サークルのお部屋に入った。
侑(ゆう)と新田くんが先に入室していた。2人は向かい合い。
わたしは幹事長なので、幹事長の「指定席」に座る。
わたしから見て左斜め前に新田くんがいて、右斜め前に侑がいる。
こういう向かい合いはもはや「定番」。
ただの向かい合いならばいいのだが、この2人、「折り合い」があんまりよろしくない。
攻撃的なのは侑のほうで、新田くんに厳しく当たるパターンが定着している。
今はといえば、侑はスケッチブックにお絵描きをしていて、新田くんは週刊少年ジャンプを読むのに没頭。
2人の間にあるのは沈黙。時折ピリピリとしたようなモノも感じ取れてしまう沈黙。
わたしはこういうある種の殺伐さも嫌いではない。
だって、面白いんだもの……。
こういう殺伐さを楽しめるのって、わたしの性格の悪さに起因してるんだろうな、たぶん。
「先々週の週刊少年チャンピオンがやけに薄かったんだよな」
週刊少年ジャンプをいったん閉じた新田くんがそんなことを言った。
「電子版に移籍した連載が何作品かあるから、一時的にレギュラー連載の数が少なくなってる。それが雑誌が薄い理由なんだろう」
そう言って、独りでうなずく。
わたしは新田くんに、
「電子版って、『マンガクロス』みたいな?」
「そう。よく知ってるね羽田さん。本誌掲載だった2つの作品が最近『マンガクロス』に移籍したんだ」
わたしは最近のチャンピオンを追えていなかったから、
「2つの作品って、どれとどれ?」
と訊いてみる。
新田くんが口を開きかけた……のだが、
「相変わらずマニアックなトピックほどお喋りが止まらないのね、新田くん」
と、侑の横槍が入ってきた。
侑の横槍がマトモに突き刺さった新田くん。
うろたえる。
さらに侑は、
「あなた、週刊少年漫画雑誌のことばかり考えてるみたいだけど、大丈夫なの!?」
「い、いや、俺は、そのコトばっかり考えてるというのとは、少し、違って……」
「シューカツ」
「??」
「どうして眼がクエスチョンマークみたいになってるのよっ。シューカツよ、シューカツ!! 就職活動の、略!!」
第2の横槍として就職活動のコトを持ち出す侑。
やっぱりシビアだ。
「新田くんあなた、これからどーするの!?」
苛烈な口調で新田くんを攻め倒す侑。
そっかぁ。
侑にも新田くんにも就活シーズンが迫ってるのよねー。
わたしは留年確定だから、シーズン到来とは無縁。
『無縁な分のんびりできる』ってポジティブに割り切ってる。
だけど、この2人にとっては割り切れるわけがない。
「新田くんには覚悟が足りないのよ」
ヒステリックな色さえ帯びた声で侑は口撃(こうげき)。
口撃対象たる新田くんの手元の週刊少年ジャンプを指さして、
「あなた、漫画家になるための『就職活動』はしないわけ!? 週刊少年ジャンプにだって新人賞があるでしょう!? 本気で漫画家になりたいのなら、新人賞に応募したりするものなんじゃないの!?」
曖昧に苦笑いの新田くん。
その苦笑いがマズかったのか、
「だいたいあなたは取り掛かりが遅いのよ。遅すぎるんだわ。本気で『なりたい』のなら、とっくに投稿を始めてるはず。だけどあなたは、いつまで経っても作品の構想を練る段階に留まっていて……」
苦笑いを続けつつも、新田くんはチカラなく、
「大井町(おおいまち)さん。俺、図星だよ」
と、降参の意を示す。
『図星だよ』と言われた侑。
スケッチブックを両手で強く握りしめている。
強く握りしめすぎて、スケッチブックの表紙に穴が開いちゃいそう。
「ちょっとちょっと侑。大事なスケッチブックなんだから、大切に扱わないと」
わたしが柔らかくたしなめると、スケッチブックを机上(きじょう)に置いて、うつむいた。
新田くんは湿っぽい表情になっている。
優しいキモチを籠めて、わたしは2人に、
「これは個人の感想なんだけど」
と言って、それから、
「微笑ましいわよね。あなたたち2人のやり取りって」
思わず侑が顔を上げた。
「好きなのよ。侑と新田くんのコンビの『掛け合い』が」
「こ、こ、コンビ!?」
侑は急激に焦り始めて、
「漫才だとか、そんなふうに見てたわけ!? わたしと新田くんがコンビだなんて、絶対の絶対にあり得ない……!!」
「落ち着きなさいよ」
「落ち着けないわよっ。愛、あなたがあることないこと言うせいで……!!」
「だからあ、落ち着きなさいってー」
わたしは明るくたしなめて、そしてそれから、
「落ち着いてくれたら、あなたが『2月が終わるまでに1度は行ってみたい』って言ってたお店のハニートースト、おごってあげるんだけどなー」
侑がピタリ、と固まった。
わたしは知っているのだ。
侑がいちばん幸せそうに食べるスイーツは、ハニートーストだ、ということを。