川又ほのかさんが岩波文庫を読んでいる。ぼくのベッドに腰掛け、相当スローなペースでページをめくっている。ここまでゆっくり読んでいるということは、非常に吟味しながら読んでいるということだ。そういえば、姉から「味読(みどく)」というコトバを教えられた記憶がある。
『川又さんも姉に匹敵する程の読書家なんだよな……』と思いながら視線を寄せていたら、ショートボブの彼女がぼくを見下ろしながら岩波文庫をぱしっ、と閉じた。
「あのね利比古くん。わたしは『詞花和歌集』を読んでいたんだけど」
「はい」
「ひとつの和歌を時間をかけて味わい、解釈する……。わたしにとって、これに勝る楽しみってほとんど無いんだよね」
そう言ってから川又さんは、ぼく方面にカラダを傾け、
「あるとしたら……利比古くんとデートすることぐらい」
意味を汲み取ってすぐに自分の体温が上昇してしまう。
年上だからというワケではないけど、基本的に川又さんの方が「押し」が強い。今みたいに弄(もてあそ)んだりもして、ぼくを縮こまらせたりもする。
……しかし、今月に入ってから彼女に「負けっぱなし」な気がしている。クリスマスあたりまでこの流れが続くのもどうなのだろうか。
「一矢報(いっしむく)いる」ではないが、「負けっぱなし」も悔しかったりするのである。
彼女がたじろいでしまうぐらいの積極性を見せたい。
なので――。
× × ×
「ち、近くないかな、利比古くん。ベッドで一緒に座ってくれるのは嬉しいけど……」
「どうしてそんなに緊張しちゃうかなあ」
「利比古くん!?」
「川又さんだって、距離を極端に近付けることもあるでしょうに」
密着寸前の距離。
ぼくは何も言わず川又さんの左手に右手を被せる。
「わたし……今日はもう、読書できない」
「どうして」
「あなたが普段の10倍積極的だから。スキンシップされたのが尾を引いて、本を読んでも集中できなくなる」
「そんなモノなんですかねぇ」
ぼくは彼女の顔に視線を寄せた。
実年齢よりも少し童顔なのも、ショートボブの髪型も、両方が川又ほのかさんの魅力だ。
こうやって稀にぼくにイニシアティブを握られると、15歳の少女のような幼さが垣間見えて、微笑ましいし可愛らしい。
ぼくはぼくの右手で彼女の左手を握った。
彼女は彼女の膝に視線を落として黙りこくる。
恥ずかしさに起因すると思われる彼女の沈黙を打破したくて、
「もう幾つ寝ると、クリスマス!!」
と勢いよく言って、
「いつ、どこで、何をするのか……。今年は、ぼくに決めさせてくれませんか?」
「……どうしちゃったのかな。あなたがそんなコト言うのは記憶に無いよ」
「川又さん」
「……利比古くん?」
「火照ってますね」
「う……」