お互いに、浴衣だった。
川又さんも、ぼくも……。
「利比古くん」
気持ち上目づかいで、川又さんが、
「似合ってますよ」
と、明るく言う。
ぼくの浴衣を、ホメてくれたんだ。
ホメられたら、お返しをしなきゃ……と思うも、
「かっ、かわまたさん、かわまたさん、も……」
……しどろもどろになってしまって、うまくことばを発することができない。
「なんですか? 利比古くん」
あっ。
川又さんが、怪訝そうに――。
「もっとハッキリ言ってほしいです、わたし」
ぼくを見すえ、キッパリと。
微笑み顔になったけど、ことばは容赦がない。
じぶんでじぶんを、落ち着かせるよう努力し、
「川又さん――ハッキリ言って、似合ってます」
言い重ねる必要があると思い、
「浴衣姿が、似合ってます」
――するとなぜだか、彼女は面白そうに笑うばかりで。
少し視線を外して、
「ホメことばのお返しを――、したつもり、なんですけど」
「――利比古くん、」
「はい?」
「微笑ましいと思っちゃった。わたし」
「微笑ましい?」
「そう。やっぱり年下なんだ、って。年下の男の子らしいや、って」
口ごもるぼく。
「利比古くん。利比古くんの、きょうのお祭りのお楽しみは、なんですか?」
お楽しみ、か……。
「……正直言うと、下調べを、してこなくて。
こんなお祭りにも……めったに来ませんし」
「じゃあ、
利比古くんの楽しみを、わたしが作ってあげましょーか」
「??」
「ふふん♫」
「か、川又さん…」
ところで、
人だかりが、すごい。
まさに、フィクションだから許される、人だかりだ。
「かっ川又さん、ぼくたち話してばっかりだと、一緒に来てるひとたちとはぐれる危険が――」
「――もう、半分、はぐれちゃってる。」
「エエッ、そんなあ」
「わたしたちがはぐれたのか。
あるいは、わたしたちを、だれかが、はぐれさせたのか――」
「――なにを!? なにをおっしゃるんです!?」
ぼくのスマホの振動がからだに伝わる。
…恐る恐る、スマホ画面を見る。
…案の定というか、あすかさんからメッセージが届いている。
『ご ゆ っ く り !!
by戸部邸メンバー一同』
やられた……!!
「こ、これは策略ですっ、川又さん」
「あ~」
「『あ~』じゃないですよっ!」
「あすかちゃんが仕組むパターンですねえ、これ」
「どうしてそんな、落ち着き払って……」
「利比古く~ん」
「……ハイ」
「わたしとふたりになることに、わたしとふたりでいることに、慣れてください?」
「……ハ、ハイ」
× × ×
「タコ焼き食べませんか」
前を行く川又さんが、『た こ や き』というのれんの屋台を指さしながら、言ってくる。
「もちろん、わたしのおごりでいいです。というか、おごらせて」
なんたるサービス……。
含み笑いで彼女は、
「利比古くんとタコ焼きの取り合わせなんて、サイコーに似合わ『ない』から」
「似合わ…『ない』??」
「そう。だから、あえて」
これは……ぼく、振り回され始めてるよ……!
またもや、ベンチで、ふたりがけ。
川又さんが桐原高校に来て、未使用タオルとかペットボトルとかいろいろ恵んでくれた――その日以来の、ベンチふたりがけ。
「おいしいですか~~?」
そうは言われても、タコ焼きが熱すぎて、うまくものが言えないんですけど。
ようやく飲みこんで、
「久しぶりに……タコ焼きを、食べました」
「もーっ、答えになってませんっ」
うぅ。
厳しい。
「おいしいか、おいしくないかで答えてくださいよっ」
「…」
「まあ、『おいしい』って言うしか、答えの選択肢はないんですけどね」
「誘導尋問ッ!?」
「そうかも」
すこぶる面白そうに彼女は、
「タコ焼き、久しぶりなんだ。邸(いえ)でタコ焼きパーティーとか、してるかと思ってた」
「だれかがタコ焼きを買ってくることはあっても…、邸(いえ)で作るってことは、しないですね」
「意外。あの邸(いえ)、タコ焼き器が20個ぐらいありそうなのに」
「誇張ですよ……」
「羽田センパイ……お姉さんが、ホットプレートで、なにか作ってくれたりは?」
「ああ、それはよくあります」
「さすが。頼もしい」
「ほんとうに頼もしいですね、姉は…」
ぼくが持っているパックに手を伸ばして、ひょい、と彼女はタコ焼きをつまみ上げた。
…すこぶるおいしそうに、頬張るものだ。
あすかさんと違って、可愛げのある仕草…、
って!!!
なにを考えてんだ、ぼくは!!!
可愛げのある仕草、だなんて、思っちゃダメだろっ!!!
このひとは、ぼくより、年上なんだぞっ!!!!
