貝沢温子(かいざわ あつこ)です。
「スポーツ新聞部」が新体制になりました。
本宮(もとみや)なつきセンパイが部長で、2年のわたしは事実上の副部長ポジションです。
「事実上」は要らない気もしますけど、ね。
1年生。男子が2人、入部してくれたんですよ。
でも、ルーキー男子2人の詳細は敢えて伏せておきます。
読者の皆さまを焦(じ)らすみたいですけど。
えっ? 「焦らす理由」ですか?
んーっ。
いろいろあって、伏せるし、焦らすんですよ。
ハイ。
× × ×
今日の放課後は図書館に向かう。なつきセンパイには連絡済みだ。
本日はスポーツ新聞部員ではなく図書委員がわたしの仕事である。
図書館カウンター裏の話し合いができるスペースに入ったら、3年の春園保(はるぞの たもつ)センパイが既に革張りソファに腰掛けていた。
わたしは、ゴールデンウィーク明けにある図書委員主催の読書会について、春園センパイと打ち合わせるためにこのスペースに来た。
センパイの向かいの革張りソファが空いている。行って座る。
2人だけの打ち合わせなんだよね。
緊張しないと言ったらウソになる。
相手はセンパイ男子だし。
「貝沢さん。始めよーか」
軽いノリで真向かいの春園センパイが言ってくる。
「はい。始めましょう」
緊張を引きずりつつわたしは答える。
「本年度第1回読書会」
と春園センパイ。
「第1回ですね」
とわたし。
「1年生には初めての読書会だから、とっつきやすいテキストが適してるんだが……」
と言って、春園センパイはプリントを見ながら、
「芥川龍之介の『蜘蛛の糸・杜子春』。新潮文庫から出てるこれが第1候補だったワケだけど」
「第1候補ではありましたけど、春園センパイは疑問符を付けてましたよね? 『新入生を舐め過ぎるような感じが無い? 「蜘蛛の糸」は小学校の道徳の時間に読まされてるだろうし』って」
「うん。貝沢さんは良く憶えてるね。おれの考えは前回の会議から変わってない」
良く憶えてるね、とホメられた。
否定できない嬉しさ。
しかし、嬉しさに浸っている場合ではありえず、
「できれば、今日と明日でテキストを確定させたいですよね。芥川がダメなら、他の候補からチョイスしなきゃ」
「貝沢さんはどう思ってんの?」
わたしにも考えはあったので、
「村上春樹の『中国行きのスロウ・ボート』はどうでしょうか? もしくは、『風の歌を聴け』」
「ほほーーっ」
感嘆したようなリアクションでもってセンパイが、
「攻めるんだねえ。きみも」
「攻める?」
「1発目から村上春樹。攻めてると思うよ。アグレッシブだ」
「『中国行きのスロウ・ボート』は有力な候補に挙がってましたし、案外新入生にも食いつきが良いと感じたんですが」
「『風の歌を聴け』は候補になってたっけ」
「……すいません。今、初めて名前出しました」
「『風の歌を聴け』は高校生でも2時間もあれば読めちゃうとは思う」
とセンパイは言ってから、
「でも、刺激が強いかもね」
「中学を卒業したばかりの子も参加する読書会としては……ってコトですか」
頷くセンパイ。
どうしよう。
テキスト選び、難航しちゃってる。
『中国行きのスロウ・ボート』をわたしの案として押し通すのも1つの手。
なんだけど、押し通したとして、春園センパイ、納得してくれるのかな?
悩みかけていると、
「難航してるねえ。おれたちの打ち合わせ、『踊ってる』みたいだ」
「お、踊ってる?? ダンス??」
「知らない? 『会議は踊る』ってフレーズ」
「あーっ……。見たコトがあるような」
「こんな時は」
「こんな時は……?」
「打開策として」
後ろのカウンターの方を向いてセンパイは、
「『書架整理』だ」
書架整理。
つまり、本棚の整理整頓。
「書架整理が打開策になる理由って……?」
書架整理とテキストの選定が上手く結びつかないので、センパイの考えを聞こうとする。
だけど、
「理由は、書架整理に打ち込む中で、分かるものさ」
と、困ったコトをセンパイは言ってきたのだった。
「悩むより、立ち上がる。ボーっとするより、手を動かす」
続けるセンパイ。
「手を動かすコトの大事さは分かってます。でも果たして、本を並べ替えたりするのに熱中してる場合なのかどうか……」
「きみ、意外に頑固なんだねえ」
「ガンコ!? そ、そんなコト、言われたコト無い」
なぜか春園センパイは爽やかに笑い、爽やかな声で、
「きみのキャラクターがまた1つ分かって、嬉しい」
と。
わたしの胸の温度が少しだけ上昇していた。