございました」
「ああ。でも、なんにもできなくて、ごめんな」
「そんなことありませんよ」
満ち足りた、笑顔。
そして、
アカ子さんの隣には、ハルが。
きのう、試合に敗れ、ハルの高校サッカーは終わった。
悔しかっただろう。
立ち直れるか気がかりだった。
ただ――ハルはおれが思っている以上に、切り替えが早かったみたいだ。
疲れた様子もなく、打ちのめされた様子もなく、ピンピンしている。
そしてこうして日曜朝ジョグにも参加してきている。
一晩で立ち直ったっていうのか。
すごいな……。
「ハルおまえ筋肉痛とか大丈夫なのか」
「平気ですよ」
そう言って腕をグルグル回し、好調をアピール。
「丈夫だね、ハルくんは」
愛が感心している。
「アツマくんも見習ってよ」
「ん……」
「なにその『ん……』っていうリアクション」
「おれのほうがアツマさんを見習いたいですよ」
「え、どこに見習う要素があるっていうのハルくん」
「全部だよ、羽田さん」
ポカーンとする愛。
「だれだって、アツマさんには憧れるからさ」
「なにをいってるの……ハルくん」
「運動部のみんながアツマさんに憧れてるよ」
「ウソでしょ」
「ほんとだよ。運動部だけじゃない」
「信じられない」
「羽田さんはもっと……アツマさんを信頼してもいいと思うな」
「信頼……してるよっ」
「じゃあもっと」
「そうね。わたしもハルくんと同じ気持ちよ」
「アカちゃん……同じ気持ちって……」
「パートナーなんでしょ?」
意地悪く微笑むアカ子さん。
愛の困惑は頂点に達しつつある。
どんな茶番だよ。
ラチがあかないから、愛の腕を無理やりつかんで、
「行くぞ」
「行くって」
「走るんだよ。おれとおまえで先導役だろ?」
「アツマくんが先に行ってよ」
「やだ」
「なんでよ」
――なにも言わず、愛を引っ張りながら、走り出す。
「ちょっと!! コケちゃうでしょ」
「なーに言ってんだ。おまえだったらついて来れるだろ」
そうやって――なし崩し的にジョギングは始まったのだった。
× × ×
おれが先に行け、とか言ってたわりに、愛のほうが先行している。
「あんまり離れんなよ……ひとりで突っ走りやがって」
「たぶん愛ちゃん、恥ずかしいんですよ」
「うわっアカ子さん!」
「すみません、ビックリさせちゃって」
「――平気かい? けっこうなハイペースだが」
「ついていけます。運動には自信があるんです」
「それは――けっこうなことだ」
うふふ、と笑って、
「『パートナー発言』は、まずかったでしょうか?」
「べつに」
「愛ちゃん、きっとそれで、照れちゃってるんだから」
「『パートナー』ってのを、意識して?」
「そうです」
「きみとハルだって『パートナー』には変わりないじゃないか」
「――さすがです、アツマさんは。みんなのこと、よくわかってる」
アカ子さんにベタ褒めされるのは嬉しいが、
「憧れられると――戸惑っちゃう部分もあってさ、おれ」
「素直に喜んでいいと思いますよ。
憧れられることが――支えになることだって、ありますから。
わたしにとっても、ハルくんは『パートナー』であると同時に、『憧れ』なんですから」
「口数が大きいよ、アカ子。ぐだぐだしてると羽田さんに引き離されちゃうよ」
ハルがアカ子さんの横まで来る。
アカ子さんを男ふたりが挟んで、3者併走状態。
「へばらないな、きみは」
「心外ね」
「べつに……見くびってる、わけじゃないし」
「あなたのほうが心配よ、きのうの疲労蓄積でヘロヘロになって付いてこられないんじゃないかって」
「いやそれは舐めすぎだから」
「あらそう? 悪かったわ」
「…そんなにしゃべり続けながら走れるってことは、体育の成績『5』は伊達じゃなかったんだな」
「だから言ったじゃないの」
「そこは……誤解してた。謝る」
「謝るのってなかなか出来ることじゃないわ。偉いわね、あなたは」
「ありがと」
「蜜柑なんか自分の間違いをどこまで行っても認めないし。それに比べるとあなたは立派ね」
「蜜柑さんを引き合いに出さなくても」
「……立派だから、ますます憧れるのよ」
「おれだって……アカ子はまぶしいよ」
「あなたってときどき言い回しが芝居がかってくるわよね」
「悪いか?」
「そんなことない」
――会話のスタミナも無尽蔵なのか、このふたり。
いいパートナーであることの証(あかし)か。
× × ×
アカ子さんが、木陰のベンチで休んでいる。
とうとう彼女は、一度も置いていかれることなく、朝ジョグを完走した。
それでも羽休めは必要で、スヤスヤといった感じで、眼をつむって静かにクールダウンしている。
眠ってしまいそうで心配だ。
「ハル、アカ子さん、疲れちゃったのかな?」
「気持ちよく疲れてるんだと思いますよ」
そう言ってハルは、アカ子さんの隣にそっと座ってあげる。
ま、疲れるのは良いことだからな。
ふたりをそっとしてやって、芝生に腰を下ろしてスポーツドリンクを摂取している愛のところに行く。
「いい汗かいたわ」
「おれはまだ走れるぞ」
「……わたしだって、と言いたいところだけど」
悔しそうに、そして照れくさそうに、
「どこまで走っても――いまのアツマくんには、敵(かな)わなさそう」
そばに立っているおれの顔を見上げる。
憧れまじりの眼で。
「アツマくん……」
「んっ?」
「わたし……あなたの背中が好き」
!??!?!
「どういう意味だよっ」
「……ごめん、語弊があったっ」
ハルとアカ子さんには――聞こえてないよな、いまの。
「追いかけたいのっ、背中を追いかけたいって、そういうことっ」
「でもおまえきょうはひたすら前を走ってたじゃんか」
「そーゆーことじゃーないのよっ!!」
「じゃーどーゆーことなんだよー」
「……あなたの背中に憧れてるって。それだけ。」
「……そりゃどうも。」
憧れられるのも、厄介なこともあるが、
こういう憧れられかたは、なかなかどうして、嫌いじゃない。