カフェ。テラス席。
わたしの右斜め前に座っている1年生の敦賀由貴子ちゃんに、
「ねえねえ。由貴子ちゃんってこの前、サークル部屋で『ザ・ファブル』の単行本を読んでたわよね」
「良く憶えてますね、愛さん。流石です」
と由貴子ちゃん。
「意外だったわ」
とわたし。
「意外? 『ザ・ファブル』を読んでたコトがですか?」
「そうよ由貴子ちゃん。ヤングマガジンの漫画作品とか1つも言えないと思ってたのに」
「えー」
由貴子ちゃんはほんの少しだけ不服げに、
「『ザ・ファブル』面白いじゃないですかー。アニメも今やってるんですよー?」
わたしは由貴子ちゃんに暖かい視線を注ぎつつ、
「少女漫画大好きっ子だと思っていたわ」
と言いつつ、
『由貴子ちゃんのブラウスが可愛い。わたしよりファッションに詳しそう。後で今日のコーデについて詳細に訊いてみたいわ』
とココロで思う。
「えぇー。少女漫画だけ読んでるワケじゃ無いですからー。わたしの漫画読みは『バランス感覚』なんですよ。ヤンマガやヤンジャンだって読むし、ビッグコミック系の雑誌に載ってるような、おじさんやおじいさんが読むような漫画にだって眼を通すんですから」
それはスゴい守備範囲ね。
野球で喩えるなら、守備範囲の広い外野手みたい。
新1年生にして、わたしよりも漫画に詳しそう。
ここで、わたしの左斜め前に座っている、由貴子ちゃんと同じく1年生の小松まなみちゃんが、
「決めつけるのは良くないですよー、愛さん」
と軽くたしなめる。
「そうね。そうだったわ。由貴子ちゃんゴメンね」
素直に謝るわたし。
ただ、
「でもね。わたしの前代の幹事長が高輪ミナさんっていう女子だったんだけど、彼女が少女漫画大好きっ子で。まるで全身少女漫画! みたいなキャラクターで」
由貴子ちゃんを再度暖かく見つめ、
「あなたに高輪ミナさんの面影を感じたりしてたのよ」
きょとーん、な由貴子ちゃん。無理も無い。
「余計なコト言っちゃったかもね」
ほんの少し反省、するんだが、
「ところで」
と由貴子ちゃんから視線を外さずに言い、
「ところでところで」
と焦(じ)らし、
「由貴子ちゃんに訊きたいコトがあるの。漫画とはまた違うコト」
可愛いブラウスの彼女はやや首を傾げ、
「どんなコトですか?」
「新山(しんざん)ブンゴくん、いるじゃない」
「2年のブンゴ先輩がどうかしたんですか?」
「どうかしたのか、と、ゆーよりも」
わたしはもう1段階楽しい気分になって、
「あなた、ブンゴくんのこと、どう思ってるの?」
由貴子ちゃんは女子高生みたいにビックリして、
「ぶ、ブンゴ先輩を、どう思ってるか!? どどどどうしていきなりそんなコトを……!!」
「京都は大阪から近いでしょう」
「……」と由貴子ちゃんが口を半開きで呆然。
「ブンゴくんは京都出身。由貴子ちゃんは大阪出身。まあ、2年生会員には古性(こしょう)シュウジくんもいて、シュウジくんとあなたは大阪の高校で先輩後輩の間柄で。ここらへんが事態を複雑にしてるんだけど」
話しながら、『わたしってイヤな女だわ』と内心で反省したりする。
そんなわたしに向かって、
「あの……愛さんは何がおっしゃりたいんでしょうか」
とシリアスに傾きかけた声で由貴子ちゃんが問うので、
「京都と大阪の相性がどうなのか、というのと」
と言い、それから、
「ブンゴくんだけどね。彼、サークル部屋に居る時、由貴子ちゃんをジーッと眺めてるコトがあるのよ」
頬に赤みの兆した大阪ガールの由貴子ちゃんが、
「そんなコト、わたし、知らなかった」
「わたしだから知ることができたのかもね。ブンゴくん、あなたに注目してるみたいなの」
「注目って、なんですか……?」
「由貴子ちゃん、それはあなた自身で考えましょうよ。大学生になったのよ? もう女子高生じゃないんだから」
「自分で考えるって言ったって……」
「大学の授業で先生が言わない? 『自分の頭で考えよう』って」
ここで、
「あのあのあのー」
と、左斜め前のまなみちゃんがわたしたちの問答に割って入って、
「由貴子ちゃんをあんまし困惑させるのも如何(いかが)なモノなんでしょうかー」
と苦笑いで言う。
なんか怒られちゃった。軽くたしなめられる程度ではあるけれど。
「それもそーかもねえ」
由貴子ちゃんの眼をちゃんと見てあげながら、
「ロイヤルミルクティーもう1杯おごってあげるわ」
「わたしに!?」
「そうよ、あなたによ」
また、左斜め前から、
「罪滅ぼしですか」
とまなみちゃんの呆れ気味な声。
わたしはまなみちゃんに眼を転じる。
今日のまなみちゃんのオーダーはアイスコーヒーだった。わたしとの相違点は、ガムシロップを入れてコーヒーを甘くしちゃうコト。
身長約165センチ、短髪、ボーイッシュでカラダを動かすのが好きな女の子。
そんなまなみちゃん、今日の装いはとってもカジュアル。
この装いのままスポーツができそうなカジュアルさだ。
今の彼女はわたしの由貴子ちゃんへの『詰めぶり』に呆れ加減で、それで苦笑いしているみたい。
わたしだって良心という美徳が無いワケじゃ無いから、
「まなみちゃんは厳しいのね。その厳しさを大事にしてほしいわ」
と言って、
「たしなめられて当然よね。わたし、さっきから由貴子ちゃんに対して有るコト無いコト言い過ぎてる」
ボーイッシュな苦笑いでまなみちゃんは、
「自覚あるのなら、由貴子ちゃんにちゃんと『ゴメンナサイ』をしないと」
「うん」
わたしは、有るコト無いコトを言い過ぎてしまった由貴子ちゃんにまた視線を寄せて、
「暴走しちゃったみたい。ゴメンナサイ由貴子ちゃん。こんな面倒くさい幹事長でゴメンね」
と謝罪。
「よくできました」
とわたしをホメたのは、まなみちゃん。
「……」と、笑ってわたしは流し目。
たじろがない強(きょう)キャラな彼女は、
「すみません。3つ上の先輩に『よくできました』なんて言っちゃって」
「良いのよ。わたしが4年だからって関係無い。まなみちゃん。わたしを制御する役になってくれるあなたが好きよ」
「アハハ……」
苦笑いに、照れ笑いの兆し。
「ねぇ」
優秀なまなみちゃんに対し、少し前のめりの姿勢になって、
「まなみちゃん、もしかしなくても、拳矢(けんや)くんと成清(なりきよ)くんの3年生男子コンビには、もっともっと厳しいんでしょう?」
「良く分かっていらっしゃいますね」
「わかるわよー」
3年生男子コンビには厳し過ぎるくらいがちょうど良い。
まなみちゃんにはその厳しさを大事にしてほしい。
そういう気持ちをアイコンタクトだけで伝えてみる。
気持ちは通じ合うことができて、わたしとまなみちゃんは互いにクスクスと笑い合う。
由貴子ちゃんのためにロイヤルミルクティーをオーダーしてあげるのも忘れない。
女子会がもう1段階盛り上がっていきそうだ。