【愛の◯◯】なんだかんだで、嬉しい朝。

 

寝室のダブルベッドに、あすかちゃんと2人きり。

「アツマくんが可哀想かも。いつもは、可哀想なんて思わないんだけど」

「やけに優しいんですねえ」

「失敗したから……なのかも」

「おねーさんが?」

「わたしが。失敗体験をしたから、他人に優しくなれるのかな……」

「じゃあ今夜、わたし、いつもより優しくなってるおねーさんの10倍ぐらい、おねーさんに優しくなってあげる」

エッ。

甘い声で言ってきた、左隣のあすかちゃん。わたしには、その発言の意味が、すぐには呑み込めなかった。

脳内で「あすかちゃん発言」を噛み砕き続けていく。

すると次第に、あすかちゃんの「真意」が分かってきて、その結果、わたしのカラダが過剰に熱を帯び始めた。

いつもより優しくなっているわたしの10倍、あすかちゃんが優しくなる。彼女のその巨大な愛情が、わたしだけのために、寄せられる。

それって……!!

左サイドから音がした。あすかちゃんが掛け布団の中に潜り込む音であるとしか考えられなかった。もう既に消灯しているから、明るい時よりもハッキリと、掛け布団の中であすかちゃんがモゾモゾとカラダを動かす音が、響く。

わたしの左肩から左脇にかけて、とっても温かくて柔らかい感覚。

くっついてきてくれるのは、正直、嬉しい。失敗したコトで、わたしが「弱々(よわよわ)キャラ」になっちゃっているのは、否めないから。これまでにも、あすかちゃんの熱いスキンシップで救われたことは、何度もあったし。

でもでも……今回のスキンシップによって、わたしの心身が熱中症めいちゃうのは、ちょっと、困るな。

わたしの懸念を知ってか知らずか、

「弱冷房の部屋の、ヒンヤリしたお布団に、わたしの体温がミックスされて、相乗効果」

と、謎の理論をあすかちゃんは主張する。

それから、

「おねーさん。わたし」

と言い、わざとコトバを途中で切ることで、周到な「溜(た)め」を作ってから、

「『母性』、出てきちゃったかも……」

と、謎であり、なおかつ、大層(たいそう)キワドいニュアンスの籠もった発言を、わたしの胸の中に食い込ませてくる……!!

 

× × ×

 

5時になる前に起きちゃった。「中途覚醒」に近いのかも。

昨夜(ゆうべ)激しかったあすかちゃんの感触の名残が、とりわけ左の脇腹から腰のくびれの辺りに濃厚に残っている。

……でも、そのような、ある意味で「茶番」みたくなっていた昨夜(ゆうべ)の回想は、長くは続かない。

中途覚醒に近い寝起きゆえの、ズ~~ンとした重い感触が、わたしの頭部に圧力をかけてくる。もう一度寝転んで掛け布団で顔を覆ったりするけど、今度は段々と、悪い想念が、脳の内部で渦を巻いてくる。

どうしてわたし、こんなにダメなんだろ。

昨日は、あすかちゃんも、アツマくんも、わたしのために、あれだけ頑張ってくれていたのに。いったんは心身にかかる負担が減りはしたけど、かりそめの立ち直りだったんだろうか、ひと晩経ったら、もうクヨクヨしちゃっているじゃないの。

もう一度寝転んだけど、再び身を起こすコトにした。

首をブンブン振った。振り乱すぐらいにブンブン振った。

前髪が大分(だいぶ)伸びてきているコトに気付いた。8月に入ってから初めての、前髪の伸びの自覚だった。

不合格のダメージを受けて、わたしの髪はダメージヘアと化してきている。昨日も一昨日も、22歳女子とは思えないほどのヘアセットの手抜きぶりだった。

『髪の手入れをサボってるせいで、せっかくの綺麗な顔が台無し……』

ヒトによっては呆然としてしまうようなコトをココロの中だけで呟きつつ、栗色ロングの髪を少しだけつまんでみる。

手鏡とヘアブラシを用意しようかとも思った。

が、

「おねえさああああん、ちょ、ちょーっと、美人過ぎませんかあ、そのシグサ!??!」

という声が、高らかに、わたしの左サイドから聞こえてきて。

「しかも美人なだけじゃなくって、可愛過ぎるっ!!! 今年で23歳なんて、とても思えないっ!!! いったい何を食べたら、17歳のJKと見紛うほどの、見紛うほどの……!!!」

