今日は、葉山先輩のバースデー!!
というわけで、センパイにお邸(やしき)に来てもらって、お祝いを始めている。
リビングで向き合ってお喋りしているわたしとセンパイ。
「羽田さん。わたしこの前、あなたが戸部くんを好きになりたての頃を思い出してたのよ」
「へえー、わたしが高1のとき?」
「そうよ」
思い出を話すセンパイ。
しかし、
「おかしいな。センパイが記憶してる時期よりあとで、わたし、アツマくんのことを意識するようになったと思うんだけど」
「エッ、ほんとう?」
「ハイ。互いの記憶が食い違ってる」
「おかしいわね」
「おかしいですね。辻褄が合わない」
「これって、つまり……」
「このブログが『整合性』という点においていかにいい加減かということです」
思わずクスクスと笑い合ってしまうわたしたち。
「あとでブログの『中の人』は罰ゲームですね」
「お説教しとかないとね」
× × ×
「センパイセンパイ。茶番もまたそれはそれで良いんですけど」
「なーに」
「お茶にしませんか?」
「あっ、良いわねえ」
「センパイにメロンソーダ持ってきてあげます」
「ありがとう。嬉しいわあ」
グラスに入れたメロンソーダとアイスコーヒーを運んで戻ってきた。
ストローでアイスコーヒーを一気に飲み切ってしまうわたし。
「はーっ」
出てしまう溜め息。
「どうしたの? 羽田さん」
心配されてしまう流れ。
わたし、実は……。
「……ごめんなさい、くたびれてるんです」
「それは心配」
センパイがやや距離を詰めて、
「原因があるの?」
「原因は、かくかくしかじかで」
「いやいや、かくかくしかじかじゃ分かんないでしよ」
「ですよね……」
沈んでいく肩。
カンペキに下向き目線になって、
「ちゃんと言います。ハリキリ過ぎたんです、わたし。センパイのバースデーを盛大に祝福できるように頑張ろう!! って。それで……」
「チカラが入り過ぎたってことね」
「はい。準備でチカラが入り過ぎちゃって、今、カラダにあんまりチカラが入らないんです」
「大変じゃないの」
こくん、と弱く頷いて、
「ちょっと……立つのが、つらいかも。美味しいもの、せっかくいっぱい用意してたのに。この日のためにって」
センパイがさらに距離を詰めた。
「まだ不安定なのよね。去年落ち込みに落ち込んだのが、尾を引いてて」
頷き、
「情けないな、わたし」
と言うが、
「情けなくなんかあるもんですか」
と、お母さんであるかのような口調でセンパイに言われてしまう。
「無理をしたい気持ちは理解できるけど、チカラの入れどころと抜きどころを、もっと考えるべきだったわね」
さらにさらに彼女はわたしに寄り添って、
「もっとも、反省したってどうしようもない。今肝心なのは、あなたの元気をどう取り戻すかってコト」
「困ったな……。明日美子さん、たぶん爆睡中で起きて来られない。他のお邸(やしき)メンバーも、ことごとく外に出ていて……」
「だいじょうぶよ。わたしがなんとかしたげるから」
「え、なんとかする、って」
「いろいろしてあげる。おねえさんに任せなさい」
「センパイが、おねえさん……??」
照れ笑いで、
「おねえさん兼おかあさん、かなぁ」
とセンパイは言って、
「とりあえず」
と……わたしを抱き寄せていく。
わたしのカラダがふわりとセンパイのカラダに包まれる。
張り詰めていたメンタルが、かなり和らぐ。
くたびれも薄らぐ。
「センパイのカラダ、やわらかい」
甘えたくなる。
「やわらかい、やわらかい」
苦笑で、「羽田さん、『やわらかい』しか言えないような感じになってない?」とセンパイ。
その指摘が少しくすぐったかったけど、
「だって、センパイがやわらかいんだもん」
としか言えない。
「しばらくあっためてあげるわ。……抱く強さ、だいじょーぶ?」
「だいじょーぶ。センパイ、アツマくんとは違った意味で、わたしを抱くのがじょうず……」
「もーっ、イヤらしいこと言うんじゃないわよー」
「言ってないもん。」
