背中の冷や汗を濃厚に感じたまま、枕元で充電されていたスマートフォンを掴み取る。充電ケーブルからスマートフォンを雑な手付きで外し、天気予報アプリのアイコンをタップする。
複数の天気予報アプリを参照したのだが、どのアプリも気温の上昇を告知していた。2月末日の今日は、春の本格的な到来を告げるような気候になるのが確実だ。
それなのに、ぼくの部屋とぼく自身は、真冬のような寒さに包まれている。底冷(そこび)えという日本語がある。底冷えという日本語が表している状態を、今、強く強く認識し、強く強く実感している。
カラダだけが底冷えなのではない。ココロまでも底冷えなのだ。
ぼくは、ベッドの上で両脚を伸ばし切れていない。『だらしない体育座り』とも形容できそうな姿勢になっている。
上半身は、猫背。背中に感じ取っていた冷や汗がココロにまで染み込んできているのを痛く痛く感じ取る。
どうして、こんな風になってしまったのか。羽田利比古(はねだ としひこ)における心身両方の底冷え状態の原因は、なんなのか。
× × ×
悪夢。
この漢字二文字の現象が、ぼくのココロとカラダに底冷えをもたらした。
あすかさんや川又(かわまた)ほのかさんにキツく罵倒されるだけだったら、まだマシだった。現実(リアル)においてもしばしば、両者はぼくに対して攻撃的に当たってくるから。
あすかさんや川又さんの怒りを目の当たりにするだけの夢だったら、これほどの底冷えなど誘発されなかっただろう。
ココロとカラダが底まで冷え切るのに顕著(けんちょ)な貢献をしたヴィジョン。
それは、大勢の人間がぼくに対して激怒してくるヴィジョンだった。
入れ代わり立ち代わり……という表現がピタリと当てはまるだろう。本当に、入れ代わり立ち代わりだった。
両手指で数え切るコトのできない人たちが、ぼくに向かって激しい怒りをぶつけてきた。
しかも、激しい怒りをぶつけてきた人たちは皆(みな)、ぼくがよく知っている人物だった。
列挙するのが怖い。列挙する行為を始めてしまったら、毒蛇(どくへび)に締め付けられるような感覚がきっとやって来る。これ以上冷え冷えとなりたくないのなら、列挙しようとしないのが身のためだろう。
だけど、『列挙しようとしてはいけない……』という思いが強まると、そういう思いを裏切るかのように、ぼくにとって特に大切な人物の憤怒の表情が脳裏に浮かび上がってきてしまう。
具体的に言えば、ぼくの姉と、ぼくの姉の恋人たるアツマさん……。
夢の中で、姉に、ドギツい声でドギツいコトバを言われた。
夢の中で、アツマさんに、ドギツい声でドギツいコトバを言われた。
姉だけの激怒だったら、まだ少しは耐えられる。
でも、姉だけではなく、アツマさんまでもが……。
頭髪を掻きむしりたい衝動が引き金を引く。
ベッド上で、中途半端な姿勢のままに、極端な勢いで自分の髪を荒らしていく。
両人差し指を頭皮に深く食い込ませる。
その直後に、両手を頭部から一気に離す。
離した両手で、ベッドを叩く……限りなく弱々しく。
× × ×
どす黒(ぐろ)い色の3月がやって来そうな悪寒しかしない。
こんな極悪の夢を見てしまったのだから。