PCの画面には葉山が映っている。
葉山とビデオ通話なのだ。
(八木は多忙のため欠席)
「――羽田さん、不調なんだってね。葉山、あのお邸(やしき)に行ってきたんだよね?」
「行ってきたわ」
「――どうだった? 彼女の様子…」
「…本来の調子を取り戻すには、まだ時間がかかるみたい」
そっかあー。
沈んでるんだな……。
「わたしはこれからも、お邸(やしき)に通ってみるわ。羽田さんについていてあげたいから。――小泉、あなたも行ってみてあげるといいと思う」
マジメ顔でわたしに言う葉山。
そうだなー。
羽田さんのためにも、いずれ行ってあげなきゃ、だなー。
「みんなで彼女を助けてあげるのよ。小泉も協力してよ」
「もちろんだよ。葉山」
「――趣味の話をしてあげるといいと思う」
「趣味? わたしの?? オタクっぽい話になっちゃう気がするんだけど」
「大丈夫よ。むしろ、語り倒しちゃうほうが、彼女の気も紛れてくると思う」
画面の向こうの葉山、確信がある…って顔だ。
趣味ねえ。
趣味といえば。
「葉山ぁ」
「? なによ」
「きょうは、葉山の趣味の日、でしょ?」
「趣味の日…?」
「ほらほら、日曜日なんだし、お馬さん、走るんでしょ」
「ああ……競馬のことか」
「宝塚記念だっけ?? 大きなレースやるんだよね、きょう」
「ど、どうして小泉が認知してるの」
「えー?? テレビでガンガンコマーシャル打ってんじゃん」
「…たしかに、JRAのコマーシャルは、眼にすることが比較的多い気はするわね」
「わたしみたいに長時間テレビ観る人間には、なおさらね」
「…馬券はもう、購入済みで」
「さすが」
「ダービーの雪辱を果たしたいから」
「外したんだよね、ダービー」
「ぜったいに当ててやるわ」
「投票したお馬さんを信じないとねぇ」
「信じるのは、大事」
「宝塚記念って、どういうレースなの? 宝塚歌劇団と関係あるの?」
「小泉、それをいちいち説明していたら、発走時刻になっちゃうわ」
「……相当なオタクだな、あんたも。お馬さんに関しては」
「――ひとことで言うなら、『夏の有馬記念』」
「へぇ~~」
× × ×
「ところで――きょうのあなたは、あなたにしてはキチンとした服装をしているわね」
葉山が指摘してきた。
「身だしなみが全然ダラっとしてない……。教育実習に行ってきたからなのかしら」
「教育実習」というワードがついに葉山の口から出た。
わたしの教育実習を掘り下げていく流れ。
…身構える。
「わたし、ひとつ疑問があって」
「どんな? 葉山」
「母校じゃないところで実習をしたのは、どうして? 『泉学園』っていうところで、実習をしたのよね?」
あー。
そのことか。
「母校の都合でね」
「『都合』って、漠然ね。わたし、教育実習は母校でするものなんだっていう認識でいたんだけど」
「今年は、例年にないほど都合が悪かったんだって」
「えー、なによそれ」
「いろいろあるんだよ」
「……オトナの事情ってやつ?」
「もっと言えば……フィクションゆえの事情」
「……把握したわ。かなり」
さすが葉山だ。納得してくれたみたい。
……「フィクションゆえの」ってことば、万能でいいよね。
「――実習生は、何人ぐらいだったの?」
葉山が訊いてきた。
わたしは人数を答えた。
「ふうん。――それぐらいだったのね」
グラスに入っていたメロンソーダを飲む葉山。
グラスを置いてから、ひと呼吸置いて、
「他の実習生で――気になった子はいた?」
と訊いてくるから、ドキン、となる。
慌てながら、
「き、きになったって、どーゆーいみ、なのかなぁ???」
と、画面に向かって前のめりになってしまう……。
「え? 印象に残った実習生いたのかなーって、訊いてみたかっただけよ、わたし――」
焦りまくって、画面の向こうの葉山の顔が上手に見られない。
胸の音が高鳴って、取り繕(つくろ)いのことばすら……言えなくなる。
わたしの、急激な、異変を、見てとって、
葉山の顔が、しだいしだいに、あらぬ好奇心に満ちたような、ニヤニヤ顔になって。
「――そうよねえ。
うん、そうよ、そうよ。
教育実習だものねえ…。
男の子の実習生だって、いるものなのよねえ!?」
そんな眼で……笑わないで。
葉山ぁ。