「ふぃー、疲れた疲れた」
マンションの部屋の玄関で思わずそう言ってしまう。体力があり過ぎるがゆえに本当はそんなに疲れていない。しかし、こういうコトバがついつい口から出てしまうのである。癖みたいなモノだ。
ダイニング・キッチンに入っていく。
すると、驚きの光景をおれは眼にしてしまったのだ。
キッチンのコンロの前で愛がお料理している。それはいい。だが、愛の他に、部屋にはもう1人……!
おれの妹が、リビングとダイニングの境目のあたりで、正座をしていたのである……!!
「あすか!?」
ギョッとしておれは叫ぶ。
「なんでおまえマンションに来とるんじゃ。しかも、正座だなんて」
ここで、鍋の火を止めた愛がおれの方に振り向いてきて、
「どうしてもあなたに会いたかったそうよ、アツマくん」
いや、直前の週末に邸(いえ)の方で会ったじゃねーか……と疑問をおれは抱くが、
「お兄ちゃん」
と今度は妹が口を開き、
「思わず正座しちゃうぐらい……待ち遠しかったの」
なにそれ。
意味わからん。
デレ期か?
しかし、普段あんなに攻撃的な妹がデレ期突入だなんて、あまりにも唐突過ぎねーか?
振り返ればこの前の金曜日、『スキンシップがしたい』と言ってきて、おれの背中に妹がひっついてきた。
その時は、『これも一種の気まぐれで、すぐに平常営業のあすかに戻るだろう』と思っていた。
しかし……あすかは、『戻らなかった』みたいだ。
正座しているあすかが幼く見える。目線は下向き。兄のおれを見るのではなく床を見ている。恥ずかしくて兄を上手に見上げられないご様子。
「あのね、お兄ちゃん」
雪の降りかかるがごとくに背筋が寒くなるおれに、
「金曜日のアレだけじゃ、甘え足りなかったの……」
と妹が……!!
× × ×
妹と隣同士で飯を食う。料理の味を感じ取る能力が激しく鈍る。
向かい側の愛は闇に包まれた笑顔であった。
食事が終わった後。
「風呂」
そう言っておれは妹から逃れようとするが、
「ダメだよお兄ちゃん。食後すぐにお風呂に入ったらカラダに悪いよ」
という指摘が背中に食い込んできてしまう。
追い込まれたおれは、
「じゃあ、シャワー」
と言うが、
「シャワーで済ませるなんて、わたし許さない」
と、椅子から立ち上がる音と同時に妹は。
ぺたぺたとおれの背中に歩み寄ってきて、
「お願いだからソファに座って」
と懇願の妹。
「どうするつもりなんだ」とおれ。
「それは寄り添ってからのお楽しみだよ」とあすか。
『寄り添う』って。『お楽しみ』って。
「おまえちょっと乱調過ぎねーか。ショックな出来事でもあったんか」
「ないよ。」
非常に甘えん坊な声であすかが答えた。
× × ×
「おにーちゃん。『おかわり』だよ、『おかわり』」
右隣から密着寸前のあすかが謎のコトバを発してきた。
おれのツッコミを許さず、続けざまに、
「金曜の背中スキンシップで物足りなかったから、その『おかわり』」
諦めの境地に達してしまったおれはやや猫背になり、
「『おかわり』だか何だか知らんが、実行するならさっさと実行してくれ」
おれの要望に応え、左肩を右肩に密着させてくる。右手の上に左手が被さる。
ソファ上で完全なるスキンシップ状態が出来上がる。
あすかの黒髪から何だかオトナっぽい匂いがする。コドモに戻って甘えてくっついているというのに、アンバランスだ。
「……あのだな。やはり、おまえが21歳の大学3年生である事実は、動かせないワケだ。だから、ここまでコドモっぽい行動に走るのは……どうかと思うぞ?」
「そうだね。わたし、21歳の女子大学生だね」
おれの右手を左手でフニフニしながらそう言うが、
「でも、お兄ちゃんの妹でもあるんだよね」
と言う明るい声が、おれの耳元に……。
「もう幾つ寝ると2025年じゃん」
左手で右手フニフニをやめたかと思えば、左腕を右腕に絡ませてきて、
「年が明ける前に、最大限の感謝がしたいの、お兄ちゃんに。支えてくれるから、助けてくれるから、尊敬してる。前よりもずっと、尊敬してる。お兄ちゃんのコトが、『大嫌い』の『ハンタイ』なの……」
背中の右側にあすかのオデコが触れた。
仕事中とは比較にならない程のプレッシャーがのしかかってきている……!!!