ドアをノックする音がした。あすかさんがノックする音であるのは明らかだった。4年以上も一緒に暮らしているのだから、彼女のノック音だと容易に判ってしまうのだ。
穏やかではない感覚がやって来る。嫌な感じというよりは不穏さである。昨日すなわち12月25日から、あすかさんのぼくを見る眼つきが厳しくなっている。4年以上も一緒に暮らしているのだから、「厳しくなっている」と断言できる。そして、厳しくなったのが「12月25日」であると、容易に特定できてしまう。
覚悟しながら椅子から立ち上がった。覚悟しながらドアに歩み寄った。
× × ×
部屋に入れるのを拒むと一層厄介なことになると思った。不穏な空気が年を越すのは避けたかった。
あすかさんは部屋に入るなり丸テーブルの手前に腰を下ろした。正座に近いような床座りで、右腕で丸テーブルに頬杖をつく。
睨むような眼つきに近い眼つきだ。ぼくは圧迫感を覚える。就職面接とか経験したことはないけど、学生を圧迫したい気で満々な面接官のような……そんな眼つきだと思った。
「ねえ。椅子から降りてくれない?」
あすかさんが要求した。
素直に椅子から腰を上げ始めるぼくに、
「向かい合って話したいんだよ」
とあすかさんのシリアスな声。
× × ×
「ほのかちゃんとギクシャクしたでしょ」
彼女は最初から核心を突いてきた。
痛烈過ぎて胃が震える。僅(わず)かながら目眩(めまい)もしてくる。
「分かるんだよ」
いつの間にか腕組みしている彼女は、
「分かるの。クリスマスイブに何があったのか、ほのかちゃんに直接訊かなくても。昨日ほのかちゃんとLINEで軽くやり取りしたんだけど、彼女のLINEの『文体』で、わたしは確信した」
畳みかけるように、
「利比古くんにしたって、昨日の朝から明らかな異変が感じられたし。動作もコトバも全部ぎこちないし。隠し通せる方が無理だよ」
それから、鋭い眼つきで、
「まさか、隠し通せるとでも思ったりしてた?」
と言い、視線の刃(やいば)をぼくの胸元に突きつけてくる。
吐き出すしかなかったから、
「近い内に気付かれるとは、思ってました」
と答える。
あすかさんを上手に見ることができない。
視線は、下向きに逸れるのではなく、上向きに逸れる。彼女の頭頂部の上の辺りに。
「不誠実」
あすかさんは厳しく言い、
「ハッキリしない受け答えだし、わたしの眼を見てくれてないし」
ぼくは、チカラを振り絞り、彼女の眼に眼を寄せようとするが、
「クリスマスイブのデートの時に何があったのか教えてくれるまで、わたしこの部屋出ないよ」
と詰められてしまう。
× × ×
それからかなりの沈黙が続いた。
不甲斐ないぼくは、なかなか言い出せない。厳しいあすかさんは、丸テーブルを右人差し指で既に100回以上は連打しているだろう。
覚悟に覚悟を重ね、
「夕食を終えるまでは、良かったんです」
と口を開く。
「……お酒、飲んだの?」とあすかさん。
「いいえ」とぼく。
「じゃあ、アルコールに慣れてない利比古くんが『あられもない』姿を見せたとかではないんだね」
「『あられもない』とか……言わないでください」
「わたしのコトバづかいにイチャモン付けるのは禁止」
俯くぼくに、
「夕ごはん食べた後に、何をしたの」
「近くにあった公園に……。イルミネーションが綺麗だったので」
「あなた達2人って、よく公園に行くよね」
「……否定はしません」
「それで? ほのかちゃんが嫌がるような行為をしちゃったの??」
「あ、あすかさんっ」
「なに。ブンブン首を振りまくる理由、分かんない」
「彼女に、嫌らしい行為は、していませんっ。神に、誓ってっ」
「あいにくわたしは無信仰だから、神に誓ってもどーにもなんないけど」
「……ぼくは、少しなら、神の存在、信じてます」
言う必要のないコトまで言ってしまっている……。
川又ほのかさんと如何(いか)にすれ違ってしまったのかという本題から、逸れていってしまいそうになっている……。
あすかさんをいつまでもぼくの部屋に居させるわけにはいかないので。
背筋を正し、一生懸命深呼吸をして。
「彼女が……川又さんが……言ったんです、公園のイルミネーションの中で」
「なんて言ったのかなあ?」
厳しく問うあすかさんの声に耐え、
「『あなたはわたしのこと、ずーっと『川又さん』って苗字で呼んでるけど、『名前』で呼ぶ気はないの? 長い付き合いなんだし、『ほのかさん』って呼んでくれた方が、嬉しいんだけどなー』、と……」
「そ・れ・で」
前のめりになったあすかさんが、
「呼んであげたの!? あげなかったの!?」
「……」
行き詰まるぼく。
沈黙のぼく。
あの公園での『失敗』を引きずりまくりなぼくに、容赦なく、
「『結果』は、もう、火を見るより明らかだけどさぁ……!!」