【愛の◯◯】勢いの全然感じられない先輩

 

学祭(がくさい)が間近に迫った放課後、とある校舎の日陰にて、わたくしタカムラかなえは、ひと休みをしていた。

出し物準備をしているクラスのみんなの了承を得ているから問題なんか何も無い。コンクリートにスカートをくっつけて爽健美茶をゴクゴク飲んでいる。

左サイドに置いているのは、野球帽デザインのキャップ。わたしのクラスの出し物はベースボールをテーマとしたカフェで、接客係は野球帽デザインキャップをかぶって働くコトになっているのである。

『『ブーム』に乗ってドジャースキャップで統一しようぜ!!』と主張する某・男子生徒と、『イヤだよ、東京都にある高校なんだし、ヤクルトスワローズ読売巨人軍のキャップにしようよ』と主張する某・女子生徒が相譲(あいゆず)らず、キャップ決めは難航したのだが、最終的には、『各自、好きなキャップを持ってくる』というコトで落ち着いた。

ヤクルトキャップか巨人キャップが良いと強硬に主張していた某・女子生徒が、泣きベソをかきながら、佐◯木朗◯の悪口を連発していたのは、ココだけのヒミツだ。

――爽健美茶のペットボトルを右サイドに置いたわたしは、左サイドに置いていた野球帽デザインキャップを、左親指と左人差し指でひょいっ、と摘(つま)んでみる。

秋らしい陽光に向けてキャップをかざしていたら、向こう側から1人の男子生徒がこちらに近付いてくるのが眼に入った。

彼は、わたしと一緒に『KHK(桐原放送協会)』で活動しているトヨサキ三太(サンタ)くん、とは似ても似つかない、3年生の先輩男子生徒だった。

スッキリしたスタイル。どちらかと言えば長めの髪。ぬぼ~っとしているトコロもあるトヨサキ三太くんとは大きく異なる、スマートかつクールなルックス。

マスダ訓史(のりふみ)先輩である。

「マスダ先輩」

コンクリートにスカートをくっつけた姿勢のまま、わたしは、

「こんにちは」

とあいさつする。

あいさつに反応して立ち止まったマスダ先輩の口元が、まるで、美味しくない食べ物を口にしてしまった時のよう。

ちょっとムカッとする。わたしに『こんにちは』って言われるのが、そんなにイヤなんですか?

モゴモゴとなってしまうマスダ先輩の口。似合わない。マスダ先輩に最ッ高に似合わない。マスダ先輩なのに、ダサい。そのヒトコト。

やや前傾姿勢になるわたしは、

「『こんにちは』には『こんにちは』で返せないんでしょーか」

と、先輩を煽(あお)る。

マスダ先輩は途端にうつむく。

ダサっ。

「そんなに『シャイ』でしたっけー、先輩ってー?」

わたしは更に煽って、

「わたしの眼を、見てほしい。――これが、本日の放課後のわたしの希望です」

マスダ先輩は、うつむくのをやめてくれない。『らしくない』沈黙。ダサい、ダサ過ぎる。

「……なんで。なんで、『眼を、見てほしい』だなんて、タカムラは」

弱り切って朽ち果てる寸前の虫のようなマスダ先輩のお声が、耳に届いてきた。

「四の五の言わずに顔を上げてください」

ピシャッと言うわたし。

立て続けに、

「せっかく、先輩は、『イケてるメンズ』な顔なのに。もったいないったらありゃしない」

と、声を浴びせていくわたし。

マスダ先輩が『裏切り』の行動をとった。

わたしを見るために顔を上げる、どころか、わたしの反対側を向いてしまったのだ。

なんで背中なんて見せるの。

逃げちゃうんですか!?

「……ダサい背中。」

呟くようにわたしは言った。

マスダ先輩の背すじは、伸びない。

トボトボと歩み出し、わたしから遠ざかり始める。

『バカじゃないの』と言いたくなってきたタイミングで、駆け出し始めた。

当然のコトながら、勢いの全然感じられない逃げ足だった。