あすかちゃんの寝言は、続く。

「かんっぜんにジョシコーセーじゃないですかぁっ、着せたい、制服着せたい!!!! 上がブレザーで、下がチェックのスカートのやつ!!!! おねーさんの母校、名門校にありがちな地味めの制服だったから、もっと道行くヒトたちを惹き付けるような制服を、どっかから取り寄せて……!!!!!」

 

× × ×

 

「あすかちゃん」

「おはようです、おねーさん」

「あっ、おはよう。……あのね、あすかちゃん?」

「なんですかー」

「メ◯カリとかは、正しい使い方をしなくちゃダメよ?」

「……はい??」

 

× × ×

 

ココロもカラダも、あすかちゃんの寝言のおかげで、ほぐされてきた。

回復の兆しが来たかな……と思いつつ、寝室のドアを開け、朝食当番だったアツマくんに、わたしの美人を見せてあげようとする。

「おはよう」と言ったら、振り向いてきた。

「おーす」と雑に応えてきたと思ったら、お鍋の火を止めて、スタスタとわたしに向かって歩いてきた。

『お鍋はいいの……?』と訊くよりも先に、アツマくんの大きな右手のひらが、わたしの頭頂部に乗ってきた。

それからは、恒例の、頭ナデナデタイム。

「強いよ、チカラ加減」

たしなめるわたし。くすぐったい感覚の中で、たしなめる。

「もうちょっと優しくしてよ?」

要求。カノジョとしての、特権。

要求通り、チカラが弱まり、優しくなる。

嬉しい朝。現在(イマ)のカレシの優しさも含めて、いろんな意味で。

 

× × ×

 

金曜日だから当然の如くアツマくんは仕事場に行く。

「じゃ、愛(あい)をよろしくな、あすか」

「りょーかいっ」

カーペットに腰を下ろして丸テーブルに右肘を突いて頬杖のあすかちゃんが、お兄さんであるアツマくんの頼みに呼応する。

「ねーねー、おねーさん。お昼がそうめんなコトは、もう確定なんだけど」

「なあに?」

ダイニングテーブルに腰を委ねながらあすかちゃんを見下ろして訊くわたしに、

「そうめんツユの新たなるカスタマイズが、誕生したんだよ」

と、あすかちゃんは。

「それは楽しみだわ~。あすかちゃん、ツユのカスタマイズだとか、そうめんでそういう実験するの、好きだったもんねえ」

とわたしは応えるが、わたしの数メートル後ろにいる出勤前のアツマくんが、

「あすかぁー、愛に対するタメ口も、ほどほどになー」

すぐさま、お兄さんであるアツマくんに向かって『あっかんべー』をする、あすかちゃん。

アツマくんに振り向いたわたしは、

「タメ口だとか敬語だとか、些細なコトよ。むしろ、あすかちゃんがタメ口になってくれた方が嬉しくなるまである」

「そーなんか」

「あなたには、もっと理解してもらいたいわ。絆(キズナ)で強く強く結ばれた、わたしとあすかちゃんの◯◯について」

「いや、◯◯じゃ、具体性が無さ過ぎるやろ」

どうしていきなりエセ関西弁風味な喋り方になるのよ……と、久方ぶりに若干ピリピリしてくるわたし、だったのだが、

「そろそろ仕事場行こうと思うんだが、その前に」

と言った途端に、わたしのカレシが、ぐんぐんと、わたしに向かって距離を詰めてきた。

「な……なに、ど、ど、どうしたの」

近い。

主に……互いの、顔と顔が。

まさか。朝から、あすかちゃんの面前で……!?

軽くパニクったわたし。

だったんだが、アツマくんがさらに近付けてきたのは、自らの顔ではなく、自らの両腕で……それからそれから……!!