【愛の◯◯】『してるよ』と『できました』

 

タカムラかなえちゃんの弟さんの学武(マナム)くんは小学校3年の3学期。反抗期にはまだ早いはずである。

なのに、

『マナムがいつ反抗期になるのか、不安で……』

と歳(とし)の離れたお姉さんのタカムラちゃんは言っているのである。

不安がる必要なんて無いと思ったから、

「――タカムラちゃんの反抗期は?」

いきなりの問い掛けにタカムラちゃんは驚愕。

自分の家の自分の部屋の自分のベッドに座っている後輩女子は、コトバを上手く出せなくなり始める。

19時を少し過ぎたトコロ。タカムラ家訪問のわたしはカーペット上に控えめに腰を下ろして、可愛い後輩女子の可愛い動揺ぶりを味わう。

 

タカムラちゃんが言語を取り戻すのを待ってあげていた。

「わたしの反抗期がなんなんですかっ、モネ先輩」

やや猫背になって短めの丈のデニムの両膝部分に両手を押し付けながら、ようやくといった感じで後輩女子が口を開く。

反発のギザギザ声を楽しむ悪い先輩女子のわたしは、

「いつ反抗期を迎えたのか、かなーり気になるんだけど」

と応える。

後輩女子から見て右斜め下に後輩女子の視線が伸びていく。

なんだか歯ぎしりする勢いの後輩女子は、

「モネ先輩だって、反抗期あったはず。……ありましたよね、反抗期?」

と食い下がり、

「モネ先輩に反抗期が無かったなんて考えられない」

とキモチを吐き出す。

『どーなんですか。教えてください』

そんな風なココロの呟きが今にも聞こえてきそうだ。

――タカムラちゃんには悪いけど、わたしの反抗期云々は『ナイショのお話』だな。プライバシー保護の観点を重視するとか、そんなんじゃ無いんだけど。

突っつきたいコトがまだいっぱいあるのだ。反抗期云々で立ち止まってはいられないのだ。

テンションを上げていかなきゃ。タカムラちゃんを圧倒するレベルのテンションにならなきゃ。

「あの、先輩……? その前のめり、なんですか。その満面スマイル、なんなんですか」

背すじを大仰に伸ばすタカムラちゃんの口から弱めの声が出てくる。

「反抗期がどうこうとか、そんなコトよりもさぁ!!」

わたしは明るく強い声を出して、

「もっと重要な『懸念事項』、あるんでしょ!?」

と、より一層カラダを前に傾けていく。

「けねんじこう……?」

戸惑い気味の弱い声が真向かいの後輩女子から。

その声を耳に焼き付けながら、

「マナムくんの反抗期の訪れなんかよりも、もっと『差し迫った』事項、タカムラちゃんにはあるんじゃん」

わたしからのコトバを受け止めた後輩女子が、何かに気付いたような表情になった。

気付きの彼女の表情に、怯えのようなモノがだんだんと浮かんでいく。

「すぐに拡散する世の中なんだよ?」

シットリとした声音をわざと作り上げて、追い込む。後輩女子には悪いけど、今夜は『ここが勝負』なのだ。

タカムラちゃんの『気付きレベル』が急上昇していっている。気付くコトに付随するココロの震え。タカムラちゃんの表情を通してタカムラちゃんのココロの震動がダイレクトに伝わってくる。感情を隠すのが不可能になった顔が眼に焼き付く。

「どこまで知ってるの、先輩……。」

蒼白(あおじろ)い声がポロッとこぼれる。

わたしは軽く息を吸ってから、

「『伝説の樹の下』にマスダくんと立ってたトコまで」

と答える。

タカムラちゃんの両眼が一気に見開かれる。

卒業するマスダ訓史(のりふみ)くんと卒業式当日に『伝説の樹の下』に立っていたのをわたしにも知られてしまったのだ。そういう反応になるのも仕方が無い。

両眼を膨らませ切ったあとで、しおしおとうつむいていく。『モネ先輩にはやっぱり敵(かな)わないんだ』と悔しがっていそう。

白旗を上げたってコトで、いいんだよね。

どこまで打ち明けてきてくれるかな、先輩女子たるわたしに向かって。

姉御肌(アネゴはだ)、見せたいトコロではあるんだけども。

 

× × ×

 

