起きたら、もうこんな時間。
「いけない、寝坊しちゃった…」
手に掴んだデジタル時計を凝視しながら言うわたし。
――真横では、横向きに寝転んだあすかちゃんが、わたしを見ていた。
昨夜(ゆうべ)から、添い寝してくれていたのである。
「お、おはよう、あすかちゃん」
「おはようございま~~す」
「あ…あすかちゃんは、とっくに起きてたんでしょう?? どうして、わたしの横で、寝っ転がって……」
「ずっとおねーさんを見てたんですよ♫」
え、ええっ……。
「見てました。いつ目覚めるのかなあ? って思いながら」
「あすかちゃん……」
「おねーさんのキレイな寝顔は、見飽きない」
「お、おだてないで」
「おだててなんか、いませんけど?」
「……」
あすかちゃんは身を起こし、
「おねーさんのお寝坊の原因、なんとなくわかる」
と。
「たぶん、ハッスルしてたから、ハッスルの反動で消耗してるんだ」
「……ハッスル、って、いつのこと??」
「先週の日曜日のことですよぉ。すごいテンションで、ミヤジを接待してたでしょ?」
……たしかに。
先週の日曜日、あすかちゃんの彼氏になったミヤジくんを、この邸(いえ)でおもてなししてあげた。
ミヤジくんのおもてなしは、すこぶる楽しかったんだけど……その後反動がやって来て、調子は緩やかに下り坂になっていた。
わたし、未だに本調子じゃないんだ。
回復の途中……。
……でも。
「――早く身支度しないと、香織センパイと千葉センパイが来ちゃう」
わたしは慌てる。
ふたりのセンパイを待たせるわけにはいかない。
ベッドから立ち上がって、パジャマを脱ごうとする――が、
「焦らない焦らない、おねーさんっ」
と…あすかちゃんに…言われてしまう。
「女子校時代のセンパイが大事なのは、わかりますけど。急いては事を仕損じる……ですよねえ??」
「……」
ションボリになっちゃうわたし。
ションボリのわたしに対し、あすかちゃんは、
「まずは、ボサボサ髪を整えないと」
と言ってくる。
正論。
正論だから――ヘアブラシを、手に取る。
ブラシを持ちながら、
「あすかちゃん、知ってたっけ。
このヘアブラシ、きょう来る香織センパイが――くれたものなのよ」
× × ×
髪を整えるのに時間はかかったけど、どうにか約束の時刻に間に合った。
香織センパイのくれたヘアブラシで髪を梳(と)かし、
千葉センパイのくれたリボンで髪を結んだ。
× × ×
ソファで、ふたりのセンパイは隣り合っている。
わたしから見て左に牧田香織(まきた かおり)センパイ。
右に千葉南(ちば みなみ)センパイ。
ふたりとも、わたしの1個上だ。
香織センパイは文芸部、千葉センパイは水泳部の所属で、女子校時代は――とってもお世話になっていた。
なにしろふたりとも、1年9ヶ月ぶりぐらいの登場なのだから、軽い解説は……当然必要になってくる。
…それは、いいとして。
「…おふたりは、互いに挨拶とか、されましたか?」
わたしはそう訊いた。
なぜなら、いま隣り合ってはいるけれど、香織センパイと千葉センパイ、接点が薄かったとしか思えないから。
同じ学び舎(や)に居たんだけど……文芸部と水泳部だったものね。
「うん。したした、挨拶」
香織センパイが答えてくれた。
「もう、打ち解けたよね。…ね、千葉さん??」
そう言って香織センパイは千葉センパイを見る。
「うんうん。わたし、香織さんのこと、香織『ちゃん』って呼んじゃう勢い」
と千葉センパイ。
「だったらわたしは、千葉さんじゃなくて『南ちゃん』って呼んじゃおっか」
と言って香織センパイが笑う。
「あいにくわたしは名字が千葉だけどね。浅倉じゃない」
「こらこら南ちゃん、そのネタ昭和だから」
「え~~?? ヒドい~~、香織ちゃん」
よかった。
すごく……打ち解けてる。
ホッとして、胸をなでおろす。
「――羽田さん、」
千葉センパイが、わたしの顔を見つめながら、
「きょうもキレイだね」
と言ってくる。
「……どうもありがとうございます」
「エヘヘ」
微笑(わら)う千葉センパイ。
微笑(わら)って、
「リボンで結んだ髪もステキ」
「……そうですか。
あんまりおだてられ過ぎるのも、恥ずかしいですけど」
「そんなこと言わない、羽田さん」
「千葉センパイ……」
「あなたのことは、ホメられるだけホメてあげる。
――だってさ。できるだけ早く、元気を取り戻してもらいたいんだもの」
「……」
千葉センパイになんて言えばいいのかわからず、微妙な沈黙の時間が流れてしまう。
曖昧なリアクションしかできなくって、自己嫌悪のぬかるみに嵌りそうになった、寸前、
「――わたしも、南ちゃんと、まったく同じ気持ち。」
明るい笑顔で――香織センパイが、言ってくれた。
「わたしの愛情のことばを受け止めてよ、羽田さん」
「香織センパイ…」
「あなたに対してなら、優しい気持ちのこもったことば、いくらでも言えるんだ♫」
「香織センパイ……そんなにも、わたしのこと……」
「もーっ、可愛いんだから、羽田さんは☆」
満面の笑みの香織センパイ。
「パジャマみたいな格好なのも、すっごく可愛いよ☆」
……そうですか。