朝起きて、カーテンを開けた。
いい天気。
すごくいい天気。
「小春日和」、っていうのかな。
「小春」、わたしの小泉小陽(こはる)って名前と、おんなじ。
× × ×
きょうは、昭和の日。
昭和は遠くになりにけり――か。
昭和28年にテレビ放送が始まって、
そのあと35年くらい、昭和があって、
平成が約30年、
令和になっても、テレビは放送し続けている。
約70年。
それがどうしたって話だよね。
最近テレビって風当たり強いし。
SNSとか、テレビの悪口ばっかり。
テレビ好きって、2世代ぐらい、いやもっと古いのかな?
× × ×
とあるテレビ好きの集まるコミュニティで出会った、わたしの大切な人。
その大切な人との関係が…この前、ブチッと切れてしまった。
名前も性別も伏せておくけど、その大切な人が言っていて、いちばん印象的だったのは、
「テレビは放送が始まる前から嫌われ者だった」
放送が始まる前ってのは、つまり昭和28年より前の段階で、ってことだろう。
ずいぶん突拍子もないことを言うものだ、と最初は思った。
でもその人は「根拠」があるらしいような口ぶりだった。
そのコミュニティのなかで、いちばん面白いことを言う人だと思って、背中を追いかけるように、その人についていった。
だけど、わたしは、その人の背中を追いかけすぎた。
依存してた。
依存の先に、破綻。
破綻の先に、孤独。
× × ×
わたしは、さみしい。
「さみしい」なんて感情、今まで生きてきて知らなかった。
でも、
わたしはどこかで、「さみしさ」を背負って生きてきたのかもしれない。
数少ない人間にしか理解されない趣味。
テレビ好きってのは、もっとも孤独に近い趣味だったのかもしれない。
一般論じゃなくて。
「環境」と「経験」から、導き出された結論。
あいまい?
抽象的?
大切な人との関係の糸がブチ切れて、ナーバスになってる。
わたしを理解してくれた葉山むつみや八木八重子に、「こころの傷(いた)み」を打ち明けたい瞬間が時としてあって、そのたびにわたしは逡巡(しゅんじゅん)する。
葉山や八木の前で――「弱気」が露出するのが、こわい。
こわい、こわすぎる。
祝日なのに、ソファーでひたすら毛布にくるまってる。
リモコンを操作する気力が、近頃無くなってきた。
「ごめん……葉山、八木」
ひとりでに、つぶやきが漏れ出す。
振動するスマホ。
八木だ。
暗澹(あんたん)たる気持ちで、スマホを手に取る。
>『おはよう小泉』
>『いい天気だねえ』
>『元気か~?w』
くちびるを、思わず噛みしめてしまう。
『通話、したい? 八木』<
>『え、どっちでも』
『ごめん……いまは、通話なしで。
メッセージだけにして』<
>『ふーん、わかった』
『元気だね八木、とってもとっても』<
自己嫌悪がやって来る。
毛布を、頭からかぶる。
>『あのね』
>『じつは小泉のこと心配で、連絡したんだよ』
わかってる、わかってる、
そう八木が切り出すことを、スマホが振動する前から、わたしはわかってた。
>『困りごと、あるんでしょ』
『八木ならわかるよね…』<
>『だって先月、人間関係がこじれたとか言ってたじゃん?』
『こじれるならまだいいよ』<
『もう、もとにもどらない』<
>『覆水盆に返らず、か』
『ことわざ?』<
>『そ。ことわざ』
>『えーと』
>『あんたは今、挫折を味わってる状態なんだと思うんだけど、』
>『あんたが挫折したままだと、こっちまで心苦しくなってくるんでね、』
>『おせっかいだけど、わたしとしてはなんとかしてあげたい』
>『でも、そっとしてほしいんだよね』
>『そっとしてほしいときに、そっとしてあげないと、本当のおせっかいだから』
>『だから、とやかく言う気はないけど』
『けど?』<
>『ふさぎ込むだけふさぎ込めばいいと思う。誰だってそんな時はある』
>『でも、しだいに、ふさぎ込むことが苦痛になってくる』
>『そーいうものだからw』
>『だからね、』
>『イヤになるまでふさぎ込んで、ふさぎ込むことすら辛くなってきたならば、』
>『その時は――』
>『戸部くんのお邸に行ってみなさい』
?!?!?!
『戸部くんのお邸って…羽田さんも…』<
>『去年葉山のお誕生日会で行ったでしょ、もう忘れた?』
『忘れたかも』<
>『重傷だな~~~ww』
>『でもさ』
>『わたしにも葉山にも顔を見せるのがしんどそうだから』
>『なんとなく理解してるからね、それは』
>『そうであっても』
>『ひとりでずっと居るよりは――さ』
『迷惑になるんじゃないの』<
『まるで…あの邸が…駆け込み寺みたいに…』<
>『戸部くんも羽田さんも、そんなこと全然思ってないって』
>『あんたから伝えるのはしんどそうだから、わたしから羽田さんに連絡しておく』
『しておくって』<
『既定路線なの』<
>『そうだよw』
>『たぶん、羽田さんに連絡したら、彼女、言うと思うんだ』
『なんて』<
>『「いつでも待ってます」って』
『ほんとかなあ…』<
>『ほんとだよ』
>『包容力が足りないときは、誰かの包容力に頼るしかないよ』
>『説教臭いけどね』
>『説教臭くてごめんね』
『ううん』<
『ありがとう八木』<
『ほんとに、ありがとう』<
>『小泉、なんだかナイーブで可愛いww』
『ありがとう』<
『可愛いって言われるの、素直にうれしい』<
『ありがとう、ありがとう』<
>『感謝しすぎww』