昼下がりのカフェテラス。左斜め前には川又さん、右斜め前にはさやか。川又さんはホットコーヒーを、さやかはアイスコーヒーを飲んでいる。
川又さんは喫茶店の娘らしくホットコーヒーをじっくりと味わっている。
そんな姿を見て、さやかはアイスコーヒーのストローを右手の指でつまみながら、
「吟味してるんだね、川又さん」
ぴくっ、と反応した川又さんはコーヒーカップを置き、
「すみません、青島センパイ。吟味し過ぎて、自分だけの世界に入り込んでしまってました」
「いいんだよ」
さやかはそう優しく言い、川又さんに微笑みかける。
どきっ、としたみたいな川又さんの表情。
いい感じ。
いい感じ、というのは、
『川又さんとさやかの距離を近付けたい』
という目論見がわたしにあったのである。
2人がお近付きになったら、面白い。
「さやか、さやか」
「なにかな、愛。はしゃいでるみたいな勢いでわたしの名前を呼んで」
「昔話なんだけど」
「昔話? 女子校時代の回想でもしたいの?」
「まさに」
わたしはさやかを見据えて、
「あなた、放課後の図書館に時々来てたわよね?」
「うん、来てた。あんたや川又さんたちが文芸部の活動をしてるのを横目で見ながら」
「図書館が文芸部の本拠地だったからね」
ここで川又さんが、
「羽田センパイ。『本拠地』ってなんですか、『本拠地』って。プロ野球チームみたいに……」
とツッコミを入れてくる。
わたしは敢えて後輩のツッコミをスルーして、
「文芸部を横目で見てた、ってさやかは言うけど。あなた、川又さんと結構絡んでなかった?」
「そうかな」とさやか。
「そうだったでしょうか」と川又さん。
「だったわよ」とわたし。
それから、
「さやかと川又さんの絡みは、このブログの過去ログにちゃんと記録されてるんだから」
と余計過ぎるメタフィクション発言をしてしまう。
「楽屋オチ禁止だよっ、愛」
さやかのたしなめ。
「え、この場合って『楽屋オチ』になるの?」
わたしの疑問符。
川又さんが、
「日本語って難しいですよね」
と言ってくる。
「そうだね。難しいね」とさやか。
「わたし、自分で言うのもアレなんですけど、中学高校と国語の成績は良かったんです。だけど、日本語の難しさを感じるコトは多くって」
「川又さんに同意」とさやか。
わたしたちの可愛い後輩が少し照れる。
「わたしもそう感じるわよ、川又さん」
「そうなんですか羽田センパイ? 羽田センパイって、国語のテストではいつもいつも95点以上とってたじゃないですか」
「古典の方はあなたのほうが得意じゃなかった?」
「そんなコトは……」
「わたし憶えてるわよ。川又さんのカバンから古典のテストの答案がポロッとこぼれて、その答案に『97』って数字が赤ペンで書かれてたコト」
「生々しい話はやめてください……センパイ」
いいじゃないのよー。
カタいわねー、川又さんも。
堅苦し過ぎるようだと、『ほのかちゃん』って呼んじゃうわよ?
「さやか? 川又さんってね、短歌を嗜(たしな)んでるのよ」
「と、唐突にそんなコト晒さないでっ、センパイ」
「どーよ、さやか。短歌に興味あったりしないの?」
振ってみると、さやかは、
「んーっ。ごめんけど、短歌や和歌はよく知らないんだけどさ」
と言い、
「短歌を嗜んでるのなら、せっかくだから、川又さんに教えてもらいたいかな」
と、1期下のチャーミングな後輩に視線を寄せていく。
「青島センパイは……」
チャーミングでキュートな後輩女子の川又さんは、控えめな声で、
「今まであまり知らなかったけど、好奇心はある……といった感じでしょうか」
「そうそう。そんな感じだよ」
さやかはすぐに答えて、
「オススメの歌集、無い?」
と、軽快なノリでもって、身長154センチの可愛らしい後輩の女の子に振っていく。
幾分小柄でショートボブの後輩ちゃんは、
「えっと……。実は、今日、『新古今和歌集』の文庫本を、カバンに入れてきたんですけど。青島センパイ、貸しましょうか?」
「えっ! いいのかな、嬉しいけど」
「いいですよ。遠慮しないでください」
わたしの大好きな川又ほのかちゃんは、白いカバンから岩波文庫の『新古今和歌集』を取り出した。
「これ、初版が昭和初期なので文字がなんだか旧(ふる)くて、注釈もぜんぜん無いんですけど」
ほのかちゃんはそう言うけど、
「大丈夫よ。さやかの頭脳なら、旧字旧仮名も注釈無しも『どんと来い』よ。渡してあげなさいよ、その文庫本を」
と促していくわたし。
「ですよね」
微笑みのほのかちゃんは、
「わたしには、東大文3なんて無理でした」
と言って、東大文科3類現役合格者と視線を合わせて、右手に持った岩波文庫を差し出していく。
「ありがとう、川又さん。でも、『新古今和歌集』なんて、マニアックな歌集を持ち歩いてるんだね」
さやかが言うが、
「ええええっ」
とほのかちゃんが裏返り気味な声を発して、
「あの、とっても失礼なんですけど……。青島センパイって、ほんとうに短歌や和歌に関しては、ビギナーだったんですね」
「失礼じゃないよ。わたしがビギナーなのは事実だし。ゴメンね。ビギナーだったから、『新古今』がマニアックだとか、軽はずみに言ってしまって」
ほのかちゃんは申し訳無さそうに、
「こっちこそ、すみません。短歌や和歌のコトになると、ムキになってしまうんです」
「いいじゃんいいじゃん。川又さんの可愛いトコロが発見できて、良かったよ」
「ムキになるのが可愛いんですか!? 青島センパイ」
さやかはほのかちゃんの驚きには取り合わず、
「ねえ、川又さんは身長何センチ? わたしは163センチだけど」
「ひゃ、154センチですが。ど、どーして、唐突にそんなコトを」
「154かぁー。ますます川又さんのコトが可愛くなってきちゃった♫」
「……わたしのギモンに答えようとしてくれたっていいでしょ」
おー。
とうとうほのかちゃん、さやかに、タメ口を。