【愛の◯◯】衝撃が、樹下(じゅか)に

 

水色の空に雲がのんびりと浮かんでいる。のんびりと浮かんでいるのは春の雲の特徴なんだろうか。

穏やかな風がわたしのスカートを揺らす。スカートを手で押さえるほどの勢いの風ではなかった。

桜の樹を見上げてみる。3月が始まったばっかりなのだ、花が咲き満ちているワケも無い。

満開の桜が見られるのは、在校生だけ……か。

送り出される立場のわたしは、満開の桜の下に佇むコトができない。しょうがないよね、季節の移ろいがそれを許してくれないのは。

まだ膨らまない桜の樹の下には、2年生のメガネ男子くんの立ち姿。

桜の樹も控えめだし、伊藤冬太(いとう とうた)くんも控えめだ。いろいろな意味で控えめな2年生メガネ男子くん。

『控えめな印象を与えるのに彼のメガネはどれほど貢献してるんだろうか?』とか、考えている場合じゃない。

時間の猶予(ゆうよ)があまり無い。このあとで本田(ほんだ)くるみと合流するコトになっている。伊藤冬太くんには本当に申し訳無いんだけど、この場所には長く留まっていられない。

長く留まっていられない、からこそ、『伝えたいコトを伝えなきゃ』という意識が強く深くなっていく。

――このシチュエーションをいつまでも味わっている場合じゃないってコトだ。

わたしは一歩進む。伊藤くんとの距離を縮める行動。

『まっすぐ見てあげなきゃ』という想いでわたしのココロはいっぱいだ。

わたしと伊藤くんとの距離は何メートルぐらいだろうか。2メートルってトコかな?

……距離の長い短いよりも、『わたしがどれだけ伊藤くんにまっすぐ向き合えているかどうか』の方が重要なんだけど。

また一歩踏み込む。

そして、

「『ヒトの眼を見て話しなさい』って家で教育されたから、キミの眼を見て話すよ。眼を離さないで話す」

と、告げる。

「のっけから謝るのはどーなんだろう……って想いも、あったりするんだけどさ」

と言い、

「先輩女子として、いろいろと不誠実で、すみませんでした」

とキッパリ謝る。

『不誠実過ぎる』という意識が過剰になって滑り止めの入試をボイコットしたコトは、今は伏せる。

伊藤くんの反応をしっかりと確かめたくて、伊藤くんの顔に眼を凝らす。

申し訳無さそうになっているのがグングンと伝わってくる。

なんでキミの方が申し訳無さそうになっちゃってるのかなあ。謝ったのはわたしの方だよ?

謝ったのはわたしなのに、キミが謝ったみたいな感じになっちゃってるじゃん。

……いいんだけどさ。

そんな風になっちゃうのも、紛れもない、キミの個性なんだから。

……言いたいコト、まだ、全然言えてない。

謝罪するだけで終われるはずも無い。

時間制限アリだから、いちばん言ってあげたいコトをとっとと言ってしまおう。

それが絶対良(い)いと思う。

わたしはわたしの背すじを伸ばす。わたしはわたしの息を吸い込む。

そしてそれから、

「これからは、ちゃーんと、キミと向き合うよ。約束する。先輩女子に二言(にごん)は無い」

と、コトバを吐き出していく。

「約束、結ぶ。結び過ぎて痛くなったら、ゴメンナサイ」

そう言い重ねてから、

「キミへの要求が、1つ。次に会う時は――『寺井(てらい)先輩』じゃなくて、『菊乃(きくの)先輩』って呼んでほしい」

 

× × ×

 

胸がくすぐったい。伊藤くん、しどろもどろに話すコトしかできなくなっちゃってたんだもん。

胸がくすぐったくなりっぱなしのまま、本田くるみとの約束の地へ向かう。

『この期(ご)に及んで遅刻確定!?』というLINEが、くるみからやって来ていた。はいはい、わたしが悪いですよ。卒業式当日も同期の親友女子をイラつかせてしまって、誠に申し訳ございません。

暖かな陽(ひ)がさしてくる。

暖かな陽射(ひざ)しを感じ取るコトで、『伝説の樹の下』に接近しているのを自覚する。

くるみの居る場所に向かう通り道に『伝説の樹』は存在している。

『告白伝説』みたいなモノがあるらしい。『伝説の樹の下』で告白したら、成就(じょうじゅ)する……そんな伝説だ。

わたしに言わせれば、ありきたり過ぎる。それに、オカルト色があまりにも濃厚過ぎる。『伝説の樹』を神さまに見立てて、愛の告白をするってか。高校生もスピリチュアルなのがずいぶんと好きなんだねえ。

『伝説の樹』のそんな伝説が、『伝説の樹』が本来なんの樹であるかを隠蔽してしまった。桜の樹ではないコトだけは知れ渡っている。だったらなんの樹なんですかねー。

……さて、『伝説の樹』が、とうとう視野に入ってきている。

男子と女子が向き合っている姿が視野に食い込む。

『告白伝説』、健在。卒業式当日に、白昼堂々と。どっちが告白する側なのか分かんないけど、最近の高校生らしからぬ度胸の強さだ。その度胸をどこまでポジティブに評価できるのかは人次第なんだけども。

先ほど『ありきたり過ぎる』とか『オカルト色濃厚過ぎる』とか言った。

でも、卒業式当日なのも手伝ってか、結構な好奇心がわたしの内部に芽生えてきている。

歩む足が遅くなる。伝説の樹下(じゅか)に立っている男女への好奇心が抑えられないから。

樹下への距離が緩やかに短くなっていく。

――重いモノが胃袋に直撃するような感触が急にやって来て、わたしの歩みを停止させてくる。

あれっ……!?

ちょっと……待って!?

知ってる、わたし……。

知ってる、っていうのは、伝説の樹下で向き合い状態の、男子と女子、両方を……!!

背中だけが見える女子は、タカムラかなえちゃんだ。

両肩に触れるぐらいの長さの髪は紛れもなくタカムラかなえちゃんの髪だ。制服の着こなし方も紛れもなくタカムラかなえちゃんの着こなし方だ。スカート丈がわたしの確信を裏付ける。

かなえちゃんと向かい合っているから顔も視界に食い込んでくる男子は、マスダ訓史(のりふみ)だ。

高校生男子の平均よりも長めであろう髪は紛れもなくマスダ訓史の髪だ。制服に包まれたスッキリとした体型も紛れもなくマスダ訓史の体型だ。太くもないし細過ぎるコトもない両腕がわたしの確信を裏付ける。

卒業証書の入った筒を持っていないタカムラかなえちゃん。

卒業証書の入った筒を持っているマスダ訓史。

……なぜ!? どうして!?

どーゆーコト!?

なんで、よりにもよって、よりにもよって……!!