【愛の◯◯】意識が熱い

 

東京大賞典」。本日この後大井競馬場で行われるレース。地方競馬版の有馬記念みたいな位置づけらしい。

「今日はフジテレビでも中継があるんだ。だけど、あすかさんはあんまり興味無いかな」

画面越しにそう言ってきたのは中村創介(なかむら そうすけ)さん。わたしが高校1年生の時に「スポーツ新聞部」の部長だった人。福岡県の大学に進学して、現在は九州地方のタウン雑誌などでライターとして活躍している。書く文章のテーマは多様だけど、競馬に関するものがやっぱり多いみたい。

東京に帰省した中村さんとビデオ通話しているのだ。彼とのビデオ通話も久方ぶり。

「正直言って興味はあんまり。競馬はスポーツよりもギャンブル寄りかなって」

わたしは中村さんにこう答えた。

「ま、そう思うのも致し方無いよね」

わたしの答えを承(う)けて彼はそう言うけど、

「でもさ、あすかさん。きみはスポーツ新聞社にエントリーするんだろう? しかも、ただエントリーするんじゃなくて、第1志望としてエントリーする可能性が高いわけだ」

ガサガサという音を立てて某・スポーツ新聞を持ち出してきた中村さんは、

「もし、スポーツ新聞の記者になったのなら、競馬部門に配属されるかもしれないよ。『予習』として今日の東京大賞典の中継を視てみるのもいいんじゃない?」

確かに。野球かサッカー担当がいいなぁと思ってるんだけど、思いもよらない分野を任されるかも分からない。

興味が少しだけお馬さんに向き始めたわたし、だったのであるが、

「あすかちゃんに何を吹き込んでんのよ、バカソースケ」

と、中村さんのパートナーである笹島(ささしま)マオさんが突如として画面の中に入ってきた。

中村さんとマオさんは普段はもちろん遠距離恋愛だ。中村さんの帰省はマオさんにはさぞかし嬉しいだろう。

「バカソースケ」と呼んだりとか口は悪いけど、その辛辣さもパートナーとして強く結び付いている証なんだと思う。

「ソースケの誘惑に屈しちゃダメだよ。お馬さんの勉強はスポーツ新聞社に内定もらってからでも間に合うんだし」

マオさんの正論。これ以上無いほどに正論だ。

「マオ。あすかさんへのおまえの意見は、正しい。正しいんだが……」

「え、何が言いたいってゆーのソースケ」

「おまえにそうやってカラダをガッシリと掴まれると、苦しくなってしまう」

「こ、こ、これは、自然と……わたしのカラダが、動いてっ」

なはは……。

面白カップル。

 

× × ×

 

中村さん&マオさんの面白カップルがとっても微笑ましかった。

微笑ましかったがゆえに、わたしの中に「勇気」がむくむくと盛り上がってきた。

なんの「勇気」か?

それは、「彼」に対しての、勇気。

どんな勇気かと言えば……。

 

× × ×

 

「避けていてごめんなさい。一方的に突き放してごめんなさい」

ビデオ通話を終えて自分の部屋から利比古くんの部屋に移動したわたしは、今、利比古くんに頭を下げている。

正座してキチンと謝る。クリスマスイブにおける利比古くんの不甲斐なさに怒り心頭になり過ぎたわたし。明らかに非はわたしの方にあった。

「大人気(おとなげ)なかったね」

と優しく言い、

「冷戦状態は年越しまでに終わらせなきゃだったから」

と真心を込めて言い、ジワリと彼の眼に視線を当てる。

眼と眼が合う。

彼は少し照れている。

とっても可愛げがあると思ってしまった。

正座のまま前のめりになる。可愛げのある二枚目フェイスから視線がなかなか離せなくなる。離れなくなっているんじゃない、離せなくなっている。能動的に本能的に、わたしはわたしの眼差しを彼の顔に集中させ続ける。

……やがて必然的に宿命的に、体温がぐいぐい上がってきた。

「あすかさんどうしたんですか。そんなに前傾姿勢になって、まるでぼくに釘付けみたいに……」

指摘された直後に視線を外した。火照りは収まらない。「釘付けみたいに」という彼の指摘が頭の中に留まる。

彼の膝が視界に入る。彼の方もいつの間にか正座になっていた。

マジメ過ぎる向かい合いに耐え切れず、足を崩し、腰を浮かす。

立ちながらクルリと背を向けて、

「とにかく、今この瞬間からは、これまで通り普通に接するから」

と取り繕う。

 

× × ×

 

「これまで通り普通に接するから」とわたしは言った。

だけど。

 

× × ×

 

「わたし、嘘っぱち言っちゃった。嘘っぱちを」

自分の部屋に戻った3秒後に床に向けてコトバを吐いた。

これまで通り普通に接する『ことができるわけなんてない』んだ。

分かり切ってる。それは分かり切ってる。

それに加えて確かなこと。

利比古くんに対する認識が、利比古くんへ向かう意識が、ドラスティックに変わっていっている。

どんどん変わる。感情の波立ちを最早把握できない。

意識が熱い。熱い意識がわたしの理性と別の次元で動いて蠢(うごめ)いて揺らいで暴れる。

とんでもないコトになってきちゃった。

ほとんど無意識にベッドにダイブして突っ伏していたわたしは、掛け布団におデコを擦(こす)り付けるのも上手にできなくなってしまっている。