女子校時代の思い出話をしていたら、さやかが、
「わたしさ」
と言い、自分の髪を指差しながら、
「中等部の頃は、今よりかなり髪が短くって」
「そうだったのね」
中等部時代はさやかのことをよく知らなかった。髪が短くて今よりも幼いさやかを頭の中に思い浮かべてみる。
中等部時代。一般的に言うなら中学生時代。思春期という世界の道を歩き始めた頃。成熟していくカラダと未(いま)だオトナになり切れていないココロのバランスを何とか取ろうと足掻(あが)く頃。
今年お邸(やしき)初訪問のさやかはわたしの部屋のわたしのベッドに座っている。カーペットで体育座りとほぼ同じ姿勢のわたしは正面にさやかの長めの脚を見る。
同性に対して脚フェチ的になっちゃうことが少なからずあるのは否定しない。わたしより脚が長ければどうしても気になってしまう。今ベッドに腰掛けている大親友もわたしより脚長だ。
大親友の両脚に視線を据えつつ、
「ねえ。わたしは中等部時代のあなたを全然知らないんだけど」
『中等部時代からスタイル良さげだったんじゃないのって想像しちゃうわ』とはもちろん言わず、
「思ってなかった? 『もう小学生じゃないんだから、お母さんに頼らずに、自分のことは自分でしていきたい』って。『お母さん離れしなきゃ!』って」
訊いた直後に視線をさやかの顔へと上昇させた。
さやかは苦笑い3割、照れ笑い7割で、
「思った思った、思ってた。『母さん離れ』がしたかった。母さんから自立していかなきゃ母さんも困っちゃうし……って」
さやかがいったんコトバを切り、照れの度合いを増した俯(うつむ)き顔になり、
「でも、小学校を卒業したら『母さん離れ』できるなんて、嘘(ウソ)だったんだよね。自分のことに自分だけで対処できるケースなんて、そう多くは無くって」
ココロの中でさやかに強く共感する。やっぱりさやかもだったんだ。離れたくても離れられなかったのは、わたしだけじゃなかった。そのことが認識できて嬉しい。
どれだけオトナびている13歳の女の子であっても、お母さんの手を借りずに100%物事をこなすことなんて無理。どこかで助けを求め、助けてもらう。……女の子だもの。
「わたしも同じだったわよ、さやか。離れようとして、結構失敗してた。幾ら男子よりも女子の方がカラダの発達もココロの発達も早いにしても」
「わかる」
やや赤みを帯びた顔でさやかは頷(うなず)き、
「落ち着いて対処しようとして、空回りする。そんなふうな経験が、両手の指で数え切れないぐらいに」
「わたしも。思い出しちゃったら、恥ずかしさに包まれちゃう」
ほっぺたの熱さの兆しを自覚しながら、笑顔をさやかに向ける。
だいぶ赤く染まったさやかの微笑み顔が眼に焼き付く。
× × ×
同い年の女子が部屋で2人きりだからこんな会話ができるんだと思う。
お母さん離れできなかったのを共有した後、さやかのリクエストに応えてメンデルスゾーンの某楽曲を流し始めた。
お互い無言になって耳を傾けていたメンデルスゾーンが流れ終わる。わたしはカーペットから立ち上がって、ラジカセに歩み寄り、CDを取り出してケースに入れる。
ベッドに絶賛着座中のさやかの右の横顔が見える立ち位置だった。
再びカーペットに腰を下ろそうとはせずに、さやかの間近まで脚を運び、
「ベッド、わたしも座っていい?」
「いいよ」
すぐにさやかは承諾してくれるけど、
「なんか企(たくら)みでもあるんじゃないの」
と言い足してくる。
「あーっ、バレたか」
とわたし。
「バレるって。何年あんたとつきあってると思ってんの」
とさやか。
さやかの右隣に腰掛けた後で、わたしは、
「ナイショ話がしたいのよ」
「ナイショ話? ――わざわざ至近距離まで来てナイショ話ってコトは、わたしの耳に囁(ささや)いてみたかったってか」
「そう。さやかの耳に伝えたいの」
「耳打ちだなんて、どれだけデリケートさを含んでるやら」
「デリケート成分はそんなに濃くないわよ」
苦笑いしつつ、さやかは、
「耳打ちの意味があんまり無いじゃん、それ」
「わたしはね、15歳みたいなやり取りが、あなたとしてみたくなったのよ」
「15歳みたいなやり取り? 耳打ちも、その1種?」
わたしは頷きつつ、
「高等部2年の1学期ぐらいまでは、耳打ち、結構な頻度でしてたじゃないのよ」
「そーいえば、そーだねえ」
「思い出せるでしょ」
「うん」
さやかは、
「耳打ちブームみたいなのが、確かにあった。高等部1年が終わった辺りからだんだん収束していったけど」
「あなたもよく憶えてるのね」
「記憶力なら負けないよ」
「あ、ライバル意識の名残り?」
「それは、ある」
「認めるのね」
「認める。――ほら、早く囁いてきてよ、わたしの右耳に。焦(じ)らされたくないからさ」