大学の学部・学科・サークルが同じだった高輪(たかなわ)ミナから久々に連絡が来た。
夜10時になろうとするトコロだったが、通話をするコトになる。
「守沢(もりさわ)くんヒドいよ。少しも連絡してきてくれないんだもん、社会人になってから。学校の先生は激務なのかもしれないけどさあ」
「高輪が思ってるほど激務ではないよ」
「だったらなおさらじゃん!!」
ハウリングするがごとき大声。
あいも変わらずである。
「今更だけどさー。守沢くんは、わたしたちのサークルにもっと積極的に関わってほしかったよね。最後には『ゴースト会員』みたいになってたじゃん」
「あのサークルは今どうなってるの?」
ぼくは訊く。
「盛り上がってるよ。女の子も増えたってさ」
「それは良かった」
そういえば。
「んーっと……。郡司(ぐんじ)くん、居たよね。高輪とは高校時代から同級生だったっていう」
微妙な沈黙があってから、
「郡司くんが、どーかしたの?」
「たしかにぼくは、サークルのゴースト会員だったんだけど。高輪と郡司くんが掛け合ってるトコロを見た時、『息ぴったりだな』って思ったコトがあって」
「息がぴったりだったから何なの?」
詰問するような勢いの高輪。
「単純に、良いなー、って思ったんだよ。流石は、高校時代からのつきあいだなぁ……と」
「そんなにわたしと彼の間柄が気になるの」
「詮索するつもりなんか無いよ」
はぁ……と溜め息をついた高輪は、
「郡司くんといろいろあったのは、高校時代の方。これ以上は言わないでおく」
そっか……。
ぼくは、同期のサークル男子でもう1人気になる男子がいて、
「松浦くんっていただろ。広島出身の。高輪は松浦くんとは連絡取ったりしてないの?」
「松浦くんはね、北海道日本ハムファイターズ信者の女の子と交際してたけど、別れちゃったの。新庄監督について議論してたら、議論がエスカレートして泥沼になっちゃったみたい。そこからは疎遠になる一方だったんだってさ。それで松浦くんは今とってもデリケートな状態だから、迂闊に連絡はできないの」
ふむむ……。
人生いろいろとは、良く言ったモノだ。
× × ×
互いの仕事のコトとかを話していたら11時が過ぎた。
「高校生って絶対生意気でしょ? バカにされてるんじゃないの!? 新任教師なんだし」と高輪に言われ、ちょっとムッときた。でも、バカにされてるのは事実と違うにしても、上手く反論できずじまいになり、悔しさが残ってしまった。
さて、翌日の放課後。
ぼくは『KHK』というクラブ活動の様子を見に行くコトにした。
『KHK』は略称で、正式には『桐原放送協会』。この桐原高校には、放送部だけではなく、もう1つ放送系のクラブ活動があるのだ。
とても行動力のある女子生徒が、放送部から離脱し、旧校舎の【第2放送室】を根城にして『KHK』を旗揚げした。そんな経緯があるという。
一時(いっとき)は休止状態になっていたが、今年度になり、やる気のある新1年生2人が、活動を再開させていた。
そして、その内の1人である篁(タカムラ)かなえさんという女子に、顧問になってください! と依頼されてしまったのである。
せっかく頼まれているのだ。教師は、オトナ。オトナという立場なのだから、タカムラさんの願いを蔑(ないがし)ろにするワケにはいかない。
引き受けたんだから、【第2放送室】に赴く頻度を増やさなきゃな。
旧校舎。【第2放送室】の手前。
ドアを軽くノックしてみる。
タカムラさんが出てきた。
「守沢先生だ!! 嬉しい」
嬉しいの?
「ノックなんかしなくても良いですよー。入ってください入ってください」
言われるがままに、入室。
大きめの机の側(そば)にある木造り椅子に座るコトにする。
タカムラさんは立ったまま、
「今、トヨサキくんと、膠着状態になってたんです」
膠着状態?
ぼくが座る場所よりも奥の方で、新1年生コンビの片割れたる豊崎三太(トヨサキ サンタ)くんが不機嫌そうな表情をしているのに気付いた。
「もういくつ寝ると夏休みですよね? どのくらいの頻度で活動をするのか話し合ってたんです。トヨサキくんってば、わたしが提示したスケジュールが不満みたいで、執拗に食い下がってきて」
「あんなにギチギチにスケジュール埋めたら、もはや夏休みじゃ無くなるだろーが」
不満そうなトヨサキくんの声。
「何を言ってんの! 守沢先生は、夏休みに入っても、わたしたち生徒とは比べ物になんないぐらい忙しいんだよ!?」
そう言ってタカムラさんはぼくに向かい、
「たぶん、夏休みも激務ですよね!? 先生」
「忙しいのは否定しないけど……」
ぼくは、
「きみたちがその気なら、どんどん協力してあげるよ。顧問としての責務でね」
きらめく1等星のようにタカムラさんが眼を輝かせ、
「ヤッタァー!! それなら、わたしが提示したスケジュール案で決定。じゃんじゃん番組作って、最高の夏にする!!」
しかしながら、
「おれを置いてけぼりにするなよ。これだから、タカムラかなえは……」
「なんでわたしのコトをフルネームで言ったの!? トヨサキくんキモいよ」
「うるせえ」
「うるさいのはどっちなのかなぁ……!!」
溢れてくる不穏さ。
ガツガツと足を踏み鳴らして、タカムラさんはトヨサキくんの間近に来て、彼の方に前のめりになる。
プライベートゾーンだとかは気にしないらしい。
2008年度産まれの子は勢いが違うな……と思っていたら、
「最高の夏にしたくないの!? したくないワケ無いよね!? わたしとキミで最高の夏にしようよ、するんだよっ」
と、タカムラさんが押しまくるのが眼にうつる。
対するトヨサキくんは、
「おれに近付き過ぎんなよっ、タカムラっ」
「近付くよ。キミがどーしよーもないからだよ」
トヨサキくんは羞恥(しゅうち)混じりに、
「あのな……。おまえ、盛夏服(せいかふく)だろ? そういう制服で迫られると、めちゃくちゃ困るんだよ。どう対応すべきか、見当もつかなくなって……」
「それ、なに!? 普通の夏服だったら困ったりしないワケ!? 盛夏服限定の困惑!? 男子って、ホント意味分かんない」
……場をおさめるべきかどうか。
もともと優柔不断なぼくだけど、タカムラさんの勢いに負けて、優柔不断の度合いがさらに増してきている。