【愛の◯◯】女子の怒りは沸騰し、男子の羞恥心は消え失せる

 

豊崎三太(とよさき さんた)です。桐原高校1年。末っ子長男、姉2人……。

わがKHK(桐原放送協会)は、タカムラかなえの主導によって、昨年末に『第2回 KHK紅白歌合戦』を開催し、見事に成功を収めた。

『これで終わりなんじゃない。これが始まりなんだよ』

これは、『KHK紅白』の打ち上げで、タカムラがおれに告げたコトバ。

タカムラはおそらく、冬休みの間に、新たなる企画を温めていたのだろう。

どんな無茶振りをされるのか恐れながら、3学期の2日目たる今日、ヒンヤリとした旧校舎の階段をおれは上っていくのだった。

 

× × ×

 

「ストーブあったかいねぇ」とタカムラ。

「気を付けて取り扱わないといけないぞ。冬は火事も多くなるんだから」とおれ。

「そんなこと分かってるよ! わざわざ言わなくてもいいよっ」とタカムラは少し怒り気味になる……。

電気ストーブが温めてくれているのは【第2放送室】。KHKの活動場所だ。

顧問の守沢(もりさわ)先生が運び込んでくれた電気ストーブらしい。タカムラ、先生への感謝を忘れるなよ。

ミキサー手前のパイプ椅子にタカムラは座っていた。ミキサーとは反対側のテーブルの前の木椅子(きいす)に座っているおれ目がけて、

「3学期は番組バリバリ作るよ、トヨサキくん」

と前傾姿勢でタカムラが言う。

「バリバリ作る? 3学期は短いし、そんなに多くの量は作れないだろ」

「量のコト言ってるんじゃないの。キミは相変わらず鈍いね」

ムッとするおれに、

「バリバリってのは、勢いのコトだよ。トヨサキくん。キミには、去年の25倍以上の積極性を見せてほしい」

「ちょーっと待ったっ。25倍って何だよ、25倍って。25って数字、どっから来たんだよ」

「え? 2025年になったから、25倍ってだけ」

呆れてしまい、おれは右肘をテーブルに密着させ、頬杖をつき始める。

「呆れてるの!? そういう態度、ありえないよ」

あーはい。そーですよ。呆れてますよ。

「もう怒ったっ。これから約30分間、わたしが冬休み中に考えた番組企画をキミに話すから、黙って真面目に聴いていてよね?」

「30分間は、長い」

「長くない!!」

ヒステリックな声が、おれの耳に響いてくる……。

 

× × ×

 

タカムラは本当に30分間話し続けた。

「――気になることが1つあるんだが」とおれ。

「あるなら言って。何でも答えてあげる」とタカムラ。

ならば、

「『あなたの好きな本は何ですか?』ってタイトル案だろ? 本っていう題材は、何がキッカケで思いついたのか。おまえがそんなに読書好きであるとは思えないし」

どういうわけか、タカムラはパイプ椅子から立ち上がり、

「わたしが読書好きではないってのは、正解。キッカケはね、図書委員のトモダチ女子から、『こういう番組を作ってくれたら嬉しいな』って言われたコト」

へえ。

トモダチ女子、ですか。

「タカムラって、図書委員のトモダチが居たんだな。案外、交友範囲広いんだな」

この指摘がマズく、

「わたしを何だと思ってんの!? 教室で独(ひと)りぼっちの隅(すみ)っこ暮らしなキャラだとか思ってたの!? 信じられない誤解」

と、タカムラの怒りを沸騰させてしまう……。

 

× × ×

 

旧校舎からいったん出たおれは、溜め息をつきながらトボトボと自動販売機のある場所まで歩く。厄介なタカムラから逃れたいキモチが強かったのは否定できない。

自販機が1つだけ存在している場所があった。たまにはペ◯シコーラでも飲むか……と思いつつ、その自販機に接近すると、

『おおっ、トヨサキがこんな所に!!』

と大声を発しながら早足で寄ってくる男子生徒が視界に入ってきた。

近付いてきた同級生男子の名前は高垣交多(たかがき こうた)。言動がだいぶおかしいコトでおれの中では有名だった。

黙っていれば美男子(びなんし)なのである。近付かれると、綺麗に整った眼が眼につく。輝きを帯びているような眼なのだ。男子であっても見入ってしまいそうになる。自分自身の眼が輝いているなどと思ったコトが1回も無いおれであるから、なおさらだ。

顔の肌にも潤いが感じられる。繰り返すが黙っていれば非の打ち所がない男子なのである。しかし、コイツはすぐにヘンテコ発言を口から発してくるから、非の打ち所が存在してしまうのである。

「この自販機で飲み物を買う生徒も珍しい! トヨサキはレアキャラだな!?」

おれは、黙って小銭を自販機に投入し、ペプシの下のボタンを押した。

出てきた缶の中身を半分近く一気に飲み下(くだ)す。

残念な美男子・高垣は、微笑(びしょう)を浮かべて、

「なんだよぉ~~。口を利(き)いてくれたって良(い)いじゃないか~~」

「少し待てや。これ、飲み切るから」

そう言って高垣の勢いを押し留(とど)め、残りのペプシを飲み干していく。強めの炭酸だから喉がキツくなる。

どうにか完飲(かんいん)して、ゴミ箱に歩み寄る。投げ込むように缶を捨てる。

それから振り向いて、美男子崩れの高垣を直視して、

「おまえ、『読書力養成クラブ』に所属してたよな?」

高垣は、

「しているが、それが何か? ついにトヨサキも読書力を養成したくなったのか?」

「違う」

ハッキリかつキッパリと断言し、

「今、KHKで、読書をテーマにした番組の制作をしようとしてる。桐原の生徒や先生に、愛読書を紹介してもらう――そういうコンセプトになりそうなんだ」

真面目に高垣を見据え続け、

「せっかくだから、高垣にも協力してもらいたい。『読書力養成クラブ』なんだからな。もちろんのこと、高垣だけでなく、クラブの先輩方にも」

「ほほぉー」

美男子とは少しズレた間の抜け気味な声を発してから、高垣は、

「ぼくらが、トヨサキやタカムラかなえの役に立てるのか!!」

と嬉しそうに嬉しそうに言い、

「人間は、必要とされてこそ――だよな」

と、いかにも悟ったようなセリフを吐く。

おまえがそのセリフを言っても説得力希薄だぞ、高垣よ。

……まあ、いいとして、

「これから【第2放送室】に戻って、おまえらのクラブが協力してくれそうなのをタカムラに伝えるよ」

「うむうむ。是非に」

何回も頷く高垣。

頷きを停めてから、高垣は冬の青空を見上げ始める。

そしてそれから、青い空に向かって、

「なんという素晴らしいスタートダッシュだろうか!! 3学期の初めに、他(た)クラブからの協力要請!! しかも、KHKからの!! 今1番ホットなクラブからの協力要請じゃないか!! これを僥倖(ぎょうこう)と言わずして何と言う」

……。

誰も通りすがったりしないよな、この辺りを。

おれ、圧倒的に恥ずかしくなってきてるんだが……。