皆様、あけましておめでとうございます。
永井蜜柑(ながい みかん)でございます。
1999年産まれ、年を取っていくことに対する不安が年々増してきている、自動車メーカー社長宅の住み込みメイド……あんまり上手ではありませんが、自己紹介はそんな所でしょうか。
自己のポジティブな面をうまくPRできなくて少しつらいです。
本日は1月3日。まだ3が日ですし、メイドのお仕事も少なく、ゆったりゆるりとできる時間は多いのです。
ただ、羽根を伸ばすことはできても、自分自身の「自信の芽」を伸ばす方法は見つけられず。
ですから、ダイニング・キッチンの隅っこに座って、嘆きの溜め息をついたりしておりました。
『今年26歳になる現実が、こんなにも重いなんて。三十路(みそじ)まであっという間だと思うし、怖くなってきちゃう。三十路に突入する前の大きな目標を何か作るべきなのかしら……』
そうやってココロの中で呟いていた時でありました。わたしの視界にお嬢さまのアカ子さんの姿が入ってきたのです。
わたしは、お嬢さまの髪や顔や衣服への手入れ具合を素早くチェックして、
「今年もお若いですね、お嬢さま」
そう言われてすぐに怪訝(けげん)な表情をお嬢さまは浮かべて、
「どうしちゃったのよ蜜柑。発言の意図が不可思議だわ。ヘンテコ発言を連発する前に、愛ちゃんに『おもてなし』する準備に取り掛かってちょうだい」
『連発』する気なんか無いんですけど。
……お嬢さまに新年早々大きめの不満を抱きながらも、わたしはダイニング・キッチンの隅っこから立ち上がります。
× × ×
「ハルくんから手紙が来て本当に良かったわね。おめでとう、アカちゃん」
愛さんがお嬢さまを祝福します。
ハルくんはお嬢さまの彼氏です。黙って地球の裏側に行ってしまったハルくんだったのですが、先日この邸(いえ)にようやくお手紙を送り届けてきてくれました。
元気にやっているのを知ることができて何よりです。だから、愛さんはお嬢さまを祝福してあげているのです。
「ありがとう、愛ちゃん」
お嬢さまの顔に満面の笑みが広がります。
「今、彼へのお返事の手紙を書いているの。もちろん手書きで。文章が長くなってしまっていて、書き終えるタイミングが分からなくなっちゃってるんだけれど」
「そりゃあ長文にもなるわよ。一番大好きな男子(ひと)への手紙なんだもの」
「そうね」
お嬢さまは眼を閉じ、
「本当に、そうよね……」
感慨深くなっているお嬢さまが18歳の女の子のようです。
わたしより3つ年下だから、18歳の女の子みたいな幼さも残っている。出身高校の制服などとっくの昔に処分してしまったわたしには羨ましく思えてしまいます。
× × ×
時に女子高校生時代に戻ったようになるお嬢さまではありましたが、現在大学4年生であり、もう幾つ寝ると卒業式みたいな時期であります。
「アカちゃんもあと2ヶ月で大学卒業なのよね。そして、4月になったら社会人」
わたしが淹(い)れた紅茶をゆっくりと味わってくれた後で、愛さんがそう言いました。
わたしの視界に、やや目線を下降させたお嬢さまの姿が入ってきました。
『愁(うれ)いを帯びた表情になりつつある』という表現がピッタリなお顔です。
卒業したくないだとか、そんなことは思っているはずもありません。お嬢さま自身に関することに愁いを感じているのではないのです。応接間のソファで1対1で向かい合っている愛さんが、彼女の愁いの対象なのです。
「どうしたの? アカちゃん」
お嬢さまの変化に対し問いかける愛さん。
賢い愛さんですから、お嬢さまの内面を把握するのも上手で、
