大晦日も公営競技は休まない。スポーツ新聞のボートレース面には『クイーンズクライマックス』の大きな文字。女子レーサーの賞金女王を決めるレースで、優勝戦が本日愛知県の蒲郡(がまごおり)ボートレース場で行われる。
ボートレースに縁もゆかりも無いわたしがなぜこんな情報を知っているのかは別として、
「アツマくん」
と右斜め前のパートナーに呼びかけ、
「天井を向いていても、何にも降りてこないわよ?」
と、くすぐってみる。
背中をソファに密着させてだらしな~く天井を見ていたアツマくんが、わたしの方を向いてきて、
「天井を見るのぐらい自由にさせてくれ。大晦日だから仕事のくたびれとか癒やしたいし……」
「派手にくたびれてるワケでも無いんでしょ? あなたには圧倒的な体力があるんだから」
「ばーか。体力だけじゃ仕事は務まらんのだ。頭脳も使って接客しとるんじゃ」
彼のおかしな言い回しに吹き出しそうになりながらも、
「頭脳だってカラダの一部でしょ。そんなことも分からないの」
と慈悲無くツッコミを入れていく。
さらに、
「わたしは今年度から導入した『ポイントシステム』の話がしたいんだけど」
「うげぇ。ポイントシステム、まだ続行してたのかよ」
「してないとでも思ってたの? あなたはそーゆートコロがダメなのよね」
舌打ちする彼。そんな彼が微笑ましくて、わたしは暖かな目線を送る。
「発表するわよ。2024年12月31日現在のあなたの累計ポイントは、7215ポイント」
「……なんじゃそりゃ」
「ポイントが増えたり減ったりした結果、こうなったの」
「ポイント還元でもしてくれるんか? こんなシステムを導入した以上は、還元があって然(しか)るべきだと思うんだが」
わたしは、キモチを込めたジト目で彼を見るだけ。
彼の戸惑いを誘発したかったのだ。
『戸惑わせるのぐらいチョロいモノよね。わたし、かわいいし』
悪いわたしは、悪い呟きを、ココロの中にて。
× × ×
「おねーさんは本当に美人でかわいいんですよね~~」
自身の部屋のベッドに腰掛けているあすかちゃんがいきなり言ってきた。
嬉しさ混じりに、
「どうして唐突にわたしのルックスを称(たた)えるのかな」
とコメントする。
「大晦日だからですよぉ。2025年になるまでに言っておきたかったんです」
「なるほどね」
わたしはわたしの栗色の長髪を右の手指で軽くつまみながら、
「ありがとう、あすかちゃん。あなたはあなたのお兄さんより100倍偉いわ」
「それほどでも♫」
「アツマくんは『かわいい』とかあまり直接言ってきてくれないし」
そう批判しながらも、
「わたしのスキンシップ要求には必ず応えてくれるから、帳消しなんだけどねー☆」
と、フォローも欠かさないでおく。
「兄とのふたり暮らし、順調そうですね。良かった良かった、安心安心」
「そう言ってくれて嬉しいわ」
× × ×
その後も、あすかちゃんルームにてあすかちゃんとコトバのキャッチボールを続けていた。
アツマくんの仕事場での失敗談を3つ語った後で、彼女のベッドの枕元にあるスマートフォンにわたしは注目し、
「あすかちゃん。あなたには久里香(くりか)ちゃんっていう大親友がいるんだけど」
「え? なんで突然に久里香の名前を?」
「わたしがこのお部屋に来る前に、久里香ちゃんと電話で話してたんじゃないの?」
「なんで分かったんですか。スゴいですね。直感が冴え渡ってるってレベルじゃない」
褒(ほ)めてくれた嬉しさを胸の中で大事にしながら、
「電話の中身が知りたいわ」
と訊いていく。
「ん、んーっと」
あすかちゃんに焦りが兆し始め、
「中身は……中身は、プライバシーの権利というか、なんというかで」
わたしは笑いが堪(こら)え切れなくなりながら、
「中身を少しでも教えてくれたら、サンリオピューロランドで『デート』してあげるんだけどな」
「ぴゅっピューロランド!? デート!? おねーさんとデート!?」
「わたしはあなたを裏切らないから」
「おねーさん……。」
× × ×
結局、あすかちゃんのプライバシー権を尊重してあげる方面に着地した。ピューロランドはお預け。
それからは音楽を流しながらくつろいでいた。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「絵画教室」という楽曲が流れてきた。
この曲にあすかちゃんが反応し、
「これはアジカンの『絵画教室』ですけど、わたしが今年Spotifyで聴いた中で3番目に多く再生された曲なんです」
ほほーっ。
「あすかちゃんはブレないわねぇ。2000年代ロックにこだわりがある」
「ハイ。洋邦問わず。10年代や20年代よりも、00(ゼロゼロ)年代かなーって」
『自分が産まれた頃の音楽が本当に好きなのね……』とは、敢えて言わず、
「あとどのくらい、部屋に居る?」
と問いかける。
食事の支度の都合とかもあるので、問いかけた。今日は大晦日だから、ご飯を食べるスケジュールも変則的になってくるのだ。
「20分ぐらい」
あすかちゃんが答えてくれた。
それから彼女は、
「あの。部屋から出る前に……」
と、ベッド上で少しモジモジしながら、
「おねーさんに、こっちの方に来てほしいです」
直感冴え渡るわたしは、
「ベッドまで来て、お隣に座ってほしいのね。で、スキンシップしてほしいのね」
彼女は恥ずかしそうに、
「正解なんですけど、ベターっと『くっつく』んじゃなくて、肩に肩をあててくれるぐらいでいいんで」
「なによぉ~。年越しなんだし、ベッタリなスキンシップを求めたっていいじゃないのよ?」
「控えめが、今のわたしには、ちょーどいいんです。そこら辺の微妙なトコロを、おねーさんには分かってほしいかなって」
「了解だわ」
わたしは既に立ち上がっていた。
一気にベッドに向かって行き、あすかちゃんの右隣に軽く勢いをつけて着座する。その直後に自分の左肩を彼女の右肩に合わせる。
「やっぱり今は、この体温がちょーど良くって。温(あたた)か過ぎることもなく」
とあすかちゃん。「適温」ってことなのね。
だったら。
「適温」な状態に相応しい「問いかけ」がしてみたいわ。
問いかけした結果、「適温でなくなる」可能性も、十二分にある。だけどそれも承知の上で。
「ねえ」
甘みのある声で左の彼女に呼びかけ、
「スキンシップのタイムリミットが来て部屋を出る前に」
と言い、それからそれから、柔らかに息を吸った後で、
「訊きたいことが、どうしてもあって」
「なんですか?」
わたしは微笑みの視線を彼女の顔に寄せつつ、
「利比古とは、どうなの?」
オーバーなぐらいビックリしちゃったあすかちゃんが伸び上がるような反応を見せて、
「ど、どうなの、って、なんですかっ!?!?」
「コミュニケーションよ」
微笑ましさでいっぱいのわたしにイタズラ心(ごころ)も芽生えてきて、
「どういうコミュニケーションしてるのかってコトよ。ここ1ヶ月ぐらいのコミュニケーションに限定してもOKよ、その方が答えやすいでしょうから」
イタズラな目線を彼女に送り届け続けるわたし。
あすかちゃんの顔が着実に赤くなっていく。
× × ×
檀一雄(だん かずお)の本に書いてあった蕎麦(そば)の食べ方が気になっていたから、参考にして年越し蕎麦を作ってみた。これまでに無かった年越し蕎麦の食べ方。新境地開拓である。お料理に対して、わたしはいつも向上心を持って向き合っている。
――さてさてさて、新趣向の年越し蕎麦を食べ尽くした後で、いったんわたしはわたしの部屋に入っていた。
部屋に1人なのだから静けさがある。雪でも降ってくればもっと風情があるんだけど、ここは東京なのよね。
勉強机の手前の椅子に腰かけ、とある1冊のノートを机上(きじょう)に置く。
ソフトバンクホークスに移籍してしまった上茶谷大河のために用意したノートだ。
上茶谷大河との想い出を思う存分自由気ままに書いてみたい。どう考えたって、ノート1冊分は余裕で埋められる。
サラサラとボールペンを走らせる。自画自賛だけど、わたしの書く文字はとっても整っている文字だ。彼氏のアツマくんに綺麗でないコトバを言ったり、さっきみたいに妹分のあすかちゃんにイジワルな問いをかけたりするけど、手で書くコトバに関しては余計な混じり気が全然入ってこない。
上茶谷がベイスターズを出ちゃったのは確かに痛い。でも、その痛みも引き受けていくのだ。リーグ優勝&日本一が確定路線の2025年シーズンに向けて立ち止まってはいられない。
× × ×
窓の外は一面闇である。降雪は無いけど、外の空気が年越しに相応しいキリリとしたモノになっているのを容易に想像できる。
自分の部屋に居続けているわたしは窓際に歩み寄る。冬らしく冷えた窓ガラスにそっと右手で触れる。
そして、こんなヒトリゴトを、年越しの夜の景色に向かって言ってみるのだ。
「来年は、誰と誰の距離が……縮まるのかな? 誰かと誰かの関係性が変化するのが、楽しみ過ぎる……」