とある街路を歩いている。茗荷谷駅の近くとだけ言っておく。
梅雨の季節だが幸いにして今日は晴れ間が覗いていた。夕焼けに向かって時間は着実に進行している。
歩いているのはわたしだけではない。右隣に棚田(たなだ)さん。女子校時代の同期の子だ。
高校時代と比べて短くなったと思われる髪以上にわたしが着目するのは、被っている帽子だ。文字数その他の事情で詳細な描写は省略するけど、とってもステキな水色の帽子だと思う。6月という季節と調和している。「つば広(ひろ)」なのが彼女のチャーミングさを引き立てるのに貢献している。
歩くスピードを緩めて、
「良いわね、その帽子。わたし、そんなにステキな帽子、持ってない」
褒めようとして言ったんだけど、立ち止まる棚田さんは、半ば呆れ顔になってしまって、
「わたしの所有物をベタ褒(ぼ)めな勢いで褒めてくるだなんて。ちょっと羽田(はねだ)さんらしくないかも」
棚田さん同様歩みが停まる。目線が少し下がってしまう。
「わたしの帽子なんかより、羽田さんの方が100倍ステキだから」
棚田さんの言い足しによって一気に跳ね上がってしまう目線。
「それ、どーゆー意味なの……棚田さん」
「えー、わかんないかな。羽田さんの100倍のステキさが、わたしの帽子を完膚無きまでに打ち砕くってコト」
「そっそんな表現じゃ、ますますわかんなくなっちゃうわよ」
焦り出してしまうわたしのコトバ。
相対(あいたい)する同期女子の呆れ顔の度合いが上がっていくから、つらくなってきていたら、
「ノーメイクじゃないと思うけど、ずいぶんと薄(うす)メイクだよねえ?」
「どどどどーしてわかったの」
背すじが過剰に伸びるわたしに、
「面白い反応、ありがとう。女子校時代を想い起こせる」
と、苦笑いをこぼしながら……棚田さんは。
× × ×
現在歩いている街路の近くにある某・国立大学法人を卒業した棚田さんは、いったんは就職したんだけど、1年で会社を辞めてしまった。
ずっと好きだったお料理への情熱をカタチにするために、もう少し夏が深まったら、欧州へ短期留学する。そう遠くない未来に、自分の飲食店を持ちたいのだという。
さっきまで入っていたカフェで彼女が話していたコトの中で、印象的だったトコロ。
『わたし実は、本を読むのが得意じゃないんだ。レシピ本読むのも、苦手でさ。だから、レシピ本に書いてあるレシピの指示を守らない時も、しばしば。レシピを厳密に守らないで成功するコトも失敗するコトもあるけど――成功する方が、多いかな』
× × ×
小さな公園に入って、ベンチに隣同士で腰掛けた。
「あなたは、レシピ本に書かれてる通りにお料理を実践するのが得意だって、思い込んでた」
思い切って言ってみたら、右隣の棚田さんは、
「唐突に何かと思えば、わたしがカフェで言ってたコトがそんなに記憶に残ってたワケ」
と、呆れ笑い。
なんだか、今日の棚田さん、わたしのお料理スキルに惚れ抜いて「お料理同好会」へと再三勧誘していた高校生時代の棚田さんとは、ちょっと違う。
違和感と違和感に起因する戸惑いがわたしの言語運用を鈍らせ、うまく応答できなくなってしまう。
右隣の棚田さんの気配が距離を詰めてくる。
明らかに、カラダを寄せてきている。
半袖と半袖が、あと少しで、触れ合っちゃう。
まるで梅雨寒(つゆざむ)の如き寒気(さむけ)を自覚しちゃうわたし。
「ゴメンね、カラダ、近くって」
甘みを増す彼女の声。
「重要なコトは、近付いて言いたかったから……距離、詰めた。許してね」
ますます増すわたしの緊張感。
「アツマさん、いるでしょ。羽田さんの、カレシさん」
アツマくんに急に言及してきてわたしに深いインパクトを与えてくる同期女子は、
「できるなら、短期留学前に、アツマさんが働いてるっていうカフェの『リュクサンブール』に行ってみたい。……それはそれとして、それはそれとして、さ」
いったん中断する発言。息を吸い込む音。
「羽田さんは、アツマさんと、ケッコン、したくないの!?」
突拍子も無い声が響き、衝撃がわたしのココロの中心部まで食い込んでくる。
「長いんでしょ、交際期間……。勝手に思い描いてゴメンナサイ、なんだけど、羽田さんとアツマさんが家族を作って、子どもさんと一緒に食卓を囲んでるビジョンを……1年ぐらい前から、何度も思い描いてるんだ」
わたしの驚きを巨大化させる、棚田さんの想像力。
「羽田さんから送信されてくる画像で、アツマさんとの『ふたり生活』の様子、だいぶ想像できてるから。『ふたり生活』を、ケッコン生活……に、ランクアップ、させてほしい。わたしの、本音。わたしからの、お願い」