「もしかして、『まだ卒業できないわたしを置いていく』のが不安で怖くて、そういう表情になっちゃってるの?」
とズバリな指摘をしてくれます。
有難(ありがた)いことです。お嬢さまに愛さんのようなかけがえの無いお友達が居て、本当に良かった。
「……」
とお嬢さまは思わず口ごもりますが、やがて、
「そうなの。わたしの方がひと足早く社会に出る、その事実が重くて……」
と答えます。
重苦しさを払拭できないお嬢さまとは対照的に、愛さんは自分自身の「挫折」など気にも留めていないかのようなご様子で、
「深刻に受け止め過ぎよ。わたしとあなたはいつまでも大切な友達同士なんだから」
と素晴らしいコトバを言ってくれます。
愛さんが優しくお嬢さまを見つめます。わたしもそれに乗っかって、暖かくお嬢さまを見つめます。
そしてそれから、わたしと愛さんは、眼と眼を合わせていきます。
笑顔の見せ合い。
これを不可思議に思ったのでしょうか、お嬢さまが少し身を乗り出して、
「な、なに。愛ちゃんと蜜柑の2人で、何かを目論んでるとか……?」
愛さんは即座に、
「そうよ、目論んでるのよ」
身を縮めるようにして、お嬢さまは、
「慰めてくれるのは嬉しいわよ……。だけれど、まるで一大(いちだい)プロジェクトみたいに考えなくたって……」
「プロジェクトというよりもね」
慰めたい相手にまっすぐカラダと視線を向けつつ、愛さんは、
「アカちゃんに魔法をかけてあげるの」
「ま、まほう!?」
驚くお嬢さまに、
「そ。アカちゃんが一気に元気になる魔法。どういう魔法だと思う? 魔法の中身は何だと思う?」
お嬢さまは、愛さんを凝視するだけで、無言状態をなかなか抜け出せませんでしたが、
「――まさか。魔法の中身って」
と、眼を大きく開いて、とうとう「目論み」に気づき始めるのです。
× × ×
「愛ちゃんには敵(かな)わないわ」
ダイニング・キッチンのダイニングテーブルの椅子に腰掛けて、お嬢さまが呟くように言います。
「そうですねえ。愛さんは強強(つよつよ)で、アカ子さんは弱弱(よわよわ)」
わたしは敢えて『お嬢さま』ではなく『アカ子さん』と名前を呼びました。からかいたい時とかに、こうするのです。
『弱弱』と言われて不機嫌になるかと思いきや、予想は少しズレて、
「『弱弱』よりは、『激弱』の方がいいんだけれど」
という不満をわたしに送り届けてくるのです。
大きな冷蔵庫とキッチンを往復しているわたしは、
「卑屈になり過ぎなのでは?」
と疑問を呈しつつも、
「――ま、どーせ、アルコールの入った飲み物が口に入った瞬間に、アカ子さんは生まれ変わったみたいに元気になって、『激強』モードにチェンジするんでしょうけど」
アカ子さんはすぐに、
「蜜柑は呑(の)んだらダメよ。あなたは下戸(げこ)だから。愛ちゃんに危険が及んじゃうのを避けたいの」
と強く深く釘を刺します。
「分かってますよ。わたしだって、酔っ払って彼女にセクハラするのだけは回避したいですし」
そう言うと、
「できればあなたは別室(べっしつ)に居るのがいいわね」
「独りぼっちで退屈な時間を過ごしてほしいワケなんですね。ヒドい社長令嬢だこと……」
「スマートフォンで誰かと繋がってたらいいじゃないの。そうすれば、独りぼっちにも退屈にもならない」
「わたしはデジタルデトックス中なんですよ、アカ子さん」
「はい!?」
「スマートフォンは、1日2時間まで」
「な……なにそれ。成功確率がとんでもなく低そうな……」
「アカ子さんも『デトックス』しませんか?」
「へ、変な誘いをしないで」
「具体例その1。『アルコールデトックス』」
「それだけは絶対にイヤだ」