お母さんがビールをぐびぐび飲んでいる。某県某所のクラフトビール。わたしも呑みに付き合っている。ビールの風味の違いだとかまだよく分からない。でも、美味しいビールであるのは確かだ。
それにしても、
「相変わらずたくさん飲むね……お母さんは」
ダイニングテーブルの椅子に座るお母さんの前に空き瓶がいっぱい並んでいる。クラフトビールの瓶も最後の1本になってしまった。
その最後の1本をお母さんは持ち上げ、
「まだまだ夜は長いのよ~、あすか」
と不穏なことを言う。
「飲み足りないの!? わたしは付き合わないよ」
「エッ、わたしを独りにさせちゃうつもりなの……!!」
あからさまな演技だった。つぶらな瞳を作ろうとしているけど上手く作れていないし、悲しみのこもった声を作ろうとしているけど上手く作れていない。
溜め息をついた後で、
「分かった分かった。アルコールはもう摂取しないけど、居てあげる」
「うれしい……!!」
「はいはい」
【第2ラウンド】を始めてからも酔う気配の見られないお母さん。どんだけアルコールに強いの……と思っていたら、
「あすか。アツマが明日帰ってくるわよね」
わたしは緊張を感じながら、
「兄貴の帰省が……どうかしたの」
「どうかするわよぉ~~」
「え」
「あなたは『兄貴』とか言ってるけど、内心嬉しいんでしょ。『お兄ちゃん』に甘えたいんじゃないの~~??」
× × ×
途端に顔の全部が熱くなった。取り乱して、いろんなコトバを喚きたててしまった。
取り乱しの理由は時間と文字数の都合で省略する。
× × ×
「反抗期みたいになってゴメンナサイ」
「ちゃんと謝れて偉いわねっ☆」
「……」
口を結んで手前のテーブルを見る。わたしが制作に携わっている『PADDLE(パドル)』のバックナンバーが重なって置かれている。
ダイニング・キッチンからリビングに移動していたのだ。流石にお母さんはもうお酒を携えてはいない。わたしの右斜め前のソファでわたし同様に『PADDLE』に視線を向けている。
「相変わらず結崎純二(ゆいざき じゅんじ)くんの責任編集なのね」
「来年度もだよ。6年間じゃ卒業は無理だった」
「それは逞(たくま)しいわねえ」
「逞しい!? ぶっちゃけスネかじりなんだよ、あの男子(ひと)!?」
「うふふ」
「な、なにその笑顔」
「スネかじりはあんまり関係ないと思うわよ?」
「お母さんは結崎さんの生き方を支持してるの……。ショックだよ」
「――あすかには『お悩み』があるのよね? 『PADDLE』の記事執筆に関連して」
会話の流れをぶった斬り、いきなり核心を突いてくる。
いつもニコニコしているお母さんのこういうトコロが怖かった。
わたしは左腕で頬杖をつき、
「自分で言うのもアレだけど、自分の書く記事は高いレベルで安定してると思う。でも、『伸び代』が無いって思っちゃうんだ。もう一皮剥けたいって感じがしていて」
お母さんが何故か右斜め前のソファを離れ、わたしの横に接近してくる。
それ、どんな動きかな。
今にもわたしの方にカラダを傾けてきそうな気配。戸惑う。
「あすかは向上心があるから大好きよ」
「向上心だけあったって。伸び悩んでたら意味をなさないし」
「おバカ」
「!?」
「ごめん、今の取り消して☆」
「お、おかーさんっ」
「常に自分に満足しないのはとっても良いコトだわ。あなたにはこれからもそういう調子で行ってほしい」
ついに左肩をわたしの右肩にペッタリくっつけてきた。
あれだけお酒には強いんだけど、酔いが少しもまわってないわけじゃなかったり??
「ねえ。母であるわたしからの、今月最大のお願い」
「……なに?」
「利比古くん呼んできてよ。利比古くんにも『PADDLE』のあなたの文章を読んでもらおーよ」
「ななななんで彼に!?」
「なんとなくぅ」
「ちゃ、ちゃんとした理由無いのなら、呼ばないよ」
「呼んでくれたら図書カード5000円分~」
「と、図書カードで釣らないでよっ!!」
ここで、なんと、大変不都合なことに、わたしの背後に足音。
振り向けば、流(ながる)さんだった。母娘のヒドいやり取りの横を通過しようとしていたのである。
「アッ流くん!!! ちょうど良過ぎるトコロに。あのねわたしね、利比古くんをここに呼んできてほしいのぉ」
「お母さんは流さんを使ってまで利比古くんを呼びたいの!?」
「なんでそこまで抵抗するのかな」
お母さんの疑問を無視して、助けを求めるように流さんを見る。
『首を横に振ってほしい』と流さんに対して願う。
しかし、この邸(いえ)の住人で2番目に年齢の高いアラサー男性の彼は、不穏な微笑み顔。
眼鏡の奥に、わたしにとってこの上なく不都合な思惑が潜んでいる気がして。
それでそれで。
首を横に振ることなく、無情なアラサー独身男性・流さんは、口をゆっくりと開いていき、それから……!!!