【愛の◯◯】放談の向かう先は

 

葉山家を八木八重子(やぎ やえこ)が訪ねてきた。

両親は不在。2人きりでリビングを使い、紅茶を飲みながら雑談している。

「この紅茶美味しいねえ」と八重子。

「G1馬みたいな風格があるでしょ」とわたし。

「……やっぱり出た。競馬の喩(たと)え」

「八重子みたいな一般ピープルでも、明日どんな一大イベントがあるのかは知ってるんじゃないの?」

「知ってるよ。有馬記念でしょ有馬記念。葉山のせいで、12月の第何週が有馬記念なのか、カンペキにインプットされちゃってた」

「八重子~」

「なに」

「イクイノックスのグッズ、欲しくない?? 破格の安値で売ってあげるわよ」

呆れたような顔で八重子は、

「そんなに簡単にグッズを手放しちゃっていいの? 最強馬のグッズなのに」

「ふふーん♫」

「なーにが『ふふーん♫』だか」

「イクイノックスが最強馬、か」

「え、ちがうの」

「まあ、あのジャパンカップでも4馬身程度『しか』つけないところが、史上最強馬的な風格なのかもしれないけど」

案の定八重子が困った顔になる。

セクレタリアト種牡馬としては振るわなかったけど、イクイノックスはセクレタリアトみたいなタイプでは全然なくって」

セクレタリアト……? 秘書……?」

「秘書ともいう」

さらに困惑の八重子に、

「イクイノックスのお祖父さんのブラックタイドディープインパクトは全兄弟(ぜんきょうだい)で、さらに馬主さんも同じ人なのよ」

と畳み掛けて――紅茶を飲み切る。

 

× × ×

 

「葉山って、幼なじみのキョウくんに対しても、長々とお馬さんトークするわけ?」

「キョウくんには、ほどほどに。わたしのほうから彼の趣味に合わせてる」

「キョウくんの趣味って鉄道でしょ? 合わせられるの?」

「合わせられるわよお。彼についていけば、鉄道車両の専門用語だって自然と覚えられる」

「そういうものなの」

「幼なじみというアドバンテージもあるし」

「なるほどねえ……」と八重子は肩をすくめる。

このタイミングで、わたしは、

「ね、ね、わたしのお部屋に移動しましょーよ」

「ナイショ話でもする気なの」

「よくわかったわねぇ! リーチ棒を供託した3秒後に出上がりできたみたいじゃないの」

頭を抱え始める八重子。

構わず、

「小泉よ、小泉。小泉小陽(こいずみ こはる)にまつわるナイショ話よ」

と言ったら、しばらくして八重子が頭を抱えるのをやめて、

「小泉がいろいろと『変わってきた』ってことなんでしょ」

「そう!! いろいろと『それっぽく』なってきて」

「『それっぽく』なるって、どんなふうになるってんの」

「八重子ニブいニブい。分からないほうがヘンよ?」

溜め息をつき、八重子は、

「確かにね。葉山、この前あんた報告してきたよね。『小泉が美味しい料理を手作りしたから、ビックリした!!』って」

「そのときね、エプロンにね」

「エプロンに?」

「アップリケが、小さく縫い付けてあって」

「へえぇ」

八重子が愉しそうな眼つきになり、

「それは、異変以外のなにものでもないねー」

と、声を弾ませる。