【愛の◯◯】サンドイッチと宮沢賢治

 

旧校舎の階段を上り、廊下を歩き、【第2放送室】の扉の前に立つ。

すぐさま扉をノックする。ガチャリと扉が開く。

1年女子の篁(タカムラ)かなえちゃんが出迎えてくれる。

「萌音(モネ)先輩じゃないですか。どんな用事があって、わざわざこんな所まで?」

出来立てホヤホヤの女子高校生なタカムラちゃん。彼女は、わたしが【第2放送室】に来たのが疑問な顔だ。

アポ無し訪問だったもんね。

「ごめんね、いきなり突撃しちゃって。でも、ちゃんと理由があるんだよ」

タカムラちゃんと同じく1年生の豊崎三太(トヨサキ サンタ)くんが部屋の奥に居るのを確かめ、

「良いモノを持ってきたの。『差し入れ』ってやつ。放送部からKHKへの」

そう言って、『差し入れ』が入っているバッグを高々と掲げる。

 

× × ×

 

「サンドイッチですか!?」

わたしが箱のフタを開けた途端にタカムラちゃんが眼を見張る。

「いったいどこから入手したんですか、モネ先輩」

そう言って、タカムラちゃんはわたしの顔を見てくる。

「学食からだよ。学食のオバサンが作ってくれたんだよ」

「いつ?」とタカムラちゃん。

「さっき。放課後になってからすぐ」とわたし。

パイプ椅子に座るわたしは、同じくパイプ椅子に座るKHKの2人と至近距離だ。

タカムラちゃんは右斜め前。トヨサキくんは左斜め前。

トヨサキくんがタカムラちゃん以上に箱の中のサンドイッチに興味を示しているコトに気付いた。

「お。トヨサキくんはもしかして」

彼に視線を移し、

「空腹状態?」

と訊いてみる。

「だから、サンドイッチにそんなに興味津々なのかな」

と付け加える。

彼は、サンドイッチに視線を集中させ、

「これ全部食べちゃって良いんですか。モネ先輩の言う通りです。腹が減りまくってるんですよ。サンドイッチの存在がとってもありがたい」

なるほど。

男の子だねえ……。

放課後になると夕ごはんが待ち切れなくなっちゃうモノなんだよね。

心当たりある。3年B組のわたしのクラスメイト男子も放課後に突入した途端に購買の余ったパン目がけて突き進んでいったりするし。

タカムラちゃんはトヨサキくんに険しい目線を寄せ、

「まさか全部食べちゃうつもりだったの」

と問う。

それから、

「『女子は少食だから間食を遠慮してサンドイッチを食べたがらない』とか思ってるんじゃない!? 逆にデリカシー無いよね」

と痛烈に言う。

「タカムラ」とトヨサキくん。

「なに」とタカムラちゃん。

「半分図星だ」とトヨサキくん。

「なにそれ」とタカムラちゃん。彼を威嚇するみたいな眼つき。

「おまえサンドイッチ何個食べたい? 見たところ6個入りのようだが」

彼にそう言われた彼女はサンドイッチに視線を戻し、

「2個」

といったんは言うけど、

「いや、やっぱ1個」

と訂正する。

「おれ5個食えるじゃん。やっぱり4個より5個だよな。助かる助かる。大助かりだ」

トヨサキくんは今にも手を伸ばしそうだ。

「ちょっとタンマだよ、トヨサキくん」

「え? どーしたタカムラ」

「どーしたもこーしたも無いでしょ。感謝しなきゃダメだよ、モネ先輩に」

「あ、忘れてた」

「感謝のコトバを先輩に言えるよね?」

「うむ」

「早く言いなさいっ」

「モネ先輩。ホントにありがとうございます。ハムやレタスが新鮮な内にいただきます」

微笑ましいやり取りをするんだからなー、この2人は。

良いコンビ。

『良いコンビ以上のモノがある』だとか邪(よこしま)なコトは思っておりませんが……。

 

× × ×

 

トヨサキくんは、およそ5分で、5個のサンドイッチを平らげていた。

ビックリした。

 

わたしは家に帰っている。2階の自分の部屋で机に向かっている。

夕ごはんのおかずはエビフライだった。好きでも嫌いでも無いメニューだ。

『トヨサキくんはあの後(あと)どんな夕ごはんを食べたんだろうな』

そういったコトが頭に浮かぶ。

彼の夕ごはんのおかずだけじゃない。彼にはお姉さんが2人居るのだ。食卓でお互いにどんなやり取りをしているんだろう。

わたし気になる。

ちょうど良かった。明日の『ランチタイムメガミックス』はわたしの担当だった。アシスタントでトヨサキくんも出演する。2人のお姉さん絡みのコトでいじくるコトができる。

『ランチタイムメガミックス』専用のノートをすぐに取り出す。

そのノートに、明日喋りたい内容を書き込んでいく。あっという間に1ページ埋まる。

『明日は今日以上にトヨサキくんで遊べる。嬉しい!』

そんな気持ちになる。

延々とトヨサキくんいじりのコトばかり考えるのは自分でも気色悪いと思う。だから、トヨサキくん絡みの◯◯な作業は21時で終わらせる。

 

21時になったところで気持ちを切り替える。

宮沢賢治の童話集を机上(きじょう)に置き、本を開いて童話を朗読し始めようとする。

わたしはなんといっても放送部員なのだ。

さらには、事実上の放送部副部長なのだ。

『事実上』。つまり、正式な副部長とはまだ認められていない。

でも、他の部員はもう皆、わたしを副部長だと見做(みな)している。

ありがたいコトである。

朗読はほとんど日課だ。来たるべきコンテストへの練習という意味合いもある。それと、わたしは宮沢賢治の童話が昔から好きで、小さな頃から声に出して賢治の童話を読んできた。

今夜は「貝の火」にしようか。

いや、「セロ弾きのゴーシュ」にしようか。

「やまなし」でも良いな。

貝の火」にしても「セロ弾きのゴーシュ」にしても「やまなし」にしてもベタベタ過ぎるけど。教科書によく載る的なやつで、手垢でベタベタになっちゃってる。

だけど、賢治の童話は全部好き。

所有している文庫本は賢治の童話集だけだ。基本的に読書はしない。だから本棚がとっても小さい。賢治が例外。

「……わたしがここまで賢治ファンなコトをトヨサキくんやタカムラちゃんが知ったら、意外に思うんだろうな」

1人の部屋で声に出して呟く。

そして、苦笑いで童話集のページを繰(く)り、今夜朗読する作品を選び、題名から声に出して読んでいく。