【愛の◯◯】1年9ヶ月ぶりのセンパイとセンパイ

 

起きたら、もうこんな時間。

 

「いけない、寝坊しちゃった…」

手に掴んだデジタル時計を凝視しながら言うわたし。

 

――真横では、横向きに寝転んだあすかちゃんが、わたしを見ていた。

昨夜(ゆうべ)から、添い寝してくれていたのである。

 

「お、おはよう、あすかちゃん」

「おはようございま~~す」

「あ…あすかちゃんは、とっくに起きてたんでしょう?? どうして、わたしの横で、寝っ転がって……」

「ずっとおねーさんを見てたんですよ♫」

 

え、ええっ……。

 

「見てました。いつ目覚めるのかなあ? って思いながら」

「あすかちゃん……」

「おねーさんのキレイな寝顔は、見飽きない」

「お、おだてないで」

「おだててなんか、いませんけど?」

「……」

 

あすかちゃんは身を起こし、

「おねーさんのお寝坊の原因、なんとなくわかる」

と。

「たぶん、ハッスルしてたから、ハッスルの反動で消耗してるんだ」

「……ハッスル、って、いつのこと??」

「先週の日曜日のことですよぉ。すごいテンションで、ミヤジを接待してたでしょ?」

 

……たしかに。

 

先週の日曜日、あすかちゃんの彼氏になったミヤジくんを、この邸(いえ)でおもてなししてあげた。

 

ミヤジくんのおもてなしは、すこぶる楽しかったんだけど……その後反動がやって来て、調子は緩やかに下り坂になっていた。

 

わたし、未だに本調子じゃないんだ。

回復の途中……。

 

……でも。

 

「――早く身支度しないと、香織センパイと千葉センパイが来ちゃう」

 

わたしは慌てる。

ふたりのセンパイを待たせるわけにはいかない。

ベッドから立ち上がって、パジャマを脱ごうとする――が、

 

「焦らない焦らない、おねーさんっ」

 

と…あすかちゃんに…言われてしまう。

 

「女子校時代のセンパイが大事なのは、わかりますけど。急いては事を仕損じる……ですよねえ??」

 

「……」

 

ションボリになっちゃうわたし。

 

ションボリのわたしに対し、あすかちゃんは、

「まずは、ボサボサ髪を整えないと」

と言ってくる。

正論。

 

正論だから――ヘアブラシを、手に取る。

 

ブラシを持ちながら、

「あすかちゃん、知ってたっけ。

 このヘアブラシ、きょう来る香織センパイが――くれたものなのよ」

 

× × ×

 

髪を整えるのに時間はかかったけど、どうにか約束の時刻に間に合った。

 

香織センパイのくれたヘアブラシで髪を梳(と)かし、

千葉センパイのくれたリボンで髪を結んだ。

 

× × ×

 

ソファで、ふたりのセンパイは隣り合っている。

 

わたしから見て左に牧田香織(まきた かおり)センパイ。

右に千葉南(ちば みなみ)センパイ。

ふたりとも、わたしの1個上だ。

 

香織センパイは文芸部、千葉センパイは水泳部の所属で、女子校時代は――とってもお世話になっていた。

 

なにしろふたりとも、1年9ヶ月ぶりぐらいの登場なのだから、軽い解説は……当然必要になってくる。

 

…それは、いいとして。

 

「…おふたりは、互いに挨拶とか、されましたか?」

 

わたしはそう訊いた。

なぜなら、いま隣り合ってはいるけれど、香織センパイと千葉センパイ、接点が薄かったとしか思えないから。

同じ学び舎(や)に居たんだけど……文芸部と水泳部だったものね。

 

「うん。したした、挨拶」

香織センパイが答えてくれた。

「もう、打ち解けたよね。…ね、千葉さん??」

そう言って香織センパイは千葉センパイを見る。

「うんうん。わたし、香織さんのこと、香織『ちゃん』って呼んじゃう勢い」

と千葉センパイ。

「だったらわたしは、千葉さんじゃなくて『南ちゃん』って呼んじゃおっか」

と言って香織センパイが笑う。

「あいにくわたしは名字が千葉だけどね。浅倉じゃない」

「こらこら南ちゃん、そのネタ昭和だから」

「え~~?? ヒドい~~、香織ちゃん」

 

よかった。

すごく……打ち解けてる。

 

ホッとして、胸をなでおろす。

 

「――羽田さん、」

千葉センパイが、わたしの顔を見つめながら、

「きょうもキレイだね」

と言ってくる。

 

「……どうもありがとうございます」

「エヘヘ」

微笑(わら)う千葉センパイ。

微笑(わら)って、

「リボンで結んだ髪もステキ」

「……そうですか。

 あんまりおだてられ過ぎるのも、恥ずかしいですけど」

「そんなこと言わない、羽田さん」

「千葉センパイ……」

「あなたのことは、ホメられるだけホメてあげる。

 ――だってさ。できるだけ早く、元気を取り戻してもらいたいんだもの」

 

「……」

 

千葉センパイになんて言えばいいのかわからず、微妙な沈黙の時間が流れてしまう。

 

曖昧なリアクションしかできなくって、自己嫌悪のぬかるみに嵌りそうになった、寸前、

 

「――わたしも、南ちゃんと、まったく同じ気持ち。」

 

明るい笑顔で――香織センパイが、言ってくれた。

 

「わたしの愛情のことばを受け止めてよ、羽田さん」

 

「香織センパイ…」

 

「あなたに対してなら、優しい気持ちのこもったことば、いくらでも言えるんだ♫」

 

香織センパイ……そんなにも、わたしのこと……

 

 

「もーっ、可愛いんだから、羽田さんは☆」

満面の笑みの香織センパイ。

「パジャマみたいな格好なのも、すっごく可愛いよ☆」

……そうですか。