【愛の◯◯】レジェンドには、スーパーヒロインが……。

 

『MINT JAMS』のサークル室。

私は椅子に座り、ムラサキさんは立っている。

「ムラサキさん」

「なあに、小百合さん」

「ムラサキさんって4年生ですよね。4月だから、今が就職活動シーズン真っ只中なんでは」

『どうしてそんなに暇(ヒマ)そうなんですか?』と訊こうとしたのである。

が、それを訊く前に、ムラサキさんの苦笑いが眼に飛び込んできた。

その苦笑いは何ですか。

『余裕をもって就活シーズンを過ごしてる』というコトで宜しいんでしょうか。

それほどまでに就活戦線が異常無し状態であると!?

 

就活の件は流されてしまった。

このサークルに入会したばかりだけど、曖昧な態度を取るコトがムラサキさんは多いというコトが早くも分かってしまった。

『この人は社会に出て上手くやって行けるんだろうか……』と思いつつ、CD棚を物色する小柄な4年男子をウォッチングしていた。

「あっ」

と言ったかと思うと、彼は振り向いてきて、

「今日はアツマさんが来てくれるよ」

と告知。

一気に私の気分が上がる。

アツマさんに会いたい。

ただ、ムラサキさんは、

「パートナーの愛さんも連れて来るってさ」

と付け加え。

羽田愛さん。アツマさんのカノジョさんである。

とうとうアツマさんのカノジョさんが私の前に姿を現す。

期待と不安がココロの中のミキサーでかき混ぜられる。

 

× × ×

 

ドアをノックする音が聞こえた。

アツマさんと愛さんが来たんだ。

アツマさんだけでなく愛さんも、この部屋に入ってくる……!!

私の緊張の度合いが急上昇。

しかし。

ドアを開けて入ってきたのは、アツマさんだけ。

 

アツマさんは開口一番、

「愛のヤツは諸事情で遅れてやって来る」

と。

えっ。

焦らしプレイ……ってコトバは適切じゃないような気がするけど、愛さんをさらに待たなきゃいけなくなった。

再び期待と不安が渦潮(うずしお)のごとくグルグルして、カラダがこわばる。

「小百合さんは熱心だな。おれが来るたびにサークル部屋に来てくれてて。サークルに馴染んでくれてて、嬉しいよ」

アツマさんのお言葉だった。

それから腕時計に眼をやるアツマさん。

「あと15分ぐらいで愛が到着する。遅刻は大目に見てくれ。難点だらけだけど、きっときみと気が合うと思うよ」

「気が合う……?」

アツマさんから微妙に眼を逸らして言う私。

「おれの直感ってだけなんだけどな」

 

それからアツマさんはムラサキさんと雑談を始めた。

男子ふたりの会話の内容が全然アタマに入ってこない。

カラダもココロもこわばっているから、雑談に耳を向ける余裕が無い。

 

そうして時は過ぎる。

椅子に座り続けの私の左方向から、軽くノックする音が聞こえてくる。

ついに愛さんが。

ついにアツマさんの恋人が。

けたたましいドラムのような鼓動が私の内部で鳴り響く。

緊張が最高潮に達する。

『彼女』が、ドアを、開く音。

 

 

 

× × ×

 

『晩ごはん要らない』

家族にそう告げた。

母に『どうして?』と訊かれたけど、首をブンブン振って、速足(はやあし)で階段まで逃げた。

 

そして2階の自分の部屋で、自分のベッドに突っ伏して、独りだけの時間を過ごしている。

つらかった。

寝返りが打てないぐらい、つらかった。

なぜか。

羽田愛さんに負けたから。

 

私が愛さんに勝ってるのは身長だけだ。

あんなキレイな女子(ひと)、今まで一度も見たコト無い。

しかもキレイなだけじゃない。キレイであると同時に、可愛らしさも容易に読み取れてしまう。

キレイかつカワイイなんて一番卑怯だ。

入室してきた彼女を見た途端に、全身に冷たさが走った。

冷たい感触が瞬く間に絶望感を形作っていった。

アツマさんやムラサキさんと喋っている愛さんを弱々しく見ていた。

彼女の話しぶりによって、

『ああ、この女子(ひと)、何でもできるスーパーヒロインなんだ。何でもできるから、レジェンドなアツマさんとピッタリ釣り合うんだ』

というキモチが芽生えてくる。

私の母校の高校でレジェンドな存在のアツマさん。そんな彼に憧れていた。実際に対面して、憧れはさらに膨らみ、『もっと近付きたい』という感情も抱いた。

だけど。

レジェンドな男子には、カリスマな女子が、よく似合う。本当によく似合う。

愛さんは自分のスペックを自慢したりなんかしない。

でも、分かっちゃう。同じ女子として。一撃で、愛さんのとんでもなく高いステータスを理解してしまう。

それとなく理解してしまう。私の全てのステータスが愛さんの半分以下であるコトを。

 

嫉妬じゃない。

嫉妬するエネルギーすら湧き上がらない。

負けて感じる虚脱感。

何も食べたくない。

突っ伏しているベッドから動きたくない。

 

『アツマさんが遠ざかっていく悪夢を見ちゃいそう』

 

そういう、つらさ。

愛さんを心からリスペクトできたら、納得して、アツマさんと適切な距離が保てる。

でもまだ心からリスペクトできていない段階だから、納得できない、消化できない。

未練のようなモノが残っている。

悪夢を見るかもしれない。

悪夢を見たなら、眼が覚めたとき、涙をこぼしているかもしれない。