放課後。
【第2放送室】に、タカムラかなえが、おれよりも少し遅れて入ってきた。
「トヨサキくん早いね。いいコトいいコト」
そう言ってから、タカムラはミキサーにバッグを置き、バッグを開いて何やらガサゴソとやり出した。
何を出すつもりなんだ。
「キミに良いモノをあげるよ」
そのコトバと共にタカムラが取り出したのは、小さな袋。
「良いモノって、その中にいったい何が入ってるんだ?」
「オニギリだよ」
ほぉ。
オニギリ、ねぇ。
「わたしのクラス、さっきまで調理実習だったの」
「なるほど。で、オニギリ作ったけど、余りました……と」
「そーだよ」
タカムラが、ラップに包まれた2個のオニギリを袋から取り出す。
「食べたかったらこっちに来るんだよ」
言われたので、奥の方のパイプ椅子から立ち上がり、タカムラの方へと歩み寄る。
タカムラも立ち上がり、2個のオニギリを両手に乗っけておれと向かい合う。
「トヨサキくん、お腹空いてるでしょ」
「空いてる」
「男の子だ☆」
「それがどーした」
タカムラがクスッと笑い、
「あのね。キミがオニギリ食べた後で、してほしいコトあるの」
「はぁ?」
「してほしいコトってのは、より具体的には、『話してほしい』コト」
嫌な予感。
まさか、もしや。
「夏休みに突入する前にね」
不穏スマイルで、
「キミの2人のお姉さんについて、詳しい情報を得たいんだよ……!」
とタカムラ……。
エグい交換条件。
しかし、おれの腹はグーッと鳴る寸前。
高校生男子の哀しき性(さが)。
空腹であるがゆえに、カロリーを、特に炭水化物を、猛烈に欲していて……。
× × ×
タカムラに屈服し、オニギリを2個胃袋に放り込んだ。
……美味かった。
「おまえ、案外お料理上手か」
思わず言ったら、
「これぐらい、お茶の子さいさいなんだから」
「ふーん。自信があるみたいだな」
「わたしの家庭的な側面も、もっと知ってもらいたいな」
「なーんだそりゃ」
「ゲッ。ヒドいリアクション」
おれの手前まで来て立っていたタカムラが後(あと)ずさる。
ミキサーに右手を置く。パイプ椅子に座るおれに対してイラついた目線を伸ばしてくる。
「わたし、一刻も早く、キミのダブルお姉さんについて教えてほしいんですけど」
ダブルお姉さん言うな。
「初音(はつね)さんと、和花(のどか)さん」
「うげ。おまえ、おれの姉ちゃんの名前を記憶してたのかよ」
「末っ子長男のキミは、初音さんのコトを『ハツねーちゃん』と呼び、和花さんのコトを『ワカねーちゃん』と呼ぶ」
「ますます気色悪いな。おれ、姉2人をどう呼んでるかまで喋ったか?」
「喋ったよ。記憶に刻まれてる」
タカムラが勢いよくパイプ椅子に座る。
背筋を伸ばし、腕組みする。
そして元気良く、
「初音さんと和花さんに関して、もっともっと情報をゲットしたい。オニギリを味わわせてあげたんだから、きっと必ず情報提供してくれるよね?」
おれは軽く舌打ち。
「ちょっと待って舌打ち!? オニギリ渡した時の約束はちゃんと守ってよ!?」
タカムラの怒声(どせい)。
話さなければ、とても面倒くさくなると思ったので、
「まず、長女のハツねーちゃんだが」
と語りを開始してやる。
「今、大学4年生だ。就職が決まってる。授業がほとんど無いから、自宅でノンビリしてる日が多い」
「初音さんはどんな格好で自宅でノンビリしてるの?」
そこかよっ。
「別になんてコト無い服装だが。おまえはいったい何を期待してたんだ」
「例えばさ、すっごく丈の短い短パンとノースリーブのTシャツ着て家でゴロゴロしてるとかだったら、ドキドキワクワクするじゃん?」
おいっ。
「勝手に妄想してろや! アホかっ」
「初音さんは身長何センチなの?」
「今度は何なんだ。ったく」
「自分のお姉さんの身長ぐらい知ってるでしょ?」
「そんなコトは無い」
「ええ〜〜〜っ」
「また、気持ち悪いリアクションを……」
嘆きつつも、おれは、
「詳しい身長の数値は知らんが、おれと同じくらい高い。もしかすると、おれを上回ってるかも分からん」
「高身長女子なんだねえ」
「まあな」
このあと、ハツねーちゃんの趣味・特技に話が及んだ。音楽好きでピアノを弾けるコトなどをおれは開示した。
「じゃあ次は、セカンドお姉さんの和花さんだね」
タカムラはいつの間にか前のめり気味になっている。
どんだけ興味津々やねん。
……脳内の独白に関西弁が混じるようになってしまっているおれだが、
「ワカねーちゃんは、大学に入学したばかりだ」
と大人しく答える。
「初音さんが大学4年で、和花さんが大学1年か。トヨサキくんが高校1年だから、産まれたのが3年間隔」
「まあそーゆうこった」
「和花さんも初音さん同様に高身長なの?」
「いや、普通だよ。おれよりも10センチ近く低いんじゃねーの?」
「へえーっ。それって、なんかいいね」
「……何がいいのやら」
謎のニコニコ顔を見せつけるタカムラ。
「そんで、おまえは何が知りたい。ワカねーちゃんの趣味や特技とかか?」
「ビンゴだよ。初音さんの趣味・特技を聞き出せたんだから、和花さんの趣味・特技についても知らないワケにはいかないよね」
「ワカねーちゃんの趣味は……読書」
「おおおーーっ!!」
「派手な叫びはNGだと思うんだが」
「叫んでないよ。誤解だよ」
「チッ」
「舌打ちはいい加減やめてよ!! せっかく和花さんが文学少女なんだから」
『舌打ちやめて』と『和花さんが文学少女なんだから』の因果関係は何なんだよ。意味分からんわ。
それと、
「大学生になった女子を文学『少女』って言うか? 普通」
「初音さんが音楽少女なら、和花さんは文学少女♫」
人の話に一切構わないタカムラ。
大学4年のハツねーちゃんまでも音楽『少女』と定義するタカムラ。
これだから、タカムラかなえというオンナは……!
「なに握りこぶし作ってんの? おかしいよ」
ガバッと立ち上がるおれ。
『いい加減にしろ』という意思表示。
「なんなの!? まさかスタジオの部屋の方に逃げる気!? わたしまだ和花さんの愛読書も訊いてないのに」
「逃げるわっ!! スタジオに立てこもってやる!! もう面倒見切れん」
「ずいぶん短絡的な怒り方なんだね!! 逃げ続けてていいのかな!? すぐ逃げたりしてたら、逃げ続けの人生になっちゃうよ!?」
「これに関しては逃げるが勝ちだ!!」
「わたしには完全敗北としか思えないんですけど!!」
「勝手に完全敗北認定してろや!!」
「カルシウム不足!? さっきのオニギリに牛乳でも混ぜておくんだった」
「そんなオニギリが、世界中のどこに存在するんだよっ!!!」