篁(タカムラ)かなえから手渡されたポスターの原案を見ている。何のポスターかというと、『第2回 KHK紅白歌合戦』の予告ポスターである。一昨年に一度だけ行われたイベントを何としても復活させたいタカムラは、新学期早々、告知活動に躍起になっていた。
「どう思う? 豊崎(トヨサキ)くん」
【第2放送室】出入口ドア付近のパイプ椅子にだらしない姿勢で座っているタカムラが意見を要求してくる。
出入口ドアの反対側の壁際にあるボロい木造りの長椅子に腰掛けているおれは、
「文字の色が、ケバケバしい気がする」
タカムラが途端に苦い顔になり、
「それどーゆー意味」
「人目にはつく文字の色なんだろうけど、赤茶けてて、なんかこう、グロテスクで」
「グロい!? わたしが作ったポスターが、グロいってゆーの!?」
「別にポスターを完全否定してる訳じゃない。文字の色が気になるってだけだ」
「ほとんど完全否定なんじゃん」
うるせえな。
「わたしがどれだけ文字の色に心血を注いだと思ってるの!?」
面倒くさすぎないか……コイツ。
呆れながら、
「もしや、夏休みの間ずーっと、ポスターの原案作りに没頭してたとか?」
「してたよ」
「宿題よりも優先させてそうだな」
「宿題は全部提出したから。キミとは違うんです、トヨサキくん」
「おれだって宿題全部出したから」
「信用度に乏しい」
「おれの担任の先生に訊いてみろ。証明してくれる」
無言で睨みつけてくるタカムラ。
けっ。
× × ×
ポスター原案に端を発した口喧嘩もひと段落し、
「ところで。おまえは入学以来ずっと、『KHK紅白歌合戦』に呆れるぐらい執着しているが」
「トヨサキくん。『呆れるぐらい』は余計」
「だって、執着の理由がよく分からんし」
「ムカつく」
「勝手にムカついてろ」
おれはそういう捨てゼリフを吐きながらも、
「執着の理由がよく分からない。よく分からないから、知ってみたくもある」
「――つまり、わたしが『KHK紅白』を復活させようと思ったキッカケみたいなのが知りたいの? キミは」
「ああ」と肯定しながら、首を縦に振る。
タカムラはマジメな微笑(わら)い顔になり、『KHK紅白』のポスター原案を胸に抱き留めながら、
「あのね。わたしの家にね、過去のNHK紅白歌合戦を録画したビデオテープが、たくさん保管されてたの」
「なんだそりゃ。おまえのパパやママが紅白マニアだったんか」
おれのツッコミをまったく意に介さず、ポスター原案を大事そうに大事そうに抱きしめて、
「そのビデオを暇な時によく観てたの、コドモの頃から。NHK紅白歌合戦ってね、昭和が終わるまでは、現在(いま)の半分ぐらいの放映時間だったの。放映時間が現在(いま)と比べて短いからかもしれないんだけど、魅(み)せ方も大分違ってるんだよね。ステージ上に席を作って、そこに出場歌手が常に座ってたり。わたしにはそういう所も面白くって」
絶賛回想モード突入中の厄介な同学年女子は、話を停めるコト無く、
「それから、紅白って、面白い部分とつまらない部分があって。『なぜ、面白い部分は面白いんだろう?』『なぜ、つまらない部分はつまらないんだろう?』って、考えながらビデオを視(み)るようになって」
「ハマってしまったという訳か」
「そうだよ。ハマっちゃったんだよ。わたしはNHK紅白歌合戦に恋をした」
「……アホな表現はやめれ」
「ゾッコンだったから、『あーっ、こういうイベントを、高校生になったら、全校生徒を巻き込んで開催してみたい……』って強く想うようになった。で、桐原高校は、そういう想いを実現できる場所だと思ったから」
「まさかの『志望理由が紅白歌合戦』か」
「志望理由はそれオンリーじゃないんだけどね」
「へ?」
タカムラはニコニコと笑うだけ。
何これ。知られざるタカムラの志望理由。伏線??
戸惑っていたら、
「あと、紅白歌合戦には、特別な思い出があって」
と、ウットリと幸せそうな表情になったタカムラが、どこまでも話を引き延ばしたいと言わんばかりに、
「わたしに歳の離れた弟がいるのは、キミにも話したよね?」
「あー、おまえが何回か言及してたから、知ってる」
「弟が産まれてからは、大晦日に、弟に寄り添いながら、紅白歌合戦を最初から最後まで観続けるのが恒例になって」
「弟さんは、前半が終わった時点でもう、眠っちまってるんじゃないの?」
「トヨサキくんって要らないツッコミを常時するんだね」
罵倒しながら笑顔を崩さないタカムラは、
「とにかく、大晦日の夜にそうやって弟と過ごすのが、1年で1番大事な時間なんだよ」
ふーーーん。
「弟には甘いみたいだな、おまえ」
「甘いんじゃなくて、優しいのっ」
ふぅーーーん。
「同学年男子とかには決して見せない優しい態度を、弟さんに……」
「何が言いたいのトヨサキくん」
タカムラの顔から笑みが消えた。
笑みが消えたのに臆するコト無く、おれは、
「まだ小さい弟さんが大好きなあまり、反動で、同学年男子とかに攻撃的な態度を取ってるんじゃねーのか?」
「ななっ」
カチンと来たのだろうか。眼を大きく見開き口を歪めつつ、右の拳(こぶし)をググググッと握る。
おれは臆さずに、
「昨日さぁ、耳にしたんだよ、おれの教室で。『新学期早々、タカムラが同じクラスの男子にキレていた。掃除の時間に、『怠けないでよ!!』と、手にした箒(ホウキ)を男子に突きつけながら――』」
静かに腰を浮かせるタカムラ。
どんと来い、である。
おれだって、おまえの攻撃性には慣れてきてるんだ。
どれほどおまえがブチブチにキレたって、落ち着いて対処できる自信があるんだからな?