マスダくんから手渡された封筒の中には、キレイな文字で書かれた長文のお手紙が入っていた。

『告白のお手紙』では無かった。

だけど、告白のお手紙では無かったからひと安心、というワケにはいかなかった。

デートのお誘いを、マスダ訓史くんは長々と綴っていたのだから。

何枚ものルーズリーフに書かれた長い文章だった。動機。日時。待ち合わせ場所。目的地。目的地の選定理由。デートのお誘いに必要な事項が漏れ無く記されていた。

「彼、待ち合わせ場所、どこに指定したの?」

もっと知りたいから訊いてみた。

背すじと姿勢を正して訊いてみたわたしの眼に、タカムラちゃんのためらいが映った。

しばらくは自分の中で迷いをグルグル回転させていたみたいだったんだけど、やがて、わたしの眼に眼を合わせて、

「東京メトロの、銀座線の……」

 

× × ×

 

教えてもらったからには、教えてあげなきゃフェアじゃない。

原則だ。

「わたしからも、打ち明けなきゃーだよねえ」

苦笑しながら言ってみる。

タカムラちゃんがキョトン、とする。

唐突に『打ち明けなきゃーだよねえ』と言われても困っちゃうよね。キモチは分かるよ。

だけど、わたしはね、攻めの手、緩められないんだ。ゴメンけど。

「今度の日曜日だよね、マスダくんが『デートしたい』って言ってるのは?」

そう振ってから、あまり間を置かず、

「わたしもその日、デートなんだ」

と、『告白』する。

深い衝撃が、必然的に、タカムラちゃんを襲う。

口元が狼狽(うろた)えを示す。逸らされる眼が動揺を示す。

短めの丈のデニムよりもやや上辺(うえあた)りに視線を映したら、絡ませた手指がお腹付近で盛んに動いていた。

さらに視線を下げてみる。脚が震えているかどうか確かめたかったから。

幸いにして(?)、震えてはいなかったけど、なんだか、小学校高学年に戻ったみたいなコドモっぽい脚だと思ってしまった。

『わたしにも、こんな脚の時期が、あったよね……』

ココロの奥で不埒に呟いてしまう。

自慢じゃないけど、身長166センチのわたしは身長160センチのタカムラちゃんよりも脚が長い。でも、脚が頼りない脚だった時期が、わたしにも確かにあった。

そんな時期が思春期の入り口の時期だったとして、いったい何歳ぐらいの頃のハナシであるのか……。それは、先輩女子の事情で、ヒミツだ。

わたしの不埒さ、少しは許してね……と思いつつ視線を元に戻していったら、

「アラカワさんなんですか……?」

という、ギクシャクした声による問いが伸びてきた。

アラカワくん。予備校で共に浪人生活を送っていた男子。アラカワくんに関する情報は眼の前の後輩女子にも結構提供していたから、そういう問いが形作られたんだろう。

でも、

「ちがうよ」

と、わたしはアッサリと、キッパリと。

「だっだったら、誰と!?」

結構なボリュームの大きさの叫びが耳に届いてきた。

閉じたくちびるに右手人差し指を持っていく。眼の前の後輩女子のキモチを鎮めさせるための方法だ。

19歳女子の仕草に負けて、17歳女子は項垂(うなだ)れる。落ちる肩。縮まるカラダ。

「名前は明かしてくれなくても、『その男子(ヒト)と交際してるのか』ぐらい、教えてくれたって……」

精一杯に声が振り絞られるけど、結局は萎(しぼ)むような声になってしまう。

主導権を150%掌握中のわたしは、弱々(よわよわ)の極まった後輩女子との距離を、カーペット座(ずわ)りのままに縮めていく。

ベッドにチカラ無く着座しているタカムラかなえちゃんが、身長160センチのはずなのに、150センチぐらいに見える。

わたしはわたしの右腕をぐっ、と伸ばし、タカムラちゃんの左肩に右手を接近させる。

黒髪ストレートの先端部分のすぐ近くにわたしの右手が置かれる。

「してるよ」

右手を置いた直後にひらがな4文字を口から吐き出す。

置いた右手がタカムラちゃんのカラダの動きを感じ取る。ココロの揺れ動きも伝わってくる。

「彼氏ができました」

迷いなど微塵も無く報告をする。

タカムラちゃんがどんなリアクションを示してきてくれるのか楽しみで胸がいっぱい。

リアクションを味わい尽くしたあとで……『頭頂部ナデナデ』だな。