【愛の◯◯】ここで厄介な男子が登場

 

日曜出勤である。もちろんおれは勤め人ではない。高校のクラブ活動のための日曜出勤だ。寒い中を朝っぱらから学校に向かわねばならず、相当ダルかった。しかし、行かねばならぬのだ。おれが行かねば活動が成立しないのだ。会員数わずか2名のクラブなのだから。

 

午前10時台だ。【第2放送室】の机でひたすら台本とニラメッコしている。何の台本かというと『KHK紅白歌合戦』の台本である。『何じゃそりゃ、『NHK紅白歌合戦のパクリかいな』とツッコむ人が必ずいるだろう。パクってるのは認めざるを得ない。しかし、高校生がやるコトなので多少は大目に見てほしい。ちなみに『KHK』とはおれたちのクラブの略称である。

台本はKHKの片割れのタカムラかなえが全部書いた。おれはタカムラが書き上げた台本の誤字脱字をチェックするだけだ。内容に踏み込んで意見してもその意見は恐らく一蹴される。誤字脱字以外のアレコレはもう諦めている。ほとんどタカムラの言いなりだが、やむを得ない。

凝視してページをめくる。ようやく半分に眼を通せた。

眼精疲労は避けたいから、ひと休みして目薬をさそうと思った。

しかし、その瞬間に、

『どこまでチェックできたの? トヨサキくん』

という大声。

タカムラかなえがドアで隔てられたスタジオから飛び出してきたのだ。

「半分ほど」

おれは正直に答えた。

だがしかし、

「まだ半分!? 信じられないよ。11時までには台本全部チェックしてほしかったのに……!!」

そんなに右手を握り締めなくてもいいだろ、タカムラ。

おまえが凶暴な性格なのは把握済みだ。だが、瞬時に怒りが沸騰するトコロは『何とかしないといけない』と思っているんだぞ。

呆れたことにタカムラは左人差し指をビシッ! とおれに向けて突きつけた。

「まったくもう。もし11時半までに台本チェック全部終わらなかったらグラウンド10周だからね!?」

……冗談ですよね?

頼むから『冗談だ』と言ってほしいのですが。

 

× × ×

 

ヘトヘトになって【第2放送室】のある旧校舎を出た。

とっくに午後の1時を過ぎている。ヘトヘトな上に腹がペコペコだ。タカムラのやつ、おれに昼休憩を与えるのが遅過ぎるんだよ。

コンビニで昼飯を調達したい。しかし、最寄りのコンビニまではかなり歩かねばならない。学校に最も近かったコンビニが先頃潰れてしまったのだ。

とてもゲンナリしながら校外を目指し歩いていた。

そしたら、部室棟の方角から男子がひとり、こちらに向かい接近してくる。

これは厄介な事態になったぞ……と思った。おれがよく知っている男子だったのだ。

その男はおれの存在にすぐに気付いて立ち止まり、

「トヨサキじゃないか。日曜なのに、どうして学校の中をブラブラしてるんだ?」

「そのコトバをそっくりそのままおまえにお返しするよ、高垣交多(たかがき こうた)」

「エッ、なにゆえぼくをフルネームで」

「高垣交多。おれと同学年の1年生。『読書力養成クラブ』なる胡散臭いクラブに所属していて……」

「その説明ゼリフは一体何なのかな」

高垣が半笑いでおれのコトバを遮る。

半笑いなのだが気持ち悪さはあまり感じられない。なぜかと言うに、この男はなかなかの美男子(びなんし)なのである。これで発言がヘンテコでなかったら、完璧な美男子であり、わが桐原高校を代表するほどのモテ男になれるはずなのだが。

「……もったいないよな」

気が付けばおれは呟いていた。

呟いた1秒後に高垣がおれのプライベートなゾーンに入ってきて、

「もったいない!? それはもしかして褒めようとしているのか!?」

「あんまり叫ぶな高垣。声が大き過ぎる」

「大きくてもいいじゃないか。ぼくとトヨサキ以外に人が通る気配がないんだし」

「そういう問題じゃねーだろ」

至近距離を保ったまま、

「トヨサキよ。きみの中で着実にぼくの魅力が育っているみたいだな」

と言いつつ、中途半端に長い自らの髪を搔き撫でる。

ヘンテコな発言に、不必要な動作……。

『読書力養成クラブ』には上級生が何人も居ると聞いている。センパイがたにはコイツを矯正する気がないというのだろうか。強制的に矯正する必要があるとおれは思うのですけどね……。

粘着質な欠点もある高垣は至近な距離を保ち続け、

「それでもって、トヨサキは何のために日曜に登校してきたんだ?」

「おまえも知ってるだろ、次の金曜、終業式の後に『KHK紅白歌合戦』をやるんだよ。タカムラかなえに駆り出されたんだ」

「ほぅ。ほぅほぅ」

数回頷いた後で高垣は、

「タカムラかなえがねぇ。彼女は、校内でも有数のバイタリティに満ちた女子生徒だと思っているよ」

とタカムラを評価したかと思えば、

「――トヨサキ。『枠』は余っていないのかい?」

「は?? 『枠』って何じゃいな」

「にぶいなあ。『出場枠』だよ、『出場枠』」

もしや。

まさか。

「高垣おまえ、『KHK紅白』に飛び入り参加しようと思ってるんか!?」

「なんだい? 飛び入り参加は、ルール違反なのかい?」

「ぜ、絶対にタカムラがキレる。お願いだから飛び入り参加みたいな真似はやめてくれ。おまえがどうなっても知らないぞ」

だが、しかし。おれが忠告しているにもかかわらず、

「――それもまた一興(いっきょう)。」

オイッ。