【愛の◯◯】宴(えん)もたけなわ

 

漫研ときどきソフトボールの会』OGの秋葉風子(あきば ふうこ)さんがアツマくんと会話している。

「アツマくんどーよ、羽田さんとの生活は?」

いきなり核心に迫る秋葉さん。

わたしのパートナーたるアツマくんは煮えきらず、

「どうってことねーよ。ときどきケンカするけど、すぐに仲直りする」

「わあ」

すごく楽しそうな顔になって秋葉さんは、

「憧れちゃう」

「は? なぜ憧れるか」

とアツマくんは。

なんにも分かってないのね……と思いながら、わたしは互いのやり取りを見つめる。

ついついニヤリとして見つめてしまう。

「わたし、わたしの彼氏のところに通ってるだけだし。アツマくんと羽田さんみたいに『ふたり暮らし』じゃないんだし」

そう言って眼を細め、

「ステキで、憧れる」

と秋葉さんは。

それから、

「ねえ……アツマくん……」

と、彼女は明らかに意図的に、コテコテの少女漫画ヒロインみたいな雰囲気を醸し出させて、

「お願いがあるの……わたしのこと、『風子』って、下の名前で呼んでくれないかしら……?」

やはりタジタジになったアツマくんは、

「りょ、料理、運んでくるっ」

と彼女に背を向ける。

逃げ上手。

 

脇本くんがわたしの近くにいたから、寄っていって、

「このお邸(やしき)の感想は?」

「うーん……」

20秒から30秒ぐらい考えたあとで、

「豪邸。豪邸で、『アツマさんの家系はいったいどんな家系なんだろう?』って思ってしまう」

あー。

「気になるのも無理ないわよね。でも、いろいろとそこの事情はフクザツで。フクザツな理由は、まあ諸事情とゆーかなんとゆーか」

「いや、詮索なんかするつもりはないよ」

「そーしてあげて」

わたしはすぐ近くのテーブルに置いてあったワイングラスを手に取って、

「乾杯しましょうよ、脇本くん。わたしの誕生日祝いの乾杯。それと、お互いサークルの『幹部』になったんだから、その記念という意味でも乾杯を」

「だね。羽田さんは幹事長、僕は副幹事長」

副幹事長たる脇本くんもワイングラスを手に取る。

 

乾杯後、

「成清(なりきよ)くんも、邸(ここ)にようこそ」

と、後輩2年生男子クンに近づいていく。

持ち前の性格の悪さをフル稼働させて、ぐんぐんと成清くんに歩み寄っていき、顔を見上げて顔を覗き込むようにして、

「もうグランドピアノは見た?」

今年度1番のたじろぎ状態になった後輩男子クンは、

「いいえ……まだです」

「そっか~~」

少し距離を離してから、

「もう少し待っててね、案内したげるから。あなたはたぶん、わたしのピアノ演奏が待ち遠しいんだと思うけど」

「……はい」

遠慮気味の返答だったので、

「わたしなんでも弾けるのよ。例えば、ザ・ビートルズの全楽曲」

驚きながらも彼は、

ビートルズを例に出した理由は!?」

「え。タイムリーヒットな話題じゃないの。新しい音源が発表されたってニュースになってたでしょ」

それからわたしは、

「成清くんは絶対にジョン・レノン派よね。ビートルズ時代って、ポール・マッカートニーのほうが目立ってた印象強いけど」

と、成清くんが「ジョン派」だと決めつける。

 

× × ×

 

いわゆる『赤盤』『青盤』(ビートルズのベスト盤)しか成清くんは聴いたことが無かったらしい。

ま、それもよし。

 

さて――言うまでもなく今日はわたしの21歳バースデーなわけで、大勢のお客さんもこのお邸(やしき)にやって来ている。

といっても、わたしの知り合いを全部呼ぶと収拾がつかなくなるので、本日の来客は『漫研ときどきソフトボールの会』関係者限定。

去年のバースデーのときは、抽選で会員のうち7名だけ邸(ここ)に来たんだけど、去年来なかったサークルの人もほぼ全員、今年は招待している。

 

大井町侑(おおいまち ゆう)もその1人だ。

昨年度はハッキリ言って仲が良くなかった。侑は『誕生日おめでとう』を言うことすらも拒んでいた。

あれから様々なコトを経て……侑と仲良しになり、互いを下の名前で呼び捨てするようにもなった。

 

黒髪でキリリとした顔の同い年の女子が窓際に立っているのを見つけて、歩み寄っていく。

「遠慮してるんじゃないの? 侑」

日本酒の注がれたロックグラスを持ちながら言ってみる。

「そういうわけじゃないから」

答える侑。

わたしは左手で素早く侑の右手を取った。

「な、なにするの、愛」

「親睦の証よ」

「なにそれ」

「侑。あなたがわたしのバースデーパーティーに来てくれたこと、『今日うれしかったこと』のベスト3に確実に入るわ」

徐々に侑のほっぺたが赤くなっていく。

「なによー、あなたまだそんなにアルコール摂取してないでしょ? どーしてのぼせるのよ」

彼女は斜め下目線で、

「少し恥ずかしい気持ちになったから」

「『からかわないで!』ってわたしにツッコめないぐらいに?」

「……」

困ってしまう侑。

そこに、2年連続でバースデーパーティーにやって来てくれた新田くんが近寄ってきた。

わたしは勘付く。

たぶん新田くん、侑に用があるんだわ。

「取り込み中かもしれないけど、大井町さん、ちょっといいかな?」

ホラホラ。

「あそこのテラスに行かないか」

間近にあるテラスを新田くんは指さした。

「……なんなの、テラスじゃないとできない話なの」

ツンツンしていく侑に、

「ああ。そうなんだ」

と、すぐさま首肯する新田くん。

ほほほー。

「これは、おふたりで『ごゆっくり』ね」

「あ、愛っ!!」

アルコールが入っていないのにかなり顔面が赤くなった侑が、わたしを見てくる。

わたしは新田くんのほうに視線を寄せる。

新田くんもドギマギ加減ではあるけれど、それでも芯の太くて筋の通った声で、

「きみと進路相談がしたい」

と侑に告げる。

もう彼はテラスの至近距離に立っている。

右手にはヱビスビールの缶。

わたしはわたしお得意のスマイルで侑を見つつ、そこらへんに無造作に置かれてあったプレミアムモルツの缶を1つ持ち上げて、

「はい、これ」

と侑に渡してみる。

「新田くんじきじきの進路相談よ。頑張るのよ、侑」

「頑張るってなによっ、愛ってホントにあることないこと言い出すのが得意よね!!」

 

かわいいわねえ。

頑張りなさいね、侑。頑張ることならいろいろあると思うわよ?

そして、新田くんも。

頑張ってね。

頑張って。

見えない手で――あなたの背中、押してあげるわ。