午後2時ピッタリにお邸(やしき)に川又ほのかさんがやって来た。
小さめのリビングでぼくと川又さんは向かい合う。
ぼくはソファに座ってCM雑誌を読み、川又さんはテーブルの前に腰を下ろしてホットコーヒーを飲んでいる。
「利比古くん、このコーヒー美味しい」
彼女がそう言ってきたので、ぼくはCM雑誌を脇に置く。
「利比古くんが豆を挽いて作ったんだよね。なかなかやるねえ」
「豆が良かったんだと思います」
「素材だけの勝利じゃないと思うよ」
コーヒーカップ片手に彼女はニコニコと、
「アツマさんが作ったら失敗してるよ。利比古くんだから成功したんだよ」
「そ、それはどーでしょうか。アツマさんは喫茶店員ですから、失敗ということは無いんでは」
「失敗するったら失敗するのっ!」
ええぇ……。
「……川又さん、いつもより攻撃的ですね」
「そんなことないよ!」
前のめりの彼女。
右腕で頬杖の彼女。
明るい笑顔の彼女。
「ねーねーねー」
すごい勢いで彼女は、
「利比古くんの部屋に行こうよー」
部屋に入られたとしても、不都合なことは無い。
定期的に掃除はしているし、キレイな部屋のはずだ。
見られたらマズいモノは皆無だと思う。
川又さんが部屋に来たコトは何度もあるし。
彼女との『つきあい』も長いのだ。
『つきあい』は、言い換えれば、『交際』、か……。
「もうっ。ボーっとしてないで、わたしをあなたの部屋に行かせてよっ」
彼女が怒り出す前に、
「分かりました。行きましょう」
× × ×
「掃除してるんだね。整理整頓行き届いてるね。変な本も落ちてないね」
『変な本』?
「川又さん。『変な本』ってなんですか」
若干不埒な目線でぼくを川又さんが見てくる。
彼女の微妙すぎる微笑。
『変な本』の具体例が思い当たってしまい、永遠に下を向き続けたくなってしまう。
「としひこく~ん。あなたも今年でハタチなんでしょ~~??」
テンション高いですね……。
ただ、勢いがあらぬ方向に向かってる気もしますが……。
やはり永遠に床を見続けるワケにはいかないので、目線を上昇させ、ベッドに腰掛けた。
そしたら、立って部屋の様子を眺め回していた川又さんが勢い良く近づいてきて、ぼくの左隣にポスン、と腰掛けてきた。
隣同士。
近い。
「今日、あすかちゃん、どーしたの?」
エッジの利(き)いた発言が彼女の口から出てくる。
「あすかさんですか?」
「あすかちゃんの本日の動向」
「んっと、今は大学に行って普通に授業受けてまして、授業後はお友達のお家(うち)にお泊まりで……」
「お泊まりするんだ!!」
「は、ハイ」
「お友達って、だあれ!? たぶんわたしその娘(こ)知らない」
「そこは……プライバシー尊重というかなんというか」
「残念」
『残念』と言ったものの、彼女の勢いは衰えず、
「そっかそっかそっか。ってことは、あすかちゃん今日は邸(ここ)に帰って来ないんだね!」
「そうなりますけど……」
「好都合♫」
な、ななっ。
ななななっ。
あすかさんが不在。
だから、好都合。
まさか。もしや。
「……川又さん。あなたの考えが徐々に呑み込めてきました」
「呑み込めたのなら教えてよぉ」
しかし、ぼくは首を横に振って、
「胸の奥にしまっておきます。やっぱり」
「え、利比古くんズルい」
触れんばかりに肩を寄せてきた川又さんが、
「わたしのほうが年上なんだよ!? なにを呑み込めたのか教えてくれないとフェアじゃないよ」
「し、しかし」
「むぅーーっ」
遊ぶように川又さんはむくれる……。
逃げるように腰を上げて、
「お、音楽でも聴きません!? 川又さんはジャズがお好きでしたよね!? ちょうどぼくの姉から、『これは聴きなさい!』って、CDを渡されていて」
「なんてタイトルのアルバム」
訊かれたから答えると、
「それ、今までで10回以上聴いてるんですけど」
と返されてしまう。
彼女の明るく元気な笑顔がツラい。
「ハービー・ハンコックは多作だから、そのアルバムよりもずっとマイナーな音源の中にも良いのがいっぱいあるし」
彼女も立ち上がり、まっすぐにぼくに近づき、
「音楽よりも利比古くんだよ」
背中にタラリと垂れる冷や汗。
埒(ラチ)があかないレベルがMAXに近づく。
「か、かわまたさん。す、すこしおちついて」
「そっちこそ。」
うううっ……。
冷や汗ダラリの背中に、彼女が両腕を伸ばしてくる……!!