「あはは、コドモなんだから」
× × ×
その後2時間に渡って、センパイはいろんなことをわたしにしてくれた。
× × ×
幸いなことに明日美子さんが起きて来てくれて、わたしのピンチはどうにかなった。
再びふたりきりになって、わたしはセンパイに頭を下げて、
「ごめんなさいでした。情けなかったです。誕生日祝いの主役のセンパイに、迷惑かけちゃった」
「ダメよー羽田さん。あんまり謝ってばかりいると、今日はもうコーヒーを飲ませてあげないわよ?」
「えー、センパイきびしいー」
「今のは、まあ冗談」
「『まあ』ってなんですか、『まあ』って」
「アハハ」
「もうっ、センパイったら」
さて……わたしは、背筋をピン! として、センパイの麗しい顔を見つめて、
「あらためて。葉山先輩、23歳のお誕生日、おめでとうございます。」
「ありがとう。23歳に『なっちゃった』とも言えちゃうけれど……ま、もうワンステップ、オトナになれたってことで」
「センパイは成長もしてるし、成熟もしてるって思いますよ?」
「せいじゅく!?」
どうしてそんなにリアクション派手かなー。
「成熟です、成熟」
そうわたしは言うのだが、両手の人差し指を突(つつ)き合わせて、センパイは、
「イマイチ、呑み込めない」
と言うばかり。
「コトバが呑み込めなくても、食べ物は呑み込んでくださいね」
「もうゴハンの時間!?」
「少し早いかも、ですけどね。わたし完全回復できたんで、お料理仕上げてきます。あと、小泉さんが、仕事場からもうすぐ邸(ここ)にやって来るはず」
「小泉の仕事場は……」
「泉学園」
「一人前の教師なのよね、小泉も」
「スーツ着て邸(ここ)に来るかなあ、小泉さん。教師らしくスーツに身を包んだ小泉さんをイメージすると、ワクワクして胸が高鳴っちゃう」
「おーげさおーげさ、羽田さん」
× × ×
ふたりでお料理を突っついていると、インターホンが鳴り響いた。
小泉「先生」のご到着である。
「座ってください座ってください、小泉さん」とわたし。
「テンション高いねえ、羽田さん」と小泉さん。
小泉さんの全身を数十秒間かけて隈なくチェックするわたし。
ソファに座った小泉さんが、
「どしたの?? 眼をそんなに泳がせて」
「泳いでません。……感激してます、感激してるんです。小泉さんのスーツ姿、とってもサマになっていて……」
「へ!?」
派手にビックリするスーツ姿の小泉「先生」。
「教え子役がしたい、わたし」
「なっなにゆーの羽田さん」
「だって高校教師でしょ。先生なんでしょ。小泉『先生』って呼ばせてくださいよ」
「ん、んーと、羽田さん、弟さんは……利比古くんは……まだ、帰ってこない??」
「話を逸らしちゃイヤです」
「えええ……」
「アッでも、良く考えてみれば、小泉先生仕事終わりで、わたしなんかより何倍も何十倍もくたびれてるんだ。やっぱり――癒やしてあげたいかな☆」
葉山先輩に助けを求めようとする小泉先生。
「どうぞ美味しいお料理お食べください小泉先生。そのあとで、わたし先生をほぐしてあげる。ホグホグほぐしてあげたあとは、念願の教え子役になって――」
「ど、どーしよ、葉山ぁ。羽田さんが止まんないよ」
「コイズミ、コイズミ」
「な、なんなのその下心ありそうな顔」
「だって小泉がスーツ身にまとうと、意外なスタイルの良さがあらわになるんだもん」
「は、葉山っ!! バカッ!!」
「『バカッ!!』って言うのももちろん良いのよ? でも、できたら、お誕生日のわたしに、祝福のコトバを」
「あー……そうだよね。
葉山。
ハッピーバースデー。
ほんとうにおめでとう。
これからも、ずーっと親友でいてあげるからね。」
「ありがと。すごく嬉しい。小泉はいつにもましてグラマーだし……」
「なんでヒトコト多いの!?!? 感動的な雰囲気になりかけてたのにブチ壊しじゃないのっ」
「仕事疲れを感じさせない小泉ね」
「ですねえセンパイ」
『羽田さんまで……』と言いたげに、泣きベソをかく寸前の小泉先生。