「トヨサキくん」
「なに」
「1学期もうすぐ終わるね」
「おう」
「終わるんだけどさ」
「ん?」
「キミ、あんまり成長してないよね?」
「せ……成長、とは」
放課後なのである。
KHK(桐原放送協会)の活動をやろうとしているのである。
【第2放送室】の奥の方でトヨサキくんがパイプ椅子に座っている。
入り口ドア付近のパイプ椅子からわたしは立ち上がり、トヨサキくんに近付いていき、彼の眼の前で立ち止まり、腰の両側に手を当て、彼の顔面を見下ろす。
「なんなんだ。どうしたんだタカムラ」
「いつまでもこのままで良いワケが無い」
「はあ?」
「夏休みはキミを遊ばせないよ」
「ど、どーゆーいみだ」
「『ランチタイムメガミックス』だけどさ」
わたしはひと呼吸置いてから、
「2学期になったら、パーソナリティをキミが単独で担当できるようにしたい。つまり、『1人で喋られるように、キミを磨き上げたい』ってコト」
「磨き上げる?」
「そーだよ」
いったん後方に下がり、入り口付近のパイプ椅子を持ち上げ、トヨサキくんの近くまで運ぶ。そのパイプ椅子に腰掛け、足を組む。
右横のミキサーに右肘を付けて頬杖をつき、
「お喋りの練習。単独パーソナリティやるんなら、フリートークのスキルは必須だし。あるでしょ? モチベーション。キミの最大の目的は『ランチタイムメガミックス』のはずだったよね? 自分自身の手であの番組を良くしていくのが『野望』だったはず。そうなのなら、今のままじゃ絶対にダメだよ」
ここでコトバを切り、敢えて沈黙する。
トヨサキくんはしばらく考え込む。
5分後。やや眼を逸らしつつ、
「タカムラは、どうやっておれを鍛えたいの。トレーニングメニューでも用意してんの」
「わたしが考えてる特訓のメニューは……」
言いかけた途端、ノック音が鳴り響いた。
もしかしたら、放送部の人が訪ねてきたのかもしれない。
入り口まで移動し、ドアを開ける。
現れたのは、放送部2年女子の寺井菊乃(てらい きくの)先輩だった。
いつも通りツインテール。
気怠げな色を帯びたいつも通りの声で、
「かなえちゃん、入っても良いかな」
とわたしの下の名前を呼んで尋ねる。
「どうぞお入りください。大歓迎です」
「やった」
菊乃先輩は微笑。
彼女は足を踏み入れてから、
「どこに座ろっかな」
「トヨサキくんの近くにパイプ椅子があるんで座ってください。わたしは立ってるんで」
「良いの? かなえちゃん疲れない?」
「無問題(モウマンタイ)ですから」
苦笑混じりの微笑で、トヨサキくん付近のパイプ椅子に菊乃先輩は着実に歩み寄っていく。
わたしの促したパイプ椅子に座り、さっきまでのわたしとは逆の組み方で足を組む。
女子の先輩に間近に来られて戸惑っているのか、トヨサキくんが下向き目線になる。
でも、その下向き目線が、菊乃先輩の組んだ足付近に伸びていっているような気がする。
よくないなぁ。
「トヨサキくんっ。変なトコロに視線を伸ばさないのっ」
慌てて顔の角度を上げた。
これだから、男子は……!
さて、わたしは、大きめの机のそばに移動し、そこに立つ。
左斜め前にはトヨサキくん、右斜め前には菊乃先輩。そんな立ち位置だ。
「菊乃先輩はなんでこのお部屋まで?」とわたし。
「リフレッシュ」と菊乃先輩。
「今日は、放送部室に沢山部員が押し寄せてきてたからさー。わたし、ゴミゴミし過ぎてるのがイヤで、逃げてきちゃった」
菊乃先輩は説明して苦笑い。
わたしは、
「あの、せっかくなので、お訊きするんですけど」
「なあに? かなえちゃん」
「菊乃先輩、1人でどのくらい喋り続けられますか?」
「んーっと、それは、フリートークのスキルってコトで良いのかな」
「ご名答。ズバリです。『フリートークしてください』って言われたら、何時間ぐらい喋り続けられるのか」
彼女は苦笑しながら、
「単位が『時間』なんだ」
と言い、それからアゴの下に右人差し指をひっつけ、
「40分か50分ぐらいじゃない? 『お題』を示されれば、その倍以上は喋り続けられると思うけど」
「ずいぶん具体的な数字ですね……」
そう言ったのは、わたしではなく、トヨサキくん。
なにを言うの。
具体的な数字を出してくれた方が参考になるじゃないの。
キミは40分連続でなんか喋り続けられないでしょ?
デリカシー無いなあ。菊乃先輩に対するデリカシーが。
菊乃先輩はクスッと微笑んでいる。
「アレなんでしょ?」
と先輩は言ってから、
「かなえちゃんは、トヨサキくんのトークスキルを向上させたいんだ」
するどーーい。
「さすがですね先輩。やっぱり、1学年の差って大きい。すぐに察知してくれるなんて」
ふふっ……と上品な微笑を見せてから、彼女は、
「トヨサキくんだって、『お題』を提示されたなら、それなりに長くトークできると思うよ、わたしは」
ならば、
「お題、出してくれないでしょうか。トヨサキくんのために」
「今この場で彼に喋らせるの?」
「善は急げですから」
アハハ、と菊乃先輩は笑った。
笑ったあとで、トヨサキくんの顔面に視線を集中させる。
2人もお姉さんが居るから慣れているはずなのに、トヨサキくんは先輩の女子にタジタジになってしまう。
ダメじゃん。ダメにダメが重なってるよ。
中学4年生だよね、カンペキに。
出身中学に出戻って、留年してみたら!?