8月も、もう中旬。
やらなきゃいけないことは、いろいろあるんだけど――きょうは、川又ほのかさんとのお電話の日。
× × ×
『明後日が利比古くんの誕生日だよね』
「そうですよー」
『18歳、か』
「ハイ、18歳に」
『オトナだね。』
「えーっ、川又さんのほうがオトナじゃあないですか」
『…わたしは、ひとつ年上、ってだけだし』
「それがオトナな証拠でしょう」
少しの間(ま)のあとで、
『利比古くん……声、少し、低くなった?』
という不意打ち。
じぶんの声の高い低いなんて、ぜんぜん意識もしてこなかった。
『どうしてこんなこと言うかっていうと……つまり、つまりね』
「――ぼくの声がオトナに聞こえる、というわけですか」
『そ、そ、そーゆうことっ。ヘンな指摘して、ごめんね』
「いえいえ」
そっかあ。
川又さんの着眼点――すごいなあ。
× × ×
『…あのね。誕生日プレゼントを送ったの。あなたの誕生日当日に届くはず』
「ありがとうございます、楽しみです」
『昨年に引き続いて、今年も本のプレゼントにした』
「川又さんらしいですね」
『ゆっくり……読んでちょうだいね』
「ゆっくり、ですか」
『うん。時間をかけて、じっくりと……。
だけど、クリスマスが来るまでには、読み終えてほしいかも』
「なぜ、クリスマス??」
『それは……秘密かな』
なんとなく、川又さんの気持ちを察することができる。
察知した弾みで、軽く笑ってしまう。
『と、としひこくん、わらっちゃってるのっ』
「すみません。笑いが出ちゃいました」
『く……クリスマス、なんて言っちゃって、突拍子もなかったよね、わたし』
敢えて、
「そうかもしれませんね」
と言ったら、
『……夏。夏のことを、話したいんだけど』
と川又さん。
「ハイ」
『夏といえば、夏祭り』
「そうですね」
『今年も、夏祭り、あるよね』
「そうですね」
『花火も、上がる』
「そうですね」
『…なんで『そうですね』を3回繰り返すの』
「すみません。ワンパターンが矯正(きょうせい)できないんです」
電話越しに、彼女のため息。
『…矯正したほうがいいと思うよ?
……。
そんなことより。
今年も……。
今年も……利比古くんと、花火、観たい』
「いいですねぇ、花火」
『……利比古くん『と』っていうのが、重要で』
「重要??」
『……そんなに、鈍かったっけ?? 利比古くんって』
「えっ」
『アツマさんの、悪影響!?』
「ええっ、それはどういう…」
『アツマさんって……激鈍(げきにぶ)でしょう??』
「……。
川又さんのアツマさんへの苦手意識、消えてないんですね」
――ここでなぜか押し黙る彼女。
約3分間の沈黙が下りたのち――、
『……変えちゃっていいかな、話題。アクロバティックに』
と言い出す、川又さん。
アツマさん絡みで話を引っ張りたくなかった…ということか。
『利比古くんが通ってる桐原高校は……言うまでもなく男女共学で』
「ですよ」
『わたし、中高と女子校だったから……男女共学の高校なんて、イマイチ想像つかないんだけども』
「でも、川又さん、去年、桐原(ウチ)に来ましたよね?」
『いちどだけじゃ、想像つくわけないんだよ』
「…そういうもの、ですか」
『そういうもの。』
「…それで? 川又さんがおっしゃりたいことって」
『……』
…きょうの川又さん、ヘンなタイミングで黙っちゃうんだな。
『……わたしが、言いたかったのは、』
「ハイ。」
『利比古くんは……桐原高校に、どれくらい、女の子の知り合いがいるのかな?? ってこと』
え。
「それを訊く、理由って」
『こ、こ、これはね、理屈うんぬんの話じゃなくってね』
川又さんは明確に焦っている。
正直に答えれば、落ち着いてくれるかな…という気持ちでもって、
「いますよ。割りと」
と言うぼく。
『割りと、って――どのくらい!?』
んーっ。
「んーっ、片手の指じゃ、数え切れないぐらいには」
『――6人以上も。』
「――ビックリしましたか?」
『ビックリ、というより……』
「?」
『う、ううん。やっぱし、なんでもない』
「なんでもないようには、思えませんけど…」
『……』