でも……。
愛嬌(あいきょう)という漢字2文字が、ピッタリの……。
……感情をぜひとも上書きしたく思い、
「あの、唐突な話かも、しれませんけど」
「なんでしょう?」
「川又さんに教えてほしいことがあるんです……姉のことで」
首をかしげる彼女。
構わず、言い続ける。
「姉の高校時代のことに、興味があるんです。
姉の高校時代のことなら…ひとつ後輩で同じ部活だった川又さんなら、よく知ってると思って」
「…ふうむ」
「どうでしょうか…!?」
もうひとつ、タコ焼きを、ぼくが持つパックからつまみ上げ、
もぐもぐと味わってから――、
「興味にも、いろいろあると思うんですが。
センパイが、学校でどんな感じだったかについて――『なに』が知りたいんですか?」
「――、
ひとことで、言うなら、姉の、活躍ぶり――です」
「活躍ぶり、かー」
「……」
「そうはいっても、年がら年中、センパイは活躍しっぱなしでしたからねぇ」
「……運動部の助っ人に駆り出されたりとか、頻繁だったり?」
「よくわかりますね。そう、引く手あまたでしたよ、センパイは。さすが弟さんだ」
どこからともなく団扇(うちわ)を取り出して、そよそよとじぶんを扇(あお)ぎながら、
「助っ人とは真逆に、運動部と『対決』したこともありましたけど」
「『対決』、ですか!?」
「バドミントン部から、挑戦状を叩きつけられて」
「お、穏やかじゃないですね」
「あ、センパイをイジメたかったとか、バド部にそんな意図はまったくなかったんです。純粋にセンパイの腕と対決したかっただけ。そこは、安心して」
「――で、結果は?」
「もちろん、センパイが、バド部全員にストレート勝ち」
お、
おとなげないよ……それは、
お姉ちゃんっ……!
「なんで――利比古くんが、頭を抱える必要あるの??」
「いや――、やっぱり、姉はいつでもどこでも破天荒だったんだなって。破天荒すぎて、弟としては、ツラい部分も」
だって、
「バド部全員にストレート勝ちは……やり過ぎだよ。なにやってるのかな、お姉ちゃんは。ほんとにぼくやアツマさんが、見てないと……」
「――それは、お姉さんに対する、憤(いきどお)り?」
「……そんなとこです」
「憤っても、仕方がないんじゃないの? お姉さん本人が不在なところで」
残念ながら――川又さんの言うとおりで。
その後、姉の破天荒エピソードとして、『お料理クラブに何度も何度も誘われた』という事案が、川又さんの口から紹介された。
彼女はほんとうに楽しそうに、姉のことを話し続けた。
タメ口の分量が……着実に、増えつつ。
× × ×
「もう花火だね」
そう言ったのは、となりに並び立つ川又さんだ。
「あっ――ごめんなさい、もう花火、『ですね』」
「言い直すのは――『お手つき』です」
「え!? 『お手つき』、って」
「某クイズ番組だったら、解答権を放棄して立ってないといけないところで」
「――よくわかんないな」
「――ですよね。すみません。アタック25ももうすぐ終わるというのに……」
「けっきょく――なにが言いたかったの? 利比古くんは」
「ひとことで要約するならば、
『タメ口だってべつに構いませんよ』、
ってことです」
「あーっ……そういう、ことか」
「ぼくは敬語を貫きますけど。年上の川又さんに、敬意を払って」
「うん……」
「だけれども、川又さんにとって、ぼくは年下。だったら、タメ口を遠慮する必要なんて」
パーン、と、小気味よく、花火の上がる音。
花火で光る夜空を、見上げる。
たぶん、となりの年上の彼女も、夜空を見上げてる。
景気よく、打ち上がりまくる、花火。
その華麗さに、思わず、見とれてしまう。
「――ねぇ」
不意に言ったのは、川又さんだった。
「クイズ、なんだけど」
花火の轟音のなか、
よく通る声で、彼女は、
「……いま。
いま、わたし、どこを見てると思う?
3択クイズ。
A、夜空の花火。
B、利比古くんの浴衣。
C、利比古くんの横顔。」
「……ずいぶん、不揃いな、3択クイズですね」
「てへへ。」
× × ×
「わたしの団扇で――扇いであげるよ」
「お構いなく」
「そんな!」
「――冗談ですよ」
「イジワルっ」
「――お願いします。団扇」
「……うん」
「手早く」
「せ、せかさないで」
「すみません」
「……手がかかる。
手がかかるよね、あなたって。案外」
『あなた』。
初めて――川又さんが、
ぼくのことを、『あなた』と呼んだ。
川又さんの、
『あなた』呼び――。
それが、くすぐったくって、
彼女が団扇で送ってくれる風までもが――くすぐったくって。
なんて、くすぐったい――夏祭りなんだろうか。
花火はもう打ち止めだ。
くすぐったさだけが……、
いつまでも、
あとを引く。