『学祭(ガクサイ)』2日目の昨日、『KHK(桐原放送協会)』を、OBの羽田利比古(はねだ としひこ)くんが訪ねてきた。
実は、羽田利比古くんのお姉さんである羽田愛(あい)さんは、ぼくが大学時代に(一応)所属していたサークルの後輩なのである。大学生活5年目に突入した羽田愛さんは現在、ぼくが(一応)籍を置いていた『漫研ときどきソフトボールの会』の幹事長を務めているそうな。
KHK顧問のぼくと羽田愛さんの繋がりによって、彼女の弟でありKHKのOBである利比古くんとKHKの現メンバーである2年生コンビに繋がりができたというワケだ。
現・KHK会員たるタカムラかなえさん&トヨサキ三太(サンタ)くんコンビとの談笑の後(のち)、利比古くんは、【第2放送室】の隅の方に腰掛けていたぼくに向かって歩み寄ってきた。
「やっぱり、現役高校生はエネルギッシュで良いですねえ」
自分たちの活動に戻っていった2人の姿を見やりながら、利比古くんは感嘆した。
そんな彼に、ぼくは、
「お姉さんの愛さんは、元気でやってるだろうか」
と訊いてみた。
「5年生までで卒業できる、とは、思うけれど」
と言い足したのだが、弱さを帯びた声音になってしまっていた。
「半分は幽霊サークル員みたいなモノだったから、気づかう資格も、あまり無いような気もするんだけど……」
さらに言い足した声は、最後には消え入りそうになってしまっていた。
情けなくも、言ってしまってから後悔を始めてしまっていたぼくだったのだが、利比古くんが、キラキラした微笑み顔で、
「安心してください、守沢(もりさわ)先生。姉は、すこぶる快調ですし、100%来春(らいしゅん)で卒業できますから」
と言ってくれたから、安堵できた。
× × ×
――さて、現在。
11月3日月曜日すなわち文化の日は『学祭』フィナーレとなる3日目。
・タカムラかなえさん
・トヨサキ三太くん
・ぼく、守沢直樹(なおき) ※顧問
の計3名は、昼下がり12時55分の【第2放送室】において、『スタンバイ』をしている。
『スタンバイ』とは?
――『特別番組』放送開始の『スタンバイ』だ。
『特別番組』たる生放送ラジオ番組の正式タイトルは、『桐原メガミックス・デラックス』。ネーミングにまつわる◯◯は文字数の都合で省略するが、放送枠は13時00分~15時00分の120分間、平常の昼休みの校内放送よりも2倍の豪華さで、もうじき、学祭会場たる校内に、タカムラさんとトヨサキくんの声が響き渡るコトになる。
スタジオでスタンバっている彼女と彼を、顧問のぼくは窓ガラス越しに見守っている。一応、アシスタントディレクター的なアシストもお願いされている。椅子に着座しているぼくの手前には、音量調整などのためのスイッチ類が並んでいる。
腕時計を凝視するぼくは、デジタル表示が『13:00』となった瞬間に、窓ガラスの向こうのタカムラさんに『キュー』を出す。
タカムラさんが軽くうなずき、
「桐原高校学祭にお集まりの皆様、こんにちはーーー!!! これから120分間ノンストップ、学祭最終日の会場内をお騒がせしちゃいたいと思います!!
パーソナリティは、KHK桐原放送協会の、『鉄の女』ことタカムラかなえと、」
「トヨサキ三太。――この凸凹(でこぼこ)コンビで、お送りしたいと思っています。
……タカムラよ、1つ良いか。『鉄の女』なんてワード、どっから引っ張ってきたんだ?」
「そのクエスチョンに答えるよりも『113倍』大事なコトがあるんだけど」
「『113』とか、電話番号かよ」
「11月3日だから『113』なのっ。物分かり悪いねえ」
「……大事なコトなのなら、早く教えれ。120分の枠があるとはいえ、サクサク進んでいきたい」
「11月3日は文化の日だよねえ」
「日本国民全員が知ってると思うが」
「それは分かってる。
――あのね、わたし、トヨサキくんに『クイズ』を出したいの」
「クイズぅ?」
「文化の日は、2つの意味で、『特別な日』なんですが、どういった意味で『特別』なんでしょうか? 2つ、お答えください」
「『2つの意味で』と唐突に言われてもなあ」
「そういう反応を示すと思ったから、ヒントを用意してあるんだ。
ヒントその1。『ヤクルトスワローズ』。
ヒントその2。『子どもに普通教育を受けさせる義務』。」
× × ×
オープニングトークはどんどん展開されていっている。
例によってトヨサキくんをぐいぐい押しまくっているタカムラさんだったが、オープニングが長引いているのに気が付いたらしきリアクションを見せて、
「そろそろ、オープニングナンバーのお時間だな」
「OBの方からのリクエストナンバーを流すんだったよな?」
「バカだねトヨサキくん。OBじゃないよ、O『G』だよっ!」
「……」
不満で無言になるトヨサキくんが微笑ましい。
トヨサキくんお構い無しのタカムラさんは、
「OGの彼女は、浪人時代、いつもこの曲を流しながら勉強に打ち込んで、某・中央の大学の某・法学部に合格したそうなんであります」
「中央の法か。名門だな」
タカムラさんが、トヨサキくんをギロリと見て、
「キミに何が分かるの。何も分かんないに違いないのにっ」
するとトヨサキくんは素直に、
「曲名を」
と、タカムラさんに曲名コールを促していく。
向かいのトヨサキくんを睨みながら、
「三月のパンタシアで、『風の声を聴きながら』」
と、タカムラさんは曲名コール。
× × ×
「もう放送時間30分過ぎちゃったんだね。早い早い」
「『あと90分もある』とも言い換えられるよな」
トヨサキくんの指摘を受け、タカムラさんがムスーッと眼を細くする。
微笑ましいやり取りをまたも見るコトができて、ぼくは思わず、小さな笑い声を出してしまう。
タカムラさんは、溜め息を1つついて、それから背すじをすうっ、と伸ばして、
「おたよりコーナー直前の、フリートークコーナー!!」
とチカラ強き声音で言う。
とトヨサキくん。
「だから良いんじゃんよ」
とタカムラさん。
それから、彼女は、
「ねぇ。わたしとキミ、どうやら、高校生活の『折り返し』を過ぎたようなんだよ」
「それは、認識してた、おれも」
「ホントぉ!?」
「おれを見くびるな」
「見くびるよっ。だって……」
トヨサキくんを攻撃しかけるタカムラさん、だったのだが、いつの間にか彼女よりも背すじがまっすぐ伸び切っているトヨサキくんに直面して、コトバを継げなくなってしまう。
今年度で最もシャッキリとしたトヨサキ三太くんだ、と、ぼくは思った。
タカムラさんは、どう感じているのだろうか。
彼女の沈黙は、途切れていない。
「――タカムラ、おまえが押し黙るコトで放送事故に陥るのは、避けたいから」
大人びた色を帯びたトヨサキくんの声。
彼は続ける。
「あのさあ。いきなり、かもしれんのだけど。生放送のこんなシチュエーションで伝えるコトじゃーないかもしれないが、敢えて伝えてみたいコト、あるんよ。
……オイオイ、怯えるんじゃない、タカムラちゃんよ。
……言えないみたいだな、『キモい』ってコトバすらも。
おれさぁ。
おれ、なんだけどさぁ。
今に至るまで、タカムラに、迷惑を数限りないほど、かけちまってきたと思って――ここ1週間、家に帰ってから、『セルフ反省会』を毎晩開催していて」
「……こっ、個人的なハナシをしてる場合じゃないよっ。番組の趣旨、思い出してよ」
タカムラさんが懸命に声を混ぜ込むものの、
「これを言ったら、『趣旨』に戻るから」
と約束した後で、一拍置いて、それから、
「高校生活の『後半戦』は、おまえに迷惑、できるだけ、かけないようにするよ」
と、彼は、トヨサキくんは、誓う。
「口約束……じゃ……ないよね、それ」
タカムラさんは、尻すぼみの声しか出せない。
「『後半戦』で、『証明』してみせるから」
トヨサキくんは、芯の通った声を保つ。
「――行くぞ、タカムラ。おたよりコーナーに」
主導権が、代わる。
明確に。
「1枚目だ」
そう言うと共に、彼は、おたよりの記されているプリントを両手で持ち、
「ラジオネーム、『あこがれのやきそば弁当』さんから。
『ぼくは、転校生です。北陸地方某県の某都市出身なんですが、『東京の冬は、雪があまり降らない』というウワサは、ホントウなんでしょうか??
東京が『ホワイトクリスマス』状態になる年は稀なんでしょうか??
正直……北陸とは違って、雪があまり降ってこないとなると、逆に、というかなんというか……ココロ細いです。
ですから! 『ココロ細くなり過ぎない』ためのアドバイスを、パーソナリティのおふたりから、与えてほしいんです。
なぜかと言うに――タカムラかなえさんもトヨサキ三太くんも、『人生相談をぶつけるに値する人物だ』って、複数の子から言われているモノですから。』
……以上だ。
おいタカムラ、どうやら、おれもおまえも、周囲の人間に想像以上に評価されてるみたいだぞ。
うれしいよな。
うれしい、けども。少なくとも、放送時間が尽きるまでには、このココロ細い転校生男子クンに、アドバイスを授けてあげなきゃならん。
考えようぜ?」
× × ×
成長してるんだなあ。
トヨサキくん、2枚目も3枚目も、驚くほどテキパキとおたよりを『こなした』。
立場が逆転したみたいな実感がある。
タカムラさんのコトバの数、相対的に少なくなりっぱなしだ。
彼女を圧倒する勢いのトヨサキくんが、本日4曲目のナンバーが流れ終わる直前、本日で最も深く息を吸い込んだ。
そして、曲が流れ終わるのとほとんど同時に、
「台本に書いた進行から逸れるのは、承知の上なんだが」
「えっ?」
キョトン、となるタカムラさん。
だったのであるが、優位な彼は、ほとんど間を置くコト無く、
「5曲目のナンバーを、立て続けに流してみたい。リクエストナンバーだ。『とある女性』からの、リクエストナンバーだ」
うつむきながら、
「『とある女性』の、名前は?」
とショボショボ訊いたタカムラさんが、
「『タカムラレイコ』さんだ」
とトヨサキくんに告げられて、物凄い勢いで顔を上昇させていく。
「そそそそれって。おかあさん、で……おかあさんで、マチガイ、ないよね。モチロン、わたしの、おかあさんで」
「だよ。タカムラレイコさん。おまえの実のママさんだ」
顔面真っ赤になったタカムラかなえさんが、
「『ママさん』なんて、呼ばないで。わたしがいちばん気恥ずかしくなる。」
と、不満の声をくすぶらせる。
タカムラレイコさんからのメッセージが記されているはずのプリントを、トヨサキ三太くんは高々と持ち上げる。
――盛り上がってきているぞ。