もう既にあすかちゃんとダブルベッドに入っている。本来はわたしとアツマくんの寝室だけど、今夜は彼はマンションに不在なのである。マンションに持って行きたいトレーニング器具があるとかなんとかで、実家のお邸(やしき)に泊まりに行ったのだ。
で、アツマくんと入れ替わりに、アツマくんの妹のあすかちゃんが、お邸(やしき)からこのマンションに来てくれたというわけ。
「電気、消してもいいかな?」
右隣のあすかちゃんに訊く。
「いいですよ~」
あすかちゃんは元気に答える。
「本当に大丈夫? 暗くなっても、コワくない?」
冗談めかして再度訊いたら、
「何をおっしゃいますか」
と砕けた口調であすかちゃんが言い、
「むしろ、部屋が闇に包まれた方が、わたしは楽しいです」
「そっかぁ」
あすかちゃんらしい言い方だと思って納得し、枕元のリモコンに手を伸ばし、LED照明を落とす。
闇になった直後に、
「じゃ、横になろうか」
と右隣の彼女に告げる。
互いに横になってから30分近く経過したと思う。
横になった直後に、『こういうのって、なんか良(い)いですよね』とあすかちゃんが言ったから、『こういうのって、どういうの?』と訊くと、『兄貴不在で、2人だけでマンションの夜を過ごせて、しかもおねーさんとの2人だけでダブルベッドを共有できる状況』という答えが返ってきた。
おそらく、今回のマンション訪問の前から、このダブルベッドでわたしと寝られるのが待ち遠しくて仕方が無かったんだろう。
――30分は経過したと思うのだが、あすかちゃんの寝息は右隣から聞こえてこなかった。
もしかしたら、興奮のあまり眠気がやって来ていないのかも。コトバこそ発しないものの、『眠りに落ちる前に、おねーさんとのこの場(ば)この時(とき)を満喫したい』という風なキモチは容易に感じ取れた。
だから、あすかちゃんのキモチに応えたくて――敢えて、わたしの方から、
「あすかちゃんダイスキっ」
と声を出すのと全く同時に、あすかちゃんのカラダを両腕で抱き締めた。
抱き寄せる。包み込む。わたしより少し小柄な、柔らかいカラダ。
今年になってから、こういうスキンシップがなかなかできていなかった。親友のアカちゃんの邸宅で『短期限定住み込みメイド』になってたりして、忙しかったものね。2月末で『メイドさんごっこ』は終わったけど、3月になってもあすかちゃんと出会う機会があまり作れなかったから、悪いと思ってた。
不足していたからこそ、今、ここで、濃厚にスキンシップしてあげるのだ。
「いきなりなんですか~。こそばゆいですよ~~」
明るい声であすかちゃんがツッコミを入れる。
暗い中でも、あすかちゃんの笑顔を簡単に想像できる。
だから、わたしの方からも、優しい笑みを届けてあげる。
× × ×
リビングのカーテンを開けたら、朝の光が迸(ほとばし)るようにやって来た。
キッチンまで素早く移動する。朝食を作るのはもちろんわたしだ。冷蔵庫から食材を取り出し、調理台に載(の)せ、頭脳をフル回転させて最適な調味料の配合を弾き出す。
パンを用意するだけ、という段階になって寝室のドアが開き、あすかちゃんがダイニング・キッチンに入ってきた。
寝起きの彼女を振り返って見てあげる。眠気の残る眼をこすっている。眠気の中でもブラシを上手に使えたらしく、肩までの黒髪は綺麗に整っている。
「おはようございます、おねーさん」
ガサツなお兄さんとは違って挨拶するのを忘れないでいてくれるあすかちゃん。
「はい、おはよう」
キッチンのすぐ手前の位置に立ち、あすかちゃんに挨拶を返す。
あすかちゃんが何故(なぜ)か恥ずかしそうな素振(そぶ)りを見せる。目線は下がり気味。漫画であったならば、両方のほっぺたに「照れ」を示す表現が施(ほどこ)されているはずだ。
『どーしたの?』と訊きたい気もあったのだが、彼女の方から、
「おねーさん……昨夜(ゆうべ)は、ありがと。抱きついてきてくれて、うれしかった」
と、控えめな声の感謝がやって来た。
「わたしも、楽しかったし、幸せな気分になれたわ」
そう呼応してあげると、
「それとね」
と言って、彼女は少し目線を上げ、
「おねーさんのエプロンは、やっぱし、とっても可愛いと思う。同じ女子のはずのわたしも、ドキドキしちゃうぐらいに」
彼女からの『告白』によってわたしの嬉しさのレベルが上がる。
ちなみに、今朝のエプロンは臙脂色(えんじいろ)。早稲田大学のシンパだとかそういう意図は皆無で、『今朝の気分にいちばん合う色』と純粋に思ったから選んだのである。
まあそんなことよりも朝食のお時間に早いとこ突入したかったから、
「パンを焼いてくれない、あすかちゃん? オカズの方は9割5分出来上がってるから」
と促す。
食べ終えた後(あと)。
牛乳を混ぜたホットコーヒーの入ったマグカップをダイニングテーブルに置いたあすかちゃんが、
「兄貴は、夜になるまで、ここには帰ってこないんだよね」
とボショッ、と言う。
いつの間にかタメ口の分量が増えまくっているがわたしは全く気にせず、
「そーよ。ホワイトデーの夜だから、バレンタインデーの『お返し』のコトを忘れてないと良いんだけど」
「忘れそうでコワいな、兄貴は」
「『兄貴』って言っちゃだめよー、あすかちゃーん」
優しくたしなめた後で、
「まー、忘れちゃってる確率は、相当高そうよね。何しろアツマくんなんだから」
と、あまりアテにしていないキモチを示す。
「……ねえねえ、おねーさん」
真向かいの席のわたしに対し少し前のめりな姿勢で、
「昼間は、どうやって過ごしたい?」
と尋ねてくるあすかちゃん。
わたし専用のマグカップ内のブラックかつホットなコーヒーを優雅にゆっくりと味わってから、
「どこに行って、何をするのか。……あすかちゃんは、それを決めたくて仕方が無い」
と言い、妹分の彼女のキュートな顔を見据える。
「そうなの。仕方が無いの」
とあすかちゃん。
「わたしと2人きりで出かけて遊ぶのが、よっぽど待ち遠しかったみたいね」
とコトバを返したら、あすかちゃんが照れ笑いと苦笑いのミックス状態になって、
「そこは『デート』って表現してほしいんだけどな」
「あらぁ」
わたしは、残りのコーヒーを美しく飲み切って、それから、
「ホワイトデーに、女子2人で『デート』、か。面白い趣向ねぇ」
「『面白い趣向』って、なにかな」
苦笑の一方で、楽しげな様子も顔に浮かんでいるあすかちゃん。
とっても愛(いと)おしい。彼女を愛するわたしのキモチが弾(ハジ)けそうになる。
決めた。素早く場所とスケジュールを確定させて、デートできる時間をできるだけ長くする。
アツマくんには、できるだけ遅く帰宅してもらいたい……!!