アツマさんに、内定がまだ出ないらしい。
サークル部屋。
ほんとうに憔悴しきった感じのアツマさんが、椅子でうつむいている。
うなだれのアツマさん……。
遠慮気味に、ぼくは、
「あの、アツマさん…大丈夫…ですか?」
と声かけする。
「残念ながら、大丈夫じゃない。到底、大丈夫じゃない……」
青ざめた声で言うアツマさん。
これはマズい。
「…アツマさん、」
「……」
「いま、どんな音楽聴いたら、元気が出そうですか…?」
「……」
沈黙しきり。
音楽鑑賞どころじゃなさそうな領域に、アツマさんの就活地獄は……!
「ちくしょうっ」
いきなり叫んで、頭を掻きむしるアツマさん。
ビビって、ぼくは、のけぞってしまう……。
「ムラサキ、ごめんよ。ほんと、ごめんよ」
「い、いいんですよ。つらいんでしょう」
顔を上げて、ぼくに視線を当ててくる。
しかし、うつろな眼。
……ところで、サークル部屋にアツマさんとふたりきり、というわけではなく、星崎姫さんと八木八重子さんの女子コンビも部屋に滞在しており、やや遠めの距離から、踏んだり蹴ったりのアツマさんを見守っている。
不意に、アツマさんが、星崎さんに眼を向けて、
「星崎……。おまえが働くつもりだっていう、名古屋の芸能プロダクションって……、なんていう名前だったっけ」
「――それ訊いて、どうするのよ」
「……だよな。そんなこと訊き出したって、どうしようもねえよな」
星崎さんには、早い段階で内定が出たらしい。
芸能プロダクションが就職先っていうのは……意外だった。
「チャッカリしてて、いいよな」
「ホメてるつもりなの」
「ホメてるよ。ちゃんとしてるだろ、おまえは……。おれより、何百倍も」
星崎さんを立てるアツマさん。
立てられた星崎さんは…少し、ため息。
「やれやれ、ね。やれやれ、って言うしかないよね、八木さん」
八木さんに同意を求める星崎さん。
「――だね。やれやれ、って言いたくなるよ、わたしも」
あっさりと同意の八木さん。
女子コンビは、苦笑いで、お互いを見合う。
それから、
「たまには、戸部くんに、優しくしてあげようよ」
と星崎さんが八木さんに言って、
「賛成。わたしたちなりの、優しさで」
と八木さんが応え、それからそれから、
「――帰ろっか、星崎さん」
と告げる。
× × ×
帰ってあげること。
そっとしておいてあげるために、帰ってあげること……。
去り際に、星崎さんが、
「あとはよろしくね」
とぼくに言った。
笑い顔で星崎さんは言った。
星崎さんとは思えないくらいの……柔らかな笑い顔だった。
× × ×
「ムラサキ」
「…はい。アツマさん」
「ラーメンでも食いたいような気分なんだが」
「…」
「でも、やっぱり……いまの状態のおれに、ラーメンは、重すぎるのかもしれないって、思い直したりも……してるんだ」
アツマさん……。
「ラーメンを食べるかどうかすらも、迷いまくってる。じぶんのなかで、矛盾みたいなものが、せめぎ合っていて」
これは、重傷だ。
手当てしなきゃ。
だけど、ぼくに……なにができる??
――唐突なノック音。
部屋の入り口まで小走りに寄って、ドアを開ける。
20代中盤の女性。
それでいて、この大学の、2年生。
「……梢さんでしたか」
「ヤッホーヤッホー、ムラサキくん」
「……。
このタイミングで梢さん来たのは、ナイスタイミングだったかも」
「え?? なぜ」
「アツマさんがピンチなんです」
「あーっ、マジだー。燃え尽きかかってるね、アレは」
「わかりますか……」
「わかるよ。完全に、就活地獄の成れの果て」
「……助けてあげられませんか?」
「んーっ」
「お願いしますよ」
「――カウンセリング、してあげよっか」
「あ、ありがとうございます!!」
「高くつくよ」
「た、高くついたっていいです、なんでもしますからっ」