起きて目覚まし時計を見た。
いつもの起床時刻の1時間前だった。
まあ、いいや。
ゆっくりと身を起こして、パジャマの乱れをちゃんとする。
それから鏡台に向かって、入念に髪を整える。
鏡台の前に1時間近く居た。
え?
『鏡台の前に居るのが長すぎませんか』って??
分かってないわねー。
長すぎじゃないわよ。
ワタクシ葉山むつみの黒髪は、愛すべき後輩たる羽田愛さんの栗色の超・ロングヘアよりは、長くない。それでも……結構な長さではあるので。
パジャマのままダイニングに行った。
お父さんは早めにお仕事に出ていた。残念。「おはよう」が言えなかった。
お父さんに朝の挨拶ができなかったのは残念だったけど、お母さんがオムレツを作ってくれたから嬉しかった。
オムレツに横一直線にケチャップをかける。
お母さん特製のオムレツは今日もふわふわである。
わたしが作るオムレツもふわふわだけど、お母さんが作るオムレツはもっとふわふわで美味しい。
部屋に戻ってパジャマを脱いで着替えをした。
麻雀ブラウザゲームで時間つぶしという選択肢もあって迷ったが、結局ベッドに寝転がって漫画を読むことにした。
『徒然チルドレン』という漫画をひたすら読んだ。
それから起き上がって、床にデーン、と置かれていた「月刊少年マガジン」を拾って、机の上で読み始めた。
『真島ヒロ先生もよく体調を崩さないわよね』と思ってしまった。
× × ×
真島ヒロつながりで『FAIRY TAIL』の単行本を床にけっこう積んであることを思い出した。
ただ『FAIRY TAIL』の山は部屋の隅っこに隠れていて、山を切り崩すのにも相当なエネルギーを費やしてしまう。
『FAIRY TAIL』、漫画もアニメも、長い。
だから真島ヒロ先生には申し訳無いんだけど『FAIRY TAIL』はまた今度にして、再度ベッドに仰向けにごろーん、と寝転んだ。
昨日は愛すべき羽田愛さんのお誕生日だったのである。
お邸(やしき)に羽田さんのサークルメンバーが大勢押し寄せることを、わたしは前もって知っていた。
だから羽田さんのサークルの子たちにお邸(やしき)は譲ってあげて、当日の午前中に通話して、存分に彼女を祝ってあげた。
『あなたも21歳なのね。時が経つのは速いわね』
『ホントですね』
『どんどんあなたが綺麗になっていくからビックリするわ。出逢ったときから既に美人だったけど』
『いやいや、センパイと出逢ったとき、中学1年だったでしょ、わたし』
『中学に上がりたてでも美人は美人よ』
『センパイはほんっとーにしょーがないんだからー』
『ねえ。『出逢ったときから、わたしが妬(や)いちゃうほど美人だった』って言っちゃったら、ドン引(び)く?』
『え、センパイ妬いてたの』
わたしはそのとき鏡台に映る自分の顔を見ながらこう言った。
『バカなこと言うみたいだけど、わたし自分のルックスに自信があったのよ。ナルシストだったのね、今よりも』
× × ×
× × ×
回想。
中等部3年になりたての、春。
教室の窓際の席で、わたしは手鏡を見つめていた。
『まーたそんなことやってる、葉山』
たしなめたのは、八木八重子。
「そろそろ葉山の手鏡を没収するタイミングかも」
「なにそれ、風紀委員みたいなこと言っちゃって」
「この学校、風紀委員なんて居ないでしょ」
八重子は嘆息して、
「あんたには手鏡なんか必要ないよ」
「どうして?」
「わざわざ自分で自分の顔を確認しなくたって、あんたの整った顔立ちは、みんなが認めてるんだから」
わたしから手鏡を奪って、
「なんて言うんだっけ? ナルシスト……だっけ? 自意識過剰なのって、絶対欠点だって」
「どんなことに対しても自意識過剰なわけじゃないから」
「それは、理解してるけど」
「ところで」
「なに。新しい髪留めをわたしにホメてほしいとか?」
「ピンポーン」と、自分の髪留めを自分で指差す。
八重子は少し照れて、
「その髪留めがいいアクセントになってるのは……否定しないけど」
そう言ってから、窓辺に歩み寄る。
窓の外を見つつ、
「あんたこの前、体育の先生にお説教されてたでしょ。カラダが弱いから毎回見学なのは仕方が無いけど、勝手に図書館に行ってて」
と八重子。
「だって、見学するの、つまんないんだもーん」
「そーゆーとこっ! 3年になったんだから、中等部の最上級生として恥ずかしくない態度を、もうちょっと……」
「八重子八重子、風紀委員と生徒指導の先生が混ざり合ってるみたいよ」
「あのねー、葉山ってば、せっかく見た目と学業成績は良いのに、口からはあることないことばっかり……」
『ケンカしてんの? 葉山と八木。こりないね』
割って入るようにして、小泉小陽(こいずみ こはる)が窓際にやって来た。
八木八重子の隣に立って、
「ねーねー、八木には見えないの? 桜の樹の下の新入生」
窓を覗き込んだ八重子は、
「新入生って、あそこの娘(こ)?」
「そだよー。羽田愛さんって言うんだってさ。入試の成績、トップだったらしいんだよ」
小泉は、
「しかも、入学直後のスポーツテストでも、図抜けてトップだったらしい」
と付け加え。
「――そんな将来有望の子が入ったの」
わたしは小泉に言った。
そのときが、羽田愛さんという存在を知った最初だった。
「葉山」と小泉。
「なによ」とわたし。
「負けたくない?」と小泉。
「め、面識も無い子に、負けたくないキモチもなんにも無いでしょう」
このとき、窓の外を眺め続けていた八重子が、
「おー」
と感嘆したような声を漏らして、
「あの子、絶対すっごい美少女になるよ。背丈はさほどでもないけど、カラダの線もキレイだ」
「……エロオヤジみたいなこと言わないでよ、八重子」
「百聞は一見にしかずだよっ。葉山も外を見てごらんよ」
言われたら、見るしかない。
どれどれ……と、椅子から立ち上がって八重子の右隣に立ち、『ウワサの新入生』を眼で探していくわたしが、そこにいた。