昨日は羽田さんと楽しく過ごすことができた。途中から仕事帰りの小泉も加わった。小泉をおちょくることができたのも良かった。
昨日の楽しさのせいか? 今朝はずいぶんと早く眼が覚めた。ひと通り身だしなみを整えてから、ノートパソコンを起動させた。麻雀の魂的な某ブラウザゲームをプレイし始める。
コンコン♫ とノック音がして慌ててPCを閉じ、部屋の扉へ歩み寄る。きっとお母さん。
『むつみ、起きてるー?』
ほら、お母さんだった。
扉越しに、
「起きてる」
『よかった起きてた。おはよう♫』
「おはよう」
扉を半分開けたお母さんが、
「よしよしいい子いい子。今から朝ごはんを作ってあげるからね」
「なーんか、小学生の娘に接してるみたいね。わたし昨日で23歳になったってゆーのに」
「おめでと〜〜!」
「お、『おめでとう』なら、昨日お母さんにはもう言われたからっ!!」
「遅れてきた反抗期なの?」
「ちがう」
× × ×
11時前。八木八重子とLINEでやり取りしていたら、またもやコンコン♫ とノック音。
今度はわたしが扉を開けて、
「お母さんどうしたの、用事?」
「用事じゃないよ。今日は、お昼ごはんもお母さんが作ってあげるから」
「エッ、朝も昼もお母さんが」
「ダメなの?」
「ダメじゃないけど……なんか悪いかな、って。お昼ごはんは、わたしも手伝いたい。手伝うべきだと思うし」
「ゆっくりしてなさいよ、むつみは」
「でもっ!!」
ふわっ、とわたしの頭にお母さんの手が置かれた。
ナデナデしながら、
「お母さんにお任せよ、今日ぐらい」
と言うお母さん。
「どうしてよ」とわたし。
しかし、「どーしても」というお母さんの返事が返ってきて、困る。
そして頭頂部は依然ナデナデされっ放し。
× × ×
「むつみ。スペシャルウィークって分かる?」
「サンデーサイレンス産駒。主戦は武豊。主な勝ち鞍はダービー、春と秋の天皇賞、ジャパンカップ……」
しまったっ。
『スペシャルウィーク』と言われて条件反射で、お馬さんをイメージしてしまって……!!
お母さんはニヤニヤ笑っているし。
失策。
『娘もしょーがないわねー』っていうココロの声が聴こえてきそう……。
「ま、特別な1週間ということで」
微笑を絶やさない眼の前のお母さんは、
「なんてったって、むつみの誕生日の週なんだから。むつみのためにありったけのサービスがしたいのよ」
「それで、今日の朝も昼も、お母さんが料理の腕をふるってくれて」
「大正解」
素直に、「美味しかった。ほんとにありがとう」と感謝して、「さすが、わたしのお料理の先生」と付け加える。
それから、「わたしにお料理教えてくれてありがとう、お母さん」という感謝のコトバも。
こういうやり取りのあとで食後のティータイムに突入した。紅茶もお母さんが提供してくれる。
「むつみをビックリさせちゃおっか」
「えっ、サプライズ?」
「サプライズ」
「なんなの、いったい」
「晩ごはんは……お父さん。」
それって。
「おとーさんがつくった、ゴハンが、たべられるってこと……。おかーさん」
「なんで赤面しちゃうかな」
「げ、激(げき)レアじゃない!?」
「激レア?」
『役満よりも発生確率低いよね……』というコトバを必死に呑み込んで、
「ぜ、ぜ、ぜんぜんおりょーり作んないじゃない、おとーさんって」
「でも、作ってくれる時は、とってもとっても美味しいモノを食べさせてくれる」
「うん……。間違いなく、葉山家ではお父さんがいちばんの料理上手」
「シッカリ味わうのよー、むつみ」
お母さんが言う。
頷きながらもドキドキしてきた。
× × ×
お父さんが食器をゴシゴシ洗っている。
わたしはお父さんの背中の3メートル前に立つ。
お父さんがわたしに背中を向けたまま、
「むつみ、どうしたかー? おれの味つけに不満でもあったか。無理もないか、おまえぐらいの歳にもなれば、味の好みだって変わるよな」
「なに言うの、不満なんてこれっぽちも……」
「オー」
普段よりもずいぶん若々しい勢いの声で、
「要らん心配だったみたいだな。おれの腕も鈍ってないし、おまえの舌も、おれが作ったモノにフィットしてくれた。ハッピーだ」
「お父さんの作ってくれるモノが、わたしの口に合わないわけないじゃないの。そこんところは、もうちょい……理解を深くしてほしい、と思う」
スリッパを履いたわたしはペタペタとお父さんの背中に歩み寄る。
距離が30センチぐらいしかない。
「晩ごはん作ってくれて、ありがとう。おとーさんのこと、もっともっと、ダイスキになっちゃった」
背中に引っ付いちゃうわたし。
23歳らしからぬ幼い甘えボイスで、
「おとーーさんっ。いつもささえてくれて、ありがとーっ」
と言い、それから砂糖菓子のような甘さの声で、
「わたし、がんばるわ。がんばりたいこと、いろいろあるの。いまはヒミツなことも、なかにはあるけど」
と伝えて、ギューッ、としていっちゃう。
「ヒミツ、か」
ギューッ、とされたお父さんが、
「楽しみが、増えちまった」
と、お皿を拭きながら、嬉しそうに